社労士キャリアの3つの王道
資格を取った後、どういうキャリアの選択肢が王道なのか。吉田さんは大きく3つあると整理します。
1つ目は社労士事務所の勤務社労士として活躍する道です。
2つ目は事業会社の人事労務部門のスタッフとして活躍する道で、人事部長や人事労務部長を目指すイメージです。
吉田さんはここに広い意味でのHRコンサルも含めています。人事コンサル会社なども、人事を題材に商売をしているという点で事業会社側に整理しているそうです。
3つ目は開業社労士、つまり独立開業です。この回は前編として、最初の2つを扱い、独立開業は後編で解説されます。
勤務社労士としての始まりと変化
資格取得後の最初のルートとして、勤務社労士は王道の1つだと吉田さんは話します。
今は社労士事務所の求人も増えているそうです。労務コンプライアンスや労務のニーズが高まり、特に都内では勤務社労士の募集が多いといいます。
一方で地方では事情が違い、近くの社労士事務所まで車で1〜2時間かかるという話も聞くそうです。都心と地方で差があるかもしれない、と補足されています。
仕事の入り口は、多くの場合アシスタントスタッフからです。先輩社労士や所長のもとで、社会保険手続きの代行、雇用契約書や労使協定書の作成、簡単な電話対応などから始まっていきます。
ここ10年で消滅した業務として、吉田さんは「役所回り」を挙げます。かつて新人は、ハローワークや労基署、年金事務所に紙の書類を出しに行くのが仕事でした。
窓口では、書類の不備をその場で指摘され、出し直しを求められることもありました。そうしたやり取りが勉強になっていたといいます。
今、電子申請が流行ってるから、この仕事ってかなり減ってきてるんじゃないかなと思います。
吉田さんは、電子申請やAI化によって簡単な仕事がなくなってきていると感じています。ただし、それが吉と出るか凶と出るかは分からないとも話します。
本当にもう未経験で社労士だけ取ったみたいな人だと、もしかしたらそういう簡単な仕事が消滅しちゃうことによって就職が難しくなるかもしれません。
キャリアを深めるステップと事務所ごとの差
簡単な仕事から徐々に難しい仕事へシフトしていくのが、勤務社労士のステップです。
手続きを覚え、次に給与計算を覚える。そうしてお客さんとの会話や関係が深まると、労務相談へと進んでいきます。
さらに先には、人事制度の提案や就業規則改定のコンサルなどがあります。ここまで担えるようになると、勤務社労士としてのキャリアが深まっていくと吉田さんは説明します。
ただし注意点があります。社労士事務所によって、スタッフに任せる業務範囲が違うということです。
キャリア開発が進みにくい事務所では、スタッフに簡単な仕事しかやらせないところもあるといいます。
その背景には、所長が自ら手がけて品質を管理したいというポジティブな理由もあれば、そうでない理由もあると吉田さんは打ち明けます。
仕事を教えると逆にお客さん持ってかれるからやだよね、みたいな。ちょっと私からするとなんか心狭いよなっていう社労士の先生もいらっしゃったりして。
吉田さんの会社であるワンハートの場合は、任せられる業務はすべて任せるくらいの方針だといいます。本人のやる気に応じて、就業規則のコンサルや人事評価制度の作成まで担ってほしいと話します。
転職で学んだ、相手に合わせた提案
ここから吉田さんは自身の実体験を語ります。大学中退後の暗黒期を経て社労士資格を取り、キャリアを立て直してきたといいます。
最初は地域密着型の社労士事務所で7年ほど勤務しました。役所への書類提出や手続き、給与計算から始まり、後半は就業規則の作成や人事評価の作成まで経験し、一通りの業務を学んだそうです。
その後、東京・日本橋の社労士事務所へ転職しますが、そこには半年しかいませんでした。ただ、この半年の学びは深く、今の財産になっていると振り返ります。
社労士事務所から社労士事務所に転職して何か意味あるんですか、みたいな意見もあると思うんですけど、私はものすごい意味がありました。
最初の地域密着型の事務所では、労務コンプライアンス意識が特別高い会社は少なかったといいます。法的に必ずやらなければならないことにも手が回っていないお客さんが多い環境でした。
そうした相手には、まず法的な義務からやりましょうと案内します。しかし中小企業の社長は、その義務にも手が回っていないことが多い。だからこそ優先順位をつけ、ここから始めてはどうかと提案すると喜ばれたそうです。
一方で、この前提で努力義務まで強く勧めてしまうと、中小企業の社長は「そんなのできるわけない」と、あまりいい顔をしないといいます。だからこそ優先順位をつけた案内が大切だったと語ります。
吉田さんはこの学びを引っさげて日本橋の事務所へ移りましたが、そこで大失敗をします。
日本橋の事務所のお客さんは、都心に本社があり全国展開しているような会社が多かったのです。そこで吉田さんは、努力義務はある程度でよく、後回しにしてもいいのではという趣旨の労務相談をしてしまいました。
うちみたいな会社は法的義務は当然全部やります、努力義務もできる範囲でできる限りやっていくのが我々の会社なんです、みたいな感じで言われてクレームになったことあります。
ここで吉田さんは、相手によって案内を使い分けなければならないと学びました。オーナー企業のワンマン社長がやっている会社への案内と、コンプライアンス意識の高い全国展開の会社への案内は別物だ、という気づきです。
法的義務にも手が回らないことが多く、優先順位をつけて「まずここから」と案内すると喜ばれる
法的義務は当然全部やる前提。努力義務も可能な限りやろうという姿勢で、後回し提案はクレームにつながる
資料を「処理する人」と「仮説を立てる人」
続いて吉田さんは、キャリア形成の差について語ります。社労士歴が長い人ほど実力が高いはずですが、実際には10年、15年やっていても中身が分かっていない人もいると指摘します。
なぜこれほど差が出るのか。吉田さんは、受け取った資料をただ事務的に処理しているだけだとキャリアが形成できないからだと考えています。
例として、離職票を作る場面が挙げられます。タイムカードや賃金台帳を見て、それをただ転記しているだけの人は、何回作ってもレベルが上がっていかないといいます。
一方、伸びる人は同じ資料から仮説を立てます。タイムカードで月曜の欠勤が多いと気づけば、メンタル不調だったのではと考え、予防の施策を提案できないかと発想します。
賃金台帳を見るときも、ただ転記するのではなく、残業代の計算が合っているかを電卓で確かめます。もし不足があれば、直しませんかとか、こういう賃金制度に変えませんかと提案できる人が伸びていくといいます。
逆に、資料をコンサルにつなげようという発想があれば、経験1年でもよく理解している人がいると吉田さんは話します。事務所でキャリアを積むなら、この点を意識したほうがいいと勧めています。
タイムカードや賃金台帳をただ転記する。年数を重ねても実力が上がりにくい
欠勤の傾向から不調を推測したり、残業代の計算を検算したりして提案につなげる。短い経験でも伸びる
事業会社の人事労務部門という道
もう1つの選択肢が、事業会社の人事労務部門でのキャリアです。社労士の肩書きを社内のブランディングとして使い、人事部長や管理部長といった出世を目指すコースだと吉田さんは説明します。
ただし、この道は自身が歩んでいないため解像度が低い、という前提で聞いてほしいと断っています。
大企業の人事労務部門とかで一回は働いてみたかったな。なんでかっていうと、やっぱ大企業って社食あるじゃないですか。格安なんですよ。
社食やフィットネス施設、仮眠施設など、福利厚生が充実した会社で働いてみたかったという余談を交えつつ、本題に戻ります。
すでに人事労務部門にいる人が社労士資格を取り、社内でキャリアを深めていくのは非常にいいと吉田さんは話します。社内のブランディングにもなるからです。
一方で、注意すべき点として、求人応募者やキャリア相談で出会う「一定数いる人たち」の話を挙げます。
資格を取っても配置転換が通らない理由
将来、大きな会社の中で人事労務をやりたいと考える人がいます。そういう人が、今は営業や経理にいる状態で社労士資格を取り、配置転換願いを出して人事労務部門を狙うことがあります。
しかし吉田さんのもとには、資格を取って配置転換願いを出しても受理されず、希望が通らないから転職を考えた、と相談に来る人が何人もいたそうです。
社会保険労務士の資格を取って、会社の中で人事労務部門の配置転換を狙ってるっていうのは意外とできないんじゃないか。
吉田さんは、その理由を3つに整理します。
1つ目は、人事労務部門は人が少なく、欠員が出にくいことです。少人数で回しているため、資格を持つ人がいても人余りになり、配置転換できない場合があります。
2つ目は、機密情報の多さです。セクハラやパワハラの加害者・被害者の情報、誰がいくら給料をもらっているかといった情報を扱うため、他部署との人の出入りをしたくないという事情があります。
3つ目は会社側の視点です。たとえば営業を10年やってきた人が資格を取って異動を希望しても、営業成績が高い人ほど「もったいない」と思われ、配置転換しづらくなるといいます。
人が少ない
人事労務部門は少人数で回しており、欠員が出にくい
機密情報が多い
ハラスメントや給与などの情報を扱い、部署間の異動を避けたい
会社側の本音
営業成績が高い人ほど「もったいない」と思われやすい
こうした事情が重なり、社内で部署転換をしたいから社労士を取る、という道は意外とうまくいかないのではないか、と吉田さんは考えています。
もちろんうまくいった事例もあるため、その目的で資格を取るなら、本当にうまくいきそうかを検討したうえで判断したほうがいいと助言しています。
まとめ
前編では、社労士資格取得後のキャリアのうち、勤務社労士と事業会社の人事労務部門という2つの道が、吉田さんの体験と相談事例をもとに整理されました。後編では独立開業が扱われます。
- 社労士のキャリアには、勤務社労士・事業会社の人事労務・開業の3つの王道がある。
- 勤務社労士は事務所によって任せられる業務範囲が異なり、キャリアの伸びに差が出る。
- 相手が地域密着企業か全国展開企業かで、労務相談の案内は使い分ける必要がある。
- 同じ資料でも、ただ処理する人より仮説を立てて提案につなげる人が伸びる。
- 社労士資格を取って社内で人事労務部門への配置転換を狙うのは、意外と通りにくい。
