なぜ取締役への抜擢に注意点が必要なのか
中小企業でも大企業でも、活躍しているスタッフをより活躍してもらうため、あるいはより高い報酬を与えるために取締役に抜擢することがあります。
ただし吉田さんは、そこにコミュニケーション不足があると「こんなはずじゃなかった」という事態になり得ると指摘します。
ちゃんとコミュニケーション取れてないと、こんなはずじゃなかったっていうことにもなり得るんですよ。
この回では、取締役への抜擢にともなう注意点が順番に整理されていきます。
取締役になると変わること
吉田さんはまず、取締役になることの意味を説明します。会社を経営者と労働者に分けるなら、労働者から経営側に移るということです。
取締役になるっていうことは、労働者から経営側に、経営者になるっていうことです。
雇う・雇われるの関係でいえば、雇う側になります。そのため、雇われる人のための制度が適用されなくなると吉田さんは話します。
具体的には、仕事で怪我をしたときの労災保険や、退職後の給与を保障する雇用保険 ── 労働者が失業した際などに給付を受けられる公的保険。原則として経営側である取締役は加入できない。に入れなくなります。
労災保険に入れないため、仕事中に怪我をしても治療費は全額自己負担になります。また、自ら取締役を退任した場合も雇用保険がないため、貯金がなければ生活に困る可能性があると説明されます。
さらに、労働者ではなくなるため、タイムカードを打つ必要も残業代もなくなります。報酬は定期同額ルール ── 役員報酬を毎月同じ額で支給する仕組み。税務上、期の途中で自由に増減できないなどの制約がある。に従い、毎月同じ役員報酬を受け取る形になります。
年次有給休暇もありません。その代わり出社の義務もなくなり、時間ではなく結果に対して責任を負う立場になると吉田さんはまとめます。
時間を会社に売る働き方。労災・雇用保険に加入でき、残業代や有給がある。
結果に責任を負う立場。労災・雇用保険に入れず、残業代や有給がない代わりに出社義務もない。
取締役の責任と社外取締役を断った経験
吉田さんは、取締役には意外と責任が多いと話します。話の文脈はスタッフからの昇進ですが、開業している社労士には、顧問先などから社外取締役の打診が来ることもあります。
吉田さん自身も過去にそうした打診を受け、報酬ももらえそうだったため受任を検討し、弁護士に相談したそうです。
よほど信頼できる会社じゃない限り引き受けない方がいいですよって弁護士の先生にアドバイスいただきました。
結局この話は引き受けなかったといいます。理由として吉田さんが挙げるのは、取締役になっている会社が第三者に損害を与えた場合の責任です。
その際、取締役が注意を払えていない、しっかり仕事ができていないという形で、損害賠償を求められる可能性もあるそうです。いくら請求されるかわからない点が怖いと吉田さんは話します。
だからこそ世の中にはD&O保険 ── 会社役員賠償責任保険。役員が経営上の判断などで第三者に損害を与え、損害賠償を請求された場合に保険金が支払われる。があるほど、実際に危険性があるといいます。
もちろん危険性は業種や事業規模によって大きく変わります。それでも吉田さんは、本当に信頼できるところ以外は取締役にならない方がいいと考えを示します。
現場に出る中小企業の取締役と労災保険の特別加入
吉田さんは労災の話に戻り、仕事で怪我をした場合、取締役は治療費を全額自己負担しなければならない点をあらためて説明します。
上場企業の役員であればお金があるので問題は小さいものの、中小企業の取締役はそうもいかないと吉田さんは指摘します。
たとえば町工場や小さな建設業の取締役は、労災保険に入れないのはかわいそうだと話します。実態としては元請けから仕事をもらうなど、労働者に近い働き方をしているケースもあるからです。
そうした人のために、取締役でも本来入れない労災保険に特別に加入できる制度があります。
吉田さんは、この特別加入について業種で判断を分けています。
スーツを着て働くホワイトカラーは特別加入しなくてもよいとしつつ、建設業や製造業で社長自ら現場に出るタイプの会社は、ぜひ入っておいた方がいいと話します。
建設製造っていうのは、やっぱり一歩間違えば亡くなる可能性がありますし、場合によっては、体に重い障害が残る可能性もあります。
危険度の高い業種では、労災保険の特別加入をぜひ検討した方がよいというのが吉田さんの見解です。
取締役就任で登記簿に住所が載る点への注意
細かい点として、取締役になると登記簿に氏名と住所が載ると吉田さんは説明します。
現在は住所を隠せるようになったと司法書士から聞いているものの、いろいろな条件があるといいます。
吉田さんは具体的なリスクとして、過去にストーカー被害などにあって困った人のケースを挙げます。
取締役に就任したことで登記簿に住所が載り、現住所がわかってしまって被害に遭うこともあり得るため、注意が必要だと話します。住所を隠したい場合は、詳しい司法書士に相談してほしいとしています。
肩書きより実態が優先される労働基準法
最後に吉田さんは、労働のラジオとして労働基準法の観点で締めくくります。ポイントは、労働基準法は実態で決まるということです。
労働基準法って実態で決まるんです。形式とか名称では関係ないんですよ。
つまり、取締役という肩書きがあり、登記簿に名前が載っている正式な取締役であっても、実態が労働者であれば労働基準法が適用される可能性があると吉田さんは説明します。
そこで吉田さんが危険だと注意するのが、残業代を払わなくていいから取締役にするという発想です。
あいつすげえ働いてるから、じゃあもう取締役にすれば残業代払わなくていいじゃんみたいな発想で、取締役にするのはものすごい危険です。
実際に、実態が労働者に近く長時間労働をしていた人が、登記簿に名前が載っている取締役であるにもかかわらず会社を訴え、残業代の支払い命令が出た裁判もあるといいます。
吉田さんは、残業代を払いたくないから取締役にするという労基法逃れの昇進人事はやめた方がいいと話します。本人が活躍したいと望むケースも含めて、名実ともに取締役として働いてもらうことが大切だとまとめます。
取締役になればやりがいもある一方で注意点もあるため、自身に就任の話が来たら慎重に検討してほしいと吉田さんは呼びかけています。
まとめ
取締役への抜擢は、活躍するスタッフや本人にとってやりがいのある話ですが、労働者向けの制度が使えなくなり、責任も増します。肩書きだけでなく実態を含めて取締役として働けるかを、経営者も本人も慎重に検討することが大切だと吉田さんは伝えています。
- 取締役になると労災保険・雇用保険に入れず、残業代や有給もなくなり、結果に対する責任を負う立場になる
- 取締役は第三者への損害賠償を求められる可能性があり、信頼できる会社以外の社外取締役就任は慎重に判断した方がよい
- 建設業や製造業など現場に出る中小企業の取締役は、労災保険の特別加入を検討するとよい
- 取締役になると登記簿に氏名と住所が載るため、住所を隠したい事情がある場合は司法書士に相談する
- 労働基準法は実態で決まるため、残業代逃れのための取締役昇進は危険で、名実ともに取締役として働いてもらうことが望ましい






