分散する時代に、ニッチにメジャー感をデザインする
今はクリエイターやデザイナーの総量が増え、情報の見せ方が昔より難しくなっているのではないか。久下さんはそんな問いから話を始めます。
背景にあるのは、メディアの分散です。ポッドキャストもYouTubeもあり、アルゴリズムに乗るように情報が作られるようになりました。
インスタグラマー、TikTokerが世の中でクリエイターって枠に入ってきたから、クリエイターやデザイナーの総量がすごい増えた。
メディア自体がすごい分散してる。雑多な雑誌とかは、みんな見ないじゃん。
久下さんが面白がるのは、そこにある「いびつさ」です。人自体はカテゴリにハマらない多様さを持つのに、メディアは情報をカテゴリにはめて出すようになっている、と話します。
一方でリッキーさんは、自分は何もできていないと言います。周囲からうまくいっているように見えても、実感は違うようです。
YouTubeやってそれなりにうまくいってるし、ブランディングも長けてるように見える人もいるかもしれないけど、何もできてない。
久下さんは、リッキーさんにはまだ引き出しがあるはずだと投げかけます。オーディエンスが見たいものとは別に、マニアックな世界があるのではないか、と。
ところがリッキーさんの自己認識は逆でした。ニッチなものの方が受けている今の時代に、自分はむしろメジャー感の側にいると言います。
いかにその自分の人生をかけてるように見えるか、リスクを取ってるように見えるかがすごい重要で。でも俺はあんまそう見えない。
その象徴が選挙への挑戦でした。本来なら「絶対に出てはいけないタイプ」に見える人間なのに、なぜか表に出しても大丈夫だと思わせる何かがある、とリッキーさんは分析します。
マストにギリギリ触れてる。でもそこが世の中との接点だと思ってて。だからニッチなところじゃないんだよね、俺は。
ここで久下さんが、鋭い指摘を返します。リッキーさんが「メジャーだ」と思っているネタは、実はそれほどメジャーではない、と。
例に挙がったのが、リッキーさんのYouTubeで語られたマルジェラメゾン マルジェラ。デザイナーのマルタン・マルジェラが立ち上げたファッションブランドで、匿名性や既存の常識を崩す手法で知られるの話です。
マルジェラのジャーマントレーナーのオリジナルがドイツ軍の備品だという話を「みんな知ってると思うけど」と紹介しても、実際にはマルジェラ好きの視聴者でその由来を知る人はほとんどいない、というのが久下さんの見立てです。
リッキーさんは自身を、雑誌にたとえて説明します。不器用さが魅力になるマガジンハウス的な立ち位置ではなく、うまくまとまって見える集英社的な立ち位置なのだ、と。
俺が装ってるわけじゃなくて、そうなっちゃうっていう。逆に言うと、そこでリンクできるものに対してはちょっと強い。
清澄白河のホテルや町の観光案内所も、土地やネタ自体は決してメジャーではありません。それでも仕上がりを見るとメジャー感が漂う、と久下さんは指摘します。
作家性より課題解決。だから議員を目指す
リッキーさんはキャラが濃いのに、作家性を前面に売っていません。久下さんはそこを不思議に感じます。
理由はシンプルでした。仕事はやりたくてやるものではなく、頼まれて成立するものだから、というのがリッキーさんの前提です。
基本的にやりたくてやったわけじゃないじゃん。頼まれて仕事になるわけじゃん、仕事って。
リッキーさんは営業もせず、基本は「待ち」のスタイルだと言います。だからこそ、認められないジャンルでも自分発信でやり続ける人を尊敬すると語ります。
ここで意外な自己像が明かされます。リッキーさんは、やりたいことをやる感覚型ではなく、課題解決型だという自覚があるのです。
この課題解決志向が、議員を目指す動機にもつながっています。スーパースターになりたいのではなく、課題を解決するために自分が役立てる場所を探した結果だと言います。
そのロジックはスポーツにたとえられます。ピッチャーがいないチームに行けばピッチャーが重宝されるように、自分のようなキャラがいない場所ほど価値が上がる、と。
センスがあって、10年持つものを作りたくて、課題を解決したいけど、見た目はキャラがある。このバランスの人はそんなにいない。
渋谷区のトイレから見えた、デザイナーが行政に入る意味
リッキーさんが行政に関心を持つきっかけの一つが、渋谷区に設置された公共トイレでした。
素敵なものもある一方で、自分が間に入っていればこうはならなかった、と感じるものも多いとリッキーさんは言います。10年、20年使うものを、景品のような発想で作ってはいけない、と。
マクドナルドの景品ならそれでいいけど、そこから10年、20年使うトイレでそれをやっちゃうと、それ景品じゃねえんだから。
具体的な問題として挙がったのが音声認識のドアです。一字一句正確に読まないと反応しないレベルで、子どもや高齢者が使えるのか、という疑問が残ると指摘します。
扉を開けてくださいの「ぼ」が抜けて扉開けてでも、開くようにしないと。それぐらいのレベルなの。
さらに、10年後、20年後のハードを想像できない中で特定のハードを組み込めば、アップデートできなくなる。それは作る前からわかることだ、とリッキーさんは言います。
久下さんは、こうしたトイレの問題に売れっ子の建築家や空間デザイナーほど触れにくい構造があるのでは、と補足します。
リッキーさんの立場は明快です。全くわからない人とよくわかる人の間に、両方が少しわかる翻訳者がいれば、課題は解決できたはずだ、と。
共通言語のない人と、同じ深さで潜る練習
リッキーさんはPTA会長や地区のボランティアを続ける中で、人の多様さを痛感したと語ります。
仕事で付き合う相手は、少なくともどこかに最大公約数があります。同じプロジェクトなら、共通の利益という前提を共有しているからです。
全くない人と触れ合うと、マジやばいっていう。いや、こんなに違うんだ。
リッキーさんは、共通言語がない人と同じ深さで潜る練習を何年も重ねてきたと言います。日本語は通じても、話が通じない相手と向き合う訓練です。
その経験から、能力が高い人でも急に地域や行政の現場で力を発揮できるわけではない、と実感したそうです。だからこそ自分の役割は「翻訳者」だと考えます。
久下さんは、本来は行政の専門家でない人が代議士や議員になるよう設計されていたはずだ、と指摘します。今はそうなっていないからこそ、リッキーさんが「走り」になる希望がある、と。
今回の選挙は落選に終わりましたが、リッキーさんはこの経験を次につなげたいと話します。次は「派閥」として、2人以上の会派で出たいという構想も語られました。
次もチャレンジするなら、その時はぜひみんなに応援してほしいのでは。
リッキーさんは、今回はこうした話をせずに挑戦したと振り返ります。次はゴールを設定した上で、伝える努力を増やしていきたいと話しています。渋谷区で一緒にやってみたい仲間が増えることも期待していました。
リッキーさんは、クリエイティブという言葉がまだ浸透していない業界を探し、そこにクリエイティブを持ち込むことにこそ、世の中が良くなる可能性があると語ります。
おしゃれが整いすぎた時代に、毒を混ぜる場所を探す
リッキーさんは、デザインやクリエイティブという言葉がまだ「可愛くする」「おしゃれにする」で止まっていると見ています。
かつては、おしゃれにしてほしいという依頼に応えつつ、その下に自分たちの「10年ギミック」を仕込むことができました。表面はおしゃれでも、使うとクオリティの高さに気づく仕掛けです。
可愛くしといて、使ってみたらひとギミック入ってて、他のものよりクオリティが高かったら、それに慣れちゃう。次からそのクオリティを求める。
ところが今は、どのプロダクトもおしゃれでコーティング済みになり、その「毒」を入れる余地がなくなってきた、とリッキーさんは言います。
だからこそ、クリエイティブが機能していない領域に行かないと罠を張れない。今取り組むアパレルブランドも、その挑戦の場だと語られます。
アパレルは初挑戦。工場との関係性がすべてを決める
リッキーさんは、ライトオンのブランド「SALT+PEPPER」を手がけています。長期的に製造まで含めてファッションブランドに関わるのは初めてだそうです。
服づくりで難しいのは、素材の値段がほぼ固定されている点だと言います。いい素材は本当にいい値段になり、金額を抑えるなら別のこだわりで工夫するしかありません。
そのため、時間と工場の力が鍵になります。リッキーさんは、生産側がアイデアを持っているかどうかで結果が変わると強調します。
リッキーさんの流儀は、細部まで自分で決めきらず、まず工場から情報を引き出すことです。
これこういう感じのものを作りたいんだけど、何かいい方法ない?とか。先に引き出す作業をしたいの、俺は。
工場が得意なことをちゃんと言ってくれない限り、不得意な方法でオーダーしてしまい、コストが上がって大して良くないものが出てくる、とリッキーさんは説明します。
工場の得意を引き出す
作りたいイメージを伝え、いい方法がないか先に聞く
関係性を理解する
その工場が持つ設備や得意な技術を把握する
技術を生かす
その工場だからできるクオリティや技術をフックアップする
製品に反映
一品ごとにフォーカスした技術を使って作る
去年は多くの型を作ったものの、暖冬でアウターが売れず苦戦したと言います。その反省から、今シーズンは企画できる分だけを一品一品作る方針に切り替えました。
型数を絞れる背景には、担当者がやりたいと言ってくれていることと、去年売れなかったことがうまく重なった事情があると明かします。
気分を言葉にする。作る人と語る人のあいだで
アパレルの商品づくりは、機能ではなく「気分」を作っているのだ、とリッキーさんは言います。コレクションのテーマも、実は一言で説明できるような気分に近いものだそうです。
久下さんは、コレクションのテーマに全商品が沿っているわけではないのでは、と問いかけます。リッキーさんも、わかりやすくするためのもので、合っていない商品も多いと認めます。
その「気分」の言葉は、社外に出すときも工場に伝えるときも自分は同じだ、とリッキーさんは言います。全体の雰囲気として共有できればいい、という考え方です。
一方で、夢を語る人と実際に手を動かす工場の人とでは、目線が違うことも話されます。
作る人たちの方がちょっと冷めてるというか、所詮俺らが作ってるのはいつもの服だみたいな。
リッキーさんは、今の自分の立場では工場の人と直接話せないと言います。だからこそ、間に入る人のパッションが結果を大きく左右します。
興味深いのは、工場側がむしろ「素敵なものを作っている」という語りを好まないケースがあることです。
この直線を縫えばいい人なのに、この直線はああだからっていう意義を持つと、モチベーションを両方持たなきゃいけなくなる。
作り手に感情や意義を持ち込むと工賃の交渉が複雑になる。だから工場長がそうした言葉を避けたがることもある、とリッキーさんは説明します。
仕事はコップの水位。地雷も、いつかは撤去される
アパレル、空間、プロダクト、YouTubeと並行するリッキーさんに、久下さんは「疲れないのか」と尋ねます。
リッキーさんの答えは独特でした。仕事量はコップの水位のようなもので、一つ終わって減ると、その分また入ってくる、と言います。
じゃあこれ終わりましたって飲むと、コップの量が減る。大体それぐらいが入ってくるような感じ。
そのため仕事を断ることはなく、スクリーニングもできないと言います。それが「ゴールがない」状態にもつながっているのかもしれない、と自己分析します。
時には「地雷」の仕事もあります。翻訳者役の人にパッションがない場合や、片側だけを見て仕事をする人が関わる場合です。
それでもリッキーさんは、最後まで誠意を持ってやり切ると言います。可愛くしてほしいという依頼の中に、正しい毒を入れる作業はやりたいからです。
なお地雷の時期は仕事が溢れ、お菓子やモンスターに頼って太ることもあると打ち明けます。今期は6、7キロ増えたそうです。
客観的なこだわり。世の中の中で、自分をどこに置くか
久下さんは、リッキーさんを「おしゃれなものにこだわって暮らすおじさん」というイメージで軽く挑発します。
リッキーさんはこだわりが強いことを認めつつ、そのこだわり方が独特だと語り始めます。今、自分の理論として深く言葉にしようとしているテーマだそうです。
鍵になるのは、主観か客観かという軸です。アーティストは自分が良ければいいが、課題解決型は客観性が必要になる、とリッキーさんは整理します。
世の中においてこうだからこうっていう、ある程度世の中を意識したもののこだわり方なんだよね。
ただし、こう見られたいからやっているわけではない、とも言います。世の中のどこに自分を置くかを決めているだけで、最終的な選択は主観だ、というのです。
その感覚を、リッキーさんは身近な例で説明します。500円しかないとき、安いステーキを選ぶか、まあまあいい食パンを選ぶか。絶対的にこれでなければ、という選び方ではありません。
今日はパンにしようみたいなことで、このパンじゃなきゃダメっていうわけじゃなくて、世の中の立ち位置を考えた上で選ぶ。
感覚型に見えて、実はロジック型のデザイナー
観光案内所のような仕事も、世の中や場所の文脈から「ここに置けばこういう価値が生まれる」と境界線を引いて作っている、と久下さんは読み解きます。
一連の話から、久下さんはリッキーさんの本質を言い当てます。
久下さんは、リッキーさんが感覚的に見える理由も指摘します。手がけている領域が、これまで感覚的な人たちがやってきた領域だからだ、と。
一方でリッキーさんは、ロジカルゆえに答えを出しすぎてしまう危うさも自覚しています。合理的に導いた結論は、しばしばつまらなく、しかも自分の思い込みでもあるからです。
俺はこうですって言っちゃった時のつまんなさっていうのが。それがさらに自分の思い込みじゃん、結局は。
だからこそ、結論を少しだけ「浮かせておく」ことが大事だと言います。そのためには、多くの意見ではなく、信用できる人の意見だけを聞くのだそうです。
そうしたゆらぎや余裕を、大人になって少しずつ手に入れてきた、とリッキーさんは語ります。こだわりは苦しいものだからこそ、揺らぎが幸せにつながっている、と。
久下さんは最後に、若くないフェーズにあってこそチャレンジが加速するリッキーさんの姿に、勇気をもらっていると伝えました。
まとめ
後編では、リッキーさんが「感覚型に見えて実はロジック型」であることが、選挙、ものづくり、こだわり方という異なる話題を通して浮かび上がりました。世の中の中に自分をどう置くかを考え抜きながら、結論を少しだけ浮かせておく。その姿勢が、多様な活動を貫く軸として語られています。
- リッキーさんの職能は、ニッチなネタにメジャー感をデザインすること
- 作家性ではなく課題解決を志向し、その延長で議員を目指している
- 共通言語のない人と同じ深さで潜る「翻訳者」の役割に価値を見出している
- アパレルでは工場の得意を先に引き出し、一品ごとに技術を生かす
- こだわりは世の中の中での立ち位置を考えた「客観的なこだわり」であり、大人になって得たゆらぎがそれを支えている
