そもそもボールルームダンサーとは
冒頭で山崎さんが引っかかったのが、そもそも「ボールルームダンサー」という呼び方でした。下田さんは競技ダンスのプロダンサーです。
そもそもボールルームダンサーって言うんですね。
下田さんによると、競技ダンスには大きく2つの部門があります。ひとつがボールルーム、もうひとつがラテンです。
ボールルームは貴族の舞踏会などをもとにしたもので、ワルツやクイックステップなどが含まれます。山崎さんが挙げた映画『タイタニック』の豪華客船で踊るようなイメージに近いと話されています。
ドレスの裾が長くて、ちょっと二人で喋りながら踊れたりっていうのが。
一方でラテンは、ブラジルのサンバや、ロックンロールに近いジャイブなど、いろいろな世界から取り入れられています。
どっちかっていうと一人でもできるものをペアダンスにしたっていうイメージが強いですね。
競技ダンスは全部で10種目あり、両方踊れる人を「テンダンサー」と呼ぶそうです。漫画やNetflix映画のタイトル『10DANCE』もここに由来します。
貴族の舞踏会がもと。ワルツやクイックステップなど。二人で喋りながら踊れる型が決まったスタイル
サンバやジャイブなど各地の踊りがもと。もともと一人でもできるものをペアダンスにしたイメージ
大学から始めても日本一を目指せる理由
下田さんはトッププロやジュニア出身の選手が両方を一通りやってから得意な方に特化していくのに対し、自身は大学から始めたためどちらかに専門を絞らないと勝てなかったと話します。
私みたいな大学から始めると、もうどっちかに専門にしないとちょっと勝てないっていうので。
平田さんは、陸上の走り幅跳びやハードルのように、競技の中で種目が分かれているイメージかと確認します。下田さんも、みんなそれなりにできるけれど「この人はこれが一番だよね」というものはあると答えました。
下田さんは大学から始めて、学生選手権優勝、そしてプロの世界へと進みました。相当打ち込んだ結果だと考えられます。
結構退部落とす人も多かったですね。大学で。
競技人口と聖地ブラックプール
山崎さんは、競技ダンスは年配の方がやっているイメージが強いのではと尋ねます。下田さんによると、全体では年配層が多い一方、試合に出る競技ダンスに限ると若い層が多いそうです。
チャンピオンクラスのピークは30代前後で、シニア戦や年代別の大会もあり、長く続けられる競技だと話されています。
日本の競技人口は100万人と言われるものの、数え方は謎で、年々減っているようだとのことでした。
世界で権威がある大会として名前が挙がったのが、イギリスのブラックプールです。日本の映画『シャル・ウィ・ダンス?』の冒頭でも使われたと紹介されました。
衣装の敷居とペアという特殊な関係
平田さんは、豪華絢爛な衣装のイメージから、投資が必要な競技ではと尋ねます。下田さんは、試合に出るかどうかや衣装のレンタルで変わるとしつつ、ギラギラした衣装を着ること自体が一見さんには敷居が高いかもしれないと話します。
一方で、その衣装に憧れて始める人もいます。露出のあるバレエに近い感覚かもしれません。
話題は、男女で組むこの競技ならではのパートナー関係へ移ります。ダンスのパートナーと、恋愛や生きる上でのパートナーは別物なのか。下田さんはプロは夫婦でやっている人が多いと答えつつ、難しさも語ります。
ビジネスパートナーもいるんですけど、やっぱりすごく家族の理解とかが必要だったりしますね。
大学のサークルでは恋愛が絡み、パートナーをめぐるドロドロした事情も実情としてあるそうです。勝ちたい気持ちと恋愛が入り混じり、人間の業が出やすい世界だと語られました。
なぜダンスを始めたのか
下田さんは大学までバレエと演劇をやっており、続けるか悩んでいた時に、立教大学の新歓で声をかけられました。部室には全日本優勝などの賞状が並び、強豪校に見えたそうです。
大学から始める人がすごく多いから、日本一が目指せるよって言われたので、なるほどと思って。
決め手になったのは、新歓で先輩たちがジーパンやTシャツといった普段着で踊っていたことでした。ギラギラしたイメージが崩れ、意外とカジュアルだと感じたと言います。
後から知ると、当時の立教は弱く、人数を集めるのに必死だったそうです。それでも普段着で踊る姿が敷居を下げてくれたと振り返りました。
テニス部とかがもうみんな取られちゃうので、そこに勝っていくにはとか、こういうターゲットに声をかけなさいとか、ちょっと宗教じみてましたね。
ペアは先輩が決める。選んだ理由は「一番穏やか」
立教では、ペアを先輩が決めるのが特徴でした。面接があり、ローテーションでいろいろな人と組む様子を見て、カップルバランスや相性、身長などから決められるそうです。
学校としては団体成績もあるため、1組だけ突出するより満遍なく勝てるようにしたいという戦略もあったと話されています。
下田さんが希望したパートナーが、現在も一緒に指導する西尾さんです。理由は、一番上手いからではありませんでした。
お互い意志が強すぎると、もう踊る前に口喧嘩で終わっちゃうとか。
練習は毎日で、昼休みや授業の空きコマも部室で踊っていたそうです。衣装代を稼ぐため、パーティーのアテンダントやプロの助手といった「ダンスバイト」もあったと語られました。
日本は世界でも有数のダンスパーティー開催国だといいます。ホテルの宴会場や公共施設でスタジオが催すパーティーが数多くあり、習い事の発表の場になっているようです。
会社勤めとの両立、そしてプロへの道
下田さんは、途中まで正社員フルタイムで働きながら競技を続けていました。ダンス一本で食べている人は少なく、自身は異例だと話します。
結婚のきっかけも、実はダンスと関わっていました。当時は会社の結婚休暇を使えば長くイギリスに行けると考え、それが初めての長期遠征につながったそうです。
これ使ったら結構長く行けるんじゃないと思って、結婚して、それきっかけに、これは留学続けた方がいいなっていうので、会社辞めたりしたんですよね。
海外遠征は、結婚していないペアだと部屋の問題や家族の不安など気を使う点が多く、公私ともにという関係になりやすいと語られました。
プロへの道は、勧誘の連続でもありました。全日本で結果を出すとスタジオからスカウトが来て、習っている先生からもプロを勧められたそうです。
ずっと就活させられてるみたいな感じ。
山崎さんは、人生を預け合うペアの関係を芸人のコンビになぞらえます。下田さんも、仲が良い人も終わったら即解散という人もいる点が似ていると答えました。
ペアを解消すると級が下がる仕組みもあり、キャリアを構築するなら回り道はしたくないと話されています。続けるには、練習場の近くに住むといった環境づくりも必要だったそうです。
ターニングポイントは初めての長期イギリス
下田さんが挙げたターニングポイントは、初めて長期でイギリスに行った時でした。試合だけでなく練習から海外勢を見て、フィジカルの強さと集中力に驚いたと言います。
さらに意外だったのが、海外ではプロの仕事が少なく、精鋭しかプロにならないという事実でした。
海外でプロになってる人って、日本よりプロの仕事が少ないので、本当に精鋭しかプロになってないんですよ。
日本やアジアの方が、先生やショーとしての市場が大きく、プロの数も多いそうです。イギリスでは社交ダンスがカジュアルすぎて、あえて習う人はむしろ少ないと語られました。
見る人見る人みんな美しくて上手いんですね。日本の誰でもなれますみたいな感じでいっちゃうと、これはやばいぞと思って。
この経験で意識が変わり、片手間では無理だと感じて仕事も辞めたそうです。
もうひとつ印象に残る試合が、コロナ禍明けのブラックプールでした。日本ではまだマスクが当たり前だった頃、イギリスではマスクなしで伸び伸びと踊れたと言います。
ダンス界またこれから盛り上げるぞみたいな気概を感じて、すごい伸び伸び踊れて、やっぱダンスいいなって思った。
まとめ
競技ダンスは、ボールルームとラテンに分かれ、全10種目からなる男女ペアの競技です。下田さんは大学から始めて日本一、そしてプロへと進み、ペアで人生を預け合う世界のリアルと、海外での気づきを語ってくれました。次回は全日本三連覇から引退までの過程を伺います。
- ボールルームは貴族の舞踏会がもと、ラテンは各地の踊りがもとで、両方踊れる人がテンダンサー
- 大学から始める人が多いため、競技ダンスは大学スタートでも日本一を目指せる
- ペアは先輩が決め、下田さんは一番上手い人ではなく一番穏やかな相手を選んだ
- 男女ペアゆえに恋愛や家族の理解が絡み、関係は芸人のコンビにも似ている
- 初めての長期イギリス遠征で、海外は精鋭しかプロにならないと知ったことがターニングポイント
