ヒールダンスとはどんなジャンルか
MC野村昇平さんは、ヒールクラスをGRAFFYに導入した経緯を振り返ります。Reinaさんから「ヒールがやりたい」と申し出があったものの、当時は関西のダンススタジオでヒールクラスを見かけることはほとんどありませんでした。
正直、ヒールクラスって人来るんかなっていう、そこの怖さは正直あったんですけど。
今では10代の子から20代以降の大人クラスまで広がり、他のスタジオにもヒールクラスが増えてきています。そこで、そもそもヒールとは何かを聞いていきます。
Reinaさんによれば、ヒールの起源は海外にあります。海外のアーティストがPVやライブでヒールを履いてパフォーマンスする姿がルーツになっていると話します。
わかりやすいアーティストでいうとビヨンセとか、マドンナさんとか、その辺りの大物のアーティストさんの女性が主だと思うんですけど、がヒールを履いてパフォーマンスをするっていうのがスタートというか、それがダンスになっていったところからが生まれみたいなのは一回調べたことはあって。
ジャンルとしては、ハイヒールを履いて踊り、体のラインを意識した女性らしい振り付けが特徴だといいます。
セクシーだけじゃなくて、強さとかしなやかさとか、女性のこの美しさを表現するダンスジャンルになってると思ってます。
野村さんも、ガールズともジャズとも違う、セクシーでありながら力強さやシルエットの美しさがあると受け止め、一つのジャンルとして確立されているという印象を語ります。
ヒールの難しさと男性が踊る美しさ
野村さんは20代の頃、余興でヒールを履いて踊った経験を打ち明けます。そのときは立って歩くことすらままならなかったといいます。
これって女性の人、どうこんな綺麗に歩けんの?みたいな。膝が抜けるというか、腰が立たないというか。高くなればなるほど、特にピンヒールみたいな、あれすごいですね。
自分でやった経験があるからこそ、ヒールを履いたままフロアに入るような動きや、それを支える筋肉の凄さがわかると話します。
野村さんは、男性がヒールを履いて踊るダンスも好きだと語ります。ヴォーグ系やゲイの文化のダンスにも触れ、足のシルエットが締まった姿を芸術のようだと感じるといいます。
SNSの動画から独学、そして東京へ
話は、Reinaさんがヒールを始めたきっかけへと移ります。SNSが普及した時代に、海外ダンサーのレッスン動画に出会ったことが原点でした。
そこで見たのが、今ではヒール界の大御所とされるヤニスマーシャルさんの動画でした。男性がヒールを履いて踊る映像に強く引き込まれたといいます。
もうビビビってきて。自然と、あ、私これやってなんか引っ張られた時があって。きっかけはほんとそれです。映像から入って、なんかもうこれやるって自然とこうなってたといいますか。
最初は独学でした。当時はレッスンをしている人もおらず、ヒールを買って動きを真似することから始めたといいます。
しかし独学には限界がありました。どの筋肉を使うのか、どんな見せ方が正解なのか、やればやるほどわからないことが増えていったと振り返ります。
当時、会社員として働いていたReinaさんは、東京に住んでいた3か月ほどの間に、ヒールダンスを教える人が東京にはいることを知ります。
会社員しながらも独学で学んだことをちょっと知りに行きたいとも思い、レッスンを初めて人のレッスン受けに行ったのが東京のヒールのダンスの先生になりますね。2017年とかです。
人から習うと、トレーニングを含めた基礎の厳しさを実感したといいます。独学では無理があったと感じ、初めての先生から学べたことをとても良かったと話します。
会社を辞め、ロサンゼルスへ留学
東京で学んだことを大阪に持ち帰った後、Reinaさんはダンサーとして生きる決断をします。学びたい場所への欲が募っていきました。
会社辞めて学びに行きたい場所が、やっぱりアメリカのダンサーさんにヒールを習いたいっていうのが、どんどん欲が出てきてて。会社辞めて、2019年にアメリカのロサンゼルスにダンス留学に行きました。
現地では、ヒールが当たり前のようにジャンルとして確立されていることに衝撃を受けたといいます。
レッスンが女子の匂いプンプンみたいな。タイトな服を着て、自分のモチベーションを上げてるというか、おしゃれしたり、アクセサリーもめっちゃつけて、お化粧もしたりとか。
現地の人は普段スニーカーで過ごしながら、ヒールのレッスンのときだけは気分を上げるために来ているような雰囲気を感じたといいます。SNSで動画を見たときのビビビという感覚と、その空間に入ったときの感覚が重なったと語ります。
昼休みのトイレで練習した会社員時代
野村さんは、社会人を辞めて本場に行くという選択に驚きます。仕事を続けながらもダンスをやめなかったReinaさんの姿勢が印象的です。
会社員しながらお昼休憩あるじゃないですか。自分だけ早くご飯食べ終わって、トイレ行ってヒールの振りちょっと練習したりとかしてました。
仕事は一般職の事務職でした。パソコンに向かう合間に、昼休みは早めに食事を済ませ、トイレの鏡で動きを確認していたといいます。
そんな暮らしを2年ほど続けたと振り返ります。ヒールがそれほど好きだったからこそ続けられたと話します。
野村さんは、ヒールがReinaさんにダンサーとして生きる力を与えたのではないかと問いかけます。
そのきっかけがないと、多分会社も辞めてなかったと思いますし、ダンサーとしてやりたいんだっていう気持ちが芽生えたのはヒールダンスがきっかけやったなと思います。
ダンスを始めた原点と就職の選択
話はReinaさんがダンスを始めた原点へと遡ります。2人姉妹で、先にダンスを始めた姉と一緒にモーニング娘。が大好きだったことがきっかけでした。
ダンスを始めたきっかけは、自分がモーニング娘。になりたいから。
姉が通い始めたダンススタジオに続く形で、スポーツクラブのキッズダンスクラスに通い始めます。そこで出会った先生が、今の師匠にあたる人でした。
ジャンルはジャズで、モーニング娘。に憧れて入ったものの、気づけばジャズの世界にどっぷりはまっていったといいます。中学1年で初めてダンスの舞台公演に出演しました。
大学進学の際、Reinaさんはダンス系の学校ではなく法学部を選びます。高校3年間ダンス部で活動する中で、学校でダンスを続けるのは違うと感じたためでした。
卒業時にはダンサーになりたい思いがありましたが、親との考えの違いもあり、自分でやっていけるのかという不安から、意思を抑えて就職を選んだといいます。
自分でダンサーとして、一人の人間としてやっていけるのかって思ったら、まだやっぱり無理かって。そこまでキャリアもないし、もうそんなにダンスの世界を全部知ってるわけでもないし、就職だなっていう。
Graffyとの出会いと後輩へのメッセージ
留学から帰国した2020年、Reinaさんは姉の妊娠をきっかけにMAG住之江のクラスを引き継ぎます。ちょうどコロナ禍で緊急事態宣言が出た頃でした。
同じ時期、GRAFFYは2020年3月にオープンしていました。野村さんは近隣に住んでおり、MAG住之江のスタジオが稼働しているのか分かりにくい状態を不思議に思っていたといいます。問い合わせをきっかけに、そのまま引き継ぐ形でReinaさんが関わることになりました。
野村さんが、Reinaさんから見たGRAFFYについて尋ねます。
生徒さんの可能性を無限に引き出してくれるスタジオだなと思います。もう可能性でしかないスタジオだなと思って、いつも教えてます。
野村さんは、選択肢があることを大切にしていると語ります。社会人やダンサーとしての経験を経て、生徒が選べる環境をつくりたいと考えているといいます。
最後に、Reinaさんが生徒や後輩へメッセージを送ります。今は簡単にダンスを習える便利な時代だからこそ、広く浅くではなく深く知ってほしいと話します。
簡単にダンスを習える時代になってるからこそ、広く浅くてよりかは、もっとジャンルとかに追求をするといいますか、深いとこまで知ることが、これからの生徒さんもっと伸びるんじゃないかなっていう風に思っています。
野村さんも、情報が溢れる時代だからこそ、表面のスキルはすぐ真似できると応じます。しかし表現には、そこに至る経緯や思いが体から滲み出るものがあると語ります。
大人になるほどダンスに使える時間は貴少になるからこそ、好きなことを深掘りする価値があると2人は話します。
まとめ
SNSの動画で受けた衝撃をきっかけに、独学から東京、ロサンゼルスへと進んだReinaさんの歩みが語られた回でした。ヒールというジャンルの魅力とともに、好きなことを深く知る姿勢の大切さが伝わります。
- ヒールは海外アーティストのパフォーマンスをルーツに持ち、女性らしさと強さ、しなやかさを表現するジャンル
- Reinaさんはヤニスマーシャルさんの動画に衝撃を受け、独学から東京、ロサンゼルス留学へと進んだ
- 会社員時代は昼休みにトイレで練習するほど熱中し、ヒールとの出会いがダンサーとして生きる決断につながった
- 情報が溢れる時代だからこそ、広く浅くではなく深く知ることが成長につながるというメッセージが語られた
