辞めたはずの研究に、また向かってしまう
番組は、鼠の「人生って答えあると思います?」という問いかけから始まります。就活はつまらない、けれど辞めたはずの研究もやりたくなってしまう。そんな宙ぶらりんな心境が語られます。
あることをしてると別のことがしたくなるし、別のことをしてるとあることをしたくなる。結局なかなか一つのことに絞って、自分の人生これだって突き進むのむずいですよね。
この揺れる気持ちを受けて、鼠が今回の主題を切り出します。
この冒頭のやり取りは、ヨルシカの曲の歌詞を大学院生向けに置き換えたものだと後に明かされます。「辞めたはずのピアノ」を「辞めたはずの研究」に、「音楽しないでいいね」を「ニートはしてないといいよね」に変えて話を誘導していたそうです。
博士課程に落ち、修士号を手に社会へ
鼠は、大学院の博士課程に落ちたことを打ち明けます。人文系大学院で哲学を学び、修士号は取得できたものの、このまま修士卒として社会に出ることになったと話します。
年間、人文系大学院で哲学を勉強していたわけなんですけれども、この度無事に籍を剥奪されるということが決まりました。修士号は一応もらえましたので。
蛇が「文系で哲学の修士まで持ってる人は珍しいのでは」と問うと、鼠は希少種であることは認めつつ、周囲に文系修士卒で就職している人がどれだけいるかと逆に問い返します。
鼠は、大学から受けていたら収入もなくなり、このままだと仕事も住む場所もなくなりかねないと語ります。それでも笑いながら話す姿に、蛇は「嬉しそうですね」と反応します。
笑うとなんとかなる気がして。
大学院は「孤独」に似ている
鼠は、大学院という環境を中国の毒虫を使った呪術「孤独」にたとえます。
その辺にちょっと研究者の卵、毒の強いやついるじゃないですか。引っ張ってきて、研究室にポンって入れて、蓋して放置するんですよ。で、蓋開けて、お前生き残ったな、じゃあお前は次はこの孤独に入れてやろうと。
上に行くほど毒が強くなり、最上級の孤独を生き残った者が教授になる。鼠はこれを「孤独でできた象牙の塔」と皮肉ります。
関連して、日本企業や大学院に共通する現場主義の話にも触れます。蛇は、日本では会社が社員を教育する思想があり、長く勤める前提だからこそ研修に時間を割いても元が取れると説明します。
文系大学院で本当にやっていること
鼠は、SNSで見かけた「文系の大学院生って何やってんの?教授の書いたエッセイでも読んでるの?」という投稿を紹介します。プチ炎上したものの、鼠はこれを定義上は間違っていないと言います。
海外の大学院ではレポートを英語で「エッセイ」と呼ぶため、教授の論文やレジュメを読むことは、言葉の上ではエッセイを読んでいることになる、という理屈です。ただし世間的に軽く聞こえる言葉で揶揄した点はよくなかったと指摘します。
ここで鼠は、文系大学院で学ぶ本質を「テクニック」だと言い切ります。本は家でも読める。だが院で学ぶのは、ある技術なのだと。
文系の大学院生以外の人って、本なんて家でも読めるじゃねえかっていうわけですよ。でも我々は、あるテクニックを学びに行くんですよ。
鼠は、文系大学院の授業を3つに分けて説明します。
一文字残らず訳す「講読」という技術
鼠は、講読の中身を具体的に語ります。カントの『純粋理性批判』などを、1回でドイツ語20行ほど、それを分担して訳してくると。しかも機械翻訳を使うのは厳禁だと言います。
理由は、講読が「文章の正確な理解」というテクニックそのものだからです。機械翻訳では助詞・助動詞や格・接続法といった細部を見落とし、解釈が崩れてしまうと説明します。
鼠は、ニーチェの『ツァラトゥストラ』を例に、同じ一文でも複数の解釈が成り立つ場面を挙げ、それを他の登場人物や象徴との関係から一つに絞り込んでいく作業だと語ります。
蛇は、大学の一般教養で聞いた哲学の先生の言葉を思い出します。哲学者の仕事は新しい哲学書を書くことよりも、昔の哲学者のテキストの「番人」になることだ、と。
鼠もこれに同意し、ビジネス書などで哲学の引用が歪められる例を挙げ、「世間ではこう読まれているが、実は」と正す役割こそテキストの番人の仕事だと語ります。
論文指導のばらつきと、放置される院生
3つ目の論文指導は、単位上はコマ認定されるのに、実際にはコマではないという不思議な制度だと鼠は言います。いつどれだけ指導するかは先生に任されているため、指導の質は教授によって雲泥の差になります。
何そのアンチノミ。どういうこと?
鼠の研究室は6時ごろに閉まり、開くのも10時ごろ。週に1〜2回しか開かないこともあり、研究室にはほとんど人がいないと言います。理系の遅くまで残る研究室とは対照的です。
蛇が「同じ研究室なら議論するのでは」と尋ねると、鼠は文系では同じ研究室にいる人の研究内容がまったくわからないのが前提だと答えます。理系では近いテーマで共同研究したり、教授の研究を手伝う「おこぼれ」があるのとは事情が違うと語られます。
さらに鼠は、文系では先生が生徒の研究を理解していないことすらあると打ち明けます。
蛇は、論理的な帰結や問題設定への回答になっていないという指摘なら理系でもあると言います。しかし鼠が受けたのは、そもそも問題設定自体が理解されないという、より厳しいものでした。
テーマを3度変え、7ヶ月で結果を出す
鼠は、修士課程の2年間でテーマを3回変えたと語ります。最初は初期ハイデガーをやろうとしたものの、テーマが広すぎる、うちは哲学者ではなく本を1冊丁寧に読む研究室だと止められたそうです。
フィヒテに変えたのは2年生の春。周囲が1年生から2年かけて結果を出す中、鼠は5月から7ヶ月で結果を出さなければならない状況に追い込まれました。
指導の頻度も大きく異なりました。蛇や他大学の院生が週1回や2週に1回の進捗報告を受けていたのに対し、鼠は7ヶ月に1回だけ。しかもその1回で、論文の第三章全体にマーカーを引かれ「何が言いたいのかよくわからない」と言われたと話します。
鼠はこれをアカハラと断言することは避けつつ、東大の院はそもそも生徒を放置し、勝手にやれというスタンスだと語ります。放置系が合う人もいるからこそ、選び方が重要だと強調します。
文系大学院の、語られない出口
鼠は、文系大学院を辞めた側の人間がその後どうなるかは、ほとんど情報が出てこないと指摘します。学部時代に先生へ尋ねたところ、返ってきたのは重い答えでした。
一人は行方不明で、一人は蒸発。三人目は途中までフリーランスやってるみたいな話してたけど、連絡がつかなくなった。
文系の院の先生方はこうした情報を出さない。だからこそ、院進を希望する人に向けて伝えたいと鼠は語ります。
文系の院を目指したいと思ってるそこの院進希望の君、マジでこうなりかねんから。
鼠は、大学院に入ったらまず就活が必要になる現実にも触れます。今キャリアセンターに行っても、支援の対象は下の代の学生で、自分の代はもう手薄になると言います。
蛇は、理系でも先輩のコネや先生の会社に頼れるのはごく一部の上澄みで、基本は院に行っても就活だと補足します。
鼠は自身を、大学院にとって最初から最後まで「お客さん」だったと振り返ります。親が学費を出し、大学は授業料を得て、修士号を渡して送り出す。そんな構図だったと語ります。
一方で蛇は、国立大学であることを踏まえ、国が将来を担う人材として投資しているという見方もできると返します。鼠も、博士までの育成プログラムに選ばれていたものの、金銭的事情で続けられなかったと明かします。
追い出されても、やることはきっとある
鼠は、大学院進学を考える人へ改めて呼びかけます。
鼠は「スコレ」がスクールの語源で、元々は「暇」を意味することに触れます。暇な人を囲い込んで孤独にするのが大学院なら、学問はアカデミアの中だけでやるものなのかと問いかけます。
鼠は、この番組をやってよかったと語ります。文系と理系という異なる分野の二人でも、あぐらをかいて話せば有意義な話が生まれる。そういう場を作る仕事をこれからやりたいと考えていると締めくくります。
広場であぐらをかいて話す、あぐらをかきながらでもこういう話ってできるんですよ。
まとめ
博士課程に落ち、修士号を手に社会へ出ることになった鼠が、文系大学院の授業の中身から指導のばらつき、そして語られない出口までを体験談として語った回です。厳しい現実を笑いに変えながら、学問はアカデミアの外でも続けられるという前向きな着地を見せました。
- 文系大学院の授業は講義・講読・論文指導の3つで構成され、1文字残さず訳す「講読」など、独自のテクニックを学ぶ場である。
- 論文指導は制度上コマ認定されるが実施は教授任せで、指導の質は研究室によって雲泥の差が生まれる。
- 鼠はテーマを3度変え、7ヶ月で結果を出す状況に追い込まれ、指導は7ヶ月に1回だけだったと語る。
- 文系大学院を離れた人のその後は情報が出にくく、院進希望者には逃げ道を持つことと名前で院を選ばないことを勧めている。
- 追い出されてもやることはある。アカデミアの外でも学問や対話の場を作りたいという前向きな思いで締めくくられる。
