そもそも年俸制とは何か
今回のテーマは、労働基準法上の労働者に年俸制を採用する場合の注意点です。プロ野球選手の年俸公開が有名ですが、吉田さんによれば、選手は多くが個人事業主であり、今回はあくまで労働者のケースを扱うと説明されています。
そもそも年俸制とは何かというと、吉田さんは、労働基準法に明確な定義はないはずだと前置きした上で、その名の通り年額で給料を決めることを指すと話しています。
たとえば「あなたは年俸1000万」「1200万」と決めて、そこから給料が決まっていく。この給料の決め方そのものを年俸制と呼ぶ、という整理です。
企業が年俸制を選ぶ2つのメリット
吉田さんは、なぜ企業が年俸制を採用するのかというメリットを2つ挙げています。1つ目は求人に強いという点です。年俸制はその名の通り、想定年収がわかりやすいという特徴があります。
時給や月給の場合、1時間や月額の給料はわかっても、賞与がいくら出るか、年収として結局いくらもらえるかがわかりません。年俸制ならその年額が示せるため、労働者から見て魅力的な求人に映るというわけです。
2つ目は、グレードの高い人材にオファーする際に印象が強いという点です。労基法的には関係ないと断りつつ、吉田さんは世間的な印象の話として説明しています。
時給と月給と年俸で比較して、どれも時間に対してお金を払うのは変わらないんですけれども、なんか世間的に年俸制の方が偉い感じするじゃないですか。
そのため、他社から役職者を受け入れる場合や、専門性の高い人を迎える場合には、年俸制でオファーすることが多く、受け手もポジティブに捉えてくれると話されています。
想定年収がわかりやすく、賞与を含めた年収が示せるため、労働者から魅力的に見える
労基法上は同じでも、役職者や専門性の高い人に年俸制で提示すると好印象を持たれやすい
年俸制でもやってはいけない支払い方
ここからは注意点の解説に移ります。吉田さんはまず超基礎編として、年俸制だからといって年に1回一括払いで給料を支払うのはNGだと明言しています。
たとえば年俸1200万を一度にまとめて支払い、残りの月を何も払わないとすると、労働基準法の「賃金は毎月支払わなければならない」という原則に違反してしまいます。賃金支払いの原則 ── 労働基準法では、賃金は毎月1回以上、一定期日に、通貨で直接全額を労働者に支払うことが原則とされています。
年に1回だけ、あるいは上期と下期の半期ずつといった支払い方もダメで、年俸制であっても給料は毎月支払う必要があるという点が強調されています。
2つ目は、誤解が多いという残業代の扱いです。年俸制でも残業代や休日出勤手当は支払う必要があると、吉田さんは念を押しています。
時々、年俸制を採用していれば残業代は払わなくていいと考えている経営者の人がいるので、この点は釘を刺しておきます。
年俸制なら給料を下げやすい、は本当か
3つ目の注意点は、給料の減額についてです。吉田さんが経営者の本音を聞くと、年ごとに給料が決まるから、パフォーマンスが低い年は年俸を決め直して下げられるのではと考えている人がいるといいます。
これは間違ってはいないとしつつ、吉田さんは、年俸だから下げやすく時給だから下げにくい、といった違いはないと釘を刺しています。給料はどの形態でも下げにくいものと考えてほしい、という立場です。
原理原則として、給料を下げる場合は労働者本人との合意が必要になります。しかし経営者が本当にやりたいのは、その同意のプロセスなしに下げることだと吉田さんは指摘します。
その場合にどうすべきかというと、人事評価制度を整えた上で、就業規則や雇用契約書に「給料が下がる」根拠をあらかじめ定めておき、それを基に客観的に評価して下げる必要があると説明されています。
減額はどこまで許されるのか
吉田さんは、下げ幅にも注意が必要だと話します。たとえば1200万の年俸で入った人を、翌年600万で入ってもらうとなれば「下げすぎ」と判断されるはずで、裁判ではかなり弱いだろうという見立てです。
そのため、どれくらい下げるのかも専門家と協議すべきだとしています。前年と比較して10パーセントや20パーセントといった、下げすぎない範囲にとどめ、かつ就業規則や雇用契約書に根拠をつけた上で、会社のルールに則って下げていくのがよいと述べられています。
さらに、一方的に下げる場合であっても、労働者との話し合いや納得性を忘れてはいけないとしています。同意を取る努力や理解を得る努力は、会社側として絶対にした方がよいという考えです。
年俸を給料と賞与にどう分けるか
最後は、年俸を実際に給料と賞与へどう分配するかという細かい話です。吉田さんは、年俸を12で割って月額の給料を決めるやり方はあまりおすすめしないと話しています。
理由は、月額で決めた給料は下げるのが非常に難しいためです。そこで、想定年収に近い形で年額の報酬を決めたら、それを14や16で割る方法が挙げられています。たとえば16で割れば、4か月分が賞与の原資になる計算です。
ただし、ここでも注意点があります。賞与なら上げ下げしやすいものの、年俸を16で割った上で「夏と冬に2か月分を確約」としてしまうと、管理上とても大変になると吉田さんは指摘します。
その理由は、賞与分まで確実に決まっている年俸制の場合、支払う予定の賞与金額を割増賃金の計算の基礎に入れなければならないためです。割増賃金の基礎 ── 残業代などの割増賃金を計算する際の基礎となる賃金のこと。あらかじめ支払いが確定している手当や賞与は、この計算基礎に含める必要が生じる場合があります。
完全年俸制がまねく割増賃金の落とし穴
吉田さんは具体例で説明します。年俸1200万の人を、16で割った額を月給とし、2か月分を夏と冬に支払う。そしてその2か月分は何があっても変わらないとする形が「完全年俸制」です。
この完全に年俸が決まっているケースでは、夏と冬に支払う賞与の金額も残業代の計算に含めなければなりません。吉田さんは、これはとても大変で、対応している給与計算ソフトがあるのかというレベルだと話しています。
完全に年俸が決まってるケースだと、この夏と冬に支払う賞与の金額も残業代の計算に含めなきゃいけないんです。これってすごく大変だし、対応してる給与計算ソフトってあるのかなって感じ。
そこで吉田さんがすすめるのは、16で割った賃金を月額の給料とした上で、夏と冬の2か月分は「目安」にとどめる建て付けです。賞与は査定で上がったり下がったりする可能性があるという形にしておくことがポイントとされています。
こうしておけば、割増賃金の計算が大変になる問題も、パフォーマンスが低い年に給料をコントロールできない問題も避けられると説明されています。
夏と冬の賞与額まで確約する形。賞与も割増賃金の計算に含める必要があり、給料の調整も効きにくい
月給は16分割などで固定しつつ、賞与2か月分は目安とし査定で変動させる形。計算も調整もしやすい
まとめ
年俸制は求人や上位人材へのオファーに強い一方で、支払い方や残業代、減額、賞与設計に多くの落とし穴があります。吉田さんは、安易な導入は勧めず、進めるなら専門家に相談した上でとしています。
- 年俸制でも賃金は毎月支払う必要があり、一括払いや半期払いはNG
- 年俸制でも残業代・休日出勤手当は支払わなければならない
- 給料の減額は形態を問わず難しく、評価制度と就業規則・雇用契約書の根拠、そして本人の納得が必要
- 減額幅は前年比10〜20パーセント程度にとどめ、専門家と協議するのが望ましい
- 賞与額まで確約する完全年俸制は割増賃金の計算が煩雑になるため、賞与は変動させる建て付けがおすすめ






