そもそも労務と生成AIは相性が悪い?
今週のテーマは、労務分野における生成AIの活用です。吉田さんはまず、社労士が実際に生成AIを使っている事例を紹介する前段として、注意点から話を始めます。
最初に強調されたのは、労務分野はそもそも生成AIと相性が悪いという点です。その理由は、労務の世界が完全な減点方式だからだと説明されます。
たとえば1000件処理して1件ミスがあった場合、労務以外なら「999件正しく処理したのだからすごい」と評価される可能性があります。しかし労務では評価の仕方がまったく違うと吉田さんは話します。
一件ミスが起こったから、じゃあこれって良くないよねって話になって、もう完全にこう減点方式なんですよ、我々。
一方で今の生成AIには、ハルシネーションという弱点があります。ハルシネーション ── 生成AIが事実と異なる内容を、もっともらしく生成してしまう現象のこと。もっともらしい誤答が出るため、内容の確認が欠かせないとされる。
そのため、労務分野で生成AIを100%信頼してすべてを任せるのは難しいと吉田さんは述べます。できあがった成果物を点検し、手直しする作業は、残念ながら必要になると話します。
使えるかどうかは「データベースかそれ以外か」で分かれる
吉田さんは、生成AIが労務分野で使えるかどうかの分岐点を、データベースかそれ以外かで大きく分けていると説明します。
実際にさまざまなデータをアップロードして処理させるうちに気づいたのは、データベース形式のものは生成AIが意外と理解してくれないという点でした。
ここで言うデータベース形式とは、Excelの表のように碁盤の目状のセルに情報が入り、1行ごとに従業員番号・氏名・生年月日などが横に並ぶようなデータを指します。
こうしたデータは、SaaSの中では当然のように組み込まれています。しかしエクスポートして読み込ませても、人間ならすぐ理解できる内容を生成AIはあまり理解してくれないと吉田さんは話します。
逆に、人間が敬遠するものは生成AIが得意だと言います。
逆にですよ、人間が敬遠するものっていうのは生成AI得意なんですよ。
例として挙げられたのが、辞書のように大量の文字がある書類です。厚生労働省が出す助成金の取扱要領のような、Q&Aをまとめた分厚いマニュアルも生成AIは楽々読んでしまうと言います。
さらに音声や動画も得意分野だと吉田さんは指摘します。人間は再生ボタンを押してずっと聞かなければなりませんが、生成AIなら一瞬で内容を要約したり文字起こししたりできます。
Excelの表のように、行ごとに従業員番号や氏名などが並ぶ横長のデータ。エクスポートして読み込ませても理解されにくい。
辞書のように文字量の多いマニュアルや、音声・動画。要約や文字起こしが一瞬でできる。
ハラスメント調査の音声が、生成AIの得意分野になる理由
音声が得意という特徴が、労務分野で具体的に役立つ場面として吉田さんが挙げたのが、ハラスメント調査の音声です。
ハラスメント調査の音声を聞く作業は大変だと吉田さんは説明します。加害者が攻撃的な発言をしたり要領を得ない話をしたりする音声を1時間ほど聞くのも負担になります。
被害者への聞き取りも配慮が必要で、場合によっては涙を流しながら1時間ほど話されることもあると言います。それを聞くのは労務担当者の重要な役割ですが、心理的負担も大きい作業です。
こうした音声を生成AIに読み込ませて書き起こし、内容をある程度理解したうえで見ていくと、心理的な負担や作業時間の低減につながると吉田さんは話します。
活用事例1:雇用契約書と就業規則の矛盾点を点検する
ここから具体的な活用事例に入ります。1つ目は、雇用契約書と就業規則の矛盾点の点検です。
前提として吉田さんが説明したのは、雇用契約書と就業規則が矛盾している場合、労働者に有利な契約内容が本人との契約になるというルールです。
たとえば雇用契約書に「時給1500円」と書いてあっても、就業規則に「当社の最低賃金は時給2000円」と書いてあれば、契約書の1500円は上書きされ、就業規則の2000円が優先されます。
そのため、就業規則と雇用契約書は矛盾が生じないように作り込む必要があります。ただし、これは簡単なようで難しいと吉田さんは言います。
今のような単純な事例ならよいものの、細かい文言どうしが解釈によって矛盾しているケースは、重箱の隅をつつけばキリがないと話します。こうした点検を人間の目でやるのは大変です。
こういうものを点検させるっていうのは、点検するっていうのは人間の目だとすごい大変なんです。なんですが、AIだと結構楽々やってくれます。
実際に、ある会社の就業規則と新しく作った雇用契約書のひな形をアップロードし、矛盾がないか点検するよう依頼すると、生成AIは細かな食い違いに気づくと言います。
具体例として挙げられたのが、退職予告の期間です。就業規則では自己都合退職の際「1ヶ月前に予告」と書かれ、雇用契約書では「30日前予告」となっているケースです。
30日と1ヶ月は変わらないように思えます。しかし厳密には1ヶ月が31日になる可能性もあり、30日だと文言も異なるため誤解の種になると吉田さんは指摘します。就業規則に合わせるべきだと言います。
こうした些末な点も含めて細かいところを全部点検してくれるため、雇用契約書と就業規則の矛盾の点検は非常にいい活用先だと吉田さんは話します。
活用事例2:GeminiとGASで有期雇用の契約管理を自動化する
2つ目の事例は、GeminiとGASを使った業務自動化です。これは吉田さん自身ではなく、事務所のスタッフが実現したものだと紹介されます。Gemini ── Googleが提供する生成AIのこと。文章の生成や質問への回答、プログラムのコード作成などに使われる。
労務管理で困るのが、有期雇用労働者の契約期間の管理だと吉田さんは言います。「この人は3月末で契約が切れる」「この人は4月末」といった管理は大変で、最初はExcelにまとめている場合が多いと話します。
労務担当者としては、そろそろ更新が必要な人を知らせてくれる機能があるとうれしいと言います。これは従来の技術でも実現できるものの、実際にプログラミングしていくのは難しいのが実情でした。
GAS(Google Apps Script)で作る場合、これまではエンジニアに入ってもらう必要がありました。GAS(Google Apps Script) ── Googleのサービス上で動くプログラムを書くための仕組み。スプレッドシートの操作やメール通知などの自動化に使われる。
吉田さんが聞いた話では、月額30万円ほどの業務委託契約を結んで作ってもらった例もあるといいます。エンジニアは希少人材のため、金額も高くなりがちです。
従来はこうしたプロに依頼しないとできなかった作業が、事務所のスタッフがGeminiに「こういうことをしたい」と相談していったところ、最終的にGASを組んで自動化できるようになったと言います。
何でしょう、まあ聞いた話だと、例えば月額三十万円ぐらいの業務委託契約を結んで、それで作ってもらったみたいな話も聞いたことあるんですけど、結構金額も高いんですよ。
これにより、有期雇用労働者の契約期間について、期限の何ヶ月前になったらお知らせするといった処理を自動化できるようになったと紹介されます。
契約更新の管理を「きっちりやる」ことがなぜ重要なのか
吉田さんは念のためとして、有期雇用労働者の契約更新の管理は、しっかりやっていないと紛争になる可能性があると補足します。
たとえば契約更新の手続きが雑な状態で、ある契約期間で雇い止めをすると、その雇い止めが無効ではないかという論点が生じる可能性があります。だからこそきっちりやっておく必要があります。雇い止め ── 有期雇用契約を更新せず、期間満了で終了させること。更新の実態や手続きによっては、雇い止めが無効と判断される場合がある。
万が一のトラブルを踏まえてきっちり管理したいというのが労務担当者の願いです。その部分にAIとGASで一定の回答が出せたのは素晴らしいことだと吉田さんは評価します。
今回は時間の都合で2つの事例のみ紹介されました。AIの話はまだ語りきれておらず、次回もこのラジオの書き起こしプロジェクトで生成AIをどう使っているかを取り上げる予定だと吉田さんは話します。
まとめ
労務分野は減点方式でハルシネーションと相性が悪い一方、使いどころを「データベースかそれ以外か」で見極めれば、点検や自動化で大きな効果が期待できると解説された回でした。
- 労務は1件のミスも許されない減点方式のため、生成AIの成果物は点検・手直しが前提になる
- 生成AIはデータベース形式のデータは苦手だが、大量の文字資料や音声・動画は得意
- ハラスメント調査の音声を書き起こし・要約させることで、担当者の心理的負担と作業時間を減らせる
- 雇用契約書と就業規則の細かな矛盾点の点検は、人手では大変だが生成AIが得意とする作業
- GeminiとGASで有期雇用労働者の契約更新管理を自動化でき、従来は高額だった外注も不要になった





