成功への唯一の道は「地道な積み上げ」
番組では前回に引き続き、『トリリオンゲーム』『Dr.STONE』『アイシールド21』などの原作者・稲垣理一郎さんが登場します。
後編ではリスナーから事前にXで募った質問をもとに、稲垣さんの創作観を聞いていきます。
最初の質問は、博士研究者であり起業家でもあるリチャード小松さんから。稲垣作品に何度も背中を押されてきたといいます。
これから起業する人や何かにチャレンジする人に、ぜひ見てもらいたいシーン、セリフ、ストーリーはありますか。私自身『アイシールド21』のセリフに何度も勇気をもらいました。
稲垣さんが挙げたのは、意外にも『Dr.STONE』の冒頭でした。主人公・千空が石化している間、ずっと数字を数え続ける場面です。
冬に目覚めたら裸一貫で死ぬから、絶対春に目覚めなきゃいけない。だから暦を絶対に失っちゃいけないっていうので、ずっと「1、2……」って秒数を数えているんです。この感じを描きたくて『Dr.STONE』を始めたところがあって。
楽な道でいきなり成功できるならみんなそれを選ぶ。でもそんな道はそうそうない、と稲垣さんは話します。
結局じゃあ何がやれるかって言ったら、地道に地道にやっていくしかないよねっていうシチュエーションが、実は人生ほとんどだと思っていて。それって別に起業に限らず、どんなとこでも本当何か成功させようと思ったら、実はほとんど地道な作業っていうことだと思うんですよね。
『Dr.STONE』はまさにこの感覚を出すために、逆算して設定を組み立てたといいます。石化して何もできない状態にすれば、数を数えて暦を失わないこと以外にやりようがなくなる、という発想です。
アンリさんは、ANRIが基礎科学に奨学金を出していることに触れ、科学技術投資をするほど「積み上げの上に今がある」と感じると語ります。
大天才が一気に世界を変える時代ではなく、地道な検証の積み重ねが科学を進めている。稲垣さんはその「地道さ」をぶらさずに、面白く描くことを大切にしたと話します。
『アイシールド21』の誤植が生んだ「公式」
質問で名前が挙がった峨王というキャラクターについて、アンリさんは「大好きなキャラ」と切り出します。粗雑な化け物というだけでなく、知性や哲学を持つ点が魅力だといいます。
ここで稲垣さんが披露したのが、峨王をめぐる誤植エピソードです。観客が味方チームの選手を馬鹿にしたことに峨王が怒り、全員を痛めつけると言い放つ場面がありました。
その時のセリフが、僕ネームで「体中の骨バキバキに折ってやりゃ済む話だ」って書いたんですよ。そしたら誤植されて、「体中」が「背中」って誤植されて、「背中の骨バキバキに折ってやれば済む話だ」ってなったんですよ。
コミックス化の際に直そうとしたものの、「体中」より「背中」のほうがピンポイントで気持ち悪く、キャラクターのクレイジーさに冷静さが加わって面白いと感じたそうです。
あれずっと誤植なんですけど、もう公式なんですよ、あれ。
偶然の誤植がキャラクターの魅力を深めた、という創作の妙が語られました。
キャラが先か、話が先か。そして「俳優システム」
次の質問は、戦略的なキャラクターの魅力について。話を決めてキャラが立つのか、キャラを作って話を決めるのか、という問いです。
蛭魔や千空など戦略的なキャラクターが魅力的ですが、話を決めてキャラ立ちするのか、キャラを作って話を決めるのか気になります。
理想はキャラクターが先だと稲垣さんは言います。ただ現実には、そう簡単に決め打ちで思いつくものではないそうです。
なんとなくキャラクターが見えていって話を作ってるうちにキャラクターがはっきり輪郭し始めて、キャラクターがはっきりしたとこでもう1回話を一から見直すみたいな、そんな感じになることが多いですね。
行ったり来たりしつつも、最後にキャラクターへ話を合わせて練り直すのは必須の工程だといいます。
「キャラクターを立てる」という考え方は、ジャンプ編集部内でも教義のようになっていると稲垣さんは話します。
「キャラクターを立てる」っていう、これはもうヒットへの再現性が高すぎるので、これは多分絶対真理だろうってことになって、今のところはもう教義になってますね。
物語を書くとは人の心を書くこと。その人の心こそがキャラクターだから、キャラクターで作るのは当たり前だと稲垣さんは補足します。
さらにアンリさんは、稲垣作品に共通する「俺様」キャラと、彼らがたまに見せる人間臭さが好きだと語ります。それを意識しているのか尋ねると、稲垣さんは独自の手法を明かしました。
自分の中に「こういう人格の人」っていうのを持っていて、その人格の人に対して、次の漫画ではこの人をこういう演技プランで演じてくださいってお願いしてるみたいな感じです。
手塚治虫のスターシステムが同じキャラを使い回すのに対し、稲垣さんは「俳優」を使い回すため、演じさせるキャラは無限に生み出せると説明します。
千空っていうキャラは、『アイシールド21』の阿含の役者さんに、『アイシールド』の時はあなたの最も悪いところを出してやってくださいと言いましたが、『Dr.STONE』ではあなたの最も善なる部分を出して演じてくださいってお願いしてるんです。
同じキャラクターを複数の自作品で使い回す。結果として同じキャラになりやすい。
同じ「俳優」に別の役・演技プランを与える。見た目が似ても行動や言動は別人になる。
見た目が似ている千空と蛭魔も役者が異なるため中身は別物で、逆に阿含と千空は役者が同じため口癖まで共通していると稲垣さんは語ります。必要に応じて俳優をミックスすることもあるそうです。
アンリさんは、この手法が生成AIに役割を演じさせるチューニングに似ていると指摘します。稲垣さんも似た部分があるかもしれないと応じました。
そしてキャラがストーリーの中で動き出すと、作り方は「対話」に変わるといいます。
作者がこうしたいっていう都合いいストーリーを考えるんですけど、キャラクターに「俺はそんなことしない」って反対されて、「面白い、じゃあこっちかな」ってどんどんストーリーを変えたらバシッとはまる。それが「キャラが物語を勝手に動かす」って言われる状態です。
週刊連載という「地獄」に、なぜ戻るのか
話題は今後挑戦したいことへ。稲垣さんは、描きたい漫画を書き溜めたネタ帳が約1000作分あると明かします。
やりたいものはいくらでもある。しかし実際に形にするのは、想像を超えて大変だといいます。
週刊連載って、マジ大変なんですよ。これ本当に分からないです、やったことがない人には。もう頭狂うぐらい苦しい作業。正直言ってしまうと二度とやりたくない。
稲垣さんは『アイシールド21』連載後、7年間ゲーム漬けの生活を送っていたと語ります。「1ヶ月もすればまた描きたくなる」という周囲の言葉を信じていたものの、実際は違いました。
2ヶ月3ヶ月1年とゲームをやり続けながら僕の思ったことは、「なるわけねえじゃん」って。だってあんな大変なこと二度とやりたくないですよ。
アンリさんは、起業家が上場やM&Aで退任しても1年以上耐えられず戻ってくる、と重ねます。あんなに辛かったはずなのに帰ってきてしまう点が共通しているといいます。
稲垣さんは連載中、なぜ皆が続けるのかを先輩たちにヒアリングして回ったそうです。数年一人で連載すればアニメ化もし、一生分稼げるにもかかわらず、地獄に居続ける理由を知りたかったといいます。
返ってきた答えは「社会と繋がっていたいから」「寂しいから」、そして最も多かったのが「漫画が好きだから」。中には「金のため」と答える人もいたそうです。
では稲垣さん自身はなぜ戻ったのか。理由は意外なものでした。
7年間ニートしてたら、奥さんに「あんたそろそろいい加減にしなさいよ」って言われて。慌ててネタ帳の中から「じゃあこれやります」って言って出したのが『Dr.STONE』なんですよ。
奥さんの一言がなければ『Dr.STONE』は生まれていなかった、と稲垣さんは笑いながら振り返ります。
アンリさんが注目したのは、稲垣さんが週刊連載を「辛い」ではなく「恐怖」と表現する点でした。
終わらないですからね、あれ。賽の河原積みですから。積んで、また崩されて積んでを繰り返して、崩される前に積まなきゃいけないっていうのを毎週毎週繰り返すんですよ。
それでも戻ってきてしまう理由を、稲垣さんは「やりたいネタがもったいない」からだと語ります。形にせず死ぬくらいなら、誰かに「面白い」と言ってもらいたいという承認欲求があるのだろう、と分析します。
そして舞台はやはり週刊連載になるといいます。反響が最も大きく、ライブ感が出るからです。
やっぱり週刊が一番ライブ感が出るんで。今この話題が熱いからこれを入れようとかができるのが週刊の強みなので。
「やめとけ」と言われてもやる人だけが成功する
アンリさんは、起業家もまた「やりたいかやりたくないかで言えば、あんな辛い思いはしたくない」と語ります。それでも実現の手段が起業しかないから、しょうがなくやるのだといいます。
漫画を描くのは楽しいんですよ。ただ週刊連載というシステムが辛いだけで。でもそれを一番世間に問えるシステムが週刊連載だから、使わざるを得ない。そこのジレンマですね。
この番組は起業家に「起業しろ」と背中を押す番組。しかし稲垣さんは「週刊連載は絶対やらない方がいい」と繰り返します。それでも「俺はやっちゃう」というのです。
稲垣さんは漫画家志望の相談者にも基本的に「やめとけ」と言うそうです。それで辞める人はどうせなれず、「うるせえ」と言ってやる人だけがなれるからだといいます。
アンリさんも起業はまったく同じだと応じます。「不幸になるからやめとけ」と言われて、それでもやる人しか成功しないという構造です。
さらに話はYouTuberにも及びます。アンリさんはUUUMへの投資経験から、毎日更新し即座に数字でフィードバックされ、生活が破綻していく厳しさを挙げます。共通するのは「終わりがない」ことでした。
時間に追われながら「なんとか今週のを終わらせたぞ」ってギリギリでなるわけですよ。するとご褒美は、次の週の漫画が描けるってことなんです。
アンリさんはこれを「次の地獄へ行く権利をやろう」と言い換えます。稲垣さんは、起業家も資金調達すれば「あと18ヶ月生きる権利をやるので働きたまえ」という状態だと重ねました。
上場すればその周期は四半期決算ごとになり、最終回のないゲームが続く。漫画家と起業家、そしてYouTuber。走り続けるしかない者同士の共通点が浮かび上がります。
「描きたい」と「辛い」の狭間で
最後に稲垣さんは、最近の趣味として寿司を握り始めたエピソードを語ります。仕事をするほどQOL、つまり生活の質が上がる例として持ち出しました。
お寿司は仕事をすればするほどQOLが上がるんですよ。美味しいお寿司が食べられる。ところが週刊連載って、仕事をすればするほどQOLが下がるんです。
あらゆる比喩と体験談を使って、週刊連載の恐ろしさが語られた回となりました。
締めくくりで稲垣さんは、慌てて「漫画の連載は素晴らしいですよ」とフォローします。それでも直後に本音がのぞくのが印象的でした。
いやいや素晴らしいですね。みんな目指しましょう。
アンリさんは、収録に協力するスタッフが頭を振って共感していたことに触れ、『アイシールド21』世代にはたまらない回だったと振り返りました。
まとめ
『Dr.STONE』が体現した地道な積み上げ、俳優システムというキャラ作りの発想、そして週刊連載を「恐怖」と呼びながら戻り続ける理由。稲垣理一郎さんの言葉からは、創作も起業も「やめとけと言われてもやる人だけが進む道」だという共通点が見えてきます。
- 楽な近道はほとんどなく、成功は地道な積み上げの先にあると稲垣さんは語る
- 科学は大天才ではなく、反証に耐えた仮説の積み重ねで進むという視点を『Dr.STONE』で描いた
- キャラ作りは「俳優システム」を用い、同じ役者に別の演技プランを与えて無限にキャラを生み出す
- 週刊連載は「賽の河原積み」のような終わりのない恐怖だが、反響とライブ感を求めて戻ってしまう
- 「やめとけ」と言われてもやる人だけが成功する点で、漫画家も起業家も同じ構造にある
