マルチンゲールとナイチンゲールと焼き鳥の町
冒頭、蛇はこの回のテーマを「ギリギリの焼き鳥はマルチンゲールか?ベイズ統計とオッズ比の町」と切り出します。
ナイチンゲールと焼き鳥がなんですか?
19世紀に統計学の知見を医療に応用した、あのイギリス人看護師ではなくて。ナイチンゲールではなくマルチンゲールです。
マルチンゲールという言葉の由来は蛇自身も知らないと断りつつ、話が始まります。ベイズ統計やマルチンゲールといった聞き慣れない用語は、必要になったタイミングで説明する方針が示されます。
導入はごく身近な話題から始まります。蛇が住む金町から柴又にかけては、焼き鳥屋がとても多いのだと言います。
この辺の店は、2つの意味でギリギリなんです。美味しさの極限と、それから安全と危険が接しているギリギリ。
柴又は「男はつらいよ」の聖地で伝統的な町並みが残り、北上して京成金町、さらに理科大の方面へ進むと再開発で近未来的な景観になると蛇は描写します。伝統から現代までが一つの標本箱に保存されたような町だと語られます。
2つの意味でギリギリでレアな焼き鳥
蛇は、この辺りの店の焼き鳥を「2つの意味でレア」だと表現します。滅多に食べられない美味しさという意味と、火の通り具合という意味の両方です。
ある日、蛇は物理のポスドクの先輩と数学の修士の友人の3人で、焼き鳥とモツの店に行きます。日本酒を4合ほど飲み、へべれけの状態でレアを注文したと振り返ります。
注文がすぐ通ったところからもう怪しいと思うんだけど、待望の一品が出てきました。口に入れると、これがもうすごい野生的な。
店に配慮して、蛇は「珍しい」という意味ではないほうのレアを、以後「野性的」「野趣に富んでいる」と言い換えると宣言します。実際に食べてみると、とても美味しかったと言います。
隣で背中を押してくれたのが、金町に詳しいポスドクの先輩でした。先輩はこう言ったと蛇は紹介します。
ここでは当たったことがない。観測事実として。
鼠はこの「観測事実」という言い方に引っかかります。蛇は、少なくともその先輩は自分の事実と経験に照らして話しているのだと補足します。
先輩は周辺の焼き鳥屋をしらみつぶしに食べ歩き、「あの店は当たる、なぜなら俺は当たったことがあるから」とも語るような、金町のエキスパートだったと蛇は言います。
経験で信念を更新するベイズ統計
ここから蛇は、これまでの体験を俯瞰します。経験によって見積もりを更新していく、という考え方がありそうだと切り出します。
パチンコでありますよね。今までここに当たってたから次も当たるだろうみたいな。
蛇は、中高の教科書に出てくる条件付き確率がその土台だと説明します。条件とはいわば情報であり、ある情報を得たうえで、あることが起こる確率がどうなるかを考えるものだと言います。
鼠が例に挙げたモンティ・ホール問題も、条件付き確率の問題だと蛇は応じます。
そのうえで蛇は、ベイズ統計の考え方を段階的に説明します。最初は店が危険か安全か何もわからない、フラットな状態です。
ベイズ統計の世界では、これを自然状態と言います。判断の基準が何もないので、主観的には全ての焼き鳥がカンピロバクターだらけに見える。
この信頼ゼロの状態から、1回食べて大丈夫だったら「意外と安全かも」と信念が少し上がる、と蛇は言います。鼠は、海外で未知の料理を初めて食べるときの怖さになぞらえて理解を深めます。
そうして大丈夫だった経験を繰り返すと、それは「絶対に大丈夫だ」という信念になっていく。これがベイズ統計の考え方であり、過去のデータから信念を更新することをベイズ更新と呼ぶと説明されます。
自然状態
判断基準が何もなく、安全か危険かわからないフラットな状態
1回目の経験
食べて大丈夫だと「意外と安全かも」と信頼が少し上がる
経験の反復
大丈夫な体験を繰り返すことで「絶対大丈夫」という信念になる
ポスドクの先輩の「当たったことがない」という立場は、まさにこのベイズ的な立場だったと蛇は位置づけます。
当たったら店を変える戦略が成り立つ条件
蛇は、ベイズ統計的な戦略の例として、1つの店で食べ続け、当たったらその店には二度と行かず別の店に移る、というやり方を挙げます。
この戦略が意味を持つには、直感的な説明として2つの仮定が必要だと蛇は言います。
当たる確率は店ごとに固有で、店によって異なる。当たりにくい店を選べば有利になる
当たる確率は、焼き鳥から得られる利益(美味しさ)とは関与しない
ところが蛇は、この2つ目の仮定が成り立たないほうが自然だと指摘します。焼き鳥は野趣に富んでいるほど美味しい、つまり当たりやすい店ほど美味しいと考えるほうが、経済学的にはむしろ自然だと言うのです。
この「美味しさとリスクが結びついている」という見方こそ、次に語られるマルチンゲールの話につながっていきます。
無裁定原理とマルチンゲール性
その場にいた数学修士の友人が、金融数学や金融工学を勉強中だったと蛇は言います。金融系は就職が非常に良く、新卒でも高い年収が提示される世界だと紹介されます。
金融数学は、株式・債券・保険・銀行預金といった金融商品の価格評価を数学的にモデル化する分野です。蛇は前職で少し学んだ話として、専門ではないと断りつつ語ります。
古典的な金融数学では、無裁定原理とマルチンゲール性の2つを仮定して議論すると蛇は説明します。まず無裁定原理から。
無裁定原理は、リスクなしで利益を得られる機会がないよ、という話です。
要は、100%儲けられる株はないよっていう。
蛇は、リスクなしで儲けられる機会を裁定機会と呼び、それがないので無裁定原理だと補足します。「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉がこれをよく表していると言います。
一方、マルチンゲール性の主張はもっと強いものです。市場をゲームとして見たとき、みなが過去のチャートを見ながら先を予想している状況を蛇は描きます。
みんながそれ(過去情報からの予想)をやっていたらどうなると思いますか?
過去の情報をみんなが知った状態でゲームに参加しているため、公開情報を全て知って選択しても勝てない。これがマルチンゲール性の主張です。
ここで鼠が、自身のデイトレード経験を語ります。20万円を投じ、一週間ですべて失ったと言います。
1回失敗すれば二度とやらないから、勉強代20万は安いなと思って。
初日は3万円ほどのマイナス、翌日は7万円ほどのプラスで「才能あるじゃん」と思ったものの、3日で20万円が飛んでいったと振り返ります。素人のデイトレードは統計的に99%以上が負けている、と蛇は応じます。
市場はゼロサム、勝てる戦略はない
蛇は、なぜ過去情報から勝てないのかを掘り下げます。価格は売り手と買い手のモチベーションが一致した点で決まり、市場全体のお金は一定だと説明します。
これはゼロサムのゲームなので、自分が取り得る選択はみんなも取り得ると仮定すると、その戦略は勝てない。
鼠は、デイトレード時にノートに記録を取り、自分が選んだのと逆のパターンをシミュレーションしたところ、見事に逆のほうが儲かっていたと明かします。蛇は「まあそんなもんですよ」と受けます。
続けて蛇は、競馬のオッズを例に説明します。オッズが2倍の馬は勝つ確率が約2分の1、8倍なら約8分の1と見積もられる。勝つ確率はあらかじめ市場価格のように組み込まれている、というわけです。
この議論は、インサイダー取引がない世界を前提にしていると蛇は補足します。鼠は、だからこそインサイダー取引を取り締まる必要があるのだと理解します。
情報が全員に公開されている状態だと、絶対に勝てる最強の裏技みたいなものはない。でもそうじゃない場合は、情報を持っていた方が勝ちやすい。
ただし蛇は、これは「投資に意味がない」という主張ではなく、期待値としてプラスにはならない、という話にすぎないと強調します。
信念はベイズ、現実はマルチンゲール
話はふたたび焼き鳥に戻ります。今まで当たっていないからといって、これからも当たらないとは限らない。過去の情報から最適な戦略は選べない、というのがここまでの核心です。
蛇は、どの店も客でいっぱいなら、美味しさとリスクは市場全体で釣り合っており、馬券のオッズのように組み込まれている、だからどれを食べてもいい、というモデルを提示します。本人も「怪しいですよね」と苦笑しながら語ります。
なぜベイズとマルチンゲールでズレるのか。蛇は、ベイズ統計のほうが直感に合う理由を、人間が経験を土台に物事を考えるからだと説明します。統計や情報よりも、自分の経験に重み付けをしてしまうというのです。
ここで鼠は、自分は統計アンチだと打ち明けます。統計における外れ値になぞらえ、就活で落ち続ける自分を「外れ値なんだな」と感じると語ります。
蛇は、飛行機を例に挙げます。「飛行機は危険だ」という信念を持つ人に、自動車より飛行機のほうが安全だという統計を渡しても、その信念はなかなか覆らないと指摘します。
なんかそれ、陰謀論の構造に似てません?
鼠は、地球平面説を信じる人にデータを示しても自分の経験のほうが強いと感じてしまう傾向を例に挙げます。蛇は、経験で積み上がるものは真実というより信念だと応じます。
鼠は、数学は世界を読み解くためのツールであり、ベイズやマルチンゲールはそれぞれ違うレンズだと整理します。一つの眼鏡だけに固執せず、重ね合わせたり使い分けたりして社会を見るべきだ、という理解です。
勝てないのに投資するのはなぜか
蛇は、勝てないと言いながらなぜ人々が投資に参加するのか、という論点を補足します。期待値がプラスにならないのは「誰にとっても価値が同じだとすれば」の話だと言います。
投資には価値とは別に効用があり、個人や組織はその効用を最大化したいのだと蛇は説明します。例として、100億円を全額日本円で持つと円安で大きく損をするリスクがある、というケースを挙げます。
世界中の通貨や金融資産に分散して投資すれば、一定期間後の価値の分散が小さくなる。これがリスクマネジメントであり、一つの効用だと蛇は言います。
公開情報のもとでは、期待値としてプラスにはならない
分散投資で将来価値のブレを抑えるなど、価値とは別の効用がある
鼠が「AIがトレードやニュースの読み取りまで担う時代に、人間は何をすればいいのか」と問うと、蛇は、大きなお金の管理における戦略を立てる仕事が残ると答えます。
どういう状況でどうトレードするかという戦略をあらかじめ設計し、それに基づいてAIを組む。その戦略づくりには思想的な問題も含まれ、単なる利益最大化には収まらない要素があると蛇は言います。
まとめ
金町の焼き鳥屋での一夜を入口に、経験で信念を更新するベイズ統計と、公開情報のもとでは勝てないとするマルチンゲール性が対比されました。信念と現実はズレうるものの、それでも蛇はまた焼き鳥を食べに行くと語ります。
- ベイズ統計は経験から信念を更新する考え方で、直感によく合う
- マルチンゲール性のもとでは、公開情報をもとに期待値でプラスになる戦略は立てられない
- 経験で積み上がるものは真実というより信念であり、主観と客観はズレることがある
- 投資は期待値ではプラスにならなくても、リスク分散などの効用が参加の動機になる
- 信念はベイズ的に更新され、現実はマルチンゲール的に振る舞う。それでも人は美味しさという動機で前に進む
