MORTAL COMBATの活動は想像より幅広い
パンチ翔平さんは前回に続き、関西のBBOYクルーMORTAL COMBATのメンバー、SEKISHOWさんを迎えます。
テーマは「BBOY業界のリアルな生活とキャリア」。前回は熱い気持ちの部分を、今回は実際の活動や生活のぶっちゃけた部分に踏み込みます。
まず話題になったのは、MORTAL COMBATがどんな活動をしているのかという点です。SEKISHOWさんは、このクルーは特殊だと前置きします。
MORTAL COMBATという活動はもちろんバトル、大会、コンテスト、BBOYとしてのチャレンジもあるんですけど、それこそ学校公演。
日本全国の小中学校を回って公演したりとか、文化祭、芸術鑑賞とかで踊らせてもらったりもそうですし。
さらに、地方のアーバンスポーツ系イベントでブレイキンを教えたり、芸能関係のダンスショーに出たりと、活動の幅は広いといいます。
学校公演は時期によって忙しく、年末にかけては毎週いろいろな地域へ向かうこともあるそうです。去年の年末は鳥取まで行き、近そうに見えて遠かったと振り返ります。
メンバー全員でなく、その日その日に行けるメンバーで構成して各地へ向かうのがクルーならではのスタイルだと話されています。
MORTAL COMBATが積み上げてきた歴史と信頼
芸能関係の仕事について問われると、SEKISHOWさんは言いづらい部分もありながら、具体例を挙げていきます。
昔から続いているのが吉本興業との仕事で、かつては「吉本ダンス新喜劇」という企画があったといいます。SEKISHOWさんは子どもの頃に、吉本新喜劇とブレイクダンスを掛け合わせた舞台に出たこともあると話します。
近年ではアーティストBALLISTIK BOYZのバックダンサーとして踊った経験もあるそうです。
さらに、SEKISHOWさん自身は当時いなかったものの、クルーとしてはB'zやBIGBANGのバックダンサーを務めた歴史もあると語られました。
MORTAL COMBATっていうクルーが積み上げてきたものが、ちょっと特殊なのかもしれないですけど。
バックダンサーはジャズやヒップホップなど立ち踊り系が多い印象がある中で、BBOYクルーがそうした仕事も担ってきたことに、パンチ翔平さんは驚きを見せます。
僕らが見えてるダンサーの仕事っていうのはやっぱり一部で、そういうところもやっぱりあるんですね。
SEKISHOWの生活を支える3つの柱
話題はSEKISHOWさん個人の仕事に移ります。クルー以外にも、テーマパークで踊る仕事を続けているそうです。
この仕事は高校卒業のタイミングから始め、7年目になるといいます。テーマパークの仕事、グラフィーでのレッスン、そしてMORTAL COMBATの活動。この3つで生活していると話されています。
ずっと踊り続けている状態に、パンチ翔平さんは感心します。SEKISHOWさんは、そこにたどり着けたこと自体が一番大きいと受け止めています。
それでも「ダンスだけ」で生きるのは難しい
ここが今回の本題です。ダンスで生活するとき、ダンス以外で収入を得ることのほうがむしろ主流ではないか、とパンチ翔平さんは問いかけます。
もうすごい夢のないこと言いますけど、正直ダンスだけで生きていくって多分難しいと思うんですよ。
SEKISHOWさんは、テーマパークの仕事もレッスンの話も、元をたどればMORTAL COMBATにつながっていると説明します。クルーの存在がすべての大本になっているといいます。
続いて、加齢とBBOYのキャリアについての話になります。パフォーマンスは肉体を使うため年齢とともに落ちる面もあるのでは、というパンチ翔平さんの疑問に、SEKISHOWさんが答えます。
最前線で戦い続けてる人らのダンスを見てると、スキルはやっぱり落ちてるんですよ。だけど、かっこよさが増してるんですよね。
BBOYとしての渋さや経験値で最前線に立ち続ける人がいる一方で、年齢を重ねて人前に立たなくなる人も多いといいます。続けるか続けないか、そこが分かれ目になっていると話されています。
BBOYのキャリアは、どう続いていくのか
続け方には、ダンススクールを開く、支える側に回るなど、いろいろな道があるとパンチ翔平さんは補足します。それでも続けることには覚悟が要ると、SEKISHOWさんは認めます。
どんなに上手いBBOYでも本業を別に持っていたり、手に職をつけている人が多いといいます。テーマパークで働く人もダンス一本ではなくバイトを掛け持ちしていることが多く、ダンスだけで稼ぎきるのは難しいと語られました。
これはBBOYに限らずダンサー全体の永遠の課題だと、2人の認識は一致します。
パンチ翔平さんは、シーンも世界も人口も広がっているのに、それを生活に結びつける答えはまだ出ていないと話します。だからこそ、いろいろな人を招いてヒントを探るためにポッドキャストを始めたと明かします。
それでもみんな、ダンスを選び続けている
パンチ翔平さんが、SEKISHOWさんの描くキャリアを尋ねます。返ってきた答えはまっすぐでした。
僕は正直、ダンスでのキャリアは一つしかなくて、世界を取りたいしかないんですよ。
今はとにかく今いるチームメイト、このMORTAL COMBATと、そして自分一人でも、夢と思ってる舞台のタイトルを取りたい。
将来のために何をするかではなく、ダンスのために何ができるかというベースで生きてしまっている、とSEKISHOWさんは笑います。高校時代も、バイトするとダンスができないからバイトできない、就職したらダンスができないから就職しない、と考えていたそうです。
パンチ翔平さんも同じだったと打ち明けます。ダンスのために大学は関西を選び、就職も「ダンスで食べていくにはお金の知識が要る」と考え、関西を離れない地方銀行の銀行員に絞ったといいます。すべての判断がダンスを軸に固定されていたと振り返ります。
なんでそこから一個広げて考えないの?ぐらい、ダンスを軸足に置いて考えてきて。
37歳になった今も、ダンスに何かしたいと思い続けているからこそこうした活動をしていると話されています。SEKISHOWさんは、キャリアで言えば死ぬまでダンスしていたいと語ります。
もしダンスが「食えない」というネガティブなシーンなら、これほどダンサーは増えていないはずだ、とパンチ翔平さんは言います。どうなるかわからなくても、とにかくやりたい、あそこを目指しているという純粋な気持ちがシーンを広げてきたと考えられます。
結婚や年齢に伴うライフイベントでキャリアを変える時が来ても、それはその時考えればいい。今こういう活動をしている世代が次の道を作っていくのではないか、とパンチ翔平さんはまとめます。
SEKISHOWの宣言
番組の締めくくりは「宣言」です。喋場cueは、誰もが胸を張ってダンサーだと言える社会を目指す「ダンサー意匠宣言」がテーマになっています。
電波に乗せて決意表明を、と促され、SEKISHOWさんは静かに言葉を選びました。
僕含め次世代のMORTAL COMBAT、僕たちが新しい道を切り開いて、新しい結果を残していきたいと思います。
その「新しい道」とは何かを問われ、SEKISHOWさんは上の世代から見せてもらった大きな背中について語ります。それは、新しいものを恐れず、自分たちで作り上げていく姿勢だといいます。
他のクルーには出せない雰囲気も、上のメンバーたちが作り上げてきたもの。だからこそ、今いる若手5人が、これまでの歴史をさらに更新していかなければならないと話します。
これから俺らがMORTAL COMBATやっていう気持ちを込めて、何か道を切り開いていかないとダメだと思うんですよ。
ショーケースも大会も、新しいもので自分たちが中心となって結果を残す。それが今、将来のビジョンに向けた一番の目標だと語られました。
若い年齢でここまで言い切れることに、パンチ翔平さんは驚きと尊敬を示します。SEKISHOWさんは、言った分の責任があるからこそ緊張すると受け止め、言うだけでなくやり切ると応じました。
まとめ
MORTAL COMBATのSEKISHOWさんが語ったのは、学校公演から芸能まで広がる活動の実態と、ダンスだけで生きることの難しさ、それでもダンスを軸に生き続ける覚悟でした。
- MORTAL COMBATの活動は学校公演、芸術鑑賞、アーバンスポーツイベント、芸能の仕事まで幅広い
- SEKISHOWさんはテーマパークの仕事、レッスン、クルー活動の3つで生活し、その大本はすべてクルーにつながっている
- BBOYとして生きていけるのは世界でほんの一握りで、多くは別の仕事や手に職を持っている
- ダンスを生活に結びつける答えはまだ出ておらず、ダンサー全体の課題として語られた
- SEKISHOWさんの目標は世界のタイトルを取ること、そして次世代として新しい道を切り開くこと
