起業家人生の「第3章」
今回のテーマは、中川さんの「これから」と、どこに熱があるのかという点です。
佐俣さんが、今はどういうフェーズなのかを尋ねます。
中川さんは、自分の起業家人生を章立てで捉えていると話します。1回目は「ペロリ」で、佐俣さんからの出資を受け、わかりやすいスタートアップとして進めたと振り返ります。
2回目が「newn」です。ここでは自己資本100%という点が大きな違いだったと語ります。
スタートアップをやるということは急成長とエクイティファイナンスを前提にしているので、それに対する正当なリターンを外部の利害関係者にお返しするという大前提のもとやるじゃないですか。その制約条件で会社を作るっていう。
一方でnewnは自己資本なので、急がなくてよく、利益の最大化や最速化をあまり考えなくてよいと言います。
どっちかというと「やりたいようにやりたい」とか、「いいと思うものをチームでやろうぜ」みたいな、そういう自由な感じでやってきてるんですよね。
プロダクトのオーナーシップと経営スタイル
中川さんは、1社目と2社目で経営スタイルを意識的に変えたと説明します。
ペロリでは、自分がやりたいサービスのプロダクトのオーナーシップを自ら持って経営していたと言います。
一方でnewnでは、ブランドの責任者は自分ではなく、プロダクトのオーナーシップを全く持たないプラットフォーム型の会社にしたと話します。
佐俣さんは、その違いを掛け算の向きを入れ替えるようなものだと整理します。
会社のオーナーシップはあるけれど、プロダクトのオーナーシップはなくて、それをある意味「×○」だったのを「○×」にしたみたいな、完全に意識的にやってみたってことなんですね。
中川さんは、思いがある人のプロダクトを経営システムとして拡張するスタイルにしようと決めていたと答えます。
自分がやりたいことをやるというよりも、思いがある人のプロダクトをどう自分が拡張するか、経営システムとして拡張するかというスタイルでいこうってnewnの時は決めてたんで。
こうしたスタイルはコントロールしにくいため、自己資本に向いていたとも語ります。
外部出資のスタートアップ。自分がプロダクトのオーナーシップを持って経営した。
自己資本100%。プロダクトのオーナーシップは持たず、経営システムとして人のプロダクトを拡張した。
そして今、一緒にやってきたブランドを売却し、また会社を大きくしたいという気持ちになっていると明かします。
中川さんには、会社をやるたびにスタイルを全て変えるというルールがあります。ペロリで得意だったことはやらないと決めてnewnを始めたそうです。
割とペロリの時に働いてた人がnewnにも来てくれたりしたこともあったんですけど、そしたら「全然ペロリと違うじゃん」みたいな。「ちょっと違う」ってなったりしたこともあって。
次は、自分自身がやりたいプロダクトをもっとわかりやすく、大きくしたいモードになっていると言います。
自己評価は常に「まあまあ」
佐俣さんは、第1章も第2章もそのテーマの中では大成功だと指摘します。それでも中川さんの自己評価は常に「まあまあ」だという印象を語ります。
世の中にもっと早く、より良く、より大きくできた、できるんじゃないかなっていうのはどんな時でも思うんで。そういう意味ではやっぱり常に「まあまあ」なのかもしれないですね。
一緒に頑張ってきたメンバーがいて今があるとしつつ、満点は出ないタイプなのかもしれないと話されています。
制約が消えた第3章の迷い
第3章では、これまでの経験が生きるものを選びつつ、こだわりすぎずにスタイルを変えて始めたいと考えていると言います。
佐俣さんは、中川さんの振れ幅の大きさが面白いと語ります。Webプロダクトから、サイトはあるがそれ以外の要素も大きいプロダクトまで幅広く手がけるため、何が出るか想像がつかないと言います。
中川さんは、今困っているのは制約がなくなったことだと打ち明けます。これまでは制約が強めにあったと振り返ります。
例えば1社目だと、与信はゼロ、採用力はない、自分も知り合いもいない、手元資金もない。(中略)そん中で1年後には黒字にしないといけないみたいな、そういう縛りがあって、切れる選択肢も多かったんですよね。
newnの時も、売却したインターネット領域では近い分野に挑戦しにくいという制約や、自己資本ゆえの資金的な制約があったと言います。
ところが今は選択肢が良くも悪くも広がり、絞るのが難しくなったと語ります。やりたいことベースがいいと思う一方で、大きくしたいという思いも出てきているそうです。
「でっかく」はどれぐらいだと合格点の「でっかく」なんですか。
公式に記録として残そうという佐俣さんの誘いに対し、中川さんは恥ずかしいと言って明言を避けました。
いや、でもやっぱり最後、やっぱあれ、いやちょっと恥ずかしいですね。ダメ。やめましょう。うちに秘めてるタイプなんで。
「常に最後の会社にしたい」という矛盾
佐俣さんが、最後の会社にしたい気持ちはあるのかと尋ねます。
中川さんは、それはあると答えます。結果的に売却が多く「作って売る人」と思われがちだが、売るために作ったことは全くないと語ります。
むしろ「やり続ける強さ」や、一定規模になった時に複利で成長していく強さの重要性はわかっていると言います。
本当は一回も売らないほうがいいっていう。というのはもう分かってるんで、常にラストにしようって結構思ってはいますね。
佐俣さんも、同世代のメンバーと「最後の会社にしよう」と強く思ったと語ります。ある程度の社会的な与信や生活のお金を得た時に、一生できるものは何かを考えたと言います。
自分が本当に好きでずっとやれることみたいなテーマ性とか、自分が本当にずっとワクワクしてられるか否かみたいな、自分の根本的な情熱のこの火の根っこみたいなものとアラインできてないと、結局その、別にやんなくてもいいよねってなっちゃう。
中川さんは強く共感します。newnを始める時ですら、一生続けられるテーマにしようと思ってメーカーを選んだと明かします。
理由は、市場が小さいことを言い訳にできないからだと言います。メーカーであれば、大きな会社がいくつも存在するのが明らかで、人のせいにできないと考えたそうです。
「メーカー」って切った瞬間に、「いやいやユニクロ見てみろよ」とか、「お前どんだけでかい会社いっぱいあんだよ」っていうのが明らかなんで、人のせいにできないなっていうことはすごいいいなと思って、一生やり続けられると思って選んだんですよね。
産業としての興味は続いており、メーカーはやり続けられるテーマの一つだと今も考えていると話します。
ただ、才能をもっと発揮できるプロダクトへの関心もあります。若い頃はもっと尖っていたと振り返り、クリエイターの才能が生きやすいものに、AIやファイナンスも含めて落とし込みたいと語ります。
佐俣さんに時期を尋ねられると、中川さんは孫さんが「やること」を1年半悩んでいたというツイートを引き合いに出します。
もう半年経っているので、あと1年ほどいけるのではと冗談交じりに話します。ただ、早く決めようとすると「ただやりたいこと」を選んでしまう恐怖があるとして、時間を区切るのを一旦やめたと言います。
メンバーは次に何をやるのか気になっている状況で、まだ決まっていないと語られています。
やらなければ終われないこと
佐俣さんは、自分の墓石にどう書かれたいかという問いが好きだと切り出します。やってみたいことと、成し遂げる最中に命が尽きてもいいと思えることは別だと語ります。
中川さんも同意します。今日の晩御飯のように「これもいいかな」と思えることはいくらでもあるが、それとは違う次元の話だと言います。
ここで孫さんの言葉を引きます。「登る山が見つかった人間は幸せだ」という話が本当にいいと語ります。
私の中での情熱を燃やせる話って、山を登ってる最中に自分が死ぬっていうのが一番美しいなって思ってて。「山頂に行っちゃった」ってなって、まだ生きてて「ああ、山はまだ高い」って言って死ぬってのが私のベストイメージなんですよね。
佐俣さんも共感します。かつては挑戦できない理由を思いつきすぎていたが、今は挑戦できないのは自分のせいだと語ります。
「なんか俺、でかい挑戦できないまま死んだら後悔すんな」っていうのは結構あって。
佐俣さんは、投資先のLuupが街の景色を変えていくのを横で見て、世界は変えられると実感したと言います。それをやろうとしないのは問題だと感じると語ります。
続けて佐俣さんは、世界が変わったのに自分がやっていないことに腹が立つと語ります。だから死ぬまで挑戦しているのが一番幸せだと話します。
中川さんも、挑戦し続けるものが見つかるのが一番幸せだと言います。多くの起業家を見ても、「やばいな」と言いながら生きている人が結局幸せそうだと語ります。
なんかじゃあエグジットした瞬間が幸せそうかとか、お金持った人が幸せそうかっていうと、そうでもなく。
満たされない渇望感と青い炎
佐俣さんは、大変なことが始まってしまったという空気にこそ、生きている実感があると語ります。
中川さんは、起業したい初めの気持ちと、やり出してからの幸せなポイントは違うと言います。最悪なのは、大きな山だと思って登っていたら山頂が低かったと気づくことだと語ります。
なんか7合目8合目ぐらいでゴールが見えて雲が晴れてきた時に、「あ、意外と低かったかも」みたいな、それの絶望たるや。
佐俣さんは、中川さんの熱を「青い炎」と表現します。派手に燃えている見た目ではないが、創業からずっと渇望感や満たされない感が続いていると語ります。
常に通った後のアウトプット物としては成果出てるんだけれど、歩いてる最中の自分にそんなに満たされてる感がないというか。「この人一生こういう感じなのかな」と思ってる節はある。
中川さんは、2年ほど前に、年齢を重ねるとこの熱が変わるのではないかと恐怖を感じていたと明かします。
しかし、事業を売却し新しい方針に変革していく中で、自分にまだ熱が残っていることに気づいたと言います。
「あ、俺めちゃくちゃ残ってるな」と思って。結構まだ全然やる気あるなっていうか、変わんないなって思いましたね、今。なんで今強火です。
佐俣さんは、情熱が外に出るタイプと出ないタイプがいると語ります。自分は外に出るが粘っこく長い、ややこしいタイプだと表現します。
二人は、半年か1年後に事業が始まった時に、今日の話が答え合わせになると語り合います。
挑戦する人のそのリアルタイムな心持ちとかを聞けるって、僕はすごい意味があると思ってる。出来上がったものをどういう気持ちで作ったんですかって聞くのとまた違うじゃないですか。
中川さんは「ゴチョゴチョやってます」と応じ、収録を通じてまた視座が上がったと語りました。
まとめ
自己資本という制約の中で自由にやってきた中川さんが、制約が消えた第3章で改めて自分の熱と向き合う回でした。売らずにやり続けたいという思いと、大きくしたいという思いの間で、まだ答えを探している最中だと語られています。
- 中川さんは会社ごとに経営スタイルを変えるルールを持ち、ペロリはプロダクトを自ら持ち、newnはあえて持たなかった。
- 制約が強かった過去とは逆に、今は選択肢が広がりすぎて絞るのが難しくなっている。
- 結果的に売却が多いが「本当は一度も売らないほうがいい」と考え、常に最後の会社にしようと思っている。
- 「やりたいこと」と「やらなければ終われないこと」は別で、登り続ける山を探している。
- 派手さはないが渇望感が変わらない「青い炎」が中川さんの熱の根源として語られた。
