最もよくある相談は「有給の前借り」
この回で吉田さんが取り上げるのは、社労士として実務でもっとも多く受けるという有給休暇の相談です。
その相談とは、「有給休暇って前借りできないんですか」というものです。
有給休暇って前借りできないんですか、っていう相談をすごいされます。
結論は明確で、前借りはできません。
理由は、半年経ったら有給休暇を10日付与しなければならないというルールが労働基準法で定められている一方で、前借りを認める根拠が労働基準法 ── 労働時間や休日、有給休暇など、労働条件の最低基準を定めた法律。略して労基法とも呼ばれる。の関連法律や関連通達にないためです。
なぜ「前借りできないか」という相談が生まれるのか
そもそもなぜこの相談が来るのか。吉田さんは、その背景を有給付与のタイミングから説明しています。
労基法上、有給休暇が付与されるのは入社から半年後です。裏を返せば、法律通りに運用すると、入社から半年間は有給が1日もないことになります。
その半年の間に、インフルエンザや風邪など、本人の不注意とは言えないやむを得ない理由で休むことが起こります。
その場合、会社の対応としては欠勤控除、つまり休んだ分だけ給料を減らす処理をすることが多くなります。
ここで、いわゆる「いい経営者」ほど、やむを得ない理由での欠勤控除を気の毒に感じるといいます。
こんなやむを得ない理由で欠勤控除するの可哀想じゃないか。だから有給休暇、一部前借りさせてくれませんか、みたいな相談を社労士にされるんですよ。
気持ちはわかるものの、法律上できないため、回答は「前借りできません」となります。ただし吉田さんは、そこで話を終わらせず、代わりの制度へ議論を進めていきます。
前借りの代わりに提案する「特別休暇」
前借りできませんで終わってしまうと、社労士に相談する意味がなくなってしまう。そこで吉田さんは、別の制度や代わりの手段を提案するといいます。
吉田さんがおすすめしているのは、入社と同時に、使用期限を半年などに区切った特別休暇を与える方法です。就業規則を作る段階から提案することもあるそうです。
この休暇の呼び方はさまざまで、都内に本社があるスタートアップ企業などでは「ウェルカム休暇」とおしゃれに呼ぶケースもあるといいます。
もう少し硬めの設計として、吉田さんが「傷病休暇」と呼んでいるものもあります。入社から半年間、病気や子の看護などやむを得ない理由での休みであれば、会社に申請すれば年次有給休暇とは別に、給料を減らさず休めるという制度です。
この特別休暇は法律上の制度ではないため、年次有給休暇のような時効2年といった使用期間の縛りを付ける必要がなく、自由に設計できます。
たとえば入社から半年しか使えないようにしたり、入社初日からは使わせたくない場合は、試用期間満了後の3カ月間だけ使えるようにするなど、会社の事情に合わせて調整できると説明されています。
前借りを無理に認めると付与ルールが崩れる
吉田さんのもとには、「前借りを無理やりしたらどうなるのか」という質問も寄せられるといいます。
仮に、入社半年後に10日付与される通常ルールの人が、入社3カ月後ぐらいに5日を前借りしたとします。残りの5日を入社半年後に付与したケースです。
この場合、前借りをしたタイミングが付与日になります。その結果、次の付与のタイミングがずれてしまいます。
通常なら2回目の付与は入社から1年半後に11日ですが、前借りした人は入社1年3カ月のところで11日を付与しなければならなくなります。
つまり、前借りを認めると付与ルールがスタッフごとにバラバラになり、管理が大変になります。
さらに吉田さんは、公平性の問題も指摘しています。
ルール通りに付与された人は不利益を被って、前借りをした人が利益を得るっていうのは、やっぱり不平等だと思う。
こうした理由から、吉田さんは前借りは勧められないと結論づけています。代わりに、入社半年間だけ使える傷病休暇を5日ほど付与し、残りは法律通りに付与するのがよいと話しています。
金銭的・管理的な余裕があれば、法律以上に多く付与すること自体は問題なく、プラスアルファの制度が作れるならとてもよいことだと述べています。
「4月1日に一斉付与」はおすすめできない理由
相談が広がると、経営者から「全スタッフを4月1日に統一で付与できないか」という質問も出てくるといいます。有給の付与や管理が大変だという悩みが背景にあります。
吉田さんは、この4月1日の統一付与を過去に何度も管理した経験から、正直おすすめできないと話します。実は管理がとても大変だからです。
まずメリットとして、全員が4月1日に一斉付与されると、スタッフにとって「4月1日から翌年3月31日までがワンサイクル」と直感的にわかりやすくなります。
また、4月1日入社の人が多い大企業であれば、入社日がそろっているぶん管理しやすい面もあります。
一方でデメリットも多いと吉田さんは指摘します。4月1日に統一付与すると、人によっては有給付与のタイミングが前倒しになり、間接的に人件費も増えていきます。
さらに、社労士に相談する中小企業の場合、4月1日だけでなくいつ入社するかわからない通年採用のケースが多いことが問題になります。
その場合、4月1日直前に入社した人はすぐ有給が付与される一方、そうでない時期の入社だと法律通りに半年ほど付与されない、という入社時期による不平等が起こり得ます。
この不平等を解消しようとすると、入社時期に応じて5日や3日といった調整用の特別休暇を与えることになり、かえって管理が煩雑になっていきます。
この人の場合は3日ですね、この人の場合は4日ですね、とかいろいろ管理していかなきゃいけなくて、すごく大変です。
一斉付与とDX管理の相性という落とし穴
最後に吉田さんは、システム面からも4月1日一斉付与のデメリットを挙げています。今の時代、労務管理も経理などのバックオフィスもDXが前提だからです。
変則的な有給付与のルールは、勤怠システムに付随する有給休暇の管理機能などが対応していないケースがあると指摘されています。
システムが対応していないと、エクセルで管理するといったアナログに近い方法に戻らざるを得ず、それはそれで大変になるといいます。
こうした理由から、吉田さんは4月1日の統一付与はあまり勧めていないと結論づけています。
吉田さんが繰り返し勧めるのは、法律通りに付与しつつ、最初の半年間だけ会社が良しとするなら傷病休暇のような特別休暇を用意する、というシンプルな形です。
まとめ
有給休暇の前借りは法律上できません。入社半年間の空白は、前借りではなく自由に設計できる特別休暇で埋めるのが吉田さんの提案です。4月1日一斉付与は一見わかりやすいものの、通年採用の中小企業では不平等や管理負担、システム非対応という落とし穴があると整理されました。
- 有給休暇の前借りは、労基法や関連通達に根拠がないためできない
- 入社半年間の空白は、使用期限を区切った特別休暇(傷病休暇やウェルカム休暇)で埋める設計が有効
- 前借りを認めると付与日がずれ、スタッフごとに付与ルールがバラバラになり不平等が生じる
- 4月1日一斉付与は人件費増・入社時期による不平等・調整休暇の煩雑さという難点がある
- 変則的な付与ルールは勤怠システムが対応せず、アナログ管理になりやすい




