ミシュランで星を獲得するとはどういうことか
前回に続き登場した林さんに、佐俣さんがまず聞きたかったのは「ミシュランで星を取るとはどういうことなのか」でした。
林さんによると、ミシュランの三つ星は「そのために旅行したい」「わざわざ行ってでも食べたい」と思わせる料理がある店に与えられるといいます。
ミシュランの三つ星で言うと、「わざわざ行ってでも食べたい」という料理があるということだと見られると思います。当然シェフが中心で評価されていますが、食事に集中するために空間やワイン、サービスも楽しむ要素として大事です。ただ、ミシュランが公式に明言しているのは、あくまでお皿で判断するということですね。
評価は覆面調査を経て、年に1回、11月末や12月初めのパーティーの場で発表される仕組みだそうです。
林さんが初めて関わった店で星を取ったのは「茶禅華」でした。狙って取りにいったのかという問いに、林さんはこう答えます。
世界的なトップの中国料理店を作るという目標が、たまたまそう評価されたという感じですね。
最上級を知り、価値を判断する力
「トップ」とは何かを尋ねられた林さんは、料理・サービス・空間・ワインのすべてが完璧であることだと語ります。あらゆる要素で最上級を目指したというわけです。
ただし、当時その水準の中国料理店は日本になく、参考にできるものが少なかったと佐俣さんは指摘します。
そこで林さんは、中国料理に限らずミシュラン三つ星のフレンチや日本料理を食べ歩いていたといいます。
中国料理で見るというよりも、ミシュラン三つ星のフレンチや日本料理を全部見ながらでした。「龍吟」さんや「ロブション」「カンテサンス」さん、大阪の「HAJIME」さんとか、そういうお店はよく食べに行っていましたね。
食べ歩くうちに、「このレストランは来年三つ星に上がるな」といった価値基準が分かるようになってきたと林さんは話します。
今のところ聞いてると、林さんがミシュラン選んでるように見えますからね。
再現ではなく、己の価値観を磨く
評価する側の感覚を自分の店に「再現」しているのか、と佐俣さんは問います。しかし林さんの答えは少し違いました。
再現というよりも、そういうものがあるから「自分たちの最高峰ってこれだよね」という感じで。価値観というものは理解するけど、取り入れるとはまた違うのかもしれないですね。漫画を描く人でも一緒かもしれません。
和洋中を問わず、ジャンルを超えて共通する基準があり、それは世界的にも通じるものだと林さんは考えています。
では林さん自身は、何の能力が高いと思っているのか。その答えは「価値判断」でした。
目の前のワインの細かいニュアンスは分からなくても、これがいいものか悪いものか、違和感があるかどうかは分かる。このマグロ一つに対する違和感を感じるか素晴らしいのか、そういういろんなことは分かるんじゃないかなと思いますね。
「楽しむ」ことでしか磨かれない
この価値判断力はどうやって磨かれたのか。佐俣さんの問いに、林さんはシンプルに答えます。
もう本当に、ただ遊び、ただ飲み、ただ食べた。
食べることが日々の大好きなことだと語る林さん。佐俣さんは、料理人には食べるのが好きな人とそうでない人がいると指摘します。
佐俣さんが挙げたのは、カウンター越しに客と食べ物の話をするビストロのシェフの例でした。見た瞬間に「食いしん坊が料理屋をやっている」と分かるといいます。
林さんも、飲食・サービス・ホテルに関わる人が好きで、それが仕事であり趣味だと語ります。
飲食、サービス、ホテルに関わる人はなぜかすごくかっこよく素敵に見えるし、若い人がいると応援したいと思う。僕が仕事で関わってることは全部好きであり趣味でありって感じですね。
重要なのは、店を「視察」や「査定」の目で見ないことだと林さんは強調します。
一点に集中して下を向いて判断するとかじゃなくて、顔を上げて空間を楽しみ、普通にレストランを楽しむ。その蓄積になっているだけです。ただ楽しむ、行った人と楽しむ、その連続でしかないですね。
下を向き、一点に集中して品質を評価する見方。林さんはこの見方をしないと語ります。
顔を上げて空間を楽しみ、同席者と楽しむ見方。その蓄積が価値判断力になるといいます。
佐俣さんは、林さんが関わる店は「うまい」だけでなく「安心できる」と話します。このクオリティのものが絶対に出るという信頼があるからこそ、大切な客や友人を紹介できるというわけです。
NOT A HOTELの挑戦と「食・サービス」の重要性
話は林さんの今後の野望へ移ります。まず一番のミッションは「NOT A HOTEL」だと林さんは語ります。
クレイジーな建築、さまざまな立地に見合ったサービスを提供する人材を集めること。それを普通に運営できるだけでも高いハードルがあるといいます。
佐俣さんは創業から関わる立場として、かっこいい建築が発表されると称賛されるが、本当の勝負はそこからだと語ります。スケジュール通りに作り、買ってもらい、運営し、いい体験を届けることが重要だと言います。
建物がいい「わー」で終わって良くなかったら、ある意味「出オチ」になるんですよね。食があってサービスがあって行き届いている、そうやって出オチにさせないのが僕らの仕事だと思っています。
林さんは、過剰でも不足でもないサービスを意地でも実現したいと語ります。石垣やみなかみのオープンが控える中、その先にもハードルは続きます。
仕事は勝ち負けだと思ってるので、意地でも勝とうとは思ってますよね。
人を中心に、再現性を求めない戦い方
NOT A HOTEL以外にやりたいことはあるのか。林さんの答えは意外なものでした。
これまでの事業のほとんどは、「自分が何かをやりたいから」始めたものではないといいます。
「こういう人がいるから紹介されて」、自分だったらこの人が独立するよりも幸せにできる、いいものが作れる、という感じだったらやってきました。素敵な人がいてやる意味があるなら、レストランを作ると幸せな空間が増えるので、そういうことはやっていきたいですね。
何年で何店舗、寿司屋をやりたいといった目標は全く考えていないと林さんは言います。自然な出会いで広がっているだけだと。
自然な出会いで色々広がってるだけで、僕はただ日々楽しく生きてるだけ。本当そんな感じです。
佐俣さんはここで、スタートアップとの対比から「グローバルで戦うこと」について語り出します。
インターネットプロダクトはベイエリアが最強で、日本の文化だけで戦うのは「高度な地産地消でうまい寿司屋を作る」ような難しさがあると佐俣さんは説明します。
一方でNOT A HOTELは、食と建築がそもそも世界レベルにあり、それはミシュランとプリツカー賞が証明していると佐俣さんは指摘します。
高度な地産地消で僕らは寿司屋をやってるような感覚でインターネットサービスを作ってるようなもの。だからNOT A HOTELの、食と建築はそもそも世界レベルであったっていうのは、悪くない戦い方だよねって話をしてるんですよ。
これに対し林さんは、そもそもNOT A HOTELは再現を目指していないと語ります。むしろ再現しないことこそ美しいと。
スタートアップの方々はどうスケールするか、どう再現性をと考えますけど、NOT A HOTELは再現をしようとしていない。その地域には地域の食があるという感じでやっています。自分のレストラン事業でも、その人と場所に合わせてやってますね。
佐俣さんは、NOT A HOTELで共通して食べられるのは部屋の冷蔵庫のハーゲンダッツくらいで、食事は毎回そのエリアの特色を活かしていると語ります。
建物は移動せず、そのエリアと生きていく。だから地域に合わせるほうが自然だと二人は確認します。
リーダーが楽しそうであることの大切さ
この日、林さんはとても楽しそうだった、と佐俣さんは振り返ります。
楽しくないふりをしないと、みんなに申し訳ないぐらい楽しい。
佐俣さんは、リーダーは楽しくあったほうがいいと考えています。みんなが大変な中で、全部ひっくるめて楽しいと言える責任がリーダーにはあると。
しんどい時に「リーダーしんどそうだな」というのは嫌だなと思って。ずっと楽しそうにしているのは、メンバーにも、お金をお預かりしている人に対しても責任かなと。
リーダーが楽しんでいると、それは下にも伝播すると林さんは応じます。みんなが楽しそうに働き、いい痩せ我慢をしているのだと。
まとめ
林亮治さんの仕事観の根底にあるのは、査定でも視察でもなく「ただ楽しむ」という姿勢でした。楽しむことの蓄積が価値判断力を育て、人と場所に合わせて再現性を求めない仕事を生み出しています。リーダー自身が心から楽しむことが、周囲へと伝播していくという言葉が印象的な回でした。
- ミシュランの三つ星は「わざわざ行ってでも食べたい」料理がある店に与えられ、公式にはお皿で判断される
- 最上級を知るために和洋中問わず食べ歩き、ジャンルを超えて通じる価値基準を磨いてきた
- 店は査定する目でなく「顔を上げて楽しむ目」で見る。その蓄積が価値判断力になる
- NOT A HOTELもレストラン事業も、人と場所に合わせて再現性を求めない戦い方を選んでいる
- リーダーが楽しそうであることは、周囲やお金を預かる人への責任であり、楽しさは下にも伝播する
