山梨のイベントで実感した「ポッドキャストの力」
冒頭は近況から。岡島さんはこの日、12時間眠ってしまったと話し、体力ゲージは満タンだと苦笑いします。
話題は、収録の1週間ほど前に玉置さんが登壇した山梨県主催のイベントへ移ります。集客には苦戦していたものの、申し込んで来なかった人も含めて20名ほどが集まったといいます。
そんなにガラガラの中で歌う演歌歌手みたいな状態にはならなかったんですけど。
驚いたのは、参加者の中に「ポッドキャストを聞いています」という人が5人もいたことでした。京都からヒッチハイクで来た学生や、東京・川崎から足を運んだ人もいたそうです。
それまでって、アイドルがファンミーティングで「嬉しいです」って言ってるの見て、「まあ営業トークだよね」って思ってたんですよ。でも実際に来てくれたらむっちゃ嬉しいですね。
岡島さんによれば、リスナーが集まると顔つきや空気感が似通ってくるといいます。一方で玉置さんは、この番組の参加者は年齢も性別もバラバラだったと話します。
そこから話は自然と、二人の新しい夢へと向かいます。
夢が一つできました。公開収録。イベントやりたいですね。
相談に共通する「正解を教えてください」という問い
イベントの後には個別のキャリア相談会がありました。仕事の種類もライフステージも違う人たちの悩みを聞くうちに、玉置さんはある共通点に気づきます。
状況はバラバラなのに、質問を抽象化すると、どれも「何が正解かわからないんです」という形に集約されたのです。
「皆さん正解を教えてください」とは言わないんですけれども、結局「何が正解なのかを考えている」という風に受け取れる質問ばかりだったんですね。
ここから玉置さんは一つの仮説を立てます。正解があるという前提の世界観と、正解がないという前提とでは、行動に大きな違いが出るのではないか、というものです。
なぜ人は「正解がある」と思い込んでしまうのか
玉置さんは、この思考のクセの出どころを教育に見ます。学校の勉強には必ず正解があり、すぐに答え合わせができ、正解を多く出す人が優秀だと評価されてきました。
義務教育と高校を合わせれば、少なくとも12年間。この期間に身についた考え方は、OSのように私たちに残っていると玉置さんは話します。
無意識のうちに、どんなシチュエーションでも何が正解なんだろうって考えるプログラムが走っちゃってるんだと思うんですよね。
しかし現実の人生に正解はありません。頭の中では正解を探すプログラムが走るのに、探す対象が存在しない。だからいつまでたっても答えにはたどり着かない、という構造です。
対照的なのが、好き嫌いだけで判断する人だと玉置さんは言います。好きか嫌いかで選べば、そこに正解は関係なく、悩みも生まれません。
ただし、好き嫌いや感情で物事を決めてはいけない、という空気も根強くあります。これも子どもの頃から浸透させられたOSではないかと玉置さんは指摘します。
正解探しの奥にある「責任を保留したい」気持ち
玉置さんは、単なる無意識の反応にとどまらない、もう一段強い動機があるのではないかと考え、調べてみたといいます。
見えてきたのは、正解がないという事実を受け入れたくない心理でした。正解があるなら、それを選ぶだけのシンプルな世界で、そこに責任は発生しません。
一方、正解がなければ、自分で選び、その結果を自分で引き受けなければなりません。すべてが自分の責任になるのです。
正解を探している途中ですっていう状態が容認されるんですよね。つまりその選ぶ責任みたいなものを保留しているんです。
選んでしまえば責任を引き受ける世界になる。けれど選ぶ途中なら責任は保留され、悩み続けることが一種の安全地帯になるというわけです。
さらにSNSがこの構造を強化します。タイムラインにはうまくいっている人の姿があふれ、「ほら、やっぱり正解があるじゃん」という信念を後押しするのです。
正解を選んで成功している人、幸せになってる人、お金持ちになってる人っていう正解を表示されているので、やっぱりどこかに正解があるっていう信念を強化してしまうんですよね。
失敗ばかり覚えている脳のクセ
もう一つの要因として、玉置さんは脳のネガティビティバイアスを挙げます。ポジティブな経験よりネガティブな経験のほうが、圧倒的に記憶に残りやすいという性質です。
生存していくためには失敗の方を基本覚えておかなきゃいけないじゃないですか。損失の方が2倍ぐらいに感じるんですって。
そのため、10回うまくいっても、失敗した1回のほうが強く記憶に残ります。自分で選んで失敗した経験ほど、色濃く覚えているのです。
結果として「不正解を選びたくない」という回避の動機が強まります。特にキャリアは生活がかかり、その後何年も引きずりかねない話題です。
だからこそ相談は「今度こそ失敗したくない、正解を選びたい」という構造になり、「正解を教えてください」という形をとってしまうと玉置さんは分析します。
興味深いのは、選んで失敗したことは強く覚えているのに、選ばなかった失敗はほとんど意識されないという偏りです。
もしあなたが選んでいれば得られたものはどれだけありましたかって質問に答えられる人はほとんどいないんです。
現状維持は、変化のチャンスに乗らないという選択を放棄した状態でもあります。けれど、その道を選んでいたらどうだったかは、案外考えられていないのです。
相談に来るのは「もう限界」というアラート
正解探しが安全地帯なら、悩んでいるふりをして選択を先送りするだけでもよいはずです。ではなぜ、わざわざ相談に来るのか。
そこには反対向きの力が働いていると玉置さんは言います。心の奥底で「このままじゃいけない」というアラートが鳴っているのです。
選びたくない、失敗したくないっていうのがベースにあるんですけど、もう一つの力として、もう耐えられないっていうアラートが立っているので、相談に来るっていう行動として表れてるんじゃないか。
その構造は占いに来る客と同じだと玉置さんは指摘します。正解はわからないと言いつつ、限界が来ていて、今選ばなければならないと薄々わかっている状態です。
そして占いと同様、本人の中では答えがほぼ見えている、と玉置さんは続けます。ただ、それを選べずにいるだけなのです。
私ができることっていうのは正解を教えることではなくって、正解がないっていうことを伝えなきゃいけないんですよね。
とはいえ、頭で理解しても行動はすぐには変わりません。だから、正解のない世界に「慣れる」練習が必要になります。
ランチのメニューを秒で決める練習
正解のない世界に慣れる一番手っ取り早い方法として、玉置さんは「選択する癖をつけること」を挙げます。
例として出てくるのが、初めての店の初めてのメニューです。正解などないのに、そこでも「何が一番の正解か」と悩む人は少なくありません。
何が一番私にとって正解なんだろうって、結構メニュー悩む人いるじゃないですか。で、それをやめてみる。秒で決めるっていうのを日々やってみてください。
これを続けると、正解を探さなくてもそこそこうまくやっていけるという「新天地」がわかると玉置さんは言います。正解がないぶん、大きな外れもないからです。
差が出るとすれば、それが自分の食べたかったものかどうか、つまり好き嫌いだけ。好きで選んだなら外れはなく、正解を探して時間をかけても、その後の体験はさほど変わりません。
岡島さんは、頭では正解がないとわかっていても慣れていないだけで、練習によって体が覚えていく話だと受け止めます。
全員が経営者の女子会ってメニュー決まるのむっちゃ早いんですよ。話するのがメインなので、メニューを選ぶのが邪魔なんでサッと決めるんですよ。
経営者は正解のない世界で仕事をしているため、どうでもいいことはすぐ決める。玉置さんは、採用前のカジュアルなランチでメニューの選び方を見ていることもあると明かします。
選ばなかったコストを痛みとして覚える
二つ目の方法は、「選ばなかったコストを可視化する」ことです。あのとき動かなかったから何が手に入らなかったのかを、あえて味わってみる練習です。
玉置さんは、痛みは記憶に残りやすいという先ほどの法則を逆手に取ろうと言います。選ばなかったことで失ったものを、痛みとして覚えておくのです。
例に挙がるのは、かつて「ビットコインというものがあるらしい」と聞いて、よくわからないからと買わなかったケースです。買った人が大きな利益を得た一方、選ばなかった側は損失を体験していることになります。
今度は選ばないことで損をしたくないっていう回避の思考回路ができるんですよね。
応募しなかった仕事、声をかけなかった人、始めなかった趣味。それらを選んでいたら得られたはずのものを、数字にして調べてでも想像してみることを玉置さんは勧めます。
選んだ方を正解にしていくという生き方
ここで玉置さんは大切な補足を加えます。「選んだ方を正解にする」という言葉はよく使われますが、それは選択した後に取るべき態度だといいます。
岡島さんも、選んだあとに悲観的でいてもテンションが下がるだけだと同意します。選ぶときは慎重に、選んだあとは楽観的に、という構えです。
自分が選んだのに、選ばなかった方の話をずっと考えてるのもやめた方がいいんですよ。全く意味ないので。
選んだ瞬間に、残りの選択肢はなかったものになる。だから、まずは選んだ方にポジティブな意味づけをしてしまえばいい、と玉置さんは言います。
たとえば転職で年収が下がったなら、「転職しなければ下がらなかった」と悔やむのではなく、「お金では買えない経験を買いに来たんだ」と意味づけるのです。
その選択でなければ得られなかったものを書き出し、自分のストーリーとして選択に意味を与える。これを最初にやったほうがいい、というのが玉置さんの主張です。
3か月投資し続けて「点」にする
意味づけの次は投資です。玉置さんは、自分が選んだ方に時間もエネルギーも注ぎ続け、その選択を疑わずに全力で取り組むことが最大の投資だと語ります。
目安として、まずは3か月徹底的に取り組むこと。時間もお金も気力もかけていれば、何らかの結果は必ず得られるからです。
その選択を全く疑わずに全力で取り組むっていうのが最大の投資なんですね。まずは3か月、徹底的に。
全力を傾けて正解にしようとした経験は、スティーブ・ジョブズの言う「Connecting the dots」の点になっていく、と玉置さんは続けます。
岡島さんは、点になる前にやめてしまうことが一番もったいないと受け止めます。悔やんでいるだけの3か月では、決して点にはつながらないからです。
玉置さん自身は、長期的なビジョンから逆算するタイプではなく、目の前の課題に全力で取り組むうちに次へ進む「RPG型」の人生だと振り返ります。
その全力が確実に点になり、年を重ねるほど資産として積み上がってきたといいます。過去の点は今から作りに行けないからこそ、価値があるのです。
何十年も作り続けた点がむちゃくちゃたくさんあるんですよ。振り返ると自分の人生がもう正解としか思えなくなるんですよね。
その時点だけを見れば不正解に見える出来事も、後付けで見れば全部正解になる。玉置さんは、正解のない世界で自分のやったことを正解にしていくことで、自分だけの正解で納得できる世界を作るのが現実だと語ります。
まとめ
正解を探してしまうのは、教育で染みついたOSと、責任を保留したい心理、そして失敗を強く覚える脳のクセが重なった結果です。正解がないと頭ではわかっていても、その現実に体を慣らす練習が必要になります。
- キャリア相談の「何が正解かわからない」は、正解があるという前提に無意識に引っ張られた問いである
- 正解探しは、選ぶ責任を保留できる安全地帯になりやすく、SNSや脳のネガティビティバイアスがそれを強化する
- 正解のない世界に慣れるには、大差の出ない日常の選択を秒で決め、選ばなかったコストを痛みとして覚える練習が効く
- 選んだあとは意味づけをして3か月は全力投資し、その経験を後からつながる「点」にしていく
- 「また正解を探しているな」と気づくだけでもよく、それが正解のない世界を生きる第一歩になる



