漫画原作者になるまでの意外な経緯
番組冒頭、佐俣さんは稲垣さんのこれまでの経歴をたずねます。稲垣さんは元々、絵まで自分ひとりで描く漫画家だったと話します。
元々僕、漫画全部自分で一人で絵まで描いてたんですけど、ある時「絵うまいやついっぱいいるな」と思って。「これ俺描かなくてもいいじゃん」って、敵わないなと思って原作者に転向したっていう感じですね。
高校卒業後は地元のデザイン会社に入るものの、その会社は倒産。フラフラしていたところ、親に「いい加減にしろ」と怒られたそうです。
そこで求人誌『フロム・エー』を見ると、「ホイチョイ・プロダクション」が人材募集をかけていました。稲垣さんは「これだ!」と思い、作画スタッフとして応募します。
後で聞くと応募は毎回400人ほど来ると知り、「よく俺通ったな」と振り返ります。運もあり、そこで学ぶうちに独立し、原作者になっていきました。
もう一つの転機は、当時『スピリッツ』で漫画を描いていた頃の編集長の言葉でした。
「君は漫画ちゃんと描けてるけど、キャラクターが弱すぎるから、ちゃんとそこをちゃんとしなさい」って言われて。その頃僕全然まだ本当駆け出しも駆け出しですよ、ペーペーだったんで。言われても「なんだそれ」と思って。「またキャラキャラとか、また資本主義の奴隷共が」みたいな。
そこで稲垣さんは、「キャラキャラ」とうるさく言っている『週刊少年ジャンプ』のノウハウを盗めばいけると考えます。賞に応募したところ担当がつき、いつの間にかジャンプで連載が始まってしまったといいます。
『Dr.STONE』後半の加速と文明の進化
佐俣さんは、この回のために2週間で『アイシールド21』と『Dr.STONE』全巻を読破したと明かします。特に『Dr.STONE』後半のスピード感に強く惹かれたと話します。
稲垣さんによると、作品の途中で人間同士の戦いは終わり、その後は開発パートが続くといいます。文明度が上がると作るものも増え、テンポが速くなっていったそうです。
人間の文明って本当に右肩上がりですごい勢いで曲線描いて後半の方上がってくわけですから、それと同じ感覚を味わわせればいいんじゃないかってなって、もう超速なんですよ、後半は。
この文明の加速の話から、佐俣さんは自分たちの投資領域の話へつなげます。核融合やiPS細胞など、技術のイノベーションに関わる仕事をしていると語ります。
特に生成系AIの進化は速く、Webの情報が追いつかないほどだといいます。
生成系AIの今の進化って本当に週次で伸びてるですよね。で、主要なプレーヤーが3、4個走っていて、それに時々それをかすめ取って誰かが出てくるみたいなの含めて、本当1週間に1回次のものが出てきてる。
初期のChatGPTが1年ちょっと前だったことを思うと、その加速感は『Dr.STONE』後半が表現したものと重なる、と佐俣さんは受け止めます。
ヒット作を生み出すための確率論とピボット
佐俣さんは、たくさんの人に面白いと思われるものをどう作るのかをたずねます。自身から見ると稲垣さんは「3戦3勝」しているように見えると言います。
これに対し稲垣さんは、むしろ確率論として冷静に受け止めていると答えます。
「3打数3安打のやつより20打数5安打のやつの方が偉い」んですよ、やっぱり。結局どんな新人でも運が良ければね、野球とかでも最初の3打席ヒットはあり得るわけじゃないですか、確率的には。僕はたまたま自分がそれになっただけだとは思ってて。
3本ともうまくいっているのは、運の良さと、良い作画家と組めたことが大きいと稲垣さんは強調します。「保険を張っておかないと、次こけた時悲惨」だと冗談まじりに話します。
佐俣さんも、めちゃめちゃ面白いのに打ち切りになる漫画があると共感します。起業家のプロダクトも、可能性を秘めていても時代が早すぎたり高尚すぎたりして受けないことが多いといいます。
そして稲垣さんは、ある種のランダム性は避けられないと言い切ります。
どうやってもある種ランダムウォークする部分があるというか、確率の問題なとこは僕避けられないと思ってて。もし「100%のものある」って言うんだったら、全部そこに投資すりゃいいわけじゃないですか。
だからこそ成功の秘訣は、打席に立ちまくり、ダメだと思ったらすぐピボットすることだと語ります。佐俣さんは「まさにスタートアップと同じ」と反応します。
作品の微調整とメタ認知:『アイシールド21』の事例
佐俣さんは、なぜ比較的良い作品を出せているのかを、客観的にたずねます。稲垣さんは、感覚だけでなく理屈で考えている部分が大きいと答えます。
感覚やセンスで作る人は非常に強い一方、それがずれた時に立て直しがきかなくなるといいます。稲垣さんの場合、その調整を理屈で行うそうです。
具体例として、『Dr.STONE』開始時の話が語られます。『アイシールド21』を7年連載した後、7年間仕事をしていなかった稲垣さんは、「俺には腕がある」という思いで再開したといいます。
連載が始まると1〜3話は人気が出たものの、4〜5話あたりで数字の伸びが鈍り、違和感を覚えます。この数字なら1位か2位を取るはずだ、という感覚があったからです。
そこでちょっと担当編集呼び出して、「これ僕がずれてます」っつって。僕の感覚ではもっと数値取れるんで、取れてないってことはこの7年間で僕が置いてかれたんです。
稲垣さんはあらゆるデータを洗い直し、作り方を作り変えます。「めちゃくちゃ数字を取るはずの回」を出し、それでダメなら再検証しようと担当に伝えたところ、その回が人気を取り、微調整が奏功しました。
佐俣さんは、自分の作品を冷静にメタ認知する自分がいるのですね、と確認します。
稲垣さんは、作画の先生と二人三脚で作っているため、主役は作画の方だと考えていると話します。数字が出ない時も「自分の腕が」ではなく、「この先生の魅力はこんなものじゃない」というバイアスが働くといいます。
話は『アイシールド21』にも及びます。連載開始時、アメフトが読者に通じるかわからなかったため、いつでもピボットできるようにしていたそうです。
あの、アイシールドの仮面被せて「覆面ヒーローもの」みたいにして、アメフトやってダメだったら、「これは色んな部活に助っ人に行く漫画だよ」みたいな感じで。
タイトルに「アメフト」と入れず「アイシールド21」としていたのも、その布石だったといいます。『Dr.STONE』でも、科学に行きたい一方でサバイバル方面にもいけるように準備していたそうです。
試しに科学の回を作ると人気が上がり、「科学で大丈夫」と判断できた。『アイシールド21』も、初のアメフトの試合の反応で人気が上がり、方向を確定させたといいます。
ジャンプは3話ほど先行して原稿が進むため、書き直しはせず、その先で調整するといいます。約1ヶ月でフィードバックが回る様子を、佐俣さんは「結構スタートアップ」と表現します。
遊戯王がカードゲームへ、と方向が定まった例も挙げつつ、稲垣さんはこのライブ感の大切さを語ります。漫画は制作コストが安く、毎回がミニマムプロダクトのようなものだといいます。
一方で、数字だけでは動かない部分もあると付け加えます。人気のあるキャラで回す判断はするものの、自分が好きじゃないキャラは描けない、と話します。
結局仕事とかもそうだと思うんですよ、その起業とかも。どれだけこれが儲かりそうとか思ってても、「その仕事やりたくないな」って自分が思っちゃったら、やっぱ走れないので。
佐俣さんも、投資では「偏愛」を大事にしていると共感します。ロジックの破綻がないのは前提として、「これがなぜ熱いのか」という異常値を聞きたいと語ります。
例として、コロナ禍のロックダウン中に「NOT A HOTEL」というホテルのスタートアップへ6億円を投資したエピソードを挙げます。直感で「絶対に欲しがる人がいる」と思って投資し、うまくいったといいます。
稲垣さんは、漫画ではアンケートは見れば見るほどいい派だと話します。ただし、それにどう振り回されるかは判断が分かれるところだと言います。人気が後から出る作品もあるためです。
さらに、ジャンプ編集部は数字だけで容赦なく切るイメージがあるものの、実際は「この作品は絶対いける」と人の思いで動く面もあると明かします。
出版社とは投資業である
佐俣さんは、ベンチャーキャピタルの組織づくりの研究として、『週刊少年ジャンプ』編集部の設計やガバナンスを詳しく調べたことがあると話します。
そこで見えたのは、偉大な作品を引き継いだ人よりも、無名のうちに見出した人が評価される構造でした。稲垣さんは「あれ同じなんですよやっぱり」と応じます。
この起業家が全然みんなにこう注目浴びてない時に見出した奴が偉いっていうところとか。誰に権限があって、一番センスがいい奴は誰なんだっけみたいなのとか、社内でどういう人がリスペクトされうる組織なのかとか、細かく聞いてくと、結構似てるんですよ。
佐俣さんは、寿司職人やスポーツなど様々な組織を研究してきた中で、ジャンプ編集部が「一番目指す形に似ている」と語ります。
一方で、編集部を訪れて驚いたこともあると言います。てっきりノウハウ本が秘伝で共有されていると思っていたら、「何もない」と聞いたそうです。徒弟制度のように盗んで覚えるのだといいます。
稲垣さんは、それがむしろ参考になると話します。
あれって要はもうカルチャー伝承に近くて、「どんな仕事がかっこいいのか」っていうのを多分誰かが誰かに見せて、それを公伝してるみたいなもので。門外不出というか独自のカルチャーを作ってて、言語化されてないからパクれないんですよね。
稲垣さん自身は、投資家としては「踏み込まないタイプ」だと言います。事業はよく分からないから、作画の先生の「心の平穏」だけをずっと見ているそうです。
ここから話は、出版社の本質に及びます。稲垣さんは、出版社はもはや投資業だと語ります。
昔はね、出版社っていうのは書店の棚とかを持っていたので流通の強みがあったんですけど、今もうほとんど電子になってきてますから、個人でもできちゃうわけじゃないですか。じゃあ出版社の強みがどこにあるかっていうと、投資業なんですよね。
原稿料は生活やスタッフを支えるための投資金へと形を変えつつあり、その代わり出版社は10年間の独占販売権などを得て、売上に応じて配分する。佐俣さんは「完全にギャラリーと同じ設計」と受け止めます。
1000万〜2000万などを出資し、株を15〜20%ほど得る。意思決定の権利ともセットになる
原稿料などで制作を支える代わりに独占販売権を得る。作家が得る単行本の印税は約10%
稲垣さんは、株を15〜20%しか取らない起業投資は「優しい」と言います。出版社は制作費を差し引くにせよ、単行本の取り分の多くを持っていくからです。
佐俣さんは、スタートアップでは投資側が権利を取りすぎると、起業家のモチベーションやコントロールが失われると指摘します。自分の作品を決められなくなると面白くなくなる、という点で作家も同じです。
稲垣さんは、電子の印税率が競争原理で幅を持つようになれば、作家にとって嬉しいと語ります。佐俣さんも、実績のある人ほど有利になる構造は起業家も同じだと応じます。
エンディング
漫画の話だけで盛り上がり、時間がきてしまったと佐俣さんは笑います。稲垣さんのルーツとこれまでの話を中心に伺った回でした。
次回は、事前にリスナーから寄せられた質問に答えつつ、稲垣さんのこれからの話を聞いていく予定だと案内されます。
番組ではメッセージを募集しており、感想や質問、希望ゲストなどを概要欄のフォームから送れます。ANRIでは起業相談や資金調達の相談も受け付けています。
SNSでの感想はハッシュタグ「#ハートに火をつけろ」で募集しています。
まとめ
今回は、『アイシールド21』『Dr.STONE』の原作者・稲垣理一郎さんが、ヒットを生む思考法を語った回でした。運や確率を冷静に受け止めつつ、複数の方向性を用意し、反応を検証して理屈で微調整するその姿勢は、スタートアップの試行錯誤とよく重なります。
- 稲垣さんはヒットを「3打数3安打」ではなく確率論として捉え、打席に立ち続けピボットすることを重視している
- 『Dr.STONE』後半の加速は、右肩上がりに進む人間の文明の感覚を読者に味わわせる意図で描かれた
- 『アイシールド21』『Dr.STONE』ともに、いつでもピボットできる別路線を最初から用意していた
- 感覚だけに頼らず、アンケートなどのデータで自作品を客観視し、理屈で微調整することで立て直しがきく
- 出版社は流通の強みから投資業へと本質が移りつつあり、その構造はスタートアップ投資と多くの共通点を持つ
