初のゲストはZ世代のUFO研究家
番組のホストである鼠と蛇が、以前から抱いていたのは「怪物や幽霊のような、未知との遭遇をしてみたい」という思いでした。
蛇も小学生の頃から同じことを考えていたといいます。ただ、二人とも人生でそうした体験はまだありません。
世の中にはUFOとか幽霊とかについて調べてる人がいるわけですよ。
そこで番組初のゲストとして招かれたのが、UFO研究家の比嘉光太郎さんです。オンライン収録での対話が始まります。
皆様こんばんは。UFO研究家の比嘉光太郎と申します。
比嘉さんの活動は、北海道から沖縄まで全国を回り、UFOにまつわる体験談を取材することが中心だといいます。
さらに、日本にかつて存在したUFO研究団体の資料を集めてデータ化・アーカイブしたり、オカルト雑誌に寄稿したりもしているそうです。
香川県まで行ったら「比嘉くんはうちに泊まって一晩中UFOの話をしよう」って言われて、夜通しみたいな感じになったりとか。もう入り込み型って感じですね。
UFOは「宇宙人の乗り物」とは限らない
鼠が素朴に投げかけたのは、UFOには必ず宇宙人が乗っていなければいけないのか、という問いでした。
これがもうですね、ドロドロの世界なんですけども。宇宙人が乗ってないといけないわけでも断じてないんですよね。
UFOとは「未確認飛行物体」であり、正体がわからない段階のものすべてを指すと比嘉さんは説明します。
つまり、敵国の秘密兵器を誤認してUFOと呼ぶことも普通にあるといいます。地球人が作ったものであってもUFOになりうるのです。
話は日本がアメリカに向けて飛ばした風船爆弾へと及びます。これも見方によってはUFOになりうるといいます。
まさにその軍事的な恐怖、社会不安とUFOって非常に結びついていまして。
この風船爆弾を最初に取材した記者ジョン・エイクィールは、その後、正体不明の事象を追う中でUFO研究へと向かっていったといいます。
比嘉さんがアイコンに使っているモスマンも、1966年頃にエイクィールが取材して発信した存在なのだそうです。
UFOブームの源にあった戦争と社会不安
鼠は、子どもの頃にモスマンの写真やグレイの死体とされる写真を見てワクワクした経験を振り返ります。誰しも一度は都市伝説にはまる時期があるといいます。
蛇が尋ねたのは、「UFO=宇宙人の乗り物」というイメージはどこから来たのか、という点でした。
それは1950年代ぐらいにハリウッド映画の影響ですね。
一方で、UFOムーブメントが大きく広がるきっかけは、1947年にアメリカのレーニア山近くで謎の飛行物体を目撃したケネス・アーノルドの報告だったと比嘉さんは語ります。
当時1947年ですから、ちょっとこう冷戦といいますか、具体的にアメリカ以外の何かの脅威があるのではと。そこがまずスタートでして。
アーノルドは愛国心から報告したといいます。UFOの出発点には、外部からの脅威への恐怖があったのです。
鼠はこれを、キリスト教でマリアや天使を幻視する体験になぞらえます。背景にある生活や不安が、見えるものの形を決めているのではないか、というわけです。
比嘉さんは、UFOブームを最初に起こした世代がみな戦争体験者だった点を重視します。
妖怪もUFOも「人間を映す鏡」
話題は、表現が現実に影響を与える現象へと広がります。蛇は、刑事ドラマを見た刑事が取り調べを真似るといった例を挙げます。
表現って結構現実世界に影響を与える力があるんだなっていうのを感じますね。
鼠は、有名人の死をきっかけに後追いが増える「ウェルテル症候群」を引き合いに出します。
比嘉さんは、多くの人が同時に抱えていた気持ちにぴったり当てはまる表現が現れたとき、それが一気に広まると整理します。
さらに比嘉さんは、UFO以前にも心霊主義ブームがあったと指摘します。科学が宗教の役割を代替しきれなくなった19世紀、テクノロジーを介して宗教的な願望を満たそうとする動きだったといいます。
その約100年後の1947年、空から降りてきた存在に「人生とは何か」を語られる、という体験談が数多く生まれたのだと比嘉さんは語ります。
鼠は、山中の妖怪「ぬりかべ」を例に挙げます。前に進めなくなる現象は、濃い霧を「壁」と表現したものではないか、という説を紹介します。
雲の上の神も、山中の霧も、空に光る謎の存在も、人間が扱える範囲をはるかに超えています。それを説明したいという欲求が、妖怪やUFOを生んだのではないか、と鼠は考えます。
これに比嘉さんも同意し、民俗学者・小松和彦の言葉を引きます。
比嘉さんは、UFO研究家ジャック・ヴァレの著書を挙げ、妖精伝承とUFO体験が非常に似ていると紹介します。
蛇は、UFOに引き込まれる現象「アブダクション」や、家畜がズタズタにされる「キャトルミューティレーション」に話を広げます。比嘉さんは両者の違いを正確に区別します。
やっぱ専門家ってそこの言葉の、やっぱ細かいですよね。それすごい大事なことだと。
信仰を失った青年が、未知の語り部を訪ねるまで
鼠、蛇、比嘉さんは世代が近く、幼少期に触れたエイリアンや宇宙人の情報も近いといいます。ウルトラマンやオカルト番組がその入り口でした。
蛇が尋ねたのは、比嘉さんがUFOに興味を持ったきっかけです。
ここはもうちょっと、大河ドラマ3話分ぐらいにはなると思う。
比嘉さんの実家は沖縄で、目に見える世界だけが全てではない、という風土が日常にあったといいます。近所にはユタもいて、学校の教師もそうした感覚を持っていたそうです。
同時に、両親はキリスト教の福音派の信者で、比嘉さん自身も一時は牧師になろうとしていました。しかし、いろいろあって信仰を失ったといいます。
自分自身も信仰があって、牧師になろうとしていたんですが、いろいろあって断念、信仰を失いまして。
この経緯は本人いわく「大河ドラマの子役パートが終わる直前」ほどの物語で、鼠と蛇は改めて過去回で聞きたいと盛り上がります。
比嘉さんは自身の活動を、科学というより人がやらないことをやっている人の世界に触れたい、という関心だと語ります。
その人には見えてる何かって、「これどういうことなんですか?」ってすごい気になるところですね。
UFOの体験者は語り部というより、実際に体験した当事者だといいます。体験が客観的にどうかはさておき、その思いを聞きたい、というのが比嘉さんの姿勢です。
虫型UFOと、破壊されたい本能
蛇は、UFOを追う中で比嘉さん自身も変わった体験をするのか、と尋ねます。比嘉さんは山梨県での取材を語り始めます。
ケサランパサランを集めているという体験者の家を訪ね、本棚の趣味が合って盛り上がったものの、UFOの写真を見せてもらった段階で「ん?」となったといいます。
写真に写っていたのは、比嘉さんの目にはミツバチやテントウムシに見えるものでした。しかし本人はそれをUFOだと言います。
「これってじゃあどういう飛行源なんですかね?」って聞いたら、「あ、これね、虫型UFOだからな」みたいなことおっしゃるんですよ。
比嘉さんは「なるほどです」と受け止めます。体験者の見ている世界に、そのまま向き合う姿勢がうかがえます。
ヒガさんの語り方が落語と稲川淳二足して2で割ったみたいになってるの面白い。
蛇は、比嘉さん自身がUFOを怖いと思ったことはあるかと尋ねます。比嘉さんは「ある」と答えます。
蛇も、幽霊に会いたいと思いながら、会ったら怖い、という矛盾した感情を抱えていた時期があったと打ち明けます。
自分を破壊しかねない何かにぶつかってしまいたいみたいな気持ちがあるから、わからない島に船を作ってアメリカに行っちゃったりとか、大陸を渡ったりとか。
未知に圧倒されてみたい。その本能は誰の心にもある、と比嘉さんは語ります。
録音上の都合でこの回はここまでとなり、次回は3人それぞれの恐怖体験を語る予定として締めくくられました。
まとめ
初のゲスト回では、UFOが必ずしも宇宙人の乗り物ではないという定義から始まり、戦争や社会不安を背景に広まった経緯、そして妖怪や信仰との共通点までが語られました。未知への恐怖と憧れが表裏一体であることが、会話全体を貫いています。
- UFOとは正体不明の飛行物体全般を指し、宇宙人が乗っているとは限らない。
- UFOブームの源には、戦争体験世代が抱えた社会不安と外部への恐怖があった。
- 妖怪もUFOも、人間の説明したいという欲求が生んだ「人間を映す鏡」と捉えられる。
- 沖縄の風土と福音派の信仰という背景が、比嘉さんの未知への関心を形づくった。
- 未知に破壊されかねない存在へ近づきたい本能は、誰の心にもあると比嘉さんは語る。
