初のソロ公演が決まったきっかけとTEN
KAISEIさんは、コレオリングスなど関西を中心にショーケースやインストラクター、コレオグラファーとして活動するダンサーです。
今回のソロ公演は、2025年11月に開催された「TEN-SoloDanceAward-」で踊場cue賞を受賞したことがきっかけでした。
KAISEIさんがTENに出るきっかけは、その前の春に別の舞台でソロを踊る機会があり、みきおさんからイベントの存在を教えてもらったことでした。
もうこの流れはちょっと挑戦してみるしかないっていうのがあって。募集の詳細で、この踊場cueの舞台公演のところを見て、これは行きたいなっていうのがすごいきっかけになりました。
20代前半の頃から舞台公演への興味はあったものの、その時々の活動状況で薄れていったといいます。10年以上を経て、再びこの機会が巡ってきました。
長尺ってなったらストーリー展開とか、その空間作ってっていうのがやらしていただいて好きやなって改めて感じたんで、自分が好きなものを全部詰め込んでできるっていうのを、ショーを見た時にこれ頑張って狙っていきたいって。
つまりKAISEIさんは、TENの作品を作る段階から、その先にあるソロ公演を見据えていたことになります。
自分のソロ公演みたいなところを頭の片隅には入れながら、TENも作っていただいてたと。
パン翔平さんは、審査には加わっていなかったものの、KAISEIさんのTENの作品を高く評価していたと振り返ります。
ストーリー展開が10分の中でも非常に分かりやすくもありましたし、非常にこう胸にも訴えかける作品だったんで、私めちゃ個人的にすごい好きで。
中学のダンスフェスから始まった20年
ダンス歴を尋ねられたKAISEIさんは、中学3年生から始めたと答えます。今年で35歳になるため、ちょうど20年の節目でした。
中学3年生で15とかですよね。僕今年35なんですけど、っていうことは今年で20年。今初めて気づきました。
始めたきっかけは、通っていた中学でその年に初めて行われた、クリスマスのダンスフェスティバルでした。
当時は「少年チャンプルー」の影響もあり、高校生を呼んで教えてもらう形で、1か月ほどでダンスを始めてから本番を迎えたといいます。
そのフェスでKAISEIさんはブレイクダンスを踊りましたが、ソロパートでは自分で動画を見て覚えたロッキングの技を入れたといいます。
いろんな動画を見漁って、とりあえず目についたのを入れようってやって。初めてのダンスのショーはブレイクダンスを、ソロはクロスハンドを入れ、ジャパレゲで踊りました。
ジャンルの区別がまだ曖昧だった時代を象徴するようなデビューでした。ここからKAISEIさんは本格的にダンスにのめり込んでいきます。
高校では別の高校の仲間とチームを組んでショーに出演し、初めて習った先生からR&Bや「気持ちを入れて踊る」ことを学びました。
師匠との出会いと、ダンスで生きる決断
大学に進学してもダンスを続け、当時はジャズヒップホップに取り組みながら、東京で活動することを考えていたといいます。
しかしジャンルを変えようと悩んでいた時期に、後にTENでジャッジも務める逸平さんと出会います。
なんかやっぱりこういうのをしたいなっていう、今のジャンルにつながる感じので悩んでる時に、次TENでジャッジをされる逸平さんと出会い。
この出会いをきっかけに、KAISEIさんは関西で活動を続け、ダンスで生きていく決断をしたと話します。
就職の選択肢について
KAISEIさんは即座に「ゼロです」と答えました。逸平さんの姿を見て、ダンスで頑張っていく気持ちが固まったといいます。
パン翔平さん自身は大学卒業時に就職を選んだ経験から、この決断を大きな転換期として受け止めていました。
人生あの戻れるんだったら僕もそっちの道一回やってみたかったなっていうぐらい、大きい転換期って僕の中でもめちゃめちゃ思うんですけど。
コロナがもたらした「立ち止まり」
話題は、勢いに乗っていた時期に訪れたコロナ禍へと移ります。
2019年、KAISEIさんは生徒たちと「LEGEND」という作品コンテストに挑戦し、賞も受賞するなど勢いづいていました。その直後にすべてが止まったといいます。
一番多分バタバタしてた時に全部がストップってなって。
緊急事態宣言で自宅にいなければならなくなった時、KAISEIさんは走り続けていた自分に気づいたと振り返ります。
急に立ち止まった時に、あ、めっちゃ詰まってたって止まってから気づいて。
走っている時には見えなかったものが、立ち止まったことで見えてきたといいます。自分の好きなものを改めて自覚するきっかけになりました。
自分の好きなものもすごい自覚できたっていうか、こういうのが好きで、詰めすぎてたらちょっとバタバタして気持ち的にも余裕なくなるからっていうのが、それはそれで一個のきっかけにはなったんかな。
パン翔平さんが主宰するダンススクール「Graffy」も、2020年3月にオープンした直後に緊急事態宣言を迎えました。ゼロからのスタートだったため、前を向くしかなかったと話します。
半年前の今、公演はどこまで見えているか
ここからは本題である、10月31日のソロダンス公演の進捗へと話が進みます。
半年前の現時点で、作品の前半から後半へと向かう大まかな流れはすでに決まっているといいます。
実は日程を決めるためのZoom打ち合わせの段階で、KAISEIさんはソロで行くことを即決し、すでに完成したプレイリストを画面越しに見せていたそうです。
多分もうあの時に見ていただいたプレイリストに入ってる曲で、さっきお話させていただいたこの曲はこうでっていうの多分ほぼ同じです。
つまり公演の構想は、踊場cue賞を受賞する前から頭の片隅にあったことになります。
打ち合わせで印象的だったのは、KAISEIさんの口から「どうしよう」より先に「楽しみ」という言葉が出てくることだと、パン翔平さんは語ります。
「ドキドキする、うわどうしよう」とかそっちじゃなくて、「楽しみ」がやっぱすぐに来てるのが本当に印象的でしたね。
現在の悩みは、決めた流れに曲がはまるかを並べていく作業と、そこから振り付けを加えて足し引きしていくペース配分だといいます。
並べて編集したとて多分変わっていくと思うんで、その足し引きをどのペースでできるかっていうとこが、今っていうより、ちょっと先の悩みになるんですけど。
それでもKAISEIさんは、形になっていく過程そのものを楽しみだと話します。
誰に届けたいか、そして「ものづくり」
KAISEIさんは、この公演をダンスをしている人だけでなく、幅広い人に見てほしいと話します。
ダンスしてないから人から見てもなんか共感できるとか、こう残ってもらえるようなんができたらなって思いながら作っていこうとしてるんで。
生徒やその親御さん、家族はもちろん、学生時代の同級生や、生徒が誘ってくれたダンス未経験の友人まで、届けたい相手として挙げていました。
パン翔平さんは、喋場cueや踊場cueという企画自体が、ダンスをしていない人との接点を作ることを目指していると説明します。
いかにそのダンスをやってない方に接点を持っていただけて、足を運んでいただいて見ていただけるかっていうところが、本当に目指すべき場所なので。
また今年から踊場cueではオンライン配信も始まる予定で、今回の公演も後日オンラインで楽しめるよう検討していると案内されました。
話題は、KAISEIさんの趣味である「ものづくり」にも及びます。プロフィールに書かれた「もの」とは、レジンで固めて作る作品のことでした。
KAISEIさんは、直筆で「踊り守り」と書いたお守りを試作していると明かします。ダンサーのお守りは見たことがない、という着想からでした。
自分自身も踊るソロでってなった時に、お守りとしてというのとか、願掛け的なっていうのも含めてで。
当日、記念に残る何かを一緒に用意できたら、という構想も語られました。ただし制作の状況次第では手が回らない可能性もある、と慎重に付け加えています。
パン翔平さんも、物があると当時の気持ちまで蘇ると、自身のダンス経験を交えて共感していました。
半年前の意気込み
最後に、この収録が半年前・1か月前・公演後の3回にわたって行われる企画であることが明かされます。心境の変化を聞き手やリスナーと共有する狙いです。
KAISEIさんは、これまでの何倍もの尺があるため、早めに動きつつも、その根底に「楽しい」という気持ちがあると語ります。
会場を訪れたことで新たなアイデアが浮かび、この収録の会話の中でも使えそうな発想が出てきたといいます。
喋らしていただいてる収録中にも、なんとなく、あ、そういうの使えるかもとか、ずっと今考えてた。節々喋ってる内容から、あ、そっか、これってこうなるかもみたいなんが、ついさっきとかあったりして。
今抱えている「進み出している気持ち」を持ったまま、1か月前に向けてさらに勢いを上げていきたいと、意気込みを語りました。
その気持ち持ったままで、半年後もまた本番1か月前、その勢いさらに上げながらいけたらなっていう、目標を目指して走りたいなっていう気持ちです、今は。
まとめ
初のソロダンス公演を半年後に控えたKAISEIさんが、ダンスとの20年、師匠との出会い、そして現在の制作状況を語った回でした。悩みよりも先に「楽しみ」が口をつく姿が、一貫して印象に残ります。
- ソロ公演は2025年11月のTENで踊場cue賞を受賞したことがきっかけで、2026年10月31日に決定した
- 中学3年のダンスフェスから始まったダンス歴は、今年で20年の節目を迎えている
- コロナ禍での「立ち止まり」が、自分の好きなものを自覚するきっかけになった
- 公演の構想は受賞前からあり、半年前の時点で流れや曲の候補はすでに固まっている
- ダンス未経験の人にも届けたいという思いから、オンライン配信や「踊り守り」などの構想も進んでいる
