そもそもキャリアアップ助成金・正社員化コースとは何か
今回のテーマは、キャリアアップ助成金のデメリットです。キャリアアップ助成金にはいくつかコースがありますが、今回は最も有名な正社員化コースを指して話が進められます。
正社員化コースは、正社員転換を促して会社の中の待遇格差を縮めることを目的とした助成金です。日本の雇用慣行では、正社員が一番よい待遇になっているケースが多いと吉田さんは説明します。
正社員は昇給や賞与が多く、退職金もしっかり出て、福利厚生も手厚い。一方で契約社員やパートは賞与が出なかったり、退職金がなかったり、福利厚生施設を使えないといったことも珍しくありません。
こうした格差に風穴を開け、会社の中に正社員への道を作ってもらうためにあるのが、キャリアアップ助成金・正社員化コースです。吉田さんはこれを「建前の話」と位置づけます。
現場で多い「人を雇えば80万円もらえる」という誤解
ここからは実務の話です。中小企業や零細企業では、まず半年間を契約社員(有期雇用契約)として雇い入れる使い方が多いと吉田さんは言います。
その半年間で会社に馴染むか、更新するかを検討し、大体の場合は半年後に正社員転換試験を受けてもらいます。これに合格して正社員になると、助成金が支給されます。
金額は今だと80万円、一昔前は57万円が会社に入る計算です。この数字だけが独り歩きし、人を雇えば80万円もらえると誤解している会社がとても多い、と吉田さんは指摘します。
そのため気軽に正社員化コースを目指すと決断するケースが多いものの、労務管理の専門家として多くのケースを手伝ってきた立場からは、デメリットが多いのでやめておいた方がいい、というのが吉田さんの見解です。
キャリアアップ助成金って使おうとするとデメリット多いですから、やめておいた方がいいですよ
デメリット1 契約社員募集で求人力が下がる
1つ目のデメリットは、求人力が下がることです。今は人手不足で、会社の魅力をアピールし続けて、ようやくいい人が応募してくれる業種も多い状況だと吉田さんは前置きします。
正社員化コースは最初に契約社員で雇う前提のため、素直にやろうとすれば契約社員という形で求人を出すことになります。
契約社員でも人が来る業種や会社ならよいのですが、中小のスタートアップなどでは契約社員だと応募が全然来ない、というのが吉田さんの実感です。ここで求人力が下がってしまいます。
デメリット2 「正社員募集なのに契約社員」で内定承諾率が下がる
契約社員では人が来ないため、正社員として募集してしまおうと考える人もいます。ただ正社員化コースを前提に正社員として募集する場合、求人に注釈を加える必要があります。
具体的には、応募してくれた場合でも有期雇用労働者として雇うことがある、という但し書きを入れておかなければなりません。これがないと正社員化コースの対象になりません。
その上で面接に進み、採用段階で「正社員求人に応募してくれたけれど、あなたの場合は契約社員で入社してほしい」と伝えて、半年間の有期雇用契約を結ぶ流れになります。
ここで吉田さんが考えてほしいと言うのが、そう言われた応募者の気持ちです。正社員求人に応募したのに内定は契約社員だった、この会社は嘘つきだ、と感じて入りたくなくなる。結果として内定承諾率が下がります。
最初から正社員転換を約束すると不正受給になる
では、面談で「半年後に必ず正社員にあげる」と約束してしまえばよいのでは、という発想も出てきます。しかし吉田さんは、これは絶対にやめてほしいと強調します。
最初から正社員転換を約束した状態で正社員転換した場合は、そもそもキャリアアップ助成金の対象にならないためです。
内々で半年後の正社員転換を約束した上で雇い入れ、半年後に転換して助成金を申請すると、それは不正受給になると吉田さんは説明します。
内々で約束されてて、半年後に正社員転換しますって言った状態で雇い入れて、半年後に正社員転換してキャリアアップ助成金を申請すると、これは不正受給っていうことになる
不正受給が招く信用失墜と資金調達への打撃
吉田さんは、スタートアップや中小企業の経営者と話していると、こうした助成金の不正受給に対する危機感がとても少ないと感じているといいます。不正受給が発覚すると、労働局のホームページに会社名が載ることもあります。
「労働局のホームページなど誰も見ていない」と思うかもしれませんが、そう簡単ではないと吉田さんは続けます。会社は信用を生かしてビジネスを拡大していくものだからです。
会社名を検索したときに、助成金の不正受給をした会社だという情報がGoogleの1ページ目に出てくると、取引先から「嘘つきの会社ではないか」と思われ、取引を避けられるかもしれません。
信用の面では、金融機関やVCからの資金調達にも影響します。融資先や投資先を審査する際に会社名を調べ、労働局のホームページに不正受給の事実が公表されていれば、投資や融資を見送られるのが普通だろう、と吉田さんは話します。
資金調達ができなければ会社は大きくなりません。バレたらお金を返せばいいという簡単な話ではなく、そもそも法律違反はしてはいけない、と吉田さんは念を押します。
それ以上に、取引先や資金調達先からの信用失墜という形で、会社の拡大に大きなマイナスが出る点が重いデメリットだと整理されています。
助成金に合わせて会社の給与制度を歪めるリスク
最後に付け加えられたのが、給与制度への影響です。正社員化コースを受け取るには、契約社員と正社員の間に待遇格差を作らなければなりません。
例えば正社員には賞与あり、契約社員には賞与なし、というように決める必要があります。さらに正社員転換時に給料を3%上げるルールもあり、3%上がっていないと助成金の対象になりません。
そうすると、本来会社が実現したい賃金分配の形ではなく、助成金に合わせた形で給与制度を作らざるを得なくなります。会社の考えと助成金の条件がたまたま一致すればよいのですが、そうでなければ自分たちのやり方を変えることになります。
助成金に合わせた制度について、従業員から「なぜこんな制度なのか」と聞かれてもなかなか説明が難しい。会社本来の形を歪めた上で申請することになるため、吉田さんはキャリアアップ助成金を取るなら慎重に進めた方がいいとまとめます。
まとめ
キャリアアップ助成金・正社員化コースは「人を雇えば80万円」という金額だけが注目されがちですが、実務では求人力・内定承諾率の低下、不正受給リスク、給与制度の歪みといったデメリットがあります。吉田さんは、狙うなら慎重に進めるべきだと結論づけています。
- 正社員化コースは半年の有期雇用を経て正社員転換する使い方が多く、今は80万円が支給される
- 契約社員募集では求人力が、正社員募集からの契約社員化では内定承諾率が下がりやすい
- 最初から正社員転換を約束して雇い入れ助成金を申請すると不正受給になる
- 不正受給は労働局での公表や検索結果を通じ、取引先や資金調達先の信用を失うリスクがある
- 正社員と契約社員の待遇格差や転換時3%昇給の条件で、会社本来の給与制度が歪むおそれがある






