競技者と同じ熱量で挑み続けられる仕事。ルートセッターの後進育成と未来
日本を代表するルートセッタークライミング競技で、選手が登るルート(課題)を壁にホールドを配置して設計する専門職。大会の難易度や面白さを左右する重要な役割。・岡野寛さんを迎えた全4回シリーズの最終回。最新トレンドの「滑り台ルート」から、若年化が進む選手層、アフリカでの普及状況、そして引退後も競技者と同じ熱量で挑み続けられるルートセッターという仕事の魅力まで、業界の未来図が語られました。WHY ARE YOU?での対話。その内容をまとめます。
壁に滑り台?進化するクライミングの新トレンド
今後作ってみたいルートはありますか──そんな問いに、岡野さんは「自分はあまり冒険するタイプではない」と前置きしつつ、業界の最新トレンドを紹介してくれました。最近見た中で印象的だったのは、なんと「壁の中に滑り台」があるルートだといいます。
クライミングは本来「上に登る」スポーツ。しかしその課題では、高いところまで一度登った後、ツルツルした素材の大きなホールドをお尻で滑り降りるしかない場面が組み込まれているのだそう。手で持とうとしても持てない。滑った先に次のホールドが配置されている、という設計です。
①上方向に登る
通常通り、ホールドを伝って高所へ。
②ツルツルの大型ホールドをお尻で滑り降りる
手では持てない素材。滑るしかない構造。
③滑った先のホールドから再び登る
下って、また上がる。立体的な動線が生まれる。
マリオメーカーじゃん、やってること。そんなクリエイティブなんですか。
もうそこの段階まで来てますね。
従来、ルートセッターは「あるホールドの中で何を作るか」を考えてきました。しかし今は「こういう動きをさせたいから、こういうホールドを作ってほしい」という逆方向の動きも出てきているといいます。素材も進化し、ザラザラが基本だったホールドにツルツル素材が加わるなど、表現の幅が広がっています。
アスレチック化するクライミングとアウトドアとのつながり
ジャンプやアクロバティックな動きが増え、ルートはどんどんアスレチック化しています。岡野さんはかつてSASUKETBS系で放送される人気スポーツエンタテインメント番組。出場者が巨大なアスレチックコースに挑戦する。のテストを受けたこともあるそうで、当時SASUKEで見られたようなジャンプ動作が、今クライミング側に逆輸入されつつある感覚だといいます。
一方で岡野さんが強調したのは、クライミングの「ベース」を忘れないこと。もともとクライミングはアウトドアの岩を登る文化から生まれ、今も自然の中で楽しむ人が大勢います。その原点とのつながりは、競技がどれだけ進化しても残しておきたい、というのが岡野さんの願いです。
選手を現役引退しましたってなっても、まだアウトドアのクライミングで楽しむ場があったりとか、スポーツとしての広がり、深みが出てくると思うので。インタラクティブにつながっててほしい。
競技としての先鋭化と、アウトドアという原点。両方が行き来できる状態であってほしい──スポーツの幅と寿命を考える上で示唆的な視点です。
5歳から始める時代。選手の若年化と早すぎる引退
クライミング選手の引退時期は、意外にも30歳前後と早め。理由のひとつが、競技の急速な若年化です。岡野さんが19歳でクライミングを始めた頃は、ジムに行けば自分が一番若かった。しかし今は5歳ほどで始める子が珍しくなく、15歳で経験10年というケースも普通にあるそうです。
話題はアイスクライミングにも広がります。岡野さんによれば、アイスクライミング氷瀑や氷壁を、アイスアックス(ピッケル)とアイゼンを使って登るスポーツ。本来は冬山登山の技術のひとつ。もすでに競技化されており、専門のルートセッターも存在するとのこと。しかも大会では「ピッケルを持ったままジャンプする」という、映画クリフハンガー1993年公開、シルヴェスター・スタローン主演のアクション映画。断崖絶壁での命がけのクライミングシーンで知られる。さながらの動きまで現実になっているといいます。
リスクがあるってところが面白いところでもあるんですけど、スポーツ大会に関しては、できるだけそのリスクをなくして、スポーツとして特化していくみたいな方向性にはなってますね。
本来は命と隣り合わせの行為を、ルールと環境設計によって「スポーツ」として安全に成立させる。ルートセッターはまさにその安全と興奮のバランスを担う役割です。
次なるフロンティア、アジア・アフリカへ
これから岡野さんが目指したいのは、ルートセットを「教える」活動を世界中に広げていくこと。とくに視線が向くのは、これからクライミングが伸びていく地域です。
実際、最近もナイジェリアの選手団が日本でトレーニングしたいという相談が岡野さんのもとに届いたといいます。すでに選手団は存在するものの、施設・コーチ・ルートセッターが揃っておらず、まずは外で学ぶところから始まっている段階です。
良いルートが選手を育て、育った選手が国際大会を盛り上げ、それがまた新たな普及につながる。岡野さんがこれまで複数の国の発展を間近で見てきたからこそ、次のフロンティアへの手助けに価値を感じているのです。
引退後にもう一度「現役」が待っている仕事
スポーツ選手のキャリアは、現役引退後の道が常に課題となります。多くの場合、選択肢は指導者か競技団体の運営側。しかしルートセッターという仕事は、その典型的な構図とは少し違うようです。
現役が終わった後に、ルートセッターというもう一度現役が待ってるというか。競技者と同じ感じでヒヤヒヤしながら向き合う競技に違う道から、これは僕いろんなスポーツ見てきたけど、他にないんじゃないかなって。
現役 → 指導者・運営側へ
競技現場の緊張感は手放すケースが多い
現役 → ルートセッターという第二の現役
大会本番で課題を設計し、選手と同じ熱量で向き合い続けられる
ルートセッターは自身もクライミングのレベルを保たなければならない仕事。だからこそ岡野さんは今もトレーニングを続け、自分のクライミングも続けたいと語ります。引退でキャリアが「曲がる」のではなく、現役性が「続く」働き方。スポーツとキャリアを考えるすべての人にとって示唆的な事例です。
後進へのメッセージ──蓄積とコミュニケーションと、プラスα
クライミングを趣味で楽しむ若い人がルートセッターに興味を持ったとき、何を意識すべきか。岡野さんが挙げたポイントは3つに整理できます。
どうして自分はこうしたいのかっていうのを、他のルートセッターとか、登る人にうまく伝えられるような、そういうところがあった方が、いいルートセッターとして活躍できるかな。
言語化と伝達。これはルートセッターに限らず、フリーランスとして世界で活躍したい人すべてに通じる普遍的な指針でもあります。
まとめ
滑り台が組み込まれた壁、ピッケルでジャンプするアイスクライミング、5歳から始まる競技人生、そしてアフリカへ広がりつつあるフロンティア。クライミング業界の進化のスピードと多様さが、岡野さんの言葉から鮮やかに浮かび上がりました。
そのなかでもとくに印象的だったのは、ルートセッターという仕事が「引退後にもう一度現役が待っている」稀有なキャリアだという点です。競技者と同じ熱量で課題に向き合い、自身もクライミングを続けながら、世界中に文化を広げていく。岡野さんの歩みは、好きを仕事にし、進化し続けるとはどういうことかを教えてくれます。
- クライミングの最新ルートは「壁の中の滑り台」など、もはやアスレチック・ゲームの領域まで進化している
- 選手の若年化が進み、5歳開始・10代後半ピーク・30歳前後で引退が一般的になりつつある
- アフリカ(ナイジェリアなど)はこれから普及するフロンティア。良いルートが良い選手を育てる循環が鍵
- ルートセッターは引退後にもう一度「現役」が待っている、スポーツ界でも稀有なキャリアの形
- 後進に必要なのは「クライミング経験の蓄積」「言語化できるコミュニケーション能力」「英語などのプラスα」の3点
