Bガールが幼児教育の専門家になるまで
今回はダンス以外の業界の人とのクロストーク回として、北島章子さんが登場します。
1991年からモダンバレエを始め、2001年からストリートダンサーとして活動。指導歴は20年以上に及びます。2012年にはリトミック研究センターで国内最高位のディプロマAを取得し、現在は大阪キリスト教短期大学で教鞭を取っています。
もっとも、本人はかしこまった経歴とは受け取っていないようです。
私、そんな立派なあれじゃないし、異業種でもないんですけど、もともとバリバリのストリートダンサーというか。Bガールなんで、私。
パンチ翔平さんは、かつてイベントで踊っていた頃の北島さんを見ていたと振り返ります。
その当時のBガールとしての翔子さんは、多分めちゃめちゃ見てました。
ストリートダンスの低年齢化が突きつける問い
番組のテーマは「3歳と4歳の教え方の違いわかりますか」。以前会ったときに北島さんから言われて、パンチ翔平さんがドキッとした言葉だったといいます。
自身のスクールは4歳からのリトルキッズクラスですが、3歳と4歳では発育状況に大きな差を感じているといいます。それでも周りを見ると、3歳からでもOK、ついていけそうなら大丈夫、という曖昧な線引きが少なくないと打ち明けます。
北島さんは、ダンスを始める年齢が自分たちの世代とはまったく違ってきていると指摘します。
今どんどん低年齢化していて、ダンスのスタートを切る年齢が、本当に私たちの時代とは全く違った状況になってきているなと。
北島さん自身も近所の公園から始めた世代で、そもそもストリートダンスを習える場所はどこにもなかったといいます。習いに行ける場所が増えたことは大きな変化であり、いいことだと前置きします。
そのうえで、この文化のそもそもの成り立ちに立ち返ります。
ティーンエイジャーたちのギャングの抗争の代わりに、銃を捨てて、ダンスで表現でバトルしようぜと。血を流さずに平和に解決しようっていう、すごい平和的なムーブメントだと思うんです。
つまり、そもそも幼児向けに作られたものではない、というのが北島さんの前提です。
だからこそ、扱う側がそれを理解したうえで、どう幼児に渡すかを考える必要があると話します。
幼児は「小さい大人」ではない
北島さんは、幼児をまだ形の定まらない存在として表現します。
骨格も違うし、まだまだグニャグニャっていうか。もう真っ白どころか白でもないぐらいの、まだ本当に透明に近いような状態じゃないですか、幼児っていうのは。
その透明に近い子どもにとって、初めての表現がストリートダンスになる可能性がある。だから「このやり方でいいのか」を考える余白がまだ大きいと語ります。
10代で人格が形成されてから出会うダンスと、3歳で出会うダンスでは、人生に与える影響の重みがまったく違うといいます。
その違いが最もよく表れるのが、やり直しがきくかどうかだといいます。大人なら「さっきのなし」が通じますが、3歳には通じません。
3歳はそれをやるとぐちゃぐちゃになります。先週のなしね、とかもう無理です。先生が先週やってしまったんだったら、もうそのままいかなあかんのですよ。
だからこそ、指導のアプローチそのものを変える必要がある、というのが北島さんの立場です。
ダンススキルより「幼児教育の知識」
現場の先生たちは持ち前のガッツで一生懸命やっていて、その努力は素晴らしいと北島さんは認めます。ただ、感覚だけに頼ることの危うさも指摘します。
何も子供のことを勉強せずに、ストリートダンスが踊れるということだけで子供の指導に当たるっていうのは、本当に裸で山登りに行ってるみたいな。
保育士は2年間学んでもスタートラインに立ったぐらい、という世界。子どもを知らないまま指導に入ることの無防備さを、そう言い表します。
その結果、必要のない挫折を早すぎるうちに味わわせているのではないか、と心配します。
あまりにもスタートが早いと、心がボロボロになってしまって、自己表現どころか、ダンスにトラウマチックな何かを抱える子供も少なくないんじゃないかなと。
パンチ翔平さんも、現場で起きているもう一つの問題を挙げます。生徒数が増えるなかで、1人の先生が10人、15人、20人を見るケースがあること。さらに、経験の浅い若い先生が最初の担当として幼児クラスに入ることもあるといいます。
北島さんは、それを指導の順序が逆だと表現します。
それは一番高い山から登らせてるみたいな感じですよね。本当は一番ベテランの先生を一番小さい子に当てるべきだなと。
ここでいうベテランとは、大人に20年教えてきた人ではなく、子どもに関わってきた人を指します。ダンスがそこまで上手くなくても、子どもに関わってきた人なら良いレッスンができると話します。
だからこそ北島さんは、指導者を選ぶときにダンススキルより「子どもと関わった経験があるか」を重視してきたといいます。
なぜアシスタントが必要なのか
北島さんは、幼児クラスにおけるアシスタントの必要性を強く主張します。
一人でやるっていうのは基本的になくした方がいいんじゃないかなって思っているぐらいなんです。
保育士は法律上、1人あたりの担当人数が決まっています。北島さん自身も、1人か2人のアシスタントをつけて15人ほどのレッスンをしてきたといいます。
たった1時間のダンスだから、という発想ではなく、少し目を離したら危ないような存在を預かっているという危機感が前提にあります。
一方で、核家族化が進み、そもそも子どもと関わった経験のある人自体が減っていると指摘します。大学の初回授業でも、赤ちゃんを抱っこした経験やおむつを替えた経験のある学生はほとんどいないといいます。
3歳と4歳と5歳の違いってわかる?って聞いたら、わかんない、え、一緒じゃないの?みたいな感じなんですよ。それが普通の感覚やなと思うんですよね。
北島さん自身も末っ子で、子どものことを知らないまま指導者になったといいます。転機は、中学生の頃からバレエ教室で3歳クラスの助手を務めた経験でした。
右とか左とかわからないから触りなさいとか。こっちの足だよっていうのを口で言うなとか。歩き方、立ち方、話し方、全部あなたのやった通りにやるから、自分の振る舞いをすごい気をつけなさいって。
自己表現の前に、自己肯定感と安心できる場所
前回のゲストであるファンビートの藤村先生も、3歳からの指導について同じことを話していたとパンチ翔平さんは振り返ります。子ども目線に立つこと、スキンシップを取ること、そして安心感を与えることです。
北島さんは、その安心感の中身をこう表現します。
あなたはここにいて最高だよっていうような、もう生まれてきてくれて本当にありがとうございますみたいな。そういう空気は必ず必要だと思います。
自分を引っ込めなくていい、感じたことを出していい、という場所をまず作らなければ、クリエイティブなものは生まれない、と話します。
これは、ストリートダンスの本質にもつながる話だといいます。
頭で回るっていう発想がめっちゃ尊いわけですよ。それを真似るのがダンスの本質なのかっていうとそうではなくて、また新しい斬新なアイデアが生まれる環境を作るっていうのがストリートダンサーの使命なんじゃないかなって。
だからこそ北島さんは、バレエや日本舞踊のように型を固めて継承する方向ではなく、新しいものを生み出すダンサーを育てたいと語ります。
その一方で、指導者同士が本質を語り合う場が少なすぎることも課題に挙げます。「あいつはリアルヒップホップじゃない」といった空気の中では、考えが深まっていかないといいます。
言語化されないものは残らない、譜面や文章に残さなかった文化は途絶えてしまう。だからこそ、今こそ言葉にして対話することが大切だと強調します。
3歳と4歳の教え方は、どう違うのか
本題である3歳と4歳の違いについて、北島さんはリトミックの学びを起点に説明します。リトミックの教材は年齢ごとにまったく異なり、「幼児用」とひとくくりにはされていません。
3、4、5歳用とかじゃないんです。0、1、2、3、4、5、全部が教材から使う教具から何から何まで違うんです。
長い歴史のなかで、人の成長段階が階段のように体系化されている。だからこそ、3歳と4歳は別のものとして見る視点が身についたといいます。
具体的な違いとして、体の発達の差を挙げます。
両足でジャンプはできても、片足でジャンプができないとかがあるんですよ。片足で飛び上がるって、結構難しいことなんです。
片足で跳ぶ動作が自分でできるようになってくるのは4歳あたり。だからスキップは片足で飛び上がる動作を含むため、3歳には難しいといいます。それを「頑張りが足りない」「集中力が足りない」と受け取ってしまうのは誤解だと話します。
両足でリズムに乗って跳べるのがギリギリ。片足でのジャンプは難しく、スキップも困難。
片足の状態で自分からピョンと跳べるようになってくる。スキップにつながる動作が少しずつできる。
もう一つの例が「右」と「左」です。パンチ翔平さんが2歳の我が子に「右、右」と言っていると打ち明けると、北島さんはそれは危ないと反応します。
右手を上げてごらんって、パッと右が上がる、正しく、間違わずに、確信を持って、周りを見渡したりせず。あの、もう小学生以上だと思います。
だからこそ、右という言葉に頼らない工夫が必要だといいます。赤と白のコーンにウサギやゾウの絵を貼るなど、言葉ではなく物や感覚で伝える方法を紹介します。
さらに、スタジオから舞台に移動すると、それまで覚えたことが全部ぶっ飛ぶのも当たり前だといいます。それを「昨日もやったのに」と叱るのは違う、と北島さんは言い切ります。
北島さんは、この状況を水泳にたとえます。
まだ顔つけしかできない子供に、バタフライ泳げみたいなことを言ってるような。浮けたばっかりなのに、いきなり25メートル泳げって言われてるようなことを、日常的に指導されてるようなもんなんです。
水泳やスポーツでは指導の段階が明確に整理されているのに対し、ストリートダンスの現場はまだ無秩序だと指摘します。感覚のいい先生が体感で学び取っている一方で、そうでない先生と子どもの双方が苦しんでいる可能性があるといいます。
浮いたばかりの子に25メートル泳げと言うようなことを、それはその子のやる気の問題なのか。
問われるべきは子どものやる気ではなく、発達段階を無視した指導のあり方だ、というのが北島さんの立場です。ここでいったん収録を区切り、続きは次回に持ち越されます。
まとめ
この回は、ストリートダンスの低年齢化が進むなかで、幼児クラスをどう捉え直すかを問う対話でした。3歳と4歳は別物であり、指導にはダンススキル以上に幼児教育の知識と、安心できる場づくりが求められると語られています。
- ストリートダンスはもともと幼児向けに作られた文化ではなく、扱う側の理解が前提になる
- 幼児は「小さい大人」ではなく、3歳・4歳・5歳で発達段階がまったく異なる
- 片足ジャンプや「右・左」の理解など、大人には当たり前の動作も幼児には難しい
- 必要なのはダンスの上手さより、子どもと関わった経験と幼児教育の知識、そしてアシスタントの存在
- 自己表現の前に自己肯定感と安心できる場所が必要で、それがクリエイティブの入り口になる
