異色の経歴を持つ「料理人」経営者
この回のゲストは、NOT A HOTEL MANAGEMENT代表取締役CEXOの林亮治さんです。
林さんの肩書きは非常に多く、聞き手の佐俣アンリさんも整理に迷うほどでした。NOT A HOTELのCEXOでありながら、料理店「桃仙閣」の代表、複数の飲食店のオーナーでもあります。
元料理人、今も料理人なのか、いろんな捉え方をされますけど、でも料理人でもありますね。
林さんは島根県松江市の生まれで、創業56年の中華料理屋の2代目です。小さい頃から父親に香港や東京へ連れて行ってもらい、生まれた時から跡を継ぐものとして扱われてきたといいます。
高校卒業後に東京で5、6年修業し、島根の中華料理屋を継ぎました。焼きそばやチャーハンも、1万5000円ほどのコース料理も出す、幅の広いお店だったそうです。
そして8年前ごろ、東京で修業していた時の後輩である川田智也さんと一緒に「茶禅華」をオープンしました。
3店舗でミシュラン、その裏にある考え方
この番組は当初、起業家に話を聞く企画でしたが、佐俣さんは「別ジャンルで起業家的に動く人」に着目するようになったと話します。
起業家と同じ発想を持つ人として身近にいたのが、林さんでした。オーナーとして関わった店で、日本でも1、2を争うほどミシュランの星を獲得しているといいます。
その内訳は、「茶禅華」で星3、「明寂」で星2、「一平飯店」で星1です。明寂と一平飯店は、オープンから8ヶ月ほどで星を得たそうです。
でも本当「授かりもの」って感じですね。お客様に向き合った連続がそれに繋がってるだけなので。
林さんが大事にしているのは、ただ美味しいだけでなく、その裏に品格や文化があることです。
見えないところでコストを抑える判断も経営には必要だと認めつつ、一つ一つに意味と文化のあるものを選ぶことが、評価につながる要因ではないかと話します。
佐俣さんは、スタートアップにおける「ユニコーン」に例え、飲食におけるミシュランも近い希少さだと指摘します。林さんはいわば「連続起業家」であり、その共通するエッセンスを聞きたいと語りました。
プレイヤーの限界と「黒子」としての覚悟
林さんは、あえて表に出ないスタンスを貫いています。主役はシェフであり、自分はお手伝いをする立場だと考えているからです。
僕がいようがいまいが現場が評価されることが一番のNOT A HOTELの評価になるので。僕は「あなたたちが店主です」というスタンスでやって、僕は本当にお手伝いをさせてもらってるという感じですね。
佐俣さんは、この心持ちがベンチャーキャピタルや漫画の編集者に近いと共感します。クリエイター側から評価されれば嬉しいが、いない場所で「俺が作った」とは言わない、という哲学です。
林さんは、この関係が破綻するのは、お互いの感謝がなくなった時だと考えています。「育ててやってる」「俺の方が働いてる」といった気持ちが出ると、どんな人間関係でも良くなくなると話します。
もともと料理人としてスタートした林さんですが、どこかで道が分岐します。東京の修業時代、師匠からは「もっと広い視点を持て」と、周囲とは違うことを求められていたそうです。
林さん自身、器用でありある程度の料理はできました。しかし、後輩の川田さんの世界を知った時、「もうかなわない」と感じたといいます。
5パーにはなれないなという感じですね。ミシュランで星を取るとか、そういう人にはなれないなとは思いましたね。
限界を感じたのは、料理のアウトプットだけではありませんでした。料理への向き合い方と、人生の賭け方だと林さんは語ります。
上を見させてもらったから諦めがつくというか、そういう部分はありましたね。上も2番目も3番目も知らずに「ミシュランが取りたい」と言う人は多いですけど、僕は上を見させてもらったから、この上からの自分の立ち位置が見えるというか。
茶禅華は現在、中華カテゴリーで日本唯一の星3のレストランです。林さんは、川田さん自身は星3を取れる料理人だと認めつつ、二人でやったことも物件との出会いも、いろんな奇跡が重なった結果だと振り返ります。
島根で幅広い料理と経営を担う、器用な料理人
トップに立てないと悟り、足りない部分を補う「黒子」の経営者
林さんが誰かと組む時に大事にしているのは、その人のバランスを見て、足りないところを補うことです。
料理人って「料理100、コミュニケーション能力80、建築・デザイン30」とか、いろんなバランスがあるじゃないですか。そこに合わせて足りないところを僕が補うのが仕事だなと思って。
NOT A HOTELでの役割と「違和感」への感度
佐俣さんは、茶禅華で「器に本気」だった印象が強いと語ります。林さんは、それは川田さんが日本料理を勉強し、器の大事さを知っていたことが大きいと説明します。
一方で林さんは、茶禅華のことを自分からはあまり語らないようにしています。すでに川田さんに店を譲った立場だからです。
元オーナー面をしたくないっていう。もっとオーナー面をしないっていうのが彼らへの配慮でもありますし、僕はこれから当然色々なものを作っていくっていう。
佐俣さんも同じ感覚を持っていました。投資先を「投資家」と書き、株式を売却して3年経ったら書かないというルールを自らに課しているそうです。過去ではなく、今挑戦していることで語られたいという思いです。
林さんは現在、桃仙閣を含めて5店舗に関わっています。島根の桃仙閣、桃仙閣東京、明寂、一平飯店、白嶺です。経営数字からリクルーティングまで、すべてを見ています。
その狙いは、現場が目の前のお客様に集中できるようにすることです。お客様の喜びがぐるっと回って自然と数字になる、という考え方です。
佐俣さんは、これをスタートアップのCOOに近いと表現します。「社長がやれること以外全部」を担う役割です。
自分が何者かもわからないし、日々何をやってるか、何をやってないのか、でも自分の代わりはきかない、という不思議な立ち位置でいますよね。
佐俣さんは、こうしたポジションの価値が高い時代だと語ります。個が立てば立つほど、それを脇で支える「シェルパ」のような役割が大きくなるという見立てです。
極端に尖った人ほど、得意なことは円のうちのわずかな角度しかない。その残りの部分を担う人が強く求められる、と佐俣さんは説明します。
林さんは、レストランを「総合芸術」だと捉えています。瞬間的なスポーツ性も、地道な準備や学問のような勉強も、デザインも盛り付けも、すべてが必要だからです。
この違和感への感度は、料理だけでなくスタッフの表情の変化などにも向けられます。ちょっとした違和感に気づき、ケアや対応をする能力に長けているといいます。
偶然から生まれたNOT A HOTELへのジョイン
林さんは、飲食店もホテルも、その空間に流れる「文化レベル」を大事にしています。町中華で慇懃すぎる接客をされても困るように、場に合った「ちょうどいい」があるという考え方です。
どのお店でも「目指すちょうどいい」を作りますよね。それが言語化できないんですけど。桃仙閣には桃仙閣のちょうどいいがありますし、そこは最高峰を目指してないです。でも「ちょうどいい」の最高峰なので。
この言語化できない基準は、長く働くスタッフの間で共有されているといいます。NOT A HOTELでも同じで、どこへ行ってもズレがないことを重視しています。
では、飲食の世界のプロデューサーだった林さんは、なぜスタートアップであるNOT A HOTELに関わることになったのでしょうか。きっかけは、偶然の出会いでした。
4、5年前、まだNOT A HOTELを誰も知らないころ、林さんは代表の濱渦さんととあるレストランで隣の席になりました。その後、福岡のリリースを見て「もう一度会ってみたい」と思っていた時、今度はワインバーで濱渦さんが偶然隣にいたそうです。
その後、林さんは入社前から料理人やサービスの人を紹介し、初期のNOT A HOTELの那須の物件も購入するほど、事業を応援していました。
濱渦さんからはアドバイザーや外部取締役の打診がありましたが、林さんは中途半端な関わり方を望みませんでした。
「もっとリスクがある形でしっかり関わってもいいな」というふうに思って、「代表でしたら、社長でしたらやります」という感じでお答えした感じですね。
ただし、運営の仕組みや資金の流れは分からなかったため、林さんは条件を付けました。「体験の向上にはコミットするけど、数字にはコミットしません」というものです。
そこで数字を管理する存在として、現在の共同代表である船山さんが入ったといいます。林さんは体験、お客様の喜び、リクルーティング、料理にフォーカスするポジションで今に至ります。
佐俣さんは、NOT A HOTELの体験の再現性を高く評価します。僻地とも言える場所に作られながら、ローカルには存在しない文脈の文化レベルを、どこでも再現し続けているからです。
「ローカルがローカルに納まらない」って。でもやっぱりローカルを大事にして、という感じですね。
林さんは、他社のホテルや食部門のコンサルも手がけていると明かします。仕事の依頼はXのDMで受け付けており、基本的には断っているものの、おすすめの飲食店の相談などには気軽に応じるそうです。
「福岡で美味しいとこ教えてください」って言われたらコピペを送ります。なんなら予約まで取っちゃうかもしれない。なんなら一緒に行くかもしれない。
NOT A HOTELで働きたい人からのDMには、すぐに対応するとも話しています。リクルーティングに力を入れているためです。
最後に、黒子であると決めてからの方が生きやすかったかと問われ、林さんは肯定します。無償でお手伝いすることもあり、「泊めてくれる」ぐらいの対価交換で関わることもあるといいます。
まとめ
トップの料理人にはなれないと悟った林さんは、足りない部分を補い、違和感を消して体験を磨く「黒子」の役割を選びました。それが複数のミシュラン店とNOT A HOTELを支える力になっています。
- 林さんは茶禅華で星3、明寂で星2、一平飯店で星1をオーナーとして獲得している。
- 後輩の川田さんの世界を知り、料理のトップには立てないと悟ったことが、支える側への転機になった。
- 評価のためではなく、品格や文化のあるものを選び続ける姿勢が、結果として星につながっているという。
- 林さんの強みは、料理からスタッフの表情まで、ちょっとした「違和感」に気づき対応する感度にある。
- 過去の仕事ではなく今の挑戦で語られたいという思いから、茶禅華のことをあえて自分からは語らないようにしている。
