正体不明?連続起業家・中川綾太郎の自己紹介
番組冒頭、佐俣アンリさんは中川さんについて「一個一個のリリースだけ見ていると、何をやっている人なんだろうってわからなくなる」と紹介します。
アクセサリー、食べ物、Webサービスと手広く、若い世代からはMERYの人という認識すら薄れていると言います。
今やケーキ屋だと思われていたりする可能性がありますからね。
中川さんは1988年生まれ、兵庫県出身の36歳。大学卒業後の起業で女性向けキュレーションメディアMERYを運営する株式会社ペロリを創業し、2014年にDeNAに売却しました。
その後2年半ほどグループ会社として経営しつつ、個人でも80社近くエンジェル投資を行ったと話します。
現在はアパレルやライフスタイルブランドを中心とする株式会社newnの代表。もう一つのStand Technologiesは、音声配信アプリのStand.fmを吉本興業に売却し、今は音声AI領域で事業を進めているそうです。
なるほど、わからんって感じですね。不思議な人に見えますよ。
投資家ではなく事業家として:株式会社newnの構想
中川さんは、newnを「スタートアップスタジオ」的な概念で、いろんな事業を作るインキュベーション装置として始めたと語ります。
背景には「やりたいことを一つに決めるのが難しい」という葛藤がありました。ただし専業投資家になるのは違う、と中川さんは考えていたそうです。
事業を作るのがすごい楽しいし好きだっていうので、ただ一個に絞れないし、でもでかい事業をやりたいっていう葛藤の中で、じゃあ100億10個やると1000億じゃんみたいな、そういう思考もあったりもして、複数の事業を運営する母体を作ってみたっていう感じなんですよね。
結果として、ITはITで分けたり、外部資本を入れる箱と入れない箱に分かれたりと、一気通貫のコンセプトというより、より黒子っぽい会社経営になったと振り返ります。
佐俣さんは、中川さんの面白さを「先っぽの事業の解像度が高いのに、メタ的に見ると事業と投資の間の仕組みに興味がある」点だと指摘します。
特に評価するのが、投資家モードと起業家モードの使い分けです。乗り込んで潰そうとしてしまう起業家が多い中、中川さんは引き際が上手いと言います。
ここは「この人を立てて」、でもここは「自分が見る」みたいな役割分担のメタ認知がすごい上手な人という印象がある。とは言え自分は起業家として当てなきゃダメだという気持ちがないまぜになっているのが、この事業体がカオスになる理由。
中川さん自身も、やってきたメディアもStand.fmもブランド作りも、根っこは「個人やクリエイターの才能が解放される仕組み」を作ることだと語ります。
それがソフトウェアのプラットフォームって形の仕組みなのか、インターネットをツールとして使って、経営システムとしてはクリエイターをエンパワーしていくことなのか。基本的にやりたいことは大体そういう感じでやっているっていうのはあるんですよね。
佐俣さんは「真ん中で抱えているものは変わっていないのに、アウトプットのクオリティが高くて一貫性がないように見える」ことが、謎の人に見える理由だとまとめます。
MERYとは何だったのか:スマホ黎明期の挑戦
若い世代のためにMERYとは何だったのかをあらためて確認します。中川さんはMERYを「いにしえにあった女性向けのスマートフォンメディア」と表現します。
時代背景は2012年ごろ。スマートフォンが普及し始め、Yahoo!ニュースに加えてSmartNewsやGunosyといったニュースアプリが登場していた時期でした。
中川さんが着目したのは、ネット上に女性ファッション誌のような体験が存在しないという空白でした。
閲覧する場所がスマホで強烈に増えたんだけど、閲覧するものがそもそもないっていう、バランスが悪かった時代ってことですね。
中川さんの起業の原点はMERYではありません。大学時代に仲間内でアート系サービス「アトコレ」を立ち上げ、一度失敗しています。
そのアトコレの布陣は独特でした。社長は成田修造さん、CTOは河合真吾さん、デザイナーが石毛連さんという構成だったと語られます。
もはやコメンテーター。
河合さんは現在Stand Technologiesの代表を務めており、中川さんとの付き合いはこの頃から続いています。アトコレを辞めたタイミングで、次の会社を作る決意が固まったそうです。
アトコレがそんなに成功って感じじゃ全然ないので、このまま就職するわけにもいかんだろう、こんなとこじゃ終われねえわっていうので始めたっていう感じですね。
佐俣アンリとの出会い:冷蔵庫の前で
中川さんと佐俣さんの出会いは、共通の師匠である松山太河さんが開いた起業家の飲み会でした。二人ともスタッフとして呼ばれていたと言います。
ただし、お互いの第一印象は最悪でした。佐俣さんの記憶に強く残っているのは、中川さんが働かずに立っていた姿です。
冷蔵庫の前でボーっと立ってるなっていうのがすごい邪魔だなっていう記憶が、一番初めの綾太郎さんの記憶でございますね。
僕はとにかく「この人めっちゃ怒ってんな」っていうのが初めの記憶で。
中川さんはスタッフだと思っておらず、DMで呼ばれて行ったらレジェンドが集まる場所だった、と当時の戸惑いを語ります。
その後、アトコレを辞めるにあたり、投資家への筋の通し方を相談するため、中川さんは「一番怖い人」である佐俣さんに会いに行きました。
怖い人が言う筋の通し方をちゃんとやった方がいいって思って、一番怖い人に会いに行こうと思って。厳しいこと言ってくれそうだと思って行ったんですよね。
佐俣さんはこの相談をミッドタウン近くのパスタ屋で受けたと、はっきり覚えていると話します。
そして次の会社を作るタイミングで、中川さんはあらためて相談に訪れます。佐俣さんが当時提示したのは、率直な評価に基づくオファーでした。
前回の会社はこうだったけど、これ1回辞めて会社潰れるから、今はこいつに投資する価値はないから、バリュエーションはこれぐらいしか多分つけられないと思うって言ってオファーさせてもらって。
中川さんは、優しく見守る太河さんと、厳しい佐俣さんの両方に出資してもらうのが自分にとって良いと考えたと語ります。こうして中川さんのMERYを運営するペロリは創業されました。
事業と仮説検証が一体になったスタイル
佐俣さんには忘れられない衝撃があります。MERYの前身サービスがうまくいかず、次を作る段階で中川さんの話が「全然意味がわからなかった」というのです。
ところが調達のタイミングで話を聞くと、サービスは急成長していました。
こいつはずっと訳わかんないこと言ってるけど、訳わかんないのは俺の方だったんだっていうのが今すごい衝撃で。
この経験は、佐俣さんのシード投資の学びになったと言います。本質を理解していても、それを伝える力が追いついていない若い人がいる、という気づきです。
そして二人が共通して語るのが、中川さんの仮説検証のスタイルです。仮説を立て、検証がダメなら辞め、良ければやる、その繰り返しを昔から続けているといいます。
事業と仮説が一体で割とベットしているみたいなスタイルなんで。newnでやってる事業も撤退早いやつは、これで上手くいくんならいくし、いかないんならもう上手くいかせようとしないみたいな。
中川さんは、事業への思い入れと、うまくいくかどうかの筋を切り分けていると話します。佐俣さんはこの切り分けの上手さを、中川さんの核心だと見ています。
客観的には打率が高く見えるが、実際は「決めて振って、ダメなら辞める」を淡々と繰り返した結果だと佐俣さんは分析します。
さらに佐俣さんが指摘するのは、中川さんの見た目やキャラクターと、コアスキルのギャップです。
見た目とキャラのインターフェースと、コアスキルが全然違う。どちらかというと係数とか見立てとかに強いタイプなんだけど、あんまりそういう風に見せないキャラクター。
中川さん自身、数字を見たり経営を考えたりするのが地味に好きだと認めます。
特にnewnのD2C事業は自己資本のため、WebサービスのようにPLで押し切れず、円安や食材コスト高騰など、これまで考えたことのない課題に直面したと語ります。
円安とか。そういう意味で言うと経営力はちょっと上がったかもしれないですね。スタートアップ的なスタイルとはまた違うやり方も色々やってみたっていうのが、newnは自己資本でやることで色々挑戦できたかもしれないですね。
固定費が一定で、外部から調達して一気にアクセルを踏める。PLで押し切りやすい局面がある。
自己資本中心で、油断するとすぐ潰れる。円安や原価高騰など現実的な経営課題に直面する。
Mr. CHEESECAKEに関わった経緯
リスナーに最もわかりやすい事業として、佐俣さんはMr. CHEESECAKEを挙げます。
きっかけは、中川さんが一人の消費者だったことでした。友達との話でおいしいチーズケーキがあると聞き、クリスマスに購入して食べたのが始まりです。
そしたらめっちゃ美味いってなって。こんな美味いんだったら絶対もっと世の中に広げた方がいいわと思って。それでシェフの田村さんを調べて、共通の知人に「このシェフの方にお会いしたいんだけど紹介して」って言って。
紹介予定だった知人は当日コンペで来られず、中川さんは全く知らない田村さんと二人で初対面のお茶をすることになったそうです。
そこで中川さんは、自身の投資経験やアパレルのメーカー業について話し、一緒にできる余地はないかと提案しました。
田村さんも当時は一人と数名の体制で、事業を大きくするうえでの課題感があったと考えられ、キッチン見学から関係が始まったと言います。
関わり方は投資家というより、一緒に事業を作る形でした。田村さんが商品・味・クリエイティブの最終権限を持ち、newn側がオペレーション拡大やマーケティングを担う分担です。
初めはただの消費者です。これ食って美味いじゃん、絶対いける、やりたいと思って、口説きに行ったっていう。
クリエイターの才能を解放するという一貫した動機
佐俣さんが「ミスターチーズケーキのような関わり方は自分的に良いのか」と尋ねると、中川さんは「クリエイターの才能が生きる」ことへの興味を語ります。
田村さんという優れたシェフが、店以外の選択肢をインターネットで持てるかもしれない、という点に可能性を感じたそうです。
Mr. CHEESECAKEを始めたのは約6年前。個人のシェフがECで販売することがまだ一般的でない時代でした。
自分たち一人の事業で世の中を変えなくても、象徴的な何かを生み出すことで世の中が前に進むといいなと思ってるタイプだったりするんで。経営としてそれがいいかどうかというよりは、当時はそれをやってみたかったっていう感じですね。
佐俣さんは、この文脈で見るとnewnの事業もStand.fmも似ていると指摘します。中川さんも、それが株式会社という経営システムか、コードでできたソフトウェアかの違いだと語ります。
ただし中川さんは、この一貫性を自分で丁寧に説明する気はあまりないと言います。
大体いつもめんどくさくなって、「まあ訳わかんないことやってます」っていうので丸めるから。
まとめ
中川綾太郎さんの事業は一見バラバラですが、その中心には「個人やクリエイターの才能を解放する仕組みを作る」という一貫した動機がありました。仮説検証を事業単位で回し、思い入れと見極めを切り分ける「撤退力」が、その多彩な挑戦を支えています。
- 中川さんは専業投資家ではなく事業家として、複数事業の母体newnを立ち上げた
- 根っこの動機は一貫して「クリエイターの才能が解放される仕組み」を作ること
- MERYの原点にはアトコレでの一度の失敗があり、佐俣さんとの出会いは最悪の第一印象から始まった
- 事業と仮説を一体でベットし、うまくいかなければ淡々と撤退する「撤退力」が強み
- Mr. CHEESECAKEは一消費者としての感動から始まり、才能を世に広げる象徴的事例として取り組んだ
