起業家精神あふれるVC、百合本安彦
番組冒頭、佐俣アンリさんは今回のゲストを招いた理由を、少し変わった切り口で語りました。
漫画や食、スポーツなど、いろいろな産業に「実質スタートアップ起業家っぽい人」がいる。その視点でベンチャーキャピタルの世界を見たとき、真っ先に思い浮かんだのが百合本さんだったといいます。
僕の中では経営者っぽいというよりは、起業家っぽい。結構新しいものをやんちゃに仕掛けていくし、綺麗に整地しているというよりは、攻め続けている。
百合本さんは笑いながら「社内でもよく言われています」と応じます。この攻めの姿勢が、番組全体を貫くテーマになっていきます。
1998年創業。ベンチャーキャピタルとの出会い
百合本さんは京都大学法学部を卒業後、富士銀行(現・みずほ銀行)、シティバンク・エヌ・エイを経て、1998年にグローバル・ブレインを創業しました。収録時点で26周年を迎えます。
当時のベンチャーキャピタルはジャフコやNVCC、JAICの前身であるアセアン投資などが中心。百合本さん自身はVC出身ではなく、突然この業界を立ち上げた形でした。
きっかけは、みずほ銀行時代の最後に勤めた上野支店にありました。当時、日本のスタートアップの中心地は渋谷ではなく秋葉原だったといいます。
チャリンコに乗って秋葉原地区の事業計画を聞いたり、資金調達計画を聞いて融資をするという仕事をしていた。ビックカメラの新井社長とか、非常に魅力的な方々がいっぱいいらっしゃって。こういう人たちと一緒に仕事ができたらいいなと思うようになった。
その矢先に、融資先へジャフコが飛び込みで営業に来ます。社長から同席を求められた百合本さんは、そこで初めて「エクイティ投資」という手法を知りました。
ジャフコさんがなければ私はなかった。それまでエクイティ投資というのを知らなかったんですよね。新井さんみたいな魅力的な経営者と一緒に仕事がしたいというのがあって、こう相まって「これでいこう」と決めた。
コンサルで食いつなぎ、森トラストとの出会いでファンド組成へ
1998年に会社を設立したものの、ベンチャーキャピタル業務を始めたのは2001年から。それまではコンサルやM&Aのアドバイスで食いつないでいたといいます。
当時はファンドレイズがとにかく難しく、投資家が見つからない時代でした。
何もないですね。起業してから初めて気づいたんですけど、これは結構やばいぞと。
転機は2001年、ネットバブルが弾けて1ヶ月ほど経った頃に訪れます。百合本さんは人生初のLP営業として、森トラストの森章さんを訪ねました。
10分ぐらいで「10億円じゃあ出資するよ」って言われて。これが私のベンチャーキャピタル業務の起点でございます。
佐俣さんが「いきなりレイズ成功しすぎ」と驚くと、百合本さんは、当時ジャフコでさえIT投資をしていなかった中で、市場感覚の鋭い森さんが決断してくれたのだと振り返ります。
さらに森トラストは、神谷町の駅ビル上階のワンフロアをインキュベーションセンターとして使ってよいという破格の条件も提示しました。
私の今のベンチャーキャピタリストとしての人生って、森トラストの森さんなしには語れない。非常に素晴らしい方ですね。
「人の行く裏に道あり花の山」逆張りの発想
ネットバブル崩壊直後という、誰もが手を引く時期に投資を始めたこと。百合本さんはそれを「逆張り」と表現します。
当時は資金を集めるのは難しくても、ITという領域が認知され始め、起業する経営者は増えていました。つまり、投資される側のニーズは十分にあったのです。
投資家が少なく、ファンドレイズは非常に困難だった
起業家は増えており、投資機会は豊富にあった
実際に投資先は3年以内にIPOを果たし、「これはいけるかも」という手応えを得た矢先、2006年前後のライブドア事件が業界を直撃します。
IT投資が一切止まっちゃったんですね。上場しているIT関連の投資も止まったし、ファンドレイズも止まったし、投資も全部止まったという時期があった。
さらに監査法人への行政処分が相次ぎ、スタートアップのエコシステム全体が不安定な状況が続いたといいます。
不況下でも人を採る。攻めの組織づくり
業界が止まる中でも、グローバル・ブレインはすでに7〜8人を抱える組織でした。10億円規模のファンドの管理報酬は2.5〜3%ほどで、経営は決して楽ではありませんでした。
それでも百合本さんは、人材の採用を止めませんでした。
成長時期っていかに優秀な人材が採れるかにかかっているので。もうそれしかないですよね。スタートアップもそうじゃないですか。
資金が持たないのではないかという問いに対し、百合本さんは意外な答えを明かします。コンサルで自ら稼いだお金を会社に注ぎ込んでいたというのです。
はっきり言うとコンサルを私がやって、土日働いてそれを会社に突っ込むみたいな。だからうちは1回も遅配ないんですよ、給料。
佐俣さんは「本当にあの、創業期のスタートアップですよね」と共感します。副業でしのぎながら夢を追う姿は、今の起業家の創業ストーリーそのものだと語られました。
貧乏ながら何か夢があったんで、なんか楽しかったですね、当時ね。
勝負所のディールはトップ自ら取りに行く
話題は、佐俣さんと百合本さんが初めて出会ったラクスルへの共同投資に移ります。佐俣さんは当時4億円規模のファンドを運用しており、シェアは低かったといいます。
その中で佐俣さんが担っていた役割は、経営陣を株主側から後押しすることでした。新規事業のハコベルを始める是非が議論になったときのエピソードが語られます。
「松本は創業からこういうのなんだかんだ当ててきてるんで、ちょっと見てみましょうよ」って、VC側から言ってくれるのが百合本さんっていう。
そんな百合本さんについて、佐俣さんは「勝負どころのディールを、百合本さん自身がやる」点が面白いと指摘します。
組織が大きくなると、現場に機会を渡して成長を促す考え方もあります。しかし本当の勝負所は、トップが自ら取りに行くしかないと佐俣さんは言います。
百合本さんとか三好さんとか出てくると、「ああ、出てきたな」みたいな。起業家も誰が出てきてどういう振る舞いをするかを見てるじゃないですか。
百合本さんは「そこは取りに行きますね」と応じます。新しいファンドの立ち上げ直後で、ソーシングのトップも自ら務めていると明かしました。
年間だから150件ぐらい投資してるんで、毎日のように投資委員会があるんですよね。ギネス申請してもいいかなって思うぐらい。
VCの主役は起業家。オフィスに込めた思想
経営者としてガバナンスを整えつつ、ユーザーである起業家に触れ続けること。この両立は難しいテーマです。百合本さんは時間を捻出して起業家と会うようにしているといいます。
この日の収録は、ANRIのオフィス「サークル」で行われました。同じフロアに起業家がいる環境について、佐俣さんは狙いを説明します。
キャピタリスト以外のメンバーも含め、起業家という生き物がどう生きているのかを肌で感じられること。組織が大きくなり部門が分かれるほど、起業家と接点を失いやすいからだといいます。
じゃあその人たちもLPの人たちに対峙していくはずで、その時に起業家を知らないってのは、お客さん知らないことになっちゃう。
百合本さんは「VCとして一番素晴らしいオフィスじゃないですか」と評価しました。目の見える場所にみんながいることの重要性で、二人の考えは一致します。
まとめ
VC出身ではない百合本安彦さんが、エクイティ投資との偶然の出会いから業界を立ち上げ、逆張りと自己資金投入で組織を育てた道のりが語られました。攻め続ける姿勢と、起業家を主役とする一貫した思想が印象的な回でした。
- 百合本さんは融資先へのジャフコの営業同席でエクイティ投資を知り、1998年にVCを創業した
- ネットバブル崩壊直後という逆張りの時期に、森トラストから10億円の出資を得て業務を開始した
- 不況下でも人材採用を止めず、自らコンサルで稼いだ資金を会社に注ぎ込んで給料の遅配を防いだ
- 勝負所のディールはトップ自ら取りに行き、収録時点でソーシングのトップも務めている
- VCの主役はスタートアップであるという思想が、起業家と接点を持ち続ける姿勢につながっている
