ダンサーから映像へ、大きな転換を掘り下げる
第3回のテーマは、Shotaさんがダンサーから映像分野へ進んだ大きな転換の深掘りです。
聞き手のパンチ翔平さんは、似た悩みを抱えるダンサーが多いと感じており、その決断や歩み方が誰かのきっかけになり得るのではないかと切り出します。
まず問われたのは、7〜8年もの間、なかなか踏ん切りがつかず悩み抜いた経緯です。どんな思いでダンサーを続けていたのか、というところから話が始まります。
ダンスでお金を稼ぐことへの抵抗
Shotaさんが挙げた悩みの理由は、意外なほどシンプルなものでした。
なんで悩んでたかっていうのは、もう一つなんですよ。ダンスが好きすぎるからです。
Shotaさんはロックが大好きで、ダンスそのものを綺麗なものとして捉えていました。だからこそ、ダンスでお金を稼ぐことに強い抵抗を感じていたと言います。
ダンスは僕は、もう頂いたものだと思ってて。それをなんか使わせてもらってお金をいただくっていうことに、ただただ、頭が硬いやつなんですけど、それにすごい悩んでたんですよ。
ダンスを手段に使うことへの抵抗感があり、レッスンをしながらも申し訳なさに近い、変な気持ちになっていたと振り返ります。
翔平さんは、和歌山から出てきて全てを捧げるものに出会ったからこそ、お金を稼ぐことへの罪悪感と、まっすぐな部分とが相容れなかったのではないかと言葉にします。
Shotaさん自身は、当時を振り返って、仕事として捉える意識が育っていなかったのだと分析します。
どんな人に価値を与えて、自分の価値を提供したことに対しての対価をいただくっていう、この基本的な構造を僕は知らなかったので、ピュアにしたい部分だけが先走っちゃって、仕事として捉えきれなかった。
農家を継ごうとした相談と、兄の言葉
悩みはぐるぐると回り続けましたが、そのたびに相談相手からあたたかい言葉をもらっていたと言います。
Shotaさんの一番上の長男は実家で農家を営んでおり、当時のShotaさんはその仕事を引き継ぎたいと相談しました。
1度目は厳しく怒られたと言います。
お前、そんなつもりで農家やろうとすんな。そんな簡単なもんちゃうぞって、一回怒られたことがあって。
2度目もまた怒られると身構えていたところ、返ってきたのは予想と違う言葉でした。
「いや、まあできんことはないで」って言われて。「ただ、俺はお前にはまだ踊っといてほしいけどな」って言われて。もうちょっと頑張らなあかんってなって、またダンスシーンに戻っていく。
翔平さんは、親族はむしろ働けと言いそうなものなのに、逆に踊っていてほしいと言われた点に驚いたと話します。
Shotaさんはその言葉を、身内だからこそ生かされてきたのだと受け止めています。
やっぱ兄とか家族、そしていろんな方に本当に支えてもらって続けてこれたダンスっていうもの。
翔平さんは、ダンサーは誰もが誰かに支えられている業界であり、ダンスで食べていく難しさやお金を稼ぐことへの罪悪感は多くの人に共通するのではないかと語ります。
「プロになりきれなかった」という気づき
数年を経て、Shotaさんは自分についてある結論にたどり着いたと言います。
ダンスも説得力があり、やることをしっかりやり、仕事としても捉えている人はたくさんいる。そうした人たちを見て、自分との違いを感じたと言います。
これで食っていくってことは、例えば嫌なこともやる。で、ダンスを強く大事にし続けられる。そういう腹の決まりがある方っていうのは、やっぱり本当にプロの方だなって感じますね。
翔平さんも、テクニックよりも、これで食べていくという気持ちの据え方が一番重要なのではないかと応じます。
映像の側から見るようになったShotaさんは、本気の人には目つきやオーラの違いがあると感じるようになったと言います。
舞台裏とかを見させてもらった時に、やっぱりそこに懸ける思い、それがすごく尊いし、儚いし、価値があるものなんですよね、僕の中では。
翔平さんは、まさにその舞台裏にフォーカスを当てて、いろんな人に伝えたいという思いがこのポッドキャストを始めた理由だと明かします。
多様化するダンスシーンをどう見ているか
映像の側に立った今、Shotaさんはダンスシーンがすごく盛り上がってきていると感じています。
プロリーグができるなどの流れもあり、ダンサーとして生きていく具体的な姿がくっきり見えてきたと言います。
主戦場がSNSの人、現場の人、レッスンで教育に力を入れる人など、フォーカスの当たり方が多様になったと感じています。
僕が20代とかのもうバトルしかないっていうような時って、もうそこしかなかったんですよ。頑張るところが。今っていうのは先輩方が切り開いてくださってる中で、どんどんつないでつないで、新しくなっていってる。
翔平さんも、海外進出やCM、SNSなど、ダンスを見ない日がないほど企業が取り入れる時代になったと話します。
かつてはコネや長年の関係で決まっていた振付師の仕事も、振り付けが話題になれば新しくつながる時代になったと言います。
Shotaさんは、面白くなっている一方で、変化せざるを得ない側面もあると指摘します。
変化していくことに恐れないというか。逆に言うと、自分がやってきたことを一回捨てるっていうことも、一旦必要な場面も出てくるかもしれない。僕はそれが苦手な方なんです。
好きなものを捨てられない。まさにそこで葛藤したからこそ、可能性が広がっている今を前向きに感じていると語ります。
音楽と体一つで表現できる、というダンスの魅力
映像を通してダンスを見るようになったShotaさんに、改めてダンスの魅力を尋ねます。
その答えは、非常にシンプルなものでした。
ギターやドラムのような道具ではなく、体一つがそのまま表現になる。しかも上手い下手ではなく、表現なのだと強調します。
Shotaさんは、店で食事中に音楽がかかると自然に首がノってしまうような感覚を例に挙げます。
これが自分の中の感覚にあるかないかで、全然この人生の楽しさの振れ幅っていうのが変わるなって思ってて。
踊れる踊れないではなく、その感覚が自分の人生に入ること自体に価値があり、人生が豊かになるのではないかと語ります。
翔平さんも、音楽が流れると頭の中に風景や色合いが広がり、体が合わせて高揚する感覚はダンサーあるあるだと共感します。
さらにShotaさんは、その感覚があれば、辞めるという発想そのものがなくなると続けます。
2人は、ダンス未経験の人や保護者に向けて、まずは音楽に合わせて横ステップを踏むだけでも楽しく、人生が彩り豊かになると呼びかけます。
翔平さんは、もしShotaさんが今も一線の職業ダンサーだったら、魅力の答えも違ったかもしれないと問いかけます。
確かに今やからこそ、みたいなところはあるかもしれないです。
映像でダンス業界に恩返しする、という宣言
番組の締めくくりでは、今後この喋場cueの音声編集をShotaさんが担当することが明かされます。
全編めちゃくちゃ緊張してました。脇締めるってなんやねんと思いながら。
ダンススクールグラフィーは「一生ダンサー宣言」をテーマに掲げており、プロでなくても、子どもから大人まで誰もがダンサーになれる世界を目指しているといいます。
その流れで、翔平さんはShotaさんに宣言を求めます。Shotaさんは少し前置きをしてから、リアルな思いを語り始めました。
めちゃくちゃダンス好きやけど、稼げないからどんどんフェードアウトしていってしまうっていうこともあるかと思います。で、僕はダンス業界で育ててもらったっていう恩があります。
その恩を何かしらの形で返したい。そこで自分に何ができるかを考えたと言います。
それがひいてはダンス業界への恩返しになるかもしれない。熱い気持ちを持った人たちと一緒にそういう未来を描けたらいい、とShotaさんは宣言を締めくくります。
翔平さんは、変化することは決してネガティブではなく、ダンサーであることはその人から離れないと総括します。そして、映像で困りごとがあればShotaさんに相談してほしいと呼びかけました。
まとめ
好きすぎたからこそお金を稼ぐことに悩み、ダンサーを離れたShotaさん。その距離を経たからこそ、ダンスの魅力を言葉にし、映像という形で業界に恩返しする道を描いていました。
- Shotaさんがダンサーとして悩んだ理由は、ダンスが好きすぎて、お金を稼ぐことに抵抗があったから。
- 仕事として腹を決められるかがプロとの違いであり、テクニック以上に気持ちの据え方が重要だと語られた。
- ダンスシーンはプロリーグやSNSなどで多様化し、変化を恐れない姿勢が求められている。
- ダンスの魅力は、音楽と体一つで表現できること。踊れる踊れないに関わらず人生を豊かにする。
- Shotaさんは、映像でダンサーの新たな食い扶持となる場所を作り、業界に恩返しすると宣言した。
