野球からダンスへ、Shotaのはじまり
Shotaは和歌山県紀の川市の出身で、兄の影響で小学3年から高校3年まで9年間野球を続けていました。
しかし高校最後の大会あたりでレギュラーから落ちてしまい、大きな悔しさを抱えたまま大学進学で大阪へ出てきます。
すごい悔しいじゃないですか。その気持ちを持ったまま沸々としながら大学進学するんですけど、なんかもう一回始めたいなみたいな。
何かでもう一度やり直したいと思っていたとき、思い出したのが高校時代に深夜番組で見ていたダンスでした。
HMVで出会ったダンススタイルシリーズ
当時はダンスの情報がほとんどなく、Shotaはまずレコード店のHMVへ足を運びます。
そこで買ったのが、リットーミュージックの「ダンススタイル」シリーズのビデオでした。ステッパーズ、ポッピン、ロッカーズの3本を買い、家で1本ずつ見ていったそうです。
ステッパーズは難しく、ポッピンも首やヒットの動きがわからない。最後にロッカーズを見たとき、後に師匠となるヒルティ&ボッシュが出演していました。
なんやこれみたいな。めちゃくちゃかっこええやんけってなって。これちょっとやってみようって言って、そこから独自にやり始めた。
最初は手首を巻いて鏡を見ながらの独学でした。手首を巻く向きも最初は逆で、招き猫のようになって手首が痛くなったと笑って振り返ります。
スタジオの門を叩くまで
ビデオだけではなかなか上達せず、大学のダンスサークルにもあまりなじめませんでした。そこで初めてスクールを調べます。
見つけたのが「蒲江」というダンススタジオで、そこにYuがいると知り、門を叩きに行きました。
野球しかやってこなかったShotaにとって、ダンススタジオに入るのは相当に勇気がいることでした。しかも蒲江は階段を上がらないと入れず、一度は怖くて引き返したといいます。
紀の川市で、川と山と畑と、そんなとこで育った少年が、10近くの少年がそんなとこ行ってめっちゃ怖かったんですよ。でも、ここでいかなあかんと思って行った。
見学させてほしいと伝え、そこからShotaのダンス生活が本格的に始まりました。その後はチーム活動やバトルにも積極的に参加していきます。
自分を証明するために踊り続けた日々
翔平とShotaは、もともとバトルの現場でスピーカーの前を陣取り、向き合って踊り合う仲でした。カッコつけよりも、水とタオルを手にした部活動のようなストイックさで踊っていたと振り返ります。
みんなの中心に向かってやってるのに、僕らだけスピーカーに向かって、二人で向き合って踊る、なんかすごいクローズドな。
Shotaのダンスの出発点にあったのは、野球で味わった悔しさを晴らし、自分の存在を証明したいという思いでした。
自分の存在を証明する。このダンスで。ここからはもう逃げへんぞみたいな。それだけの気持ちでやってたんですよ。
ただ、自分を高め続ける生活を続けるうちに、20代後半あたりから迷いが生まれていきます。1年のサイクルや自分の範囲が見えてしまったことで、これでよかったのかと悩むようになりました。
コロナが後押しした映像への転身
兄やいろいろな人に相談しながら悩み続けていたところに、2020年のコロナ禍が訪れます。
エンタメ業界が止まり、スタジオも営業できず、レッスンもできない。オンラインレッスンの流れにもなじめなかったといいます。
自分と向き合う時間が増えたことで、Shotaは思い切って流れを変えようと決めました。
本当に無理やり何かを見つけるっていうので、本当にそこにあったのが映像だった。めちゃくちゃ悩みました、いろいろ、右往左往。
映像が好きで、映画が好きで、という入り方の人が多い中で、Shotaの出発点は「自分を変えるきっかけ」でした。
もともと抱えていた迷いに、コロナが最後の後押しを与えた形だと翔平はまとめています。
ダンサーを撮るときに大切にしていること
映像の道に進んでからも、Shotaはグラフィやプロジェクトのダンサーをはじめ、多くのダンサーを撮影してきました。撮影で意識していることを尋ねられ、まず語ったのはダンサーへの見方でした。
そもそも僕はダンサーさんの動きってそれだけで美しいんですよ。なぜならばそこに魂が宿っているから。
ステップ一つ、腰の角度一つ、指先のしなやかさ一つにも思いが宿っている。だからこそShotaは、ダンサーが表現しようとしているところに食らいついていくことを大切にしています。
ここのステップのこの表現、この間に何かがこもっているよなというところを現場でキャッチしつつ、そこを取り逃さないというところを意識しているかな。
カメラワークで演出することもありますが、動きを大きく見せるためのワークが、かえって見せたいところを霞ませてしまうこともあると感じてきたそうです。
ダンサーさんの動きにはそこに込めてるものがあるので、それをワークで潰すというのはあまりしたくない。時と場合なんですけど。
翔平は、ロックダンスのように基礎や技が定まったジャンルでは、ダンサーが同じ動きを膨大な回数積み重ねてきたことに触れ、そこには一人ひとりのこだわりがあると語ります。
表舞台に立っていた自分が裏方に回ったことで、どうすればこの人たちを引き立たせ、気持ちよく踊ってもらえるかを考えるようになったといいます。
客観的に見ることで変わったダンスの見え方
裏方に回ったことで、Shotaは表現の見え方そのものが変わったと話します。
スマホで自分を確認することはあっても、生で見た臨場感と、画に収まりきった映像とでは迫力がまるで違うといいます。
映像で見るのと生で見た臨場感、この迫力っていうか、それなんか説明できひんけどあるなって。
翔平自身も、プロジェクトを通じて人のダンスや作品を俯瞰して見る機会が増え、ダンスの見え方が大きく変わったと共感します。
舞台ごとその表現の範囲にするというか、照明も舞台の配置も全て含めて表現するっていうのは奥が深いなって思いますね。
スマホでダンスを撮るときの基本
話題は、一般の人がスマホでダンスを撮るときのポイントに移ります。Shotaがまず挙げたのは、とてもシンプルなことでした。
今のスマホは手ブレ補正が優秀ですが、それでも大きなブレは見ていられません。脇を締め、息を潜めて撮ることでブレを抑えられるといいます。
これは撮る側のテクニックで、片手ではなく脇を締めて構えるだけで、ダンサーの表現がきれいに伝わるようになります。
Shotaは、多くの人が胸の前や目線の高さで撮りがちだと指摘します。そこで角度を変えてみることを勧めています。
下から煽ったらめっちゃいい感じなんですよ。上から撮ったら撮ったでまたちょっと違う雰囲気になるし。そういう角度を探ってもらうっていうのは面白いかもしれない。
下から煽るとダンスの下半身の動きやステップが見えやすく、シルエット的にも足が長く見えるといった効果が期待できます。
最近は子どもたちがワークショップで互いを撮り合い、終わりに天井へふわっと抜くようなカメラワークを自然にこなしているそうです。凝ったワークはすでに浸透していると感じています。
だから僕は基本のき、脇を締める。それだけです。
ただしShotaは、脇を締めることだけが正解ではないとも念を押します。手を振るような撮り方にもそのやり方の良さがあり、大切なのは、ガタガタさせずピタッと撮ってダンサーの表現をきれいに映すことだと締めくくりました。
まとめ
野球の悔しさから独学でダンスを始めたShotaが、迷いの末にコロナを機に映像へ転身し、ダンサーへのリスペクトを軸に撮影と向き合っている姿が語られた回でした。撮影の基本は、脇を締めてブレを抑え、ダンサーの表現をきれいに映すことにあります。
- Shotaは野球の挫折から独学でダンスを始め、師匠ヒルティ&ボッシュのビデオに出会った
- 20代後半からの迷いに、2020年のコロナ禍が映像への転身を後押しした
- 撮影では、ダンサーが表現したいところに食らいつき、それを取り逃さないことを大切にしている
- 不要なカメラワークがかえって見せたいところを霞ませることもある
- スマホ撮影の基本は、脇を締めてブレを抑え、下から煽るなど角度を工夫すること
