自分の中に「ゼロ」がない起業家の作り方
聞き手の久下玄さんは、坪沼さんの起業スタイルを「独特だ」と切り出します。多くの起業のかたちを見てきたなかでも、坪沼さんのアクションには独自の面白さがあると感じているそうです。
そこで、そもそもプロダクトやサービスをどう作っているのかを尋ねます。一般的なディスカッションから始まるのか、それとも雑談からなのか。
坪沼さんの答えは、その前提そのものをずらすものでした。よく「強い意志で自分のやりたいことをやっている」と言われるけれど、実は自分の中に「ゼロからイチ」のゼロがない人だと明かします。
僕、いわゆるゼロからイチのゼロが自分の中にない人なんですよ。むしろ大学生の子とそういう話をしていく中で、彼女の方にゼロがあったりして、そこに共感していくんです。
自分の役割は、みんなのゼロをイチにするプロセスを作ることだと坪沼さんは言います。誰かの思いに共感し、あるいは誰かに届けたいという気持ちから、ものを一緒に作っていくスタイルです。
久下さんは、それを「助け舟のようなディスカッションをしているうちに、サービスやプロダクトが自然と出来上がっていくプロセス」だと言い換えます。坪沼さんも「それはすごくありますね」と応じました。
仲間のためのクライアントワークとしての起業
その具体例として挙がったのが、クラウドファンディングで実施した「建築土産」です。渋谷土産のメンバーである建築家・中村綾乃さんとの協働から生まれました。
都市の建築がどんどんなくなることへの問題意識と、渋谷から建物が消えて寂しいという声。その2つが重なったところで、なくなるビルと新しい建物の間にあるものから何か作れないか、という問いが立ち上がります。
ビルの解体コンクリートを、建物の名残のある形に変えて生まれ変わらせることができたら、ビルはなくなっちゃうけど、その記憶は生活の中で使われるものになって受け継がれていくよね。
久下さんは、このプロセスがデザイナーのアシスタントとしてクライアントワークをしていた頃とほぼ同じだと指摘します。ただし相手は企業ではなく、心の距離が近い仲間だという点が違います。
坪沼さんも同意し、企業との仕事でも相手の人間的な顔が見えると一気に進むと語ります。クリエイティブは本質的に感情が動くことだからです。
いいですねとか面白いとか、楽しそうとか、シンプルな反応が返ってくると、そこから一気にプロジェクトがドライブしていく。その感情を仕事として引き出せたら、僕らの強いところを引き出せるんです。
「いいね」と言ってくれる人を基準にする
久下さんは、アイデアは今までも出ては消えていったはずだと問います。渋谷肥料をやるにしても、何を持ってこの事業でいけると決めたのか。
坪沼さんは、考えなかった面もあり、考えずにやって苦労している面もいまだにあると正直に答えます。そのうえでポジティブな面として、ターゲット以外に2種類の人がいると気づいたと話します。
1つは、どんな商品でもこの人がいいと言ったらいい、という基準になる人。自分がセンスがいいと感じる身近な人です。もう1つは、この人に届けたいと具体的に思える人だと言います。
それは、子供が自分の描いた絵を親に見せたくなるみたいな感触と近いと思うんですよね。そういうものが、形にする時に実はすごくドライブする部分なんです。
久下さんは、リサーチ会社の評価も間違いではないけれど、直接対話でしか得られない肌感や空気感がこそげ落ちてしまうと応じます。表情や、その人がどんな生き方を選んできたかまで含めて咀嚼できる複雑なフィードバックの価値を語ります。
メガトレンドから身を引いて肥料を選んだ理由
坪沼さんが自分で事業を作った理由の1つが、こうした関わり方を「選べる」と思ったことでした。そのために、あえてメガトレンドから身を引いてみたと言います。
渋谷の真ん中なら普通はITスタートアップや生成AIをやる。マーケットも広い。それでも、あえて肥料というアナログなプロダクトを選びました。
みんながちょっと物足りないなと思っているところをあえて抽出して、自分でやってみたらどんなことになるのか。それをやりたくて、肥料というアナログなプロダクトを設定したんです。
コアメンバーに大学生がいるのも、同じ理由からです。本当は若い世代の意見を聞きたいけれど、仕事でフルに聞くのは難しい。同じ目線に立って聞いてみたら面白いことがあるかもしれない、という試みです。
一方で、事業化してスケールするにはマーケットを見る必要もあると痛感したと言います。中途半端にかじるより、マーケットを見ないと食べていけないという事実を体感として持ったほうが、その後伸びるのではないかと考えています。
何の専門家でもないから、王道にたどり着く
坪沼さんの手を動かす範囲は非常に広く、樹脂の配合から素材の保管先探しまで及びます。室内で作業して床が水漏れし、屋外に切り替えたといった苦労も語られました。
建築土産では、型作りも全て自分でやりました。内型をアクリル板で作り、パテで隅をつぶし、ヤスリをかけ、シリコン型を流して取り出す。法的に人に頼むべきところは任せつつ、やらなくてはいけないところは全部やるスタイルです。
久下さんが「ザ・スタートアップだよね」と言うと、坪沼さんは自分が実は何の専門家でもないと明かします。逆に世間の分業のやり方を知らないからこそ、ゴールから逆算して仮説を立ててやっていくのだと言います。
象徴的なのが、エポキシ樹脂で固めた板材が熱膨張で反ってしまったときの対処です。調べると100度以上で温めると柔らかくなると分かり、湯沸かし器でお湯を沸かし、板を浸けてから水をかけて圧力をかけました。
終わって振り返ると、それは鉄板を作るプロセスとほぼ同じでした。王道だと思うことをやっていくと、結局そこにたどり着くという発見です。
王道かなと思うことをやってたら、結局そういうところにたどり着く。王道はやっぱり強いなって、本当に思いますね。
スキルは後からつく。大事なのはモチベーション
久下さんは、詳しい人や経験者と繋がること自体は今とても簡単だと指摘します。差がつくのは、その人たちに真摯にコミュニケーションを取れるか。スキルの意味が変わってきていると言います。
坪沼さんは、2010年頃に久下さんから教わった言葉が一番記憶に残っていると振り返ります。プログラミングはドットインストールで学び、物が足りなければアリババで取り寄せる。人間国宝レベルでなくても、プロとしてやっていけるスキルを身につける方法はいくらでもある、という話でした。
スキルは後からつけられるから、今できることをやっていこう。その連続で独立してずっとやってきたし、今もその連続だと思います。
久下さんは、モチベーションがあればスキルはつくが、スキルがあってもモチベーションがなければ何も作れないと応じます。
さらに久下さんは、1つのスキルで100点を取る人は同じドメインに大勢いるが、70点のスキルを3つ掛け合わせられる人のほうがレアだと語ります。100点を突き詰める世界には、生物的に超フィットした人しか越えられない壁がある。今は自分が興味を持てるものを組み合わせたほうが、むしろ個性のある仕事になると話します。
欲求に素直になること、「ない」を受け入れること
坪沼さんは、自分のモチベーションが本当はどこにあるのかに素直であったほうがいいと言います。自分の場合は、賞を取ることよりも、身近な人と一緒に大きくなっていくプロセスや、率直なフィードバックをし合える関係のほうがずっと楽しい、と。
そうした本当の欲求は人に言いづらく、つい隠してしまう。けれど少しずつ素直になっていったほうが、いつの間にか上がっていけるのではないかと語ります。
仲間と一緒に何かやっていくのが好きなんだ、という枠で考えたら、やっていけるぞって思える。そうしたら、それでいいと思うんですよね。
久下さんは、坪沼さんの昔の欲望は変わっていないが、そこにスッと入っていく自信とコミュニケーション能力が昔より高くなった印象があると伝えます。
坪沼さんは、10年来の付き合いのある人から「仲間ができてよかったですね、昔は敵かみたいな感じだったから」と言われたと打ち明けます。自分の何かを出さなきゃいけないという思いが、必要以上に人との距離を作っていたのかもしれません。
学生時代は周りに実績を出す人が多く、その器用さを素直に羨ましく思っていたと言います。しかし今は、「いい意味でない」という事実を受け入れられることが強みになっていると語ります。
なんか普通だから、何の専門家でもないんですよね。だから話せることって自分のやってきたことしかないじゃんと思ってから、楽ですよ。
久下さんは、坪沼さんの歩みを「強くてニューゲームで起業した」のではなく、起業してハードルを乗り越えるなかで自分のキャラクターや強みが見えてきたタイプだと表現します。
その象徴が、マグネットツールを1120本作った経験です。坪沼さん1人でも900本ほど固めるうちに、だんだん上手くなっていきました。モルタル職人でもプロダクトを固める職人でもないのに、やるしかないからやっていたら、いつの間にか周りから「モルタルの人だよね」と言われるようになったと言います。
一度経験すると、その後もいろいろチャレンジしやすくなる。できるかできないかの間口を初めに作りすぎず、やってできそうなら案外できてしまう、という実感です。
渋谷から始めて、各地へ広げていく展望
最後に久下さんが今後の展望を尋ねます。坪沼さんは、渋谷「で」やるプロジェクトというより、渋谷「から」始めるプロジェクトだと捉えていると答えます。
今作っているモデルを、都市や地域、あるいは企業単体など、いろいろな場所へ展開していきたいと語ります。久下さんが「横浜肥料みたいな」と例えると、坪沼さんはそういうところも含めてだと応じました。
渋谷土産のように、まだ見落とされている面白いものを各地で見つけて形にすることもしていきたいと言います。同時に、いいものを作るだけでなく、それが世の中に広まり、売れて、仕組みとして続いていくことにも取り組みたいと締めくくりました。
いいものを作るのはとても大事。ただ、それが本当に世の中に広まって、仕組みとして広がっていくことは、事業を作る人間としてすごくやっていきたいところなんです。
まとめ
自分の中に強いやりたいことや突出したスキルがなくても、仲間のゼロに共感し、王道を手探りで進めば起業のかたちは作れる。坪沼さんの歩みは、モチベーションと素直さを起点にした「凡人」なりの起業論を示しています。
- 坪沼さんは自分の中にゼロがなく、仲間の問題意識に共感してイチを作るスタイルで起業している
- リサーチだけでなく、いいねと言ってくれる身近な人や届けたい相手の反応がプロジェクトを動かす
- 専門家でなくても、ゴールから逆算して手を動かすと、結局は王道のプロセスにたどり着く
- スキルは後からつくもので、より大事なのはモチベーションと自分の欲求への素直さ
- 渋谷から始めたモデルを、他の地域や企業へ仕組みとして広げていくことが今後の展望
