いまの編集者は何をしているのか
久下さんが「最近どんな仕事をしているのか」と尋ねると、廣川さんは変わらず雑誌をやっていると答えます。
直近では、ガラスのブランドiittalaフィンランド発の食器・ガラス製品ブランド。北欧デザインを代表するメーカーのひとつ。のロゴ変更が話題になった件を取り上げたといいます。
iittalaのブランドロゴが変わって、ちょっとした炎上みたいなことがあったんですよ。
そこで廣川さんは、フィンランドのiittalaのブランドマネージャーにインタビューし、日経デザインで3ページほどの記事にしました。
扱うトピックは幅広く、ネタは編集者自身がピックアップして編集会議に持ち込む形だといいます。
一方で、記事はウェブの日経クロストレンド日経BPが運営する、マーケティングやデザイン領域を扱うウェブメディア。記事のランキングも表示される。にも載り、ランキングが出るため、有名なブランドやメーカーを扱うことが増えているとも話します。
コンビニの飲み物の取材では、担当者が入れ替わりやすく、パッケージ第3弾を取材したものの第1弾と第2弾を語れる人がおらず、あまり盛り上がらなかったといいます。
ところが、その記事のランキングはとても良かったそうです。
取材の現場であんまりうまくいかなかったなというのも、たくさん読まれたりして。何があるかわからないなって。
雑誌の外へ広がる編集者の仕事
久下さんは、編集者の仕事が人によって大きく違う点に触れ、廣川さんがブランディング的なこともしていると指摘します。
廣川さんは、自分でブランディングをやっている感覚は薄いとしつつ、背景を語ります。
雑誌の編集者って世に多いじゃないですか。でもそれを雑誌以外のところでどう使っていくか。雑誌ってやっぱりどんどんなくなっていってるし。
だからこそ、雑誌だけを続けても仕方がないと当初から考え、別のことをやろうとしてきたといいます。
久下さんは、ある車メーカーのメディアを手がけていた例を挙げ、それは世間がイメージする編集者よりもマーケティングやブランドコミュニケーションに近いのではないかと問いかけます。
廣川さんも基本的には同意します。コンテンツとは何を伝えるかであり、世の中には「伝えなきゃいけない」と思っている人が多いといいます。
個人として絶対にやらねばと思っている人もいれば、会社から言われてやらなければならない人もいる、と整理します。
コンテンツを作る場所は減ってるんだけど、作らなきゃいけないんだという人はすごくいっぱいいて。でも作り方は一個もわからない。
そうした人たちのところへ行き、一緒に作るのが自分の仕事だと廣川さんは言います。
久下さんは、それは文字だけでなく映像やウェブのビジュアルのディレクションまで含む、メディアプロデューサーやコミュニケーションマネージャーに近い役割だと受け止めます。
「編集者」がうまく伝わらない理由
久下さんは、そうした仕事を初対面の相手にどう説明しているのかを尋ねます。
廣川さんは、雑誌をやっていると言えば「そういう人なんだな」と受け止めてもらえるので、そこに留めておくと話します。必要があれば、より深い話をするそうです。
ただし、編集者という仕事自体が世に広く認知されているわけではない、とも言います。
企業と一緒にコンテンツを作るなかで感じる課題は、「ライターを連れてきました、ではウェブを作ってください」といった認識の相手がまだ多いことだといいます。
さらに、企業側の担当者が、コンテンツのあるべき姿を深く知っているわけでもなく、廣川さんが期待するようなカウンターパートになっていない場合が多いと話します。
どんなコンテンツがいいとか、どんな選択肢があって今回はこれにするんだとか、あんまりないよね。
続くコンテンツをどうつくるか
久下さんは、どんなコンテンツを作り、それで何を伝えるかを話し合うところから始まるのかと尋ねます。廣川さんは、そういう場合が多いと答えます。
例として、ADX建築を手がける会社。会員制の別荘サービスSANUの建築の一部も担当している。の安西さんの話を挙げます。安西さんは、自然環境に負荷をかけずにSANUの別荘を建てることを、かなりリアルに考えている建築家だといいます。
ただ、実際に建物を訪れても、使う人には「木が使ってあるな」くらいしか伝わらず、その考えや意味はほとんど伝わらない、と廣川さんは指摘します。
そこで、何を伝えるかを考え、テスト的に記事を作ったといいます。最終的にたどり着いたのは、安西さんが毎週noteでエッセイのような文章を書くという形でした。
基本的には誰も見ないというか、noteに書いてるからって読者がどんどん増えていくわけじゃない。でもそれを書こうというコミュニケーションを始めたりとか。
何をしたいかがまずあり、それを無理なく、内容も担保しながら続けられる形を、相手の状況を見て決めているといいます。
久下さんは、オウンドメディアが続かない問題に触れます。半年のプロジェクトで外部の人がいなくなると、現場の更新頻度が落ち、テイストが企業の公式SNSのようになってしまう、と例を挙げます。
廣川さんも「なんでやってんだっけ」となりがちだと同意します。だからこそ、できる範囲を最初に見極め、一回しかできない仕事なら見応えのあるものを作る、という判断も出てくるといいます。
発注は誰も教えてくれない
久下さんは、クライアントビジネスが多いなかで営業をどうしているのかを尋ねます。廣川さんは、なんとなく連絡があるという感覚だと答えます。
知らない人から連絡が来てもうまくいかないことが多く、仕事のやり方やパーソナリティを含めて知っている相手とやるのがいいと話します。
そのうえで、最近のテーマとして「発注」を挙げます。競争の時代と言われ、企業が外部に仕事を頼めば発注が生まれるのに、その正体を誰も知らないというのです。
発注の仕方って、マニュアルがあるわけでもないし、そういう本があるわけでもないし、なんとなくやってる状況がずっと続いてるなと。
脱線として、黒鳥社編集者の若林恵さんが率いるコンテンツレーベル。ここでは「発注」をテーマにしたイベントや企画に触れられている。の若林さんが発注をテーマにしたイベントを開き、発注のコンテンツを作り始めようとしていた話が出ます。若林さんも同じ悩みを抱えていたといいます。
一方で、廣川さんの中には一つの答えがあると言います。それは、知り合いに発注しないとうまくいかない、というものです。
発注要件には「この質が欲しい」とうまく書けず、できあがったものが違ったときも、知らない相手だと「言われた通りにやったのに」で終わってしまうといいます。
知り合いであれば、そうなんだとなって、じゃあちょっと変えてみるとなるじゃないですか。
そもそも相手企業に興味がなければ「知らんし」で終わってしまう。友達が困っているならやろう、という関係性がないと難しいと廣川さんは話します。
久下さんはこれを「マイメンビジネス」と呼び、その間柄だとやりやすいと共感します。廣川さんは、だからこそ面白い人といろいろ話すことが一番いいのかもしれないと締めます。
久下さん自身も、デザイナーへの発注をテーマにnoteを書いたら大きな反響があったといい、世の中の人が発注の仕方を知らない実感を語ります。そこから、廣川さんが「発注本」を出す案で盛り上がります。
マツダ本に見る、書籍とタイミング
話は書籍作りに移ります。久下さんが、廣川さんが編集したMAZDA DESIGN廣川さんが編集を手がけたマツダのデザインに関する書籍。日経デザインでの特集が土台になっている。のような企画は持ち込みなのかと尋ねると、廣川さんは自分から持っていくと答えます。
いまや書籍を出すのは至難の業で、売れるかは誰にもわからない、と廣川さんは言います。著名な人や実績のある人でなければ、本を出すのは難しくなっているそうです。
マツダ本の場合は、まず日経デザインで特集を組み、その段階を踏んだうえで書籍化できるのではという流れになったといいます。
決め手は反響というより「ムード」だと廣川さんは言います。マツダのデザインが変わってきているような気がする、という空気感です。
久下さんは、モーターショーで先鋭的なコンセプトモデルが話題になっていた時期だったと補足します。デザインシンキングなど外側の議論が盛り上がるなか、前田さんが「造形だろ」と切り込む構図はカウンターカルチャーのようで、タイミングとして良かったと振り返ります。
廣川さんは、中川政七商店の中川淳中川政七商店の会長。経営とデザインをつなぐ取り組みで知られ、関連書籍も出している。さんの本の例も挙げます。過去に出た『経営とデザインの幸せな関係』から5年ほど経ち、噛み砕いた続編を出す形なら企画が通るのではと考え、実際に出すことになったといいます。
やったら、それは出すことになったし。やっぱりタイミングなんですよ。
10年越しに実る企画とタイミングの力
もう一つの例が「アルテックのガチャガチャ」です。もとはタカラトミーアーツから、どんなガチャガチャがあるといいかと相談を受けたのが始まりだといいます。
小さくて連結でき、集めたくなるものがいい、という特性から、アルテックフィンランドの家具ブランド。デザイナーのアルヴァ・アアルトらが設立し、木製のスツールなどで知られる。のスツールが候補になりました。しかし当時アルテックに連絡すると、難しいという返事だったそうです。
その約8年後、担当者と再会したときに事態が動きます。
あっちは僕のことは覚えてなかったんだけど、ガチャガチャの提案をしてきてくれた人のことは覚えてるみたいになって。今だったらいけるかもしれないと。
久下さんは、それは本に限らず、アイデアの芽がいつ出るかわからないなかで、タイミングが結果を左右するということだと受け止めます。
久下さんが編集者としてのキャリアの始まりを尋ねると、廣川さんは元々出版社でアメリカのテクノロジー雑誌を6年ほど担当していたと答えます。
その雑誌がなくなったタイミングで、なんとなく辞めたといいます。独立に強い決意があったわけではなく、当時は出版業界が「良くないね」と言われる時期でした。
だからこそ新しい雑誌の創刊やリニューアルがいくつかあり、廣川さんは期待を持って動ける状況だったと振り返ります。RELAXの最後の号やMacPower、AXISなどの名前が挙がり、当時の雑誌の空気を懐かしみます。
発注講座という次のテーマ
久下さんは、最近気になる領域を尋ねます。廣川さんは、思い切って何かを始めるのは大変で、当事者ではない立場からやれるといいと話します。
あんこ屋への興味にも触れますが、実際にやると大変だといいます。それでも、あんこがコンテンツになる可能性は感じているようです。
久下さんは、フレンチトーストにあんこと白玉を挟むような他ジャンルとの掛け合わせや、粒あんが食物繊維を含み血糖値が急上昇しにくいことから、トレイルランナーにあんバターが好まれる例を挙げます。
話は再び発注に戻ります。久下さんが、丁寧なコンテンツ作りにはパーソナリティが大きく関わるのに、そこを理解してから発注する視点は語られにくいと指摘します。
廣川さんは、以前からやりたいと思っている「発注講座」の構想を語ります。
あらゆるものを作らなきゃいけないかもしれないという状況に置かれるので、きっと。だから映像を作る時にどういう発注をするのかとか。
映像の中の音楽を何をもって判断するのか、といったこともわからないため、実践としてできるといいと廣川さんは言います。発注する人の総数は作る人より多いのに、発注視点の講座はあまりないと二人は確認します。
久下さん自身も、製品デザインの依頼では最初から作るものが決まっていないことがほとんどで、誰に何を頼めばいいかわからないところから話が始まると語ります。
発注のハードルが下がれば、もっと面白いものもできるだろう、という点で二人の意見は一致します。
まとめ
編集者の廣川さんの仕事は、雑誌にとどまらず、企業と一緒に「何を、どう伝えるか」を設計するところまで広がっていました。その根底には、続けられる形を相手と探り、知り合いだからこそ成り立つ発注と、機が熟すタイミングを見計らう姿勢があります。
- いまの編集者は、伝えたいのに作り方がわからない相手と、一緒にコンテンツを作る役割を担っている
- 発注は誰も教えてくれず、質を言葉にしにくいため、関係性のある相手とやることが結局うまくいく
- 書籍もガチャガチャの企画も、内容以上に「タイミングとムード」が実現を左右する
- 続くコンテンツをつくるには、相手が無理なく続けられる範囲を最初に見極めることが重要
- 発注する人の数は作る人より多く、発注視点の講座や本には未開拓の余地がある
