舞台監督の仕事は「準備が8割」
番組冒頭、パンチショーヘイさんは、自身がダンススクールのオーナーになるまで舞台監督が何をしているのかよくわかっていなかったと打ち明けます。
そこで、舞台監督とはそもそもどんな仕事なのかを吉川さんに尋ねました。
吉川さんによると、Wikipedia誰でも編集できるインターネット上の百科事典。ここでは舞台監督の仕事内容が事前準備・本番・本番終わりに分けて解説されている項目を指すの舞台監督の項目には、事前準備・劇場入りから本番・本番終わりの順で仕事が書かれているといいます。
そして面白いのは、そこに書かれている内容の8割が事前準備だという点でした。
この言い方をしたらあれですけど、(劇場に)入った時には仕事は終わっていないといけないと思っていて。
僕は十二分に準備をしていくタイプ。だから不安を消していく作業というのが、僕の仕事なんです。
吉川さんは、自分を知る人からは「ずぶとい人間」と思われているかもしれないと前置きしつつ、実際はずっと心配しているタイプだと語ります。
ずっと心配で、夜中飛び起きることもあります。あれ忘れてた、あれやっとかなあかんとか、そういう感じで。
本番中の仕事は、時間管理や安全管理、そして現場で問題が起きたときの調整ごとが中心になります。
劇場入りしてからのスケジュールを組んでも、どこかのセクションで問題が起きればずれていきます。そのとき、どう組み替えるかを判断していくのが舞台監督だと説明しました。
演出家や振付師に「寄り添う」という考え方
吉川さんは、追いかけていくと面白くないような仕事かもしれない、と本番の調整業務を表現します。ただし、心がけていることがあると続けました。
演劇でもダンスでも、演出家や振付師といったクリエイターには「旦那タイプ」と「妻タイプ」がいる、というのが吉川さんの見方です。これは性別ではなく、あくまで仕事のスタイルの話だと言います。
旦那タイプの人の時は、僕は良き妻であろうと思うし、妻タイプの人の場合は良き旦那であろうとする。だからいかに寄り添えるかなと。
この話を受けて、パンチショーヘイさんは自身の体験を語ります。graffyの発表会は、実は2回目まで舞台監督なしで行っていたといいます。
当時はショーヘイさん自身が舞台袖に入り、タイムキーパーやきっかけ出しまで担っていました。舞台監督が必要だということ自体を知らなかったからです。
踊り場cueを始めるにあたって知人を通じて吉川さんを紹介され、3回目の発表会から舞台監督を依頼したところ、状況が大きく変わったと振り返ります。
とにかく無事に終われ、みたいな感じだったのが、舞台監督が来ていただいてから、本当に円滑に、事故なく、理想的な発表会ができるようになっていった。
スタジオオーナーとして、先生や生徒がどう踊り、どう成長しているかを見たかったものの、手一杯では見られなかった、とも語りました。
吉川さんから見ると、ショーヘイさんは威圧的でもへりくだりすぎでもない、ちょうど間の「連れタイプ」だといいます。
連れタイプみたいな。パッと会ってすぐ連れになる人って存在していて、連れと仕事してるのは楽しいでしょう。
もともとは映画監督志望だった
話題は、吉川さんが舞台監督になった経緯へ移ります。もともとは映画監督を志望していたそうです。
高校卒業後、1年間お金を貯めて映画の専門学校へ行こうと考え、アルバイト雑誌を見ていました。そこで劇団往来がイベントスタッフ・アートスタッフを募集していたのを見つけます。
劇団という名前から映画の仕事もしているのではと考え、面接で「映画の仕事をやっていますか」と尋ねると「やっているよ」と言われ、入ることにしたといいます。
(面接で)映画の仕事をやっていますかと聞いたら、やってるよと言われたので、行きますと。まあ、騙されたんですね。映画の仕事、僕やったことないんで。
最初はテレビ局の仕事が中心でした。入社当時、会社は設立7〜8年目の若い会社で、若手を抜擢する方針だったといいます。
演劇にも映画にも興味がなかった吉川さんですが、会社に入っていろいろな作品を見るうちに、どちらも好きになっていきました。声が大きいことも後押しし、22〜23歳のころに舞台監督に指名されます。
今思うと、何の知識もない。ひどいもんでしたわ。でも、会社の人も劇場の人も育ててくれた。
劇団の舞台監督は稽古を見に行き、演出家からの「こうしたい」という要望を聞いて、美術家にどう実現するかをやりとりします。当時はまだファックスの時代で、毎日書いて送り、朝になると返事が返ってきたそうです。そのやりとりが一番の勉強になったと語ります。
吉川さんが演劇を好きになった瞬間もはっきり覚えているといいます。きっかけは三谷幸喜さんでした。
映画好きだった吉川さんは、アメリカ映画「十二人の怒れる男」のパロディにあたる「十二人の優しい日本人」を、上映最終日に見に行きます。
映画館で拍手が起きるほど面白く、パンフレットで脚本が三谷幸喜さん、劇団が東京サンシャインボーイズだと知りました。
その後、東京サンシャインボーイズが初めて大阪公演に来たときにチケットを買って観に行きます。しかし最初は面白いと思えず、斜に構えて見ていたそうです。
周りの人間はバカスカ笑ってる。なんでこんなに面白くないのにみんな笑ってるんやって、ちょっとふんぞり返って見てたんですけど、気づいたらのめり込んでしまって、誰よりも笑ってる自分がいて。
そこから演劇の面白さに惹かれ、いろいろな公演を見に行くようになったといいます。
好きなことって裏切られへんじゃないですか。
たまたま演劇が好きになったこと、そしてそういうものが好きで見ていたからこそ舞台監督に声をかけてもらえたことが、自分にとって大きいと吉川さんは振り返ります。
教える側に回ったきっかけと「かわいそう」という違和感
吉川さんは29歳、30歳になるころから専門学校で講師も務めています。18歳から働き始めていたため、その時点でキャリアは10年以上ありました。
高卒でこの仕事をしていたことから、専門学校卒や大卒に負けたくないという思いがあり、学校で何を教えているのかがずっと気になっていたといいます。
転機は、知り合いの演出家が専門学校の卒業公演を演出することになり、舞台監督として声をかけられたことでした。
その現場で、吉川さんは学生たちが「かわいそう」だと感じたといいます。
自分たちの卒業公演なのに、プロの大道具さんがバンバンやっていて、端っこに追いやられている生徒がいて。これはいかがなものかと。
その期間だけでも学生を楽しくできないか、という思いがありました。翌年、週1コマの授業から講師の仕事が始まります。
卒業生のうち、この業界で働き続けているのは一つまみほどだといいます。それでも吉川さんは、仕事は人と人とのつながりだと考えています。
卒業生から仕事が来たり、逆に仕事を頼んだりすることもあり、対等な関係だと感じながら続けているそうです。
ダンスの発表会で舞台監督が守る「その人の一回」
話題は、この番組の主題であるダンスの現場に移ります。ダンサーが舞台監督を思い浮かべやすいのは、やはり発表会だろうと確認したうえで、発表会で気をつけていることを尋ねました。
吉川さんがまず挙げたのは、その年に一度、あるいは一生に一度かもしれない発表の場を守るという意識でした。
作った先生の作品がちゃんとできるということと、出ている子たちが気持ちよく舞台に立てるということは心がけています。
ダンスの現場は基本的に振付師と照明のやりとりで進むため、舞台監督はその中にどう入るかがポイントになると言います。
たとえば、照明のプラン通りに当てたのにそこに人がいない、という場面です。振付が変わったのか、たまたま違う場所で踊っただけなのか、その答え合わせをするのが舞台監督の役割だと説明しました。
照明が位置を修正しても、本番では元の位置で踊ってしまうこともあります。どちらも気持ち悪い状態なので、どちらが正解かをきちんと決めてあげたいといいます。
見に来るのも友達や親御さんなので、その人たちがちゃんと自分の知り合いや子供がそこで踊っているのが見えるように、というのは常に心がけています。
パンチショーヘイさんは、舞台袖に舞台監督がいてくれる安心感が大きいと語ります。ダンサーは舞台袖で最も緊張し、トラブルも起きやすいからです。
吉川さんは、見えない舞台袖の環境づくりが大事だと応じます。せっかくの舞台で怪我をすることが怖いため、若いスタッフとともに、舞台上の落とし物や脱げた靴、落ちたアクセサリーに常に目を配っているといいます。
「ゲネプロ」と「場当たり」は意味まで知っておきたい
ダンサーが知っておくとよい舞台用語として、吉川さんはまず「ゲネプロ」を挙げます。
ゲネプロは日常的に「ゲネ」と略されますが、もとはドイツ語の「ジェネラルプローベ」を略した言葉で、いわば略語の略語だと解説しました。
近年はタイパやコスパが重視され、稽古の工程が減らされる傾向があります。場当たりを長めにしてゲネプロをなくす、という判断も見られるといいます。
しかし吉川さんは、一周回ってゲネプロに大事なことがあると感じているそうです。
場当たりをやって、次に本番前にちょっと流れで全部やって、次に本番に行く。このホップステップで最後ジャンプという、本番があるところに戻った方がいいんじゃないかなと。
パンチショーヘイさんも、同じ環境で何回踊れるかで慣れと余裕が出てくると同意します。ゲネプロで一度本番に近い緊張を経験しておくことで、本番では最大限の力を発揮できるといいます。
続いて吉川さんが「声を大にして言いたい」と語ったのが「場当たり」という言葉でした。
舞台監督が知らない照明や音響のスタッフと組むと、「場当たりなのに音を出すんですか」「場当たりなのに照明いるんですか」と言われることがあるといいます。
吉川さんは、これは言葉が独り歩きしている例だと指摘します。「場当たり」の「場」は演劇でいう「場面」、つまりシーンのことだという解釈です。
場当たりって、そもそもはシーン稽古なんですね。照明も音も動きも何もかんもやるというのが場当たりで。
つまり場当たりは、振付師が思い描いたように踊れる環境か、音量はどうか、照明は思った通りかをチェックする場だといいます。ダンサーはこの認識を持っていることが多い一方、スタッフの側にそうでない人がいるのが現実だと語りました。
位置やフォーメーションだけを確認する時間。音や照明は出さなくてよいと考える
場面(シーン)ごとに音・照明・動きをすべて通し、思い描いた世界観になっているか確認する時間
だからこそ場当たりの後にゲネプロがあることが大事だと吉川さんは言います。場当たりで気づいた点を修正し、確認できるからです。
ゲネプロが使えない場合は、場当たりの時間を長くとる方法もあります。出演する子どもたちと振付師が納得できる時間づくりを、みんなで話し合って作っていくのが一番だといいます。
そのやり方に僕は決まりはないと思っていて。でもやっぱり、その納得がいくか、親御さんたちが見に来て納得できるかということもあるので。
まとめ
映画監督を志して劇団のアルバイトに入った吉川亮さんは、演劇と出会い、舞台監督として約30年のキャリアを重ねてきました。この回では、準備を8割とする仕事観や、演出家・振付師に寄り添う姿勢、そしてダンスの発表会で守るべきものが語られました。
- 舞台監督の仕事は事前準備が8割で、吉川さんは不安を消すために十二分に準備をする
- 演出家や振付師のタイプに合わせて寄り添うことを、一番大事な仕事だと考えている
- 映画監督志望から劇団のアルバイトを経て、22〜23歳で舞台監督デビューした
- 発表会では、その年に一度・一生に一度かもしれない場を守り、出演者が気持ちよく舞台に立てるよう心がけている
- 「ゲネプロ」は本番通りの最終稽古、「場当たり」は音・照明・動きをすべて確認するシーン稽古であり、言葉の意味まで知っておきたい
