好きだった雑誌が廃刊に。編集部に直訴して飛び込んだ装丁家への道
装丁家の川名潤1976年千葉県生まれ。『テスカトリポカ』『地図と拳』など数々の著名作品の装丁を手がける。「テキストに寄り添う装丁」を掲げ、物語の世界観を視覚化するスタイルが評価される。さんをゲストに迎えたWHY ARE YOU?の第2回では、デザインによる読書体験のコントロール、日本の出版業界の変化、そしてこの世界に飛び込むことになったきっかけが語られました。その内容をまとめます。
読むスピードをデザインで操る
装丁は見た目だけではありません。川名さんは、本文レイアウトを通じて読者の読書スピードをコントロールしていると言います。
ゆっくり読ませたい場合は、1ページあたりの文字数を増やし、1行あたりの文字も多くします。すると読者はページをめくる手を自然と遅くするそうです。逆に、サクサク読み進めてもらいたい作品では、ページ数が増えても文字を緩やかに配置し、スピード感を出します。
ページをめくる手を遅くすることもあるし、逆にサクッと読んでもらいたい場合は、ページ数が多少増えても、ゆるくゆったりと組む。そういうスピード感の調整をやっています。
表紙の印象だけでなく、中身の組版も含めて作品全体をデザインする。川名さんの装丁は、読書体験そのものを設計する仕事なのです。
著者との向き合い方
装丁家として、川名さんが最も意識しているのは「著者に気に入ってもらうこと」だと言います。事前の打ち合わせがほとんどないことも珍しくなく、1行程度のメールと原稿、締め切りだけが送られてくることもあるそうです。
それでも依頼が来るのは、長年の信頼関係があるから。著者が打ち合わせに来る場合は、物語の内容だけでなく、好きな食べ物や音楽、映画などを聞き、その人が触れてきたものから「気に入ってもらえそうなデザイン」を探るといいます。
僕が一番意識してるのは、著者が気に入ってくれたらいいなということ。書いてる人に嫌われたくないんです。
著者からの指名も比較的多いといい、同じ著者の複数作品を手がけることも。それは、川名さんが作品の世界観を深く理解し、信頼されている証と言えるでしょう。
縮小する出版業界と選択肢
日本の出版業界は、この3年で大きく変化しました。予算の縮小により、使える紙の種類や加工の選択肢が減り、製紙会社や加工業者の廃業も相次いでいます。
特に新人作家の場合、売れるか分からないため少部数からスタートし、最小スペックでの制作が多いと言います。加工をする会社自体が減っており、職人の後継ぎ不足も深刻です。
一方、電子書籍の普及により、「立体物としての本を作らない装丁家」も存在するようになりました。ビジネス書などでは電子版のみの書籍も増えており、装丁家の仕事は「サムネイルを作るグラフィックデザイナー」に近づいているとも言えます。
それでも、紙の質感や印刷の風合いを選ぶ楽しさは、デジタルの時代にも残り続ける魅力です。川名さんは、その「沼」に入り込む面白さが、絶対になくならないと信じています。
豊富な紙の種類、多様な加工技法、職人による手仕事が当たり前だった時代
予算縮小により紙・加工の選択肢が減少。職人の廃業・後継者不足が進み、電子版のみの書籍も増加
フォントの流行とリバイバルブーム
フォントにも時代ごとの流行があります。1970年代末に写植機写真植字機の略。光学的に文字を印画紙に焼き付ける装置。活版印刷に比べて文字間を自由に調整できるため、デザインの自由度が大きく向上した。が広まると、それまでの活版印刷金属活字を一文字ずつ並べて版を作り、インクを転写する印刷方式。物理的な制約があり、文字間の調整は困難だった。では不可能だった「文字を詰める」ことができるようになり、詰めるブームが訪れました。
その後、DTPDesktop Publishingの略。パソコン上で文字組みやレイアウトを行う出版手法。1980年代後半から普及し、出版業界を一変させた。(デスクトップパブリッシング)が普及すると、文字の形そのものを変形させたり、斜めにしたりする表現が流行しました。しかし同時に、写植時代に使われていた多くの書体がデジタル化されず、消えてしまったのです。
近年のトレンドは「リバイバル」です。DTP移行時に消えた写植書体が復刻され、川名さんもそれらを積極的に使っているといいます。子どもの頃に触れた書体が、自分が仕事を始めるタイミングで消えてしまった。だからこそ、「あの時のあの感じを再現したい」という思いが強いのだそうです。
今一番待ち望んでいるのは、石井太丸ゴシック。アルプスの少女ハイジのエンディングの歌詞に使われていた書体なんですが、いまだに出てないんです。
川名さんが長年待ち続けている書体の一つが、石井太丸ゴシック写研の書体デザイナー・石井茂吉が開発した丸ゴシック体。アニメ『アルプスの少女ハイジ』のエンディング歌詞で使われ、当時の子どもたちに強い印象を与えた。石井ゴシックは復刻されたが、丸ゴシックはまだデジタル化されていない。です。こうした懐かしい書体への思い入れが、今の装丁に深みを与えているのかもしれません。
音楽雑誌への直訴から始まったキャリア
川名さんが装丁の世界に入ったきっかけは、大学時代のアルバイトでした。美大のゼミにOBが遊びに来た飲み会の席で、「なんでこの雑誌はデザインがこんなにひどいんだろう」と愚痴をこぼしたところ、「じゃあお前やってみろ」と紹介されたのが、クラブミュージック専門誌GROOVE1990年代に創刊されたクラブミュージック専門誌。DTP黎明期の雑誌の一つで、川名さんはここでデザインの基礎を学んだ。だったそうです。
中身はいいのに、面白い人にインタビューしてるのに、なんでこんなことになってんだろうな、と。若気の至りですよね。
そこで雑誌の作り方を学び、本が好きだったこともあり、就職先として装丁を目指しました。しかし当時は装丁専門でやっている事務所が少なく、就職氷河期も重なって就職先がなかったといいます。
文藝春秋のデザイン部の募集に応募したものの不採用。その後、一番好きだった雑誌に「入れてください」と電話しようと思ったら、その雑誌が廃刊になってしまいました。ところが、その編集長がウェブ日記で「新しい雑誌を立ち上げる。デザイナー募集」と書いていたのです。
川名さんはすぐに電話をかけ、「日記でデザイナーが足りてないと読んだんですが」と伝えました。こうして、サイゾー1999年創刊の総合情報誌。サブカルチャーや社会問題を扱い、独自の視点で注目を集めた。川名さんは創刊準備段階から参加した。の創刊準備中の編集部に入ることになったのです。
「それしか方法がない」という言葉の通り、行動力が道を切り開いたのでした。本が好きで、装丁をやりたいという強い思いが、直接電話をかけるという行動につながったのです。
まとめ
装丁家・川名潤さんの仕事は、見た目だけでなく読書体験そのものを設計することだと分かりました。著者への深い敬意、縮小する出版業界の中での工夫、懐かしいフォントへの思い入れ、そして直訴から始まったキャリア。すべてが「本が好き」という情熱から始まっています。
川名さんは言います。「本体ではなく、せいぜい着せる服ぐらいのさじ加減」と。しかしその謙虚な姿勢こそが、作品に寄り添い、読者に届く装丁を生み出しているのかもしれません。
- 読むスピードはデザインでコントロールできる。ページ内の文字量や行間で読者の体験を設計している
- 著者に気に入ってもらうことを最優先に考え、事前打ち合わせがなくても著者の世界観を読み取る
- 出版業界の予算縮小により、紙や加工の選択肢が減少。職人の廃業も進んでいる
- 写植時代のフォントが復刻されるリバイバルブームが到来。子ども時代に触れた書体への思い入れが深い
- 好きだった雑誌の編集長に直接電話をかけ、創刊準備中の「サイゾー」編集部に参加。行動力がキャリアを切り開いた
