クラシックバレエから始まったダンスの道
Akaneさんがダンスを始めたのは、クラシックバレエでした。3歳か4歳のころ、本人が「やりたい」と言い出したのがきっかけだったそうです。
その後、小学1年生から中学3年生までアクロバットを、中学1年生までバレエを続けていました。ストリートダンスのロックを始めたのは、高校1年生、16歳のときです。
バレエは記憶のない幼少期から続けていたぶん、思春期に差しかかると「嫌々やっていた時期」もあったといいます。
自分でやりたいと言っておきながら、格好もちょっと恥ずかしいじゃないですか。ピチッとしたやつで、前髪も全部上げなあかん、白タイツを履かなあかんみたいな感じで。後半は嫌々、でもずっとやってた。
一方で、小学生から続けていたアクロバットは楽しく取り組めていました。そのアクロバットの先生がテーマパークのアクロバットダンサーだったことが、後の進路を大きく方向づけていきます。
その優雅な方じゃなくて、ちょっと和気あいあいみたいな感じで、ステージの上で笑ってるみたいな方にちょっと憧れを持ってて。
テーマパークダンサーへの憧れと高校選び
テーマパークのアクロバットダンサーに憧れたAkaneさんは、オーディションで有利になるようにと、当時流行していたストリートダンスに目を向けました。
ステージを見てたら、その時のテーマパークのストリートダンスの流行りがブレイクとロックだったんで、じゃあロックのジャンルを学んだらオーディションで有利になるかなって思って。
ロックを学ぶだけならダンススタジオでもよかったのですが、Akaneさんにはもう一つの願いがありました。バレエのコンクールなどで放課後や夏休みを費やしてきたぶん、部活の「青春」を一度は味わいたかったのです。
一回でいいから、みんなで大会を目指すみたいな、ちょっと青春みたいなやつをしたかったんですよね。中学校まではできてなかったんで。
そこでAkaneさんは、ロックのジャンルがあるダンス部のある高校を選びました。ダンス部で高校を決める、という進路の決め方です。
高校時代はロックダンサーとして活動し、2年生、3年生では全国大会に出場。パシフィコ横浜のステージでファイナリストとして踊り、特別賞も持ち帰るほどの実績を残しました。
専門学校を選んだ理由も「テーマパーク」
高校卒業後、Akaneさんはダンスの専門学校に進学します。その理由も、やはりテーマパークダンサーへの思いでした。
ロックを始めたきっかけがテーマパークだったし、その気持ちはずっと変わってなくて。専門学校はテーマパークの合格率がいいみたいなのが多いんで、じゃあダンスの専門に行こうって、もうそのまま直行で。
テーマパークダンサーという夢を軸に、高校進学も専門学校選びも決めてきたことになります。近道になりそうな進路を、一貫して選び続けていました。
入ってみてわかった専門学校の実情
実際に入学してみると、思い描いていた姿とのギャップもありました。専門学校側は「入ればダンサーになれる」という雰囲気を醸し出していたといいます。
しかし現実には、1年生のうちに人数が大きく減っていきました。
実際は、1年の間に半分ぐらいは辞めていくし。2年に上がる頃には半分ぐらいになってます、大体。
辞めていく理由として多かったのは、カリキュラムのギャップでした。1年生では、ストリート志望の人でもバレエやジャズが強制科目になっているのです。
さらにミュージカルの科目やボイストレーニングもあり、夏休みの時間もミュージカルに取られてしまいます。テーマパーク志望の人にはありがたい内容でも、ストリート一筋で入ってきた人には「別にいらなくない?」と感じられ、辞めていく人もいたそうです。
一方で、Akaneさん自身は苦手なジャンルがほとんどなく、専門学校の学びを前向きに受け止めていました。バレエの経験があったため上のクラスに入れ、ミュージカルも苦ではなかったといいます。
絶対にダンススタジオでは自分から行かないよなっていうジャンル、タップとかもやったんで。タップ靴を履いてタップ板を敷いて、本格的な感じであった。
普通に大学へ進んでダンススタジオで学ぶだけなら、タップやブレイクのような自分から選ばないジャンルには触れなかっただろう、とAkaneさんは振り返ります。2年という短い期間でも、幅広いジャンルに触れられたことを良かったと感じているそうです。
いちばんの落とし穴は「卒業後のほったらかし」
専門学校を肯定的にとらえるAkaneさんですが、厳しさも率直に語ります。それは、学校の中でダンスが完結してしまいやすいことでした。
朝から夕方まで学校で踊れるため、放課後に外のダンススタジオへ通う人は少なくなります。その結果、外のシーンとのつながりが生まれにくいのです。
外のダンスイベントに出てるとか、ダンススタジオに学びに行ってるっていう人が少ないんで。専門学校中に繋がりがないと、卒業した後、本当にほったらかしにされる。
テーマパークのオーディション情報は、全員に向けたチラシとして学校側から共有されます。しかしインストラクターのような仕事は枠が限られるため、担当講師から上手な生徒へ個人的に声がかかる形になりがちだといいます。
何もつてがなかったら、卒業して、ただ専門学校に行った、そこそこ踊れるよっていう人が生まれるっていうだけの。
野村さんも、ダンサーのプロフィール欄が専門学校卒業とミュージックビデオ出演あたりで止まっている例を見かけると語ります。学校が守ってくれるのは在学中までで、その後は個人で動く必要があるという、シビアな現実です。
卒業に向けた就職活動のような仕組みも、ほとんどないとのことでした。
学校の最後の方に、就職先の紹介や応募の案内はあるのですか?
テーマパークのオーディション情報はあるものの、就職先の紹介などはゼロではないが「ないに等しい」とのことです。在学中から自分で進路を考えておく必要があります。
Akaneさん自身は在学中から外にも顔を出し、インストラクターのつてを得ていました。現在担当している4つのスタジオのうち1つは、専門学校時代にお世話になったパンキングの先生のスタジオです。
テーマパークダンサーにならなかった理由
テーマパークダンサーを目指して進んできたAkaneさんですが、結果的にその道には進みませんでした。きっかけの一つは、途中でインストラクターに誘われたことでした。
もう一つは、ダンスそのものへの気持ちの変化です。小技の一つとして始めたロックが楽しくなり、専門学校で触れた他のジャンルも楽しいと感じるようになっていきました。
テーマパークダンサーに縛られるよりは、ダンスをし続けていたいみたいな感じで。自分が楽しいジャンル、自分が楽しい踊りを勝手に踊っていたいみたいな。
いまはテーマパークダンサーへの思いはなくなり、見るのは楽しく経験としてやってみたい気持ちはあっても、契約するところまでではないといいます。一ダンサー、インストラクターとして、ダンスを踊ること自体を楽しんでいる状態です。
専門学校で学ぶ意味と、卒業後を左右する「つて」
最後に、専門学校でダンスを学ぶ意味について問われたAkaneさんは、幅広く触れられることの価値を挙げました。
たとえばヒップホップが得意でも、ジャズ的なピルエットのようなターンが苦手な人はいます。専門学校で浅くでも学んでおけば、いざ必要になったときに触りだけでも対応できる、という考えです。
いや別にいらないしなって思わずに学んでた方が、知識としても経験としても助かる。今後ダンスするんやったら。
Akaneさんは、まずは一度すべてを学んでみて、そこから自分に必要なものを削ぎ落としていけばいい、と提案します。
そしてもう一つ強調したのが「つて」の大切さでした。先生でも教務の先生でもいい、土日だけでも外のスタジオに顔を出して関係をつくることが重要だといいます。
もう先生でもいいし、教務の先生でもいいし、土日だけでも外のダンススタジオに行って、もうゴマをする。喋る。気に入ってもらう。大事です。
野村さんも、コミュニケーションが仕事につながる世界だと同意します。いろいろなジャンルを知っていることは、子どもたちへの指導にも、今後広がっていくダンサーの仕事にも跳ね返ってくる、と話されていました。
まとめ
専門学校に入ればダンサーになれるわけではなく、卒業後は自分で動く必要がある。それでもAkaneさんは、幅広いジャンルに触れられたことを理由に「行ってよかった」と語ります。学ぶ意味と、進路を左右する人とのつながりの両方が伝わる回でした。
- Akaneさんはバレエ、アクロバットを経て高校からロックダンスを始め、専門学校へ進学した
- 専門学校は入学から2年で人数が半分ほどに減るなど、カリキュラムのギャップで辞める人も多い
- いちばんの落とし穴は、学校内でダンスが完結し卒業後に「ほったらかし」になりやすいこと
- 幅広いジャンルを浅くでも学べることが、専門学校で学ぶ大きな意味になる
- 卒業後を左右するのは、在学中から築く「つて」とコミュニケーション
