通勤手当が「賃金」になる理由
この回は前回に続く通勤手当の後編で、前編では通勤手段や支給金額の上限設定について取り上げられました。
後編ではまず、前編で話し足りなかったお金の論点から入っていきます。
吉田さんによると、雇用保険や社会保険の世界では、通勤手当は賃金、つまり給料の一部として扱われます。
雇用保険とか社会保険の世界だと、通勤手当って賃金って言われてます。要するに給料の一部なんですよ。
受け取る本人からすれば定期代で消えるだけなので、なぜ給料の一部なのか実感しにくい部分です。
この扱いによって不平等も生まれます。同じ基本給でも、遠くに住む人ほど定期代が高くなるため、受け取る給料が高いと判定され、雇用保険料も社会保険料も上がります。
一方で税金の世界では通勤手当は非課税とされているため、遠くから通っているからといって所得税が上がることは基本的にありません。
なぜ社会保険の世界で賃金になるのか。その根拠として、吉田さんは労働の債務が「持参債務」と言われることを挙げます。
本来は労働者が負担すべき通勤の費用を会社が代わりに出しているため、本人は経済的利益を得ているとみなされます。だから賃金扱いになる、という発想です。
この結果、雇用保険の書類には通勤手当を載せる必要があり、普段の給与計算も通勤手当を含めて行う必要があります。
正社員だけに支給する落とし穴
ここからはよくある間違いの話に移ります。
1つ目は、正社員だけに通勤手当を出し、パートや契約社員には出さないケースです。昔はよくあった対応だといいます。
しかし現在は同一労働同一賃金の観点からNGで、裁判になればほぼ負けるはずだと吉田さんは話します。
もし自社でパートに通勤手当を出していないなら、今後は支給した方がよいとのことです。
出張旅費と通勤手当の境目
2つ目の論点は、どこまでが出張旅費で、どこまでが通勤手当なのかという問題です。
通勤手当とは、自分が所属する事業場と自宅を往復する費用を補填するものです。横浜に住む人が東京本社に所属し、その往復の定期代を会社が負担していれば、それが通勤手当になります。
その人が大阪に出張する場合は、業務交通費という扱いになります。
両者の違いは保険料の対象になるかどうかです。通勤手当は社会保険料や雇用保険料の対象になりますが、業務交通費は立て替え費用の扱いで、対象になりません。
自宅と所属事業場の往復費用を補填するもの。社会保険料や雇用保険料の対象になる。
出張など業務のための移動費用で、立て替え費用の扱い。社会保険料の対象にならない。
難しいのは境目のケースです。週3日は東京本店、週2日は千葉支店に行くような場合、どこまでが通勤手当か判断しにくくなります。
この点について吉田さんは、実際にはお客さんと話し合って着地点を決めていると話します。
IPO準備中などで未払いを避けたい場合は、説明できない部分も入れておく保守的な選択をすることもあります。一方で、そこまでしなくてよいケースでは、メインの場所だけを通勤手当として計上し、一定の説明ができるようにする着地点もあるといいます。
ただし、複数に出勤する可能性があるからといって全部を業務交通費にする整理は乱暴すぎて、社会保険料を過少申告するリスクがあると注意を促します。
通勤手当の不正受給
3つ目は不正受給の問題です。
あるあるの例として、会社にはバス通勤と申告しながら、実際は徒歩や自転車で来て差額を懐に入れるケースが挙げられました。
社会経験が未熟なアルバイトなどでは、頑張っているのだから差額をもらって当然だと考え、隠さずに自慢する人もいるといいます。
本来だったらバス乗って楽してこれるところをてくてく歩いてきてるんだから、苦労してるんだから、その分お金もらえて当然だみたいな。一応ロジックは通ってるんですけど、これは不正受給です。
対応としては、まず発見する前の段階で、申告と違うルートで来て安くするのはダメだと会社の中できちんと説明しておくことが大切です。
そういう人を見つけたら放置せず、呼び出して返してもらい、不正受給の期間が長ければ懲戒処分の検討もありうるといいます。
悪気のないケースもあるため、注意が必要だと吉田さんは話します。
通勤手段で変わる事故時の責任
最後は通勤中のアクシデント、いわゆる通勤災害の話です。
吉田さんは、通勤手段によって労働者本人の責任の程度が変わってくると説明します。
責任が低いのは電車やバスです。乗っているバスが事故を起こしても、責任は運転手やバス会社にあり、乗っていた労働者が問われることは基本的にありません。
一方で責任が生じるのは、前回話した自動車、バイク、自転車などです。運転しているのが本人なので、後ろから突っ込んだり出会い頭にぶつかったりすれば、本人が責任を取ることになります。
運行を担うのは運転手や運行会社。乗っている労働者が事故の責任を問われることは基本的にない。
運転するのは本人。事故を起こせば本人が責任を負う論点が出てくる。
基本的な考え方として、通勤時は会社の支配下にないため、会社が強く責任を問われる可能性は低いと吉田さんは見ています。
ただし注意点として、法律的な構成を組めば通勤時も会社の責任と言える可能性があるそうです。
特に死亡事故などでは、会社に来るために通勤しているのだから会社にも責任があると、被害者側から主張されうるリスクがあります。
そのため、自動車通勤を認めるなら、上限金額のない自動車保険に入っていなければ認めないといったルールが必要だといいます。
なお業務中に営業車で第三者に危害を加えた場合は、ほぼ会社の責任となり、本人の責任も重くなるため、あわせて注意が必要だとされています。
事故後に示談を急がない
事故が起きたとき、保険で賄えばよいと考えがちですが、1つ注意点があります。
通勤災害でも業務中の自動車事故でも、労災保険の給付の対象になる可能性があります。
ここで示談してしまうと、労災保険が下りなくなります。だから適当な内容で示談するのは、加害者でも被害者でも双方に得がないといいます。
労務や総務の担当者は、スタッフから通勤災害の報告を受けたら、まず身の安全を確認し、必要なら病院での治療を最優先にします。
その次に大切なのが、相手方がいる場合に勝手に示談をしないよう本人に伝えることです。
事故の瞬間は体が痛くなくても、後から後遺症が出て労災の給付が必要になることがあります。示談していると、その給付を受け取れないこともあるため、示談は慎重にすべきだと吉田さんは話します。
まとめ
通勤手当は社会保険の世界では賃金として扱われ、支給の公平性や出張旅費との境目、不正受給、事故時の対応まで、実務で押さえるべき論点が多くあります。
- 通勤手当は雇用保険・社会保険では賃金扱いで、保険料の対象になる
- 正社員だけに支給しパートに出さないのは同一労働同一賃金の観点でNG
- 通勤手当と業務交通費は保険料の扱いが異なり、境目の整理は慎重に行う
- 自動車などの通勤は本人に責任が生じるため、保険加入やルール整備が重要
- 事故後は身の安全を優先し、労災給付を守るため安易な示談を避ける
