番組初、ポッドキャスター同士のコラボ回
今回はパンチショーヘイさんにとって初めての、ダンス業界でポッドキャストを配信している人とのコラボ回です。ゲストは群馬県前橋市の「DANCE STUDIO TRIGER」およびトリガー接骨院の代表を務め、番組「ダンスのとなり」を配信しているたどりんさんです。
たどりんさんの配信は今日で4回目、パンチショーヘイさんの番組はエピソードとしては10本ほど収録済みで、この回も最速配信を目指しているそうです。
今今日で4回目です。
これはもう明後日ぐらいには配信、最速配信でいければなと。
熱いうちに。
二人は大阪と前橋という距離で、少し前までお互いを知らなかったといいます。きっかけは、前日に発足したばかりの一般社団法人日本ダンススタジオ連盟でした。
発足準備会を通じてリアルの場で熱い話を重ねたことが、このコラボにつながったと振り返ります。収録は連盟の記念パーティーの翌日、カラオケボックスで行われました。
ダンスで生きると決めた先で、接骨院に行き着くまで
テーマは「ダンスの隣にある仕事たち」。たどりんさんはダンススタジオと接骨院を営み、NPO法人の運営にも関わっています。まずはその接骨院を始めた経緯が語られました。
たどりんさんは大学卒業後、ダンスで生きていくと覚悟を決めました。ただ、当時のマーケットを見ると他の仕事と比べて厳しく、28歳頃には苦しさを感じていたといいます。
もうダンスで生きようって、まあ覚悟したんですよ。
何かを始めたいと思ったとき、ダンスと全く関係ないことをするのは面白くないと感じたそうです。ダンスにつながる形を、ずっと考え続けていました。
全くダンスと関係ないことをしたら面白くないなって思ったわけですよ。
転機は、ヘッドスピンを教えていた子どもの目の一部が見えなくなってしまった出来事でした。かっこよさを優先して勢いで指導していたことに、初めて危うさを自覚したといいます。
もしこれで本当に目見えなくなっちゃったらどうしようとか、後遺症残ったらどうしようとか、すごい危ないことをさせてるっていう自覚が初めて芽生えたんですよ。
ダンスは続けたい、ブレイキンをもっと教えたい。その思いから、医学的な裏付けをもって「ここなら大丈夫」と示せれば、親も安心して預けてくれると考えました。
そこで選んだのが接骨院という道でした。柔道整復師の資格は専門学校に3年通えば取得でき、国家試験に受かれば開業もできます。
接骨院を選んだもう一つの理由が、整体との違いである保険治療でした。お金のないダンサーだったからこそ、保険が使えれば怪我を早く治せると考えたのです。
接骨院というのは保険治療といって保険が使えるんですよ。
二足のわらじの修業と、完全予約制という選び方
資格取得のための日々は大変だったと語られます。自分のダンス、子どもたちのコンテスト挑戦、そして学校の勉強とテストが重なる二足のわらじの時期でした。
テストもいっぱいあるので、勉強もしなきゃいけないっていって、なかなか大変だなって思いながらやってました。
今の運営について、たどりんさんは接骨院を完全予約制にしていると説明します。一般的な接骨院のように順番を待つ形だと、自分の時間が縛られてしまうからです。
予約は必ず予約サイトからという動線をつくり、出張などで都合が悪いときは事前に枠を切っておくことで、予約が入らないようにしているそうです。接骨院はたどりんさん一人で回しています。
自分がダンスメインの接骨院っていう設定だったんで、接骨院に縛られちゃったら困るんですよ、自分の時間が。
接骨院で身についた、社会との共通言語
別業界に踏み出したことで、たどりんさん自身に大きなプラスがあったといいます。それは社会性でした。ダンスをずっとやってきたことで、社会がどういうものかを十分にわかっていなかったと振り返ります。
社会がどういうものなのかを、多分ちゃんとわかってなかったんですよ。
好きなことを続けてきたダンサーは、いわば成功者側の感覚で生きてきたぶん、世間とずれる部分も多かったといいます。一方、生活のために働く人の気持ちが、当時はうまく理解できなかったそうです。
接骨院では患者と長い時間を過ごします。最長80分のコースもあり、話題を合わせるためには、これまで見ていなかったニュースを見るところから始める必要がありました。
いわゆるニュースを見てなかった人間が、まずニュースを見るところから始めなきゃいけない。
接骨院で5年間修業して独立するまでに、その感覚は凄まじく広がったといいます。今、保護者や経営者と話すときの土台になっていると感謝を語りました。
その5年間で凄まじく広がりましたね。その土台がなかったら、多分私はついてこれてないんじゃないかな。
この話に、元銀行員のパンチショーヘイさんも強く共感します。新入社員研修では毎日日経新聞を読み、日経平均を書き写し、気になったニュースへの意見を述べる課題があったといいます。
法人営業で経営者と接する際、20代でダンスの話をしても「へー」で終わってしまう。だからこそニュースを知り、世界情勢が相手の事業にどう影響するかを想像して話すことが、信頼につながったといいます。
社長にダンスの話しても「へー」で終わりなんで。関心あるのは、世界で起きてることが社長さんにとってどう働いてるかみたいなところなんですよ。
二人は、こうした社会との共通言語は、ダンスに関わる仕事を続けるうえでも大人になるほど必須の感覚だと語り合います。
「ダンスのために接骨院がある」という順番
接骨院を併設していることは、生徒や保護者にとっての安心につながっているといいます。たどりんさんのスタジオでは、入会時に15〜18枚ほどの入会案内を全員に最初から最後まで説明します。
その際に接骨院が安く使えることを伝えると、保護者からは安心だと言ってもらえるそうです。これがスタジオのビジネス的な強みになっています。
接骨院があることで安心ですよねっていうのはすごく言ってもらえるので、うちの一つのコアコンピタンスにはなってるかなと。
最初の段階できっちり説明することの重要性に、パンチショーヘイさんも注目します。途中で気づかせるのではなく、前提として知ってもらうことで、スタジオのブランドが伝わるからです。
一方で、たどりんさんが強調したのは順番でした。金融機関などに話すと接骨院がメインでダンスは「ちょっと」と見られがちですが、実際はその逆だといいます。
うちってダンスのために接骨院があるっていう逆の形態だから、すごい驚かれるんですけど。
接骨院メインのダンスと捉えられるのは本意ではなく、あくまでダンスを伝えたいのだと語ります。だからこそ最初に保護者へその順番まで含めて話すようにしているそうです。
ダンスの隣に何を置くか
パンチショーヘイさんも、不動産とダンススタジオを掛け合わせた事業に取り組んでいます。ダンサーが引っ越すときの初期費用の負担を、間近で見たことがきっかけでした。
実際にスタッフが引っ越す際、数十万円の費用で貯金がまたゼロになったという相談があったといいます。金銭面のサポートと同時に、ここでもダンスと掛け合わせて何かできないかを考えました。
やっぱ僕も結局ダンスに掛け合わせて何かがしたいっていう脳みそなんで。
構想は、思いに共感したダンススタジオと提携し、引っ越したダンサーがスタジオレンタルや入会金で優遇を受けられる仕組みです。夢を追う20代のダンサーの後押しになればと考えています。
ターゲット層は違っても、根っこにあるのはどちらもダンスです。パンチショーヘイさんは、これは「ダンスの隣に何を置くか」の話だとまとめます。
ダンスに洗脳されてます。
二人は、60代70代になってもダンスの関わりの中で生きていくだろうと語り合います。前日の連盟発足式を経て、その想像はいっそう膨らんだといいます。
これは多分60とか70になっても、なんか誰かしらとこういう繋がりがあって、ダンスの関わりの中で死んでいくんじゃないかな。
たどりんさんは、この流れを社会全体のイノベーションと重ねます。何かと何かを掛け合わせて社会課題を解決する時代に、ダンスは想像を超えるポテンシャルを持っていると語ります。
スーパーポテンシャルを持ってるこのダンスが、いろんな業態とくっつくことによって、想像しないような社会課題を解決するパワーを持ってるんだと思ってるんですよね。
接骨院や不動産のように、ダンスと別の仕事を掛け合わせる人はこれから増えていくだろうといいます。その事例を連盟から発信していけば、新しい形を世の中に示せると期待を寄せました。
「いろいろやっていてダンスをやっていないように見える」のではなく、ダンスのためにやっているのだと伝わる環境になればいい。二人はそう語り合い、対談を締めくくりました。
まとめ
ダンスで生きると決めた先で行き着いた接骨院や不動産は、どちらもダンスから離れるためではなく、ダンスを続けるための隣にある仕事でした。ダンスの隣に何を置くかで、ダンサーの生き方も業界の未来も広がっていくと語られた回です。
- たどりんさんは子どもの怪我をきっかけに、指導の安全性と信頼を高めるため接骨院の道を選んだ
- 接骨院での5年の修業で身についた社会との共通言語が、保護者や経営者と話す土台になっている
- 「ダンスのために接骨院がある」という順番を最初に保護者へ伝えることが、スタジオの強みになっている
- パンチショーヘイさんは不動産とダンスを掛け合わせ、引っ越すダンサーへの支援を構想している
- 異なる業態とダンスの掛け合わせが、これからの業界に新しい可能性をもたらすと二人は展望した
