5年越しのzoom訴訟をドラマにする理由
今回はラジオドラマの第2弾として、「zoom商標は誰のもの?」が上演されます。岡村さんはこの訴訟が5年以上続いた、珍しく長期化したケースだと紹介します。
ただし脚本づくりには制約がありました。判決は2026年4月24日に出たと報道されていたものの、収録時点で判決文が公開されていなかったのです。
判決文が、裁判所のホームページ見ても出てなくて、今これ収録時点では出てないんですね。収録時点は26年の5月26日ですけども、だから1ヶ月以上経ってるんですね。
そのため詳細な理由は判決文からは確認できず、報道ベースで軽く触れられた理由をもとに脚本を組んだと断っています。
前回は1人6役でしたが、今回は1人5役。登場人物のうち会社名や結論、理由は事実に即しつつ、社長など人物は架空だと前置きされています。
弁護士と社長、そしてロゴは「zoom」と読めるか
物語の語り手は、企業法務を扱う相馬弁護士です。相談に来たのは、音響機器メーカー・株式会社ズームの社長でした。1983年設立で、レコーダーやマイクなど音を扱う会社という設定です。
社長のもとには、ビデオ会議の「zoom」に関する問い合わせが誤って届いていました。会議に入れない、アカウントを解約したい、といった内容です。
当社にビデオ会議のzoomに関する問い合わせが来ています。会議に入れない、アカウントを解約したい、そういう内容です。
相馬弁護士は懸念点を挙げます。株式会社ズームの登録商標は文字ではなく図案化されたロゴで、相手方が「ロゴは一見してzoomと認識されない」と主張してくる可能性があるためです。
一方で、会社名がカタカナの株式会社ズームであり、ホームページでは文字としての「ズーム」も使われている点を、反論の材料にできると見立てます。
被告側の登場と、業態・音質をめぐる攻防
被告側には、アメリカ本社の法務知財部から来たロベルト松本と、日本法人の小野が登場します。ロベルトは日系2世で、子供の頃に大阪に長く住んでいたため関西弁が抜けないという設定です。
でも今世界中でzoom言うたら俺らのサービスや。日本だけ止められるわけにはいかん。
交渉では、まずロゴが本当に「ズーム」と読めるかが争点になります。ロベルトは、真ん中のOが2つ繋がって無限大や砂時計のようにも見えると指摘します。
さらに業態の違いも持ち出します。株式会社ズームは音響機器メーカー、被告はビデオ会議の通信サービスだという主張です。
これに対し社長側は、音質への懸念を語ります。「zoomは音が悪い」と口コミが立てば、自社製品の評価まで傷つきかねないという心配です。
当社は音質を良くするために何十年も努力してきました。製品を出すためにユーザーの声を聞き、現場で使える音にしてきた。その信用が別のサービスの評価で傷つくかもしれない。
相馬弁護士は、株式会社ズームの登録商標の指定商品が権利上「電子計算機用プログラム」を含んでおり、被告のビデオ会議用ソフトウェアをカバーすると反論します。実態ではなく書類で見るのが日本の原則だと押します。
不使用取消審判とトンボ鉛筆の商標譲渡
訴訟が届くと、ロベルト側は2つの戦略を並行させます。ロゴが「ズーム」と認識されないという主張に加え、株式会社ズーム側の商標に不使用取消審判を請求するのです。
狙いは、相手の権利を実態に合わせて一部削り、商品を非類似にすること。しかも審判は7件に分けて商品ごとに請求すると説明されます。
審判ではな、一つでも商品が使用されてたら失敗に終わる。せやから審判自体を7件に分けて、商品ごとに請求する。
このロベルトは、13歳で弁理士試験に最年少合格した「伝説」という設定です。細かい不使用取消審判のルールに強いことが、弁理士の腕の見せ所として描かれます。
裁判では、ロゴが「ズーム」と読めるかが中心に進みます。被告側は、原告ロゴより前にトンボ鉛筆が普通の書体の「ZOOM」を第9類で登録していた点を突きます。
さらにロベルト側は、そのトンボ鉛筆のズーム商標そのものを譲り受け、自社の使用を登録商標の使用として正当化しようとします。
トンボ鉛筆のズーム関連の資料や。それからアポ取りも頼む。商標権そのものを譲り受ければええんや。
譲り受けた商標も不使用取消、7件は全敗
ロベルト側の商標譲渡に対し、相馬弁護士には備えがありました。最初の相談段階で、文字のズームに近い古い商標が残っていることを確認し、先に不使用取消を請求していたのです。
結果、トンボ鉛筆から譲り受けたズーム商標権は不使用取消が認められます。相手が出した使用証拠が、タッチペン付きの多機能ペンに関するものだったためです。
劇中では、ここでの「電子計算機」は商標法上コンピューターを指し、電卓ではないと整理されます。タッチペンは周辺機器で、電子計算機の使用にはあたらないと判断されました。
一方、ロベルト側が仕掛けた株式会社ズームへの7件の不使用取消は、争った5件がすべて退けられます。相手がiPhoneアプリのアイコンに表示されたロゴを証拠に出し、使用が認められたためです。
トンボ鉛筆から譲り受けた商標権も不使用取消で取り消されて、知財高裁でも覆せなかった。今度はこちらから仕掛けた五件も全部ダメで。
第38類の通信サービスと、著名性という一手
本体である侵害訴訟に向け、ロベルト側は「本件使用は第9類のソフトウェアではなく、第38類の通信サービスだ」と正面から争う方針を立てます。
アプリを介して提供されるものをすべて第9類のソフトウェアとするなら、通販も銀行もメールも何でもソフトウェアになってしまう、という論法です。
さらに転機になったのが、日本法人の小野が漏らした不安でした。差止めが認められれば、日本だけzoomの名前を全部変える必要があり、そのコストは莫大だという嘆きです。
zoomは有名すぎて今はもう誰も混同せえへん。今、オンライン会議でzoomを使う人が、日本の音響機器メーカーの株式会社ズームのサービスやと思うか?
ロベルトは、この「有名すぎる」という点を法的主張に変えます。差止めは現在と将来の行為を止める制度なので、現在混同のおそれがなければ認められないという理屈です。
損害賠償は過去の行為に対するものだと割り切り、最悪の場合は賠償を払ってもzoomの使用を続けることを優先する方針が示されます。
損害賠償1億6600万円、しかし差止めは棄却
最終弁論では、区分は国際分類に基づく世界共通の基準であり、米国で第38類として登録され国際出願で日本でも第38類の登録が認められている、と被告側が主張します。
これに対し原告側は、区分が世界共通でも、商品の解釈や使用の評価は国ごとに異なると反論します。米国は使用主義、日本は登録主義で前提が違うという指摘です。
著名性についても、原告側は「被告が有名になる過程で原告の商標権を侵害した事実は消えない」と食い下がります。被告側は、過去の責任と将来の差止めは分けられると応じます。
判決は、被告に損害賠償金1億6600万円の支払いを命じつつ、差止請求は棄却するという内容でした。侵害は認めるが、現在は混同のおそれがないため差止めは認めない、という構造です。
差止めを避けられた被告側にとっては大きい結果ですが、侵害自体は認められ、完全勝利ではないと整理されます。原告の控訴も見込まれる展開です。
裁判をして良かった、という社長の言葉
社長側にとっても、差止めという第一目標は叶いませんでした。それでも社長は、裁判をして良かったと語ります。
理由は、裁判が各メディアに注目され、両社が別会社であることを継続的に知らしめてくれたからです。判決も「米zoom社に商標権侵害で1億6600万円の損害賠償命令」と報じられました。
差し止めが認められなかったですが、そこまで読まない人もいますし、正確に理解できない人もいるでしょう。そういう点では意味があったかと思います。
相馬弁護士は、ロゴだけでなく文字商標をあらかじめ取得しておくことの重要性にも触れます。ドラマは、訴訟は勝ち負けを決めるゲームではなく解決に向かう選択肢の一つだ、という語りで閉じられます。
エンディングと、2つの「zoom」で録った小ネタ
エンディングで岡村さんは、内容が濃く声色を変えにくかったと振り返ります。特徴のある小野やロベルトは演じやすく、標準語の相馬弁護士が難しかったそうです。
実際の裁判は単なる侵害訴訟ではなく、両者による不使用取消審判や商標権の譲渡交渉まで含む多層的な争いでした。それを1つのドラマに収めた点が語られます。
さらに岡村さんは、収録に仕込んだ小ネタも明かします。オープニングとドラマ部分は音響zoomのレコーダーで、エンディングはビデオ会議zoomで録画しているというものです。
今までですね、このエンディングの前まで、最初のオープニングトークとラジオドラマのくだりは音響zoomのレコーダーで撮ってるんですね。で、今はビデオ会議zoomの方で録画してるというね。
配信の際にどちらのzoomを使うか、日常的にも区別しにくいという実感も語られました。判決文が公開されたら、改めて解説したいと締めくくられています。
告知として、6月10日水曜日18時から東京・築地でイベントに登壇することも案内されました。AFURIの事例をブランド・広報・知財の観点から解説し、後半はお寿司やラーメン、日本酒を楽しめる10名限定・参加費1万5000円の企画です。
まとめ
zoom商標事件を題材にしたラジオドラマは、ロゴの識別性、不使用取消審判、商標譲渡、区分の解釈、そして著名性による差止め否定までを1つの物語に凝縮した回でした。報道ベースながら、実際の裁判の複雑さを1人5役で伝えています。
- テーマは5年以上争われた実在のzoom商標事件で、脚本は報道ベースの情報をもとにした1人5役のフィクション
- 争点はロゴが「ズーム」と読めるか、指定商品が第9類か第38類か、除斥期間や不使用取消など多岐にわたる
- トンボ鉛筆の商標譲渡と、それに対する先手の不使用取消請求が攻防の山場として描かれる
- 判決は損害賠償1億6600万円を認めつつ、著名性を理由に差止めは棄却するという構造
- 社長は差止めを得られなくても、両社が別会社だと報道で伝わった点に裁判の意味を見出している
