「寿司弁」はどう生まれたか
久下さんが助川さんのポートフォリオで強く気になったという「寿司弁」。その成り立ちから話は始まります。
元になったのは福井の会社・若廣です。棒寿司の焼き鯖寿司を定番化させ、羽田空港の空弁や駅ナカの店舗で名を上げてきました。
ただ課題もありました。焼き鯖寿司は「晴れの日」の消費として買われることが多く、日々の売り上げが伸び悩んでいたといいます。
工場を亀有に移したことをきっかけに、亀有駅の店舗出店の話が持ち上がります。そこでデイリー用のブランドを立ち上げることになり、たまたま知り合っていた助川さんが一緒にやることになりました。
名前を複数提案した中で、先方が直感的に選んだのが「寿司弁」でした。助川さんが一番上に書いたものを、そのまま選んでくれたといいます。
もちろんお寿司のお弁当なんですけど、その「弁」がベンチャーの「弁」にもなってるねって、お客さんが言って。
後付けで意味が重なっていきます。歴史ある会社ではないのに焼き鯖寿司を棒寿司に変えた、そのベンチャー精神を大切にしたい。そこから「弁当でありベンチャーの弁だ」と堂々と言うようになったそうです。
商品も変化を続けています。今は寿司文化を日常の弁当に落とし込む工夫として、出汁で炊いた米に少しだけ酢を入れる「出汁シャリ」で具材の美味しさを引き出しているといいます。
コンセプトと造形の「ジャンプ」
久下さんは、食品ブランディングとかっちりしたコーポレートブランディングとで、助川さんが全く違う脳を使っているように見えると尋ねます。
助川さんが挙げたのは、グラフでともに働いた北川一政さんの影響でした。作家性が強く見えて、実はものすごく本を読む人だったといいます。
話と造形がちょっと分離じゃないですけど、飛ぶ部分があるんですよね、いい意味で。ブランドコンセプトが一貫してるけど飛ぶ部分がある。そのジャンプを大事にしてた。
久下さんは、それは言葉から単純に連想されるものではなく、造形を見て初めて「確かにこの見方でもつながっている」と気づくようなつながり方かと確認します。
助川さんは、理論だけなら階段を上るように筋は通る、と説明します。ただそれだけでは足りないといいます。
階段を上がって周りを見渡してみたら、納得はしてきたけど、あれ、これ面白いなみたいな感じになる。それを気づけるようにステップを踏むんだけど、一歩引いてるところがきっとある。
理屈で当然そうなるものを、あえてそのままにせず、そうじゃない何かを提案する。その姿勢がどこかにあるのではないか、と助川さんは話します。
ブランドコンセプト
差別化したい核を言葉で定める
理論上の造形
コンセプトから筋道通りに導かれる案
一歩引く
そのまま出さず「面白いか」を問い直す
ジャンプした造形
つながりは保ちつつ既視感を超える案
面白さは「差別化」と「さじ加減」
久下さんは、ビジュアル表現としての面白さを何を基準に判断するのかと踏み込みます。
助川さんの答えは、真面目に言えば差別化されているかどうか。ただブランドとして差別化したい点だけでなく、自分や周りが「見たことがあるかどうか」も含みます。
見たことなさすぎるとすぐ飽きられちゃう。なんじゃこりゃみたいな感じで悪い意味で飽きられちゃうから、さじ加減ですね、そこは。
もう一つの軸は、自分自身ができるジャンプの範囲です。ぶっ飛びすぎると自分でも良いと思えず、出せなくなるといいます。判断の言葉として助川さんが挙げたのは「ワクワクするかどうか」でした。
久下さんは、その判断基準を持つためのインプット量はこれまで必要だったかと尋ねます。助川さんは、新しいスタッフが視点を持ち込んでくれることもあると答えます。
グラフで培った印刷の「引き出し」
助川さんが強く影響を受けたのは、多感な時期に見たものでした。特にグラフ時代の経験です。
いろんな著名なデザイナーが印刷を入稿してくる。それを毎日のように見て、印刷現場から上がってくる印刷物をチェックする。あの特色とあの効果をいつかやりたいっていう引き出しがあるんですよ。
その引き出しを出す時もあれば、それに比べて面白くないと判断する時もある。過去の蓄積が、今のジャッジの物差しになっているといいます。
久下さんは、最初にお世話になった会社の経験をここまでフルに使うデザイナーはあまりいないと指摘します。助川さんは、一社しか経験していないからそこに頼るしかない、と受け止めます。
紙と印刷のこだわりは無限にも見えます。それが自分の首を絞めないかという問いに、助川さんの答えは明快でした。
お金ですよね、相手の。出してもらえるお金、出せるお金があると思うので、それに尽きますかね。バジェット次第だと。
ただし、そのバジェットを引っ張ってくる提案やプレゼンも仕事のうちだといいます。
画面と物体、それぞれに感動する人へ
話は、紙や立体物が持つ手触りの豊かさに広がります。スマホばかり見る今、手に取ったときの感動はやはりあると久下さんは言います。
助川さんは、グラフ時代はその感覚がむしろ薄かったと振り返ります。印刷物が当たり前すぎたからです。
変わったのは営業を経験してからでした。自分たちの仕事を見てもらいに行くと、画面ばかりの人たちが「物理物体っていいよね」と反応することに気づいたといいます。
物理物体っていいよねみたいなことをおっしゃってて。そう思ってくれる人たちがいるんだという感覚がわかると、両方の人に対応できる。
コストをかけて感動してくれる人にはかける、必要ないものは割り切って安くする。両方の見方を持てたことが、判断の幅につながっているようです。
久下さんは、画面はいわば光の粒を並べた平面だが、紙や木のような立体物は人が受け取る情報量が多いと補足します。触れば曲がり、光の加減も変わる。その情報量の多さが刺激や喜びの強さになっているのではないか、と話します。
切ってはいけない絵を、大胆にトリミングする
久下さんが次に挙げたのは「空想旅行案内人」の仕事です。東京ステーションギャラリーの展覧会のアートワークでした。
助川さんはこれを「難産だった」と振り返ります。原画を展示するため、作品には一切触れるなというのが前提だったからです。
アート作品は余白まで含めて完成している。その作品を大胆にトリミングし、上に文字を載せる。それが求められたことでした。
絵に情報を重ねないデザインもたくさん出しましたが、ポスターとして弱く納得がいかない。そこで、言われていたにもかかわらず思い切ってトリミングした案を提案したところ、それが良いと採用されます。
久下さんは、これは阪急のパッケージの話とよく似ていると指摘します。ダメと言われても、やってみたら意外にいけたという構図です。
さらに国内だけでなく、本国ベルギーの財団も強く気に入り、サイネージ用に絵を切り抜いて動かしたモーショングラフィックを、財団自らインスタで上げていたといいます。
内覧会でベルギーの財団の人に会えたとき、助川さんは認めてくれた礼を伝えました。
最初は普通は認めないんだけどねって出てきたんですよ。だけどリスペクトを感じたからいいんだって言っていて、嬉しかったですね。
提案の仕方も効いていたようです。助川さんは、話をたくさんするのではなく、文字がかかっていない案も含めて検証量を見せ、こちらの方が良いと思うと形で示したと語ります。
仕事はどこから来て、どこへ持っていくか
今回話に出た仕事はジャンルがバラバラです。久下さんは、どういうルートで依頼が来るのかと尋ねます。
助川さんの答えは「全部何かしらの縁」でした。阪急はグラフ時代の縁、寿司弁に至っては大井町の小さな立ち飲みで隣の席にいた人がきっかけだといいます。
何の参考にもならない。
久下さんも、歯医者で隣にいた外国人との世間話から始まった仕事があると明かします。二人は、こうした縁は他人の参考にはならないと笑います。
そうやって話をしたがる人っていうのは、仕事をする感度があるんじゃないのかな。
話しかける側も聞かれた側も、その縁を仕事に引き込みたい感度がある。助川さんは、話すことで自分や相手のメリットの可能性を探っている気がすると話します。
話は締めに向かい、これからチャレンジしたい領域へ移ります。久下さんは新しいブランディングのジャンルかと予想しましたが、助川さんの答えは意外なものでした。
もっと細かく、グラフで見た印刷への引き出しをもっともっと出したいのはありますけどね。
書籍を毎日手がける専門家には知識では敵わない。それでも、ブランディングという括りや、物体に感動してくれる人に向けて、自分の引き出しを出していきたいといいます。
久下さんはこれを「中間地点」と呼びます。あるジャンルのトップには敵わなくても、そのスキルがいない場所に持っていけば希少になる。そこから新しいものが生まれることも多いと話します。
久下さん自身も、工業デザインではトップでなくても、インターネットとつなげるプロダクトを作れるだけで重宝された時期があったと振り返り、スキルの置き場所を考えることの意味を語ります。
最後に、7月23日から27日まで表参道のギャラリー5610で開かれる作品展の告知がありました。会場では助川さん本人に話しかけても構わないといいます。
営業経験があるデザイナーって、僕の中ではすごい強いっていう感覚を持ってるので。独立したデザイナーが一番困るのも仕事がないとかで、セールスでみんな困るわけでしょ。
まとめ
後編は、寿司弁の成り立ちから始まり、コンセプトと造形のジャンプ、印刷の引き出し、専門性の中間地点まで、助川さんの仕事の作り方が具体的な事例とともに語られました。
- 「寿司弁」は名前を選んだ後に「弁当でありベンチャーの弁」という意味が後付けで重なり、ブランドの核になった
- 助川さんは、コンセプトから筋道通りに導いた造形をそのまま出さず、既視感を超える「ジャンプ」を大事にしている
- 面白さの判断軸は「差別化」と「さじ加減」、そして自分ができるジャンプの範囲とワクワクするかどうか
- フォロン展では「触れるな」と言われた作品を大胆にトリミングした案が、国内も本国の財団も認めた
- 仕事は縁から来るもので、トップに敵わなくてもスキルを希少になる中間地点に置くことに価値がある
