「乗れる波には乗る」を続け、創業から圧倒的なスピードで駆け抜けた学生起業らしい熱気とは
ハートに火をつけろ by ANRIに、株式会社medimo医療現場の事務作業をAIで自動化するプロダクトを開発するスタートアップ。2022年1月設立。のちにマスズゲンにグループイン。共同創業者の中原楊さんと馬劭昂さんが登場。中国にルーツを持つ二人の医学部生が、怪文書をきっかけに出会い、脳波×NFTという異色のプロジェクトを経て医療AIの会社を立ち上げるまでの道のりを、ANRI代表の佐俣アンリさんが深掘りしました。その内容をまとめます。
若者の起業が難しくなっている?
佐俣アンリさんは、若くて優秀で「余心がない」人間が短期間に猛烈な負荷で働いて結果を出すスタイルこそ、スタートアップの王道だと語ります。自身もファンド創業期にラクスの松本さんクラウドサービス企業ラクス創業者の松本恭攝氏。学生時代に起業し、東証プライム上場を果たした。やSTORESの佐藤さんネットショップ作成サービス「STORES」を運営するヘイ(現STORES)の佐藤裕介氏。フリークアウト共同創業者でもある。といった若手起業家たちに支えられてきた経験があるそうです。
しかし最近は「若者の起業が難しくなっている」という声を耳にすることが増えたといいます。中原さんもこれに同意し、背景にある変化を挙げました。
中原さんによれば、Z世代は成功の定義が多様化しており、「みんなが統一して起業してこれを目指す」というわかりやすいストーリーが成立しにくくなっているとのこと。かつてはキュレーションメディアのようなフォーマットがブームとなり、若者が100社近く起業して、M&Aや次の事業への足がかりにする流れがありました。しかしマーケット環境の変化により、そうした入り口が減っているのが現状のようです。
みんな統一して起業してこれを目指すっていう、分かりやすいストーリーが結構最近ないなっていうのは感じますね
馬劭昂——「世界一癖強い小学生」の生い立ち
馬劭昂さんは中国出身の両親のもと、福岡の小倉で生まれました。1歳まで福岡、3歳まで中国で暮らし、その後はずっと東京育ち。母語は中国語が先で、テレビを見て日本語を習得したそうです。ご両親との会話は中国語と日本語が混ざる「言いやすい方で話す」スタイルとのこと。
自称「世界一癖強い小学生」だった馬さんのエピソードは強烈です。とにかく論理的すぎて誰とも話が噛み合わず、ガキ大将の非論理的な主張にいちいち反論していたとか。ある日、ホームルームにポケット六法全書を持ち込み、気に入らない同級生たちを「民法第何条第何項」と宣告しながら全員「現行犯逮捕」したというのですから、相当なものです。
勝ち誇ってたら何も起こらなくて。現行犯逮捕したのに、って
当然ながら友達はさらに減ってしまいました。中学受験では塾で唯一友達ができたものの、一度も宿題をやらず、小6の冬に塾長から「金返すからやめろ」と言われる始末。それでも奇跡的に第一志望の海城中学東京都新宿区にある男子中高一貫校。自由で温かい校風で知られ、多くの起業家も輩出している。に合格します。
海城では「お母さんに大事に育てられてきた息子が多い」という温かい環境のなか、初めて社会性を身につけることができたと馬さんは振り返ります。佐俣さんの投資先にも海城出身の起業家が複数いるそうで、「起業家を育む校風」がありそうです。
中原楊——15歳で日本語ゼロからの再出発
中原楊さんも両親は中国人。日本に留学・就職し、帰化してから中原さんが生まれました。名前の「楊」は父親の帰化前の姓で、「名字、名字」という構成。「生まれた時点でアイデンティティがない」と本人は笑います。
京都で生まれた後、父親の転勤で1歳から中国へ。現地校に通い、家庭でも中国語という環境で15年間を過ごしました。途中、親の気まぐれで半年だけ日本人学校に通わされたものの、「教科書が簡単すぎる」とすぐ現地校に戻されたそうです。
中2のある日、「来年帰るよ」と突然告げられ日本へ。しかし日本語がまったくわからず、関西の秋入試を片っ端から受けるも全落ち。面接で新聞を読むよう促されても「読めない」という状態でした。そこから1年間、塾と日本語教室に通い詰めてようやく高校に入学します。
驚くべきことに、その後の国語の成績は全国模試で4位を取るほどに。馬さんも「言葉がうまい」と認める日本語力の持ち主です。15歳でゼロから学び始めた言語でトップクラスに至る集中力は、のちの起業にも通じるものがありそうです。
怪文書が結んだ二人の出会い
二人が出会ったのは、中原さんが大学2年、馬さんが1年の頃。きっかけは馬さんが送った「怪文書」でした。
東大医学部に入学した馬さんは、「人間が老いて死ぬ運命を変えられないか」という問題意識から、老化や人間の進化に関する自分の見解を約1万文字にまとめ、ある先輩にLINEで送りつけました。先輩は面倒だったのか、「いい人いるよ」と中原さんに転送。中原さんの第一印象は「重っ。何このマニフェスト」だったそうです。
こういう人好きなんで。ちょっと変わった人。怪文書系結構好きで
同じ中国ルーツで同じ医学部という共通点もあり、神楽坂で油そばを食べながら意気投合。中原さんが代表を務めていた「医学部生や医療に興味ある学生が集まって課題解決プロジェクトを回すサークル」に馬さんが加わり、発達障害をテーマにしたプロジェクトなどを一緒に進めていきます。
その活動が一段落した頃、「実際にものを作って人に使ってもらいたい」という話になり、もう一人の共同創業者である野村さんの家のガレージでプロダクト開発を始めました。この時点ではまだ法人はなく、何を事業にするかも決まっていなかったといいます。
医学部を選んだそれぞれの理由
二人とも医学部に進学していますが、動機はかなり異なります。
馬さんの場合は純粋な知的好奇心。人体への関心、そして「病そのものをなくせないか」「老化をなくせないか」という根源的な問いが入学の動機でした。在学中には株式会社Araya意識の神経科学を起点とした脳科学・AI研究を行うスタートアップ。ブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)の研究開発にも取り組む。や松尾研究所東京大学の松尾豊教授が率いるAI研究組織を母体とした法人。ディープラーニングを中心としたAI技術の社会実装を推進。でAI開発のインターンも経験しています。
一方、中原さんの動機はもう少し複合的です。「ぶっちゃけると、親が医者になってほしかった」と率直に語ります。ご両親の世代、とりわけ文化大革命1966〜1976年に中国で起きた大規模な政治運動。知識人や専門職が迫害される一方、手に職を持つ人は比較的生き残れたため、子どもに安定した専門職を望む親世代の価値観に影響を与えた。を経験した父親にとって、「国家に何が起きても手に職があれば大丈夫」という信念があったそうです。医者・弁護士・国家公務員のいずれかになってほしいという期待のなか、高校時代に「医学部もいいかも」と言ったら猛烈に喜ばれたとのこと。
人間の老化や死の運命を変えたいという知的好奇心。人体・脳科学への純粋な興味から
親の期待+医学への興味+「工学は独学できるが、医学は大学でないと学べない」という合理的判断
中原さんには「プログラミングや工学は独学でもできるが、医学は大学でなければ学べない」という合理的な判断もありました。実際、高校時代には未踏ジュニアIPA(情報処理推進機構)が運営する、17歳以下の若手クリエイターを支援するプログラム。正式名称は「未踏Jr」。成人向けの「未踏」のアンダー18版として2017年に開始された。の2017年(2期生)に採択されるほどプログラミングの実力がありました。メンターとしてグノシー共同創業者の関さんニュースアプリ「グノシー」の共同創業者。未踏ジュニアでプロジェクトマネージャーとして若手エンジニアの支援も行った。がついてくれたことで、サービス作りや会社を興すことへの原体験を得たといいます。
脳波×NFT——「乗れる波には全部乗る」の実践
2022年1月15日、「一旦箱を作ろう」というノリで法人登記。しかし事業は決まっていません。最初に取り組んだのは肩こり治療のヘルスケア機器で、慶應医学部のベンチャー大賞慶應義塾大学医学部が主催するビジネスコンテスト。医療・ヘルスケア分野のスタートアップを対象とし、優れたビジネスプランを表彰する。で準優勝まで行きましたが、商品化にかかるコストが約10億円と判明し断念。もっとライトにできることを探すことになります。
ちょうどその頃、NFTNon-Fungible Token(非代替性トークン)の略。ブロックチェーン上でデジタルデータの唯一性を証明する技術。2021〜2022年にアート・コレクティブル分野で大きなブームとなった。やWeb3が大ブーム。二人が共有していたルールは「ブームが来たら乗る」ということでした。中原さんはエルピクセルCEOの島原さんの本医療AI企業エルピクセルの創業者。iモード時代のモバイル黎明期から起業を経験し、「波には乗っておけ。廃れても足腰が鍛えられて、次の本物の波に乗れる」という趣旨の発言で知られる。に影響を受け、「波は乗ろう。廃れても足腰が強くなるから、次の本物の波が来た時にちゃんと乗れる」という考え方を実践していました。
赤坂の安い焼肉屋で久々に再会した二人。馬さんがSurfaceに書き溜めた起業アイデア10個をプレゼンし、当時夢中だったブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)脳の電気信号を読み取り、コンピューターと直接やりとりする技術。イーロン・マスクのNeuralinkなどが有名。医療やエンターテインメントへの応用が研究されている。とNFTを組み合わせるアイデアで盛り上がります。「アイドルの脳波をNFTアートにしたら、コアなファンが高値で買うのでは?」——翌日にはもう3Dプリンターで脳波計を作り始めていたそうです。
海外から脳波計を取り寄せてフレームを自作し、半年間毎週日曜日に「撮脳会」を開催。延べ数百人の脳波を取得し、OpenSea世界最大級のNFTマーケットプレイス。2017年設立。ユーザーはデジタルアートやコレクティブルなどのNFTを売買できる。にもNFTが残っているとのことです。
佐俣アンリが語る「波乗り」の極意
佐俣さんはこの話を受けて、学生起業家の波乗りについて持論を展開します。ポイントは「賢い×暇」という象限。この条件を満たす大学生は、ルールが頻繁に変わる新興領域で無類の強さを発揮するといいます。コインチェック暗号資産取引所。創業者の和田晃一良氏は学生時代に起業。2014年のマウントゴックス事件で業界が冷え込んだ時期に参入し、その後のビットコインブームで急成長した。も、ドリコム内藤裕紀氏が学生時代に創業したIT企業。コンビニで売っていた「Yahoo!」の雑誌でブログの流行を知り、ブログ関連サービスで起業・上場した。学生起業→上場の先駆的事例。も、まさにこのパターンでした。
一方で、タイミングの見極めは極めて難しいとも指摘します。早すぎるとマーケットがついてこず、遅すぎると競争が激化する。佐俣さんが10年以上のVC経験から掴んだ法則は「10年やると二回目のブームが来る」ということ。エドテック→リスキリング、チャットボット→LLM/エージェントのように、根底のテクノロジーは同じでもマーケティング用語が変わり、新たな波が来るのだそうです。
結局、脳波×NFTはビジネスとしてのユニットエコノミクスが成立せず、ピボットの大激論に。馬さんと野村さんは「ビジネスにならない」と主張し、中原さんは「いけると思ってる。今もいけると思ってる」と食い下がったそうですが、最終的には医療AIという現在の事業領域へと舵を切ることになります。
めっちゃ頑張り通すことだけは自信あります
まとめ
中国にルーツを持つ二人の医学部生が、怪文書をきっかけに出会い、ガレージでのものづくり、肩こりヘルスケア、脳波×NFTと次々にピボットしながら、最終的に医療AIのmedimoを立ち上げるまでの道のりが語られました。
印象的だったのは、二人に共通する「乗れる波には乗る」というアティテュードです。Web3が盛り上がればNFTに飛び込み、半年間毎週日曜日に体験会を続ける。その事業がダメでも「足腰が鍛えられた」と前向きに次へ進む。佐俣さんが言う「賢くて暇な学生は、ルールが激変する産業で最強」という原則を、まさに体現した起業ストーリーでした。
次回のエピソードでは、medimoの事業が本格的に成長していく過程や、マスズゲンへのグループイン、そしてこれから挑戦していくテーマについて語られるとのこと。脳波NFTから医療AIへ、どのようにたどり着いたのか。続きが楽しみです。
- 東証改革や価値観の多様化で、若者のスタートアップを取り巻く環境は変化している。かつてのような「3〜5年でIPO」という明快なストーリーが描きにくくなった
- 中原楊さんは15歳で日本語ゼロの状態から帰国し、1年で高校合格。その後は全国模試で国語4位を取るほどに。未踏ジュニア採択の経験が起業の原体験になった
- 馬劭昂さんは「世界一癖強い小学生」から海城中学で社会性を獲得。老化・脳科学への知的好奇心が医学部進学と起業の原動力
- 二人の出会いは、馬さんが先輩に送った1万文字の「怪文書」が中原さんに転送されたこと
- 「乗れる波には乗る」を信条に、肩こりヘルスケア→脳波×NFT→医療AIと素早くピボット。半年間毎週日曜日に「撮脳会」を開催するなど、圧倒的な実行力で駆け抜けた
- 「賢い×暇」な学生は、ルール変更が頻繁な新興領域で無類の強さを発揮する——学生起業の本質的な強みがここにある
