ハスキーな声とツチノコのようなゲスト
この日の平田麻莉さんの声はハスキーでした。フリーランス協会の交流会が全国で満員御礼になるほど盛り上がる中、仙台のイベントで声を張りすぎて潰してしまったそうです。
2週間治らず、咳も鼻水もない状態だと話されています。
酒焼けっぽいでしょ。そういうのに憧れて、本当にスナック始めたのかなとか。
ゲストは、シャープ公式Xの通称「シャープさん」こと山本隆博さんです。多くの日本人が名前を知る一方で、姿を見る機会はほとんどありません。
普段はインターネットの奥に。名刺交換したら、ツチノコを見たみたいな気持ちですって、よく言われます。
広告業界で話すことはあっても、公の場に出るケースはあまりないと本人も語っています。
いまの仕事「コミチ」で漫画の連載を支える
山本さんは現在、株式会社コミチのCMOを務めています。まずは、その仕事内容から話が始まりました。
かつて漫画雑誌は紙で毎週読まれていました。紙の雑誌は下降していますが、連載を定期的に更新する行為自体が、人気作品の苗床になっていたと山本さんは指摘します。
いかにその連載作品をどう耕し続けるかっていう仕組みを、どういうふうにキープするかっていうのが、多分漫画の世界では非常に問題、課題だったんですね。
コミチは、雑誌運営をウェブ上で行うシステムを開発し、運営を請け負っています。現在は20誌ほどの漫画雑誌を裏方として回しているそうです。
契約相手は漫画家個人ではなく出版社で、コミチはプラットフォームとして関わっています。
山本さんは、コミックスを電子で買うイメージが先行しがちだと補足します。しかしコミチが担うのは、その手前の部分です。
コミックスになるまでのところで、どこまで読む人を増やすか。てか、そこがないと単行本も出ないんですよ。実は一番手前の部分で、漫画をどこまで支えられるかっていうことをやってるのが僕らの会社。
山崎晴太郎さんは、電子だとどこまで読んだか忘れてしまう体験の変化に共感していました。
山本さんは、電子になった時点で「週刊」である必要もなくなったと話します。作品ごとに更新がルーティンでないものもあり、運営は煩雑だといいます。
連載更新
ウェブ上で毎週の連載を運営する
読者拡大
広告やSNSで作品の認知とファンを増やす
コミックス化
読者が増えて単行本の刊行につながる
Twitterの出会いから、取扱説明書を漫画にした実験
コミチでの連載や仕事は、Twitterでの出会いから始まっています。山本さんはもともとシャープの宣伝部で、テレビCMや新聞広告などマス広告のクライアント側担当者でした。
マス広告がうまくいかなくなり、ウェブ、SNSへと移行する流れの中で、山本さんもSNSに至ったといいます。しかし、広告的な発信をしても読まれません。
だけど、とりわけXというかTwitterの話かもしれないですけど、絵を描ける人はみんなサラサラと絵を描いて、イラストでツイートすると、それは非常に好意を抱いてるのはよく見てたわけですよ。
そこで山本さんは「伝わらない広告なら、全部漫画にしてしまえばいい」と考え、絵を描ける人を探しました。そこにDMを送ってきたのが、現在のコミチ社長・万田さんです。
山本さんは、家電メーカーで最も読まれないものは取扱説明書だと考えました。そこで取説のデータを渡し、漫画家と一緒に漫画化する実験をしたそうです。
その後、万田さんから「今度は君がコミチ側に協力しなさい」と言われ、漫画を紹介する連載につながっていきました。
単なる漫画紹介も、あまりに無味乾燥だし、僕のエッセイに漫画を組み込んでいったら、もともと漫画にあんまり興味ない人にも読まれる構造になるんちゃうかな、と思ってやっていたのがきっかけですね。
15年ずっと一人。「入れ物」を確立するという考え方
シャープ公式Xは、始まってから一人でずっと運営されています。複数人で分担することもありません。
うまくいったらチームでとか、なんか会社だからやっぱりアセットにしてとか、いろんな話が出そうですけど。
チーム化の話は何度か浮上したものの、山本さんは「それをするくらいなら交代すればいい」と考えていたといいます。目指していたのは、中の人の人格ではなく「入れ物」の確立でした。
わかりやすく言うと、オールナイトニッポンとかってずっと続いてるじゃないですか。入れ物が。パーソナリティは人が変わっていきますよね。でも何をしてたかっていうと、あの時間帯のリスナーとの距離の近い、親密な感じでコミュニケーションを交わすっていう入れ物が続いている。僕はそれを企業のアカウントでも作りたいなと思ってて。
あえて「ゆるい」と呼ばれたり、会社の物言いから逸脱した言い方をしたりしたのも、その入れ物づくりのためでした。
ただ、いざ交代を想定しても、2代目をやりたがる人が思ったほど現れなかったといいます。
次の人が自分の言葉で紡げる場所を、僕は保証したつもりやったんですけど、ちょっと時代が変わったのかわかんないですけど、やりたい人が出なかったっていうのは一つ。
転職後も業務委託で運営を続けている状況について、山本さんは自身のアカウントを会社と自分の「ちょうど真ん中」の人格として位置づけていると語ります。
自身のSNSはほとんど触っておらず、シャープさんのアカウントは常にバックグラウンドで起動しているような感覚だといいます。
抜けない俳優さんみたいな感じですかね。
一人にこだわる原点。「いいものを減らす仕事」への違和感
なぜ一人で、予算を使わずに始めたのか。その原点は、宣伝部での問題意識にありました。
山本さんは、マス広告を「莫大な予算で人のほっぺを札束でバーンとやらせるような行為」と表現します。担当者として、コピーライターらが作ったものを社内の決裁に通す役割を担っていました。
その決裁が、山本さんには重くのしかかりました。約50個のハンコを集める必要があり、途中で振り出しに戻ることもあったといいます。
十個ぐらい溜まって、十一個目ぐらいで振り出しに戻ったら、その時は何らかの指摘があって振り出しに戻るんで、それを僕は伝えなくちゃいけない。それを繰り返して、いざ出来上がったらほとんど残ってないんですよ、初めの。
山本さんは、これを「いいものを減らす仕事」だと感じ、耐え難くなっていったと話します。しかも、何をどう減らすかを指示するのは自分でした。
もう一つの違和感は、お金を払う側の特権性でした。お金を払う立場と、いいものを作ることは本来相容れないはずだと山本さんは考えます。
家の事情を、こっちはお金払うからっていうだけの立場で、そういうことをする。その繰り返しが非常にしんどくて。
「ハンコ」と「特権性」という2つの課題が、良かったものがカスカスになって世に出る原因だと山本さんは整理します。だからこそSNSでは、その問題意識を解決するチャンスだと捉えました。
主語を全部「僕は」に書き換えて発信する
山本さんは、企業広告の主語の大きさにも着目していました。日本語は主語が省略されますが、企業広告で隠れている主語は「我が社は」や「我々は」だといいます。
大きな会社なので、ニュースリリースも広告も、もともと膨大な発信があります。そこで山本さんは、その言葉の主語をすべて一人称に変えて発信しようと考えました。
「僕は」「私は」という主語に書き換えて発信し続ける。それが、シャープさんとしてずっとやってきたことでした。
平田さんは、承認フローをなくして一人で完結させたことが、抜け出たキャラクターが生まれた根源的な部分だと納得していました。Xの時代になっても、一つの投稿に稟議を重ねる会社は今もあるといいます。
まとめ
山本さんが語ったのは、中の人の人格ではなく「入れ物」を確立するという発想でした。その背景には、マス広告時代に感じた「いいものを減らす仕事」への違和感と、お金を払う側の特権性への問題意識があります。SNSはそれを解決する場であり、主語を一人称に書き換える発信として続けられてきました。
- シャープ公式Xは15年、山本さん一人で運営されてきた
- 目指したのは「中の人」の人格ではなく、続いていく「入れ物」の確立
- 原点は宣伝部時代の「いいものを減らす仕事」への違和感
- 「出すところまで一人でやる」「予算を使わない」を条件に始めた
- 企業広告の大きな主語を、すべて一人称に書き換えて発信している
