今やってることをそのままデジタルに乗せると失敗する理由
後編のテーマは「労務DXをするとき、何から考え始めればいいのか」です。吉田さんがまず釘を刺すのは、今の業務をそのままデジタルに移そうとする発想への警告です。
今やっていることをそのままDXツールに乗せようとしても、絶対にうまくいかないと吉田さんは話します。その理由は、中小企業のルールのあり方にあると言います。
中小企業では、会社としてルールを定めて全員がその通りに運用する、という発想のレベルにある会社は少ないといいます。むしろ社長自身が「俺がルールだ」という形で、価値観が明文化されていないケースが多いそうです。
こうイレギュラーとか例外みたいなのがたくさんあるような会社が結構多いんですよ。最後は社長に聞かないとわからないみたいな会社が多いです。
そうした会社がデジタル勤怠システムに乗り換えると、これまでのイレギュラーな例外処理をシステム内で完全再現できず、ほとんどのケースで手修正が必要になると吉田さんは指摘します。
結果として、アナログでやっていた昔のやり方のほうが作業時間が少なかった、という逆転現象すら起きうると言います。
更地に戻して作り直す。ツールでできることから逆算する設計
では、どう進めればいいのか。吉田さんが挙げるのは、既存のルールを再設計するという考え方です。
その覚悟の大きさを、吉田さんは建物にたとえます。一旦更地に戻したうえで、一つひとつ作り直すぐらいの覚悟が必要だと話します。
更地に戻して新しく設計するときのポイントは、逆算です。デジタル勤怠システムやクラウド型の給与計算ソフトでできることから逆算し、その範囲で業務を設計していくことが重要だと説明します。
あまりに複雑すぎるルールは、いらないものとして廃止するところから手をつける必要があるといいます。具体例として挙げるのが有給休暇の扱いです。
社長の気に入ってる人だけ有給休暇が使えますとか、頑張った人だけ就業規則にない休暇があるんですとか、そういうイレギュラールールっていうのは全廃してですね
吉田さんは、皆さんが見て恥ずかしくないようなルールを作って、それ通りに運用していくことが重要だと話します。
今の業務をそのまま乗せない
イレギュラーや例外処理はシステムで完全再現できない
一旦更地に戻す
既存ルールを再設計する覚悟を持つ
ツールから逆算する
クラウドツールでできる範囲で業務を設計する
複雑なルールは廃止
イレギュラーな例外や特別扱いを整理する
クラウドツールで「諦める」ことがなぜ重要なのか
もう一つのポイントとして、吉田さんは「諦める」ことの重要性を挙げます。
クラウドツールはいろいろな会社向けに作られているため、最大公約数的な作りになっており、会社ごとに完全カスタマイズで合うことはないと説明します。
ただし、それでツールが大したことないわけではない、とも付け加えます。かつては同等のものを発注すると何千万もかかりましたが、今は1アカウントあたり数百円から千円程度で利用でき、格安になっているといいます。
安くなってるからこそ、やっぱりどうしてもサービスはみんなが喜んでもらえるようなサービスまでしかないので、クラウドツールでできないものに関しては諦めた方がいいと思います。
諦める例として挙げられたのが、労働時間の丸め処理です。恣意的な丸め処理は再現しづらいため、労働基準法通りに1分単位で払う覚悟が必要になると話します。
法定休日は特定すべきか?DX時代に変わる考え方
もう一つ、実務的に難しい例として吉田さんが挙げるのが、法定休日の特定です。
会社側の立場で人件費を抑えたい場合、従来は法定休日を特定しないほうがよいとされてきました。一般的には日曜が法定休日で、日曜に働くと賃金が35パーセント増しになるルールが多いといいます。
これに対し、会社に有利なルールにすると、土曜に働けば日曜が35パーセント増し、日曜に働けば土曜が35パーセント増しになる、という設定にでき、人件費が浮くとされてきたそうです。
ところが、こうした処理をデジタル勤怠システムで再現しようとすると一つひとつ指定する必要があり、かえって大変になると吉田さんは話します。
そこで吉田さんは、生産性を高めていくうえでは、あえて法定休日を特定して確実に処理したほうがよいのではないか、という考えを示します。
時間外労働の抑制ということを考えて、ちゃんと休ませた方がいいんじゃないですかと。短時間で成果が出るような会社を作った方がいいんじゃないですかっていうのは思います。
DXは楽をする施策ではない。会社を変える覚悟が必要
DXを入れるとき何から始めればいいか、という問いに対して、吉田さんが強調するのは覚悟です。
DXは楽をするための施策ではないと吉田さんは言います。会社自体や会社のルールを変えていく覚悟がないと、かえって大変になると話します。
その覚悟がなければ、結局「アナログのほうが楽だったよね」という話になってしまう、というのが吉田さんの見立てです。
DXが進むと生き残れなくなるのは、どんな人か
最後に吉田さんは、DXが進むと社労士業界がどうなり、どういう人が求められるのかを考えます。
誰が活躍するのかは難しいとしつつ、活躍しなくなるだろう人は明確だと吉田さんは話します。それは、人柄だけで仕事をしている人です。
具体例として挙げるのは、ニコニコしながら客の愚痴を聞き、客が困ればサッと訪ねてお茶を飲んで帰ってくるようなタイプです。悪い人ではないものの、成果は出していないと言います。
実際何の仕事してんの?って聞いたら、人のなんか愚痴聞いてるだけだから成果は出してないんですよ。
こうした人はアナログの環境だと「感じが良くていいよね」と高評価で生き残れるといいます。しかしクラウドツールが入ると状況が変わると吉田さんは指摘します。
DXが進むと白黒はっきりする世界になり、求められる成果物の状態まできっちり設計できないと、即クレームになってしまうと話します。
逆に、優秀な人はDXツールの生産性の高さが追い風になり、より活躍できるようになると吉田さんは見ています。
結論として吉田さんが挙げるのは、平凡ながらも本質的な力です。DX化が進むほど本当の実務力や業務設計力が求められ、法律の基礎から理解していく力が必要になると話します。
まとめ
後編では、労務DXを何から始めるかという問いに対し、既存業務をそのまま乗せない発想への転換と、DX時代に求められる人材像が語られました。ルールを再設計する覚悟が、DX成否の分かれ目になります。
- 今の業務をそのままデジタルに乗せると、例外処理を再現できず手修正が増え、かえって大変になる
- 既存ルールを一旦更地に戻し、クラウドツールでできる範囲から逆算して業務を再設計する
- クラウドツールは完全カスタマイズできないため、恣意的な丸め処理などは「諦める」覚悟が必要
- DXは楽をする施策ではなく、会社やルールを変える覚悟がないと成立しない
- DXが進むと白黒がはっきりし、人柄だけでなく本当の実務力と業務設計力を持つ人が求められる






