バレエ十年から、路上のブレイキンへ
番組後半では、そもそもなぜ北島さんが幼児教育に取り組むようになったのか、その原体験からたどっていきます。
北島さんのダンスの出発点は、モダンバレエ教室でした。子どもの頃に習った先生は、幼児教育の大学を出てバレエ講師になることを前提に学んだ人で、今思えば教え方がとても上手だったと振り返ります。
北島さん自身は、その先生に10年ついてコンクールにも出るような「ガチ勢」でした。部活もせず、バレエ一色の青春だったといいます。
ところが、あるとき突然ブレイキンに惹かれます。同級生に教わって路上で踊っていたところ、それがバレエの先生に知られてしまいました。
もう本当に雷が落ちたみたいに、ブレイキンかっこいいってなって。教えてくださいって同級生のところに飛び込んでいって、路上で踊ってました。
バレエの先生からは「そういうのはやってはいけない」と言われていたため、続けられなくなってしまいます。そして、やめると挨拶に行ったその足で公園へ向かい、ブレイキンを始めました。
もうやめますって挨拶しに行ったその足で、公園行ってブレイキン。これで私、日本一なるわって思って。
10年積み上げたバレエのキャリアを手放しての転身でした。
怪我をしない体、そして即興との出会い
ブレイキンの世界に飛び込んだ北島さんですが、体格的には向いていなかったと語ります。根性で続けたものの、ある段階で自分の骨格では怪我をして踊れなくなると気づきました。
一生ダンサーでいたかったので、あと10年は踊れないなと自分の体と相談したときに本当に思って。ちょっと健康の方を取ろうと思って。
そこから、ハウスやアフリカン、ビバップといったジャンルに移り、ミュージシャンとセッションするようになります。予測不可能な生演奏に合わせてかっこよく踊ることに憧れ、即興の世界にのめり込んでいきました。
もともとモダンバレエ出身で前衛的な作品にも関わってきた北島さんは、こうしていくつものジャンルを経て、再びコンテンポラリーダンスへと戻っていったといいます。
断っていた「幼児指導」の依頼と、ルーツ探し
大人向けのレッスンを続けていた北島さんに、20代半ばから子どもの指導依頼が来るようになります。ところが、最初はすべて断っていました。
ちょっと小さい子はよう教えられないですね、言うて。
理由は、自分にはバレエの記憶しかなく、ストリートダンスで幼児をどう教えればいいのか、まったくわからなかったからです。
私はプリエだったら教えられるけど、プリエちゃうしな、みたいな。じゃあこれをそれに当てはめるとしたら何になるんだろうって思って。
自分が今やっていることを分解し、幼児に何から教えればいいのかを探すなかで、北島さんはさまざまな本を読み始めます。そして、コンテンポラリーダンスの起源にたどり着きました。
初めてトウシューズを脱いで裸足で踊ったとされるイサドラ・ダンカンが、ある音楽学校の生徒だったこと。その学校を営んでいたのが、リトミックの創始者ダルクローズだったこと。ここに、音楽とダンスの「合流地点」を見つけたのです。
リトミックが教えてくれた「音楽ありきの身体」
北島さんが行き着いたリトミックは、もともとダンスのためではなく、音楽家のための教育でした。
ピアノに座っているだけでは良い演奏家にならないと、その人は考えたわけです。
創始者のダルクローズは、ピアノに縛りつけて訓練するのではなく、リズムを歩かせなさいと説いた人物でした。リズムを体で表現できて初めて、音楽をリズムよく奏でられるという考え方です。
自らも運動音痴を自認する北島さんは、Bガールになると決めたとき、まず友達に側転を教わるところから始めたと笑います。それでもダンスを続けてこられたのは、音楽が好きだったからだと語ります。
夜間の学校に飛び込んだ北島さんは、保育や音大出身者ばかりのなかで、ダンサーは自分だけという浮いた存在でした。それでもそこで学んだ内容は「宝だ」と振り返ります。
楽譜を読み、ソルフェージュで音程を聞き取って書き、リズム譜を書けるようにする。音楽的な知識を身につけたことが、その後の指導の根幹になったといいます。
北島さんは、今のダンスは振り付けに走りすぎているように感じると話します。見ていて気持ちいいダンスは音楽性が高いのに対し、最近は音楽を早取りし、BGMのように聴いている人が多く見えるというのが北島さんの視点です。
「3、はい」のタイミングまで設計する世界
リトミックの現場で北島さんが受けたカルチャーショックは、レッスンの設計の緻密さでした。3歳・4歳・5歳、さらに1歳・2歳とカリキュラムがすべて分かれ、毎回のレッスンには指導案を事前に提出しなければなりません。
こんなにレッスンを考えてレッスンしたことないわって思って。カルチャーショックだったんです。
これだけ考え抜かれたレッスンなら、月謝3000円4000円では見合わない、と北島さんは感じたといいます。各地で毎月の研修会があり、指導を磨き合う文化があることも、ストリートダンスの世界との大きな違いでした。
なかでも印象的だったのが、「さんはい」といったカウントの出し方を1時間かけて練習させられたことです。
さんはいを、例えばワンから入る前のどこで言うか。子どもがどのタイミングで言ってあげたら足が出やすいか。それを1時間ずっとやったことがあるんです。
たとえば、ゆっくりカウントして入ったのに急に速くなる、といったズレはリトミックでは厳禁だといいます。
絶対リズムキープを指導者がして、この速さで行きますよと言ったら、そのままの速さで入ってあげないといけない。
一定のリズムを保ち、足が出やすいタイミングで声をかける。子どもが気持ちよく動ける
速さが途中で変わる。子どもが混乱し、動きが崩れたり固まったりする
北島さんは、混乱を招く声かけをすれば子どもは固まってしまうと指摘します。それを「集中力がない」「ちゃんとやりなさい」と子どものせいにしてしまう指導は、こちらの世界にもあるはずだと話します。
子どもが固まるのは、設計ミスかもしれない
北島さんが繰り返し語るのは、子どもの様子は指導者からのサインだという考え方です。棒立ちになったり、すぐトイレに行きたがったりするのは、集中力の問題ではなく、レッスンの段階や声かけに問題があるサインだといいます。
トイレに行ってるのはね、もう心がついていけないって叫んでるんですよ。
実際に北島さん自身、幼稚園でのレッスンで20人中10人ほどがトイレに行ってしまい、教室がガラガラになった経験があると打ち明けます。そのとき「自分のレッスンが届いていないんだ」と気づいたそうです。
ここで大事なのは、先生を責める話ではない、という点です。北島さんは、今の先生たちはむしろよく頑張っていると強調します。
先生が悪いとか頑張ってないと言いたいわけじゃなくて、本当に頑張る方向性をみんなでシェアしたいんです。
ストリートダンスの世界では、先生が孤独になりがちだといいます。他の先生のレッスンを見に行く習慣がなく、自分が教わった先生だけが正解になってしまう。それが構造的な課題だと北島さんは見ています。
だからこそ北島さんは、幼児レッスンはもっと価値が高くていいと考えています。労力も大きく、人格形成に関わる時間だからです。むしろ小学生のレッスンより高くていいくらいだ、とまで話します。
保護者に伝えたいこと——見守り、生活面を支える
北島さんが幼児研修とともに伝えたいもう一つの大きなテーマが、保護者の関わり方です。海外のサッカー現場では、試合中に口出しする親が退場になることもあるという例を挙げ、自分で考えられる人を育てる文化に憧れると語ります。
ダンスの現場では、親が後ろで携帯を見ながら、たまに口出しをする光景が少なくないといいます。北島さんは、これは運営側がコントロールすべき問題だと考えています。
いいねとか上手だねとかかっこいいよなら大歓迎ですけど、ダメ出しを不意にするお母さんはとても多い。それが才能の芽を摘んでいってるんです。
北島さんが以前運営に入ったスクールでは、後ろで編み物をしたりおしゃべりしたりする保護者がいて、子どもが集中できない環境だったといいます。そこで保護者に外で待ってもらうよう変えたところ、子どもたちが大きく変わったそうです。
すいません、もうここの中では待てませんので外で待ってくださいと変えたら、本当に子どもたちが変わりました。
ある男の子は、レッスン中ずっと顔が曇っていました。よく聞くと、母親が後ろから「違う、右足、左足」と指示を出し続けていたのです。北島さんは翌月からやり方を変えると保護者に伝えました。
大切なのは、丁寧に説明することだと北島さんは言います。悪気があるわけではないので、理由を伝えれば保護者はたいてい協力してくれるといいます。
北島さんは入会時に、指導は自分に任せてほしいこと、家で練習させなくてよいこと、いいところだけ褒めてほしいことを丁寧に説明していたといいます。そうすると保護者はむしろ深く協力してくれるようになったそうです。
動画を撮らせない理由と、「幸せに踊り続ける人」を育てる
北島さんは、自分のレッスンでは動画撮影を禁止していたと明かします。振り覚えの悪いダンサーには仕事がないからです。
今みんな動画を撮るから、子どもたちは保険をかけてるんですよ。
動画を後で見ればいいと思って受ける1時間と、今覚えなければ誰も覚えてくれないという責任のなかで取り組む1時間とでは、使う脳の分量も気合もすべて変わってくると北島さんは説明します。
北島さんは、使わない能力は消えていくと、スマートフォンのアプリにたとえます。使わないアプリがクラウド上に退避されて開けなくなるように、子どもの脳も同じだというのです。
あれと子どもの脳みそは一緒です。
ここで北島さんが立ち返るのは、ダンサーになるかどうかよりも、子どもが幸せに生きる人生をどう考えるか、という視点です。
ダンスをやったことで、とにかく幸せな人生が送れましたと言われるのが、私は最高の褒め言葉だと思っている。
MCの野村さんも、プロになることだけがダンサーの定義ではないと応じます。ファッションデザイナーでも医者でも建築現場の人になっても、ダンスをやったことがどう生かされるかまで考えたい、と北島さんは語ります。
見守るために、大人がつながる
番組の終盤、野村さんは、5月29日に日本ダンススタジオ連盟が立ち上がることに触れます。これまで囲い込み合ってきたダンススタジオが手をつなぎ、課題を一緒に解決していこうという動きです。
この連盟でも研修会を開催していく予定で、北島さんは「どこでも行きます」と応じました。今回のような幼児教育と現場の話を、より具体的に共有していける場になりそうです。
北島さんは、子どもだけでなくすべての人が本来そのままで素晴らしいと考えており、「いかに余計なことをしないか」がこれからの教育のキーワードだと話します。
そして保護者へ向けて、まず信じて見守る姿勢を、みんなで頑張ろうと呼びかけます。一人で見守るのは孤独で辛く、つい口を出したくなるからこそ、大人同士のつながりが大切だといいます。
結論、お父さんお母さんが踊って、子どもにあんまり目が行ってないぐらいがちょうどいいですね。
肩の力を抜いて、子どもの育ちを信じて見守るダンスの現場を作りたい。そう語り、後編は締めくくられました。
まとめ
バレエ、ブレイキン、即興、そしてリトミックへと道を歩んだ北島章子さんが語ったのは、幼児のダンス指導を「子ども側の問題」ではなく「大人側の設計」としてとらえ直す視点でした。
- 北島さんはバレエ10年、ブレイキン、即興を経て、音楽とダンスの源流としてリトミックにたどり着いた
- リトミックの現場では、年齢別カリキュラムやカウントの出し方まで設計する緻密さがあり、それが指導の根幹になった
- 子どもが固まる・棒立ちになる・トイレに行きたがるのは、集中力の問題ではなく設計や声かけのサインかもしれない
- 保護者には評価や口出しではなく、生活面の支えと肯定的な声かけ、そして見守りを丁寧に依頼することが大切
- 目指すのはプロ育成の前に、幸せに踊り続けられる人を育てること。そのために大人がつながり学び合う場が必要
