久しぶりの再会と福山太郎さんの歩み
番組冒頭、佐俣さんと福山さんはリアルで会うのは5〜6年ぶりだと語り合います。
福山さんはRice Capitalを立ち上げ、代表パートナーとして投資活動を行っています。
自己紹介を求められた福山さんは、自身の経歴を簡潔に振り返りました。
1987年生まれで、日本の小中高大に行きまして、卒業して2011年にサンフランシスコに行きました。最終的にFondという福利厚生のSaaSを提供するスタートアップを立ち上げて、その会社を昨年2023年の2月に売却しまして、今はRice Capitalというファンドを立ち上げています。
佐俣さんは、福山さんが若い世代からは「気がついたらアメリカにいた人」と見られがちだと指摘します。
ですが実際の福山さんは、生まれも育ちも日本の人だといいます。
はい、生まれも育ちも日本ですし、日本大好きです。
シェアオフィスで過ごした創業期の記憶
二人が出会ったのは、福山さんが大学3年生の頃。中野坂上で開かれたシリコンバレー関連のイベントでした。
福山さんがグローバルを意識した原点は、英語教師だった母と、高校時代のミズーリ州への留学だといいます。
大学入学時は弁護士志望でしたが、mixiの流行をきっかけにインターネットへ関心が移ります。
アメリカで挑戦っていうのが一つのテーマだったので、弁護士で挑戦するよりもインターネットで挑戦の方が距離が近いんじゃないかということでインターネットを選んだのが大学3年ぐらいですね。
佐俣さんはEast Venturesにいた頃、フリークアウトの本田さんや松山太河さんとシェアオフィスを運営していました。
福山さんはそこで、ミープル(後のエニーパーク)の前身をやっていた時期を過ごしていたそうです。
交通費もなく、高円寺から自転車で通っていたと福山さんは振り返ります。
もう土日もなく朝から晩まで、交通費もなかったんで高円寺から自転車で通ってたの覚えてます。夏とかもうリュックの下の汗やばかったですね。
100円の餃子屋や、サーモンの寿司が食べ放題だった店に集合していた思い出も語られます。
そんな環境について、佐俣さんは典型的なスタートアップの立ち上げ時期だったと語ります。
当時のコミュニティを振り返ると、インターン生の方が先に成功したという逸話も出てきました。
あん時に確信したのが「インターン生の方が先に成功した」っていう。みんなのマーケットの濱野さんの会社にいたアリコーが先にメルカリで行き、CAMPFIREのインターンだった鶴岡さんが先に行き、もうインターン生ばっかり先に成功していくっていう。
一方、当時の若手だった二人も、今では出会った頃の先輩たちの年齢を超えたと語り合います。
一番最初にメルカリの山田進太郎さんと出会った時にすごい貫禄もあってすごい先輩がいるなと思ったら、今その当時の進太郎さんと同い年だと思うと、なんか結構愕然としますね。
日本の起業家はベイエリアを目指すべきか
佐俣さんは、ベイエリアで起業することを日本の起業家に勧められるのか、率直に尋ねます。
福山さんの答えは、成功確率だけで見れば日本の方が高い、というものでした。
ただし、確率では測れない場合があると続けます。
唯一勧めるというか、僕も頑張った方がいいんじゃないっていう時は、もう確率とかじゃなくて人生一回だから「もうアメリカでやるんだ」みたいな人は、もうどっちがいいっていう次元の話じゃなくなってくるので。そういう人たちがいたら全力で応援したいなと思います。
つまり、コスパで悩む人には日本を勧める、というのが福山さんの立場です。
では実際にやってみて何が一番大変だったのか。福山さんが挙げたのは、意外にも「寂しさ」でした。
起業家ってやっぱり孤独なんで、日中頑張った後に、ちょっと同じステージの起業家と「こんな辛いことあった」っていうのを社内で言えないことをポロッと言って、お互い「俺もそうだったよ」みたいに言うっていうのは結構原動力になる。
異国の地では、心の底から悩みを吐露できる関係を築くのが難しかったといいます。
当時サンフランシスコにいた日本人起業家は、Treasure Dataの芳川さんや、GREEやDeNA出身の青柳さんなど、ごくわずかだったそうです。
世代で変わる起業家のマインドセット
佐俣さんは、ベイエリアへの憧れには世代差があると感じていると語ります。
自分たちの世代は、学生時代にGoogleのキャンパスを見て「ああいうものを作りたい」と思った、ロジックではない憧れがあったといいます。
GREEの荒木さんっていう尊敬してる起業家の方が「シリコンバレーコンプレックス」っていう素晴らしいワードで表現したんですけど、やっぱりなんかベイエリアに行ってプロダクトでグローバルに戦いたいのだってところに強烈な欲望がある日本人が多くて。
Josysの松本さんやPKSHAの上野さんなど、同世代の起業家は学生時代にバラバラにベイエリアを訪れ、同じ感覚を共有していたといいます。
ところが、この感覚は下の世代には共通しないというのが最近の発見だと福山さんは話します。
20代の起業家は、インターネットプロダクト×ベイエリアという発想から来ないことが増えているそうです。
様々な産業でビジネスチャンスがあるっていうので、しっかり稼いでいく。ある意味地に足がついている。例えばSESとか人材紹介とかでしっかりと収益を上げていくと。初期から黒字にして。
この変化の背景には、市場の反動があると福山さんは分析します。
ハイグロースで高い株価がつく時代から、収益性が問われる時代へと移ったことが影響しているといいます。
佐俣さんは、TailorやJosysが2回目の起業であり、ユーザー感覚を持ってSaaSを作れる年齢になったことを、自分たちの世代の変化として挙げます。
一方で、若い世代にはまた違う起業の情熱が生まれていると、二人は面白がっていました。
投資家への転身と「人のマネジメント」
佐俣さんは13年間VCを続けており、その仕事を「最高に幸せ」だと語ります。
福山さんが起業で一番大変だったのは、人のマネジメントと採用でした。
特にベイエリアは当時は1.5年で人が転職するって言われてたんで、採用しても採用しても人辞める、そこら辺はすごい辛かった。
今はソロGPとして一人でファンドを運営しており、マネジメントから解放されたといいます。
アメリカにいる時は日中はアメリカの会社にバーっと会って、夕方から日本のスタートアップとバーっと会って、そのまま疲れて寝るみたいな生活なんで。もうこんな幸せな人生ないんじゃないかってぐらい今、最高に満ち溢れてますね。
起業からエグジットまでの期間が決めるキャリア
福山さんは、周囲のパターンから興味深い傾向を見出しています。
会社を早く売った人と、長くやり切った人とで、その後の道が分かれるというのです。
もう一度起業する人が多い。傷が浅く、再挑戦へのハードルが低い
VC・投資家に回る人が多い。再びゼロから登る心理的ハードルが高い
いざ一旦休憩モードになるともう見えない傷が体に突き刺さってるというか。一回目10年以上かけて登った山をまたゼロから行くのかっていうのは結構心理的ハードルが高くて。
福山さん自身も、次は起業しようと考えたものの、あの採用と1on1の景色をもう一度やるのかと思うと一歩踏み出せなかったと明かします。
佐俣さんも、自らの起業経験からこの感覚に強く共感します。
人生で撃てる回数に限界があるな、と。『幽☆遊☆白書』の霊丸みたいなイメージだと思ってて、これ撃てる本数に限界を感じるなみたいな。なんか自分の魂の一部を切り売りしてるというか、込めてるなって感じがしてて。
日本では10年やって伸びればほとんどが上場するため、そのまま本業を続ける人が多いと福山さんは言います。
それが、元起業家の投資家が日本にまだ少ない一因ではないかと分析しました。
大きな組織か、ソロか。それぞれの良さ
佐俣さんは、5号目のファンドを運営する中で、日本でもシリアル起業家がまとまって現れ始めたと語ります。
4号ファンドが始まった2020年頃、TailorやJosys、NOT A HOTELなどに固め打ちで投資したことを振り返ります。
当時はベンチャーキャピタルの全体からするとバリエーションが高いし、プロダクトがないっていうので、今までのバリエーションの感覚だと「投資できません」って全部のVCが跳ねてん中で、うちが「全部出します」って言って全部固め打ちで7社か8社ぐらい。
福山さんがVC以外を考えなかった理由は、マネジメントへの強い葛藤にありました。
「スタートアップに関わりたい」「世界に挑戦し続けたい」「マネジメントをやりたくない」っていう軸で行くとあんまり職業的になくて。ソロGPのファンドっていうのが一番3つを兼ねてる。
佐俣さんは、NOT A HOTELが当初従業員9名以下を目指していたものの、事業を大きくするために諦めた例を紹介します。
ソロには才能を活かし切れる良さがあり、大きなファンドにもエコシステム上の重要性がある、と二人は語り合いました。
どっちも大事ですし、大きいファンドもかなり大事だと思いますし、ソロでやる男も大事だと思うんで、いろんな形が増えていくと日本のエコシステムにはいいんじゃないかなと思ってますね。
まとめ
日本で育った福山太郎さんがベイエリアで12年戦い、投資家へと転じた経験からは、憧れと孤独、そして世代で変わる起業家像が見えてきます。合理性だけでは測れない挑戦の意味と、キャリアの節目における選択のリアルが語られた回でした。
- ベイエリア起業は成功確率だけなら日本が有利だが、「人生一回だから」という感情で挑む人には勧められる。
- 異国での起業で最も辛かったのは、悩みを吐露できる同ステージの仲間がいない「孤独」だった。
- 若い世代は「インターネット×ベイエリア」ではなく、収益性重視で地に足のついた起業へ変化している。
- 5年以内に売却した起業家は再起業へ、10年以上やり切った起業家は投資家へ回る傾向がある。
- マネジメントへの葛藤から、ソロGPという形が「関わりたい・挑戦したい・マネジメントしたくない」を満たす選択になった。
