ビジネスとソーシャルをつなぐ翻訳者
小沼大地さんは、ソーシャルセクターとビジネスセクターの両方に精通する稀有な存在です。佐俣さんが「共通プロトコルを持つ第一世代」と表現するように、NPOの代表でありながら、ビジネスセクターの人々と対等に会話できる立場にいます。
ソーシャルセクターはどうしても目の前の課題にとにかく向き合う。これは素晴らしい特性でもあり、癖みたいなところがあって、違う世界の人と話す暇がない。翻訳しないと価値が世の中に伝わっていかない。
ソーシャルセクターの人々は、目の前の課題に全力で取り組むがゆえに、他セクターとの対話の時間を持ちにくいといいます。一方、スタートアップの中にも、桂大介株式会社リブセンス共同創業者。求人サイト「ジョブセンス」などを手がけ、最年少上場記録を持つ起業家。ソーシャル領域への関心も高い。さんや利根川裕太株式会社ラクスル共同創業者。印刷・物流のプラットフォーム事業を展開後、ソーシャルセクターにも活動の場を広げている。さんのように、両セクターを行き来する人々が現れ始めています。
佐俣さんは、この「行ったり来たりできる人たち」が貴重だと語ります。小沼さんのような存在が増えることで、両セクターの協働が加速していく可能性があります。
青年海外協力隊という転機
小沼さんのキャリアは、一直線ではありませんでした。一橋大学社会学部でラクロス部に所属し、U21日本代表にまで選ばれるガチ勢。当初は中高の社会科教師を志していたといいます。
社会科の教師になるのに、社会見たことないのはねえだろと思って。電車の吊り革に青年海外協力隊の広告が掛かっていて、説明会行ったらむちゃくちゃ面白い人がいて、俺こっちだなってなった。
吊り革広告という偶然から、小沼さんは2年間、シリア中東に位置する国。2011年以降内戦状態にあるが、小沼さんが派遣された2000年代後半は比較的安定していた。中所得国として経済成長の途上にあり、独自の文化と歴史を持つ。の人口500人ほどの村でアラビア語での生活を送ることになります。この経験が、後のクロスフィールズ創業につながっていきます。
興味深いのは、小沼さんが「保険を取るタイプ」だと自認している点です。大学院に在籍しながら協力隊に参加するという選択は、リスクヘッジとチャレンジのバランスを取る姿勢を示しています。起業家にも様々なタイプがいますが、すべてをオールインするのではなく、複数の選択肢を残しながら前に進むスタイルもあるのです。
クロスフィールズの挑戦――「留職」という発明
シリアから帰国後、小沼さんはマッキンゼー・アンド・カンパニー世界最大級の経営コンサルティングファーム。1926年米国で創業。戦略立案から組織変革まで幅広い経営課題の解決を支援する。論理的思考とデータ分析を重視する文化で知られ、多くの起業家やビジネスリーダーを輩出している。で3年間勤務します。国際協力の現場とビジネスの最前線、両方を経験した小沼さんは、これらをつなぐ組織としてクロスフィールズを2011年に創業しました。
大企業の社員
エンジニアや専門職
新興国NGOへ派遣(半年間)
専門知識を活かした課題解決
Win-Win-Win
人材育成 × 社会貢献 × 個人成長
クロスフィールズの主力プログラムである「留職」は、大企業の社員を半年間、新興国のNGOに派遣する仕組みです。たとえばパナソニックのエンジニアがインドのNGOで製造プロセスを改善するといった活動を行います。
日本企業にとっては人材育成だろうと我々言い張って、人材育成のフィーを人事部からガッと取りながら、そのお金を元に国際協力をしまくる。
この仕組みの秀逸な点は、「本音と建前」を巧みに使い分けている点です。企業にはグローバル人材2010年代前半に流行したビジネス用語。国際的な視野と語学力を持ち、異文化環境で活躍できる人材を指す。当時、日本企業の多くがグローバル展開を加速させており、こうした人材の育成が急務とされていた。育成という建前を提示しつつ、本当の目的は「ソーシャルなことに関心を持つ人を大企業の中にスパイ的に増やしていく」ことだったといいます。
2011年当時、こうした「越境的な学び」はまだ珍しいものでした。しかし現在では、ローンディールレンタル移籍事業を展開する企業。大企業の人材を一定期間スタートアップに派遣し、新規事業創出や人材育成を支援する。クロスフィールズと同様、人材の越境学習を促進する。のレンタル移籍など、同様のコンセプトが産業として成立しつつあります。
2015年頃からは、ESGやSDGsという言葉がビジネスの重要なキーワードになってきました。これに合わせてクロスフィールズは、大企業の役員や役職者を対象としたフィールドスタディ事業を展開。社会課題の現場を体験してもらい、企業が社会にどう貢献できるかを考える機会を提供しています。
今は本音と建前が一致してきていて、社会課題をしっかり深く見た上でちゃんと大企業が経営をしていかないと社会がおかしくなっちゃうでしょって話に、企業がそうですねって言って費を下さる時代になった。
シリアで見た経済と幸せのギャップ
シリアでの経験は、小沼さんに二つの大きな発見をもたらしました。一つはソーシャルビジネスという手法、そしてもう一つは、経済的な豊かさと幸せが必ずしも比例しないという気づきです。
小沼さんが派遣された頃のシリアは、一人当たりGDPが約3,000ドルの中所得国世界銀行の分類で、一人当たりGNIが約1,000~12,000ドル程度の国。経済成長の途上にあり、基本的なインフラは整っているが、先進国ほどの経済規模や生活水準には達していない段階。でした。ちょうど経済発展が幸福度向上に直結しやすい段階だったといいます。
経済的には数十倍日本の方が豊かなはずなのに、精神的な豊かさとか社会の豊かさみたいなところでいうと、全然シリアの方が豊かに見えた。これ何?みたいなのが、二十三歳ぐらいの時からずっと、クエスチョンマークが灯り続けて二十年経ってる。
日本の一人当たりGDPは当時でも数万ドルあり、経済指標では圧倒的に豊かです。しかし小沼さんの目には、シリアの人々の方が精神的に豊かに映りました。この疑問は、20年経った今も小沼さんの探求の原動力になっているといいます。
この問いは、佐俣さんのインドネシアでの経験とも共鳴します。佐俣さんは大学時代、インドネシアで公衆衛生の研究に携わっていました。そこでは五人組日本の戦時中の隣組制度に類似した相互扶助システム。戦後もインドネシアの一部地域に残存し、地域コミュニティでの資金貸借や共同作業の基盤となっている。相互監視の側面もあるが、共同体の紐帯を維持する機能を果たす。のような相互扶助システムが残っており、地域のつながりを支えていました。
五人組で助け合うってことをすると、人々はめちゃくちゃ幸せになる。そういうカルチャーが残っている途上国はすごくいいんだけど、フィンテックがガンガンに切り開いていって、経済的に発展するけれども五人組は解体される。これって本当にいいのかな。
テクノロジーの発展が必ずしも人々の幸せにつながらないかもしれない――この視点は、スタートアップに対する期待にもつながります。小沼さんは、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)を豊かにするサービスやプロダクトがもっと生まれてほしいと語ります。
一人当たりGDP:数万ドル
経済的には豊か
地域コミュニティは希薄化
一人当たりGDP:約3,000ドル
経済的には発展途上
地域の絆は強固
佐俣さんも、人文系の研究とテクノロジーを組み合わせることに可能性を感じています。「我々は何が幸せか」という哲学的な問いは、AIやアルゴリズムの設計においても根本的なテーマです。スタートアップが人文知と結びつくことで、経済発展と社会発展が連関する新しいサービスが生まれるかもしれません。
こども食堂という現象――市民が生み出した新しいコミュニティ
番組の後半で話題になったのが、「こども食堂2015年頃から全国に広がった、地域で子どもたちに食事を提供する場。貧困対策として始まったが、現在は誰でも参加できる地域コミュニティの役割を果たす。NPO法人むすびえによれば、2024年時点で全国に1万箇所以上存在する。」という現象です。2015年頃から始まったこの取り組みは、驚異的なスピードで全国に広がり、現在では1万箇所を超えています。
ウナギの成瀬って、日本でフランチャイズ記録なんですよ。二年で四百店舗なんだけど、こども食堂って一万超えてる。多分世界最速のスピードで何かの店舗が自主的に出来上がってるような世界観。
こども食堂の広がりは、ビジネスセクターではあまり知られていない社会現象です。佐俣さんは「これ結構とんでもない現象」と指摘します。フランチャイズで急成長したウナギの成瀬を上回るスピードで、自律的にコミュニティが形成されているのです。
小沼さんは、こども食堂が急増した背景に、地域のつながりを求める人々のニーズがあると分析します。
こども食堂は地域食堂の方が近い。地域の中で子どもたちという共通の誰でも好きなコンテンツと食事というものの合わせ技で、人が会する場所を作っている。
こども食堂は貧困対策として始まりましたが、実態は誰でも参加できる地域コミュニティです。料金も無料から1,000円程度まで様々で、明確なルールは存在しません。月1回から週1回程度、様々な場所を借りて開催されています。
興味深いのは、こども食堂が担っている機能です。小沼さんは、PTAや自治会といった従来の地域組織が機能不全に陥る中、新しい世代が地域とつながる受け皿になっていると指摘します。
PTAと自治会が死んでいっている。男性ドミナントな価値観でやっていて、ここに行っても楽しくない。ミレニアル世代が今地域に入っていく中で、社会的なつながりをみんな求めているんだけど、それを発揮する場所がない。そこに現れたこども食堂で、それが一気に何かしたいという人たちのニーズをガッと捉えた。
PTA・自治会が地域の核
小学校を中心とした保護者組織
男性中心の意思決定
こども食堂が新しい受け皿
誰でも参加できる開かれた場
多様な人々が関わる
佐俣さんは、この現象を「民族学的に面白い」と評します。地域共同体が薄れる方向にあるはずなのに、寺や公民館が果たしていた機能を代替するものが、突然大量に発生したのです。
小沼さんはさらに、オランダの「リペアカフェオランダ発祥の地域コミュニティモデル。壊れた物を持ち寄り、修理技術を持つ人(多くは退職した高齢者)が無償で直す場。物の修理を通じて世代間交流が生まれ、高齢者の社会参加と孤独解消にもつながる。「リペアしているのは物ではなく社会」という理念を掲げる。」という事例を紹介しました。これは地域で壊れたものを持ち寄り、元メカニックの高齢者が修理する場です。物を直すことを通じて、高齢男性の孤独を防ぎ、地域貢献の機会を提供しています。
リペアカフェはリペアしているのは物ではなく社会ですって言ってる。こういうモデルがこれからNPOとしてはいっくら開発できるかなと思ってて、そこに勝負があると思っている。
こうした事例は、スタートアップにとっても示唆に富んでいます。社会には、営利企業では解決できない課題が多数存在します。しかしそこには、テクノロジーで支援できる可能性もあります。たとえば地域のつながりをブーストするプラットフォームなど、ソーシャルセクターとビジネスセクターの協働が生み出す価値は大きいでしょう。
まとめ
今回の対談では、NPO法人クロスフィールズ代表の小沼大地さんから、ソーシャルセクターとビジネスセクターをつなぐ活動の意義と、両セクターの協働がもたらす可能性について伺いました。
小沼さんのキャリアは、青年海外協力隊での経験から始まりました。シリアの村で目の当たりにしたのは、経済指標では測れない豊かさです。この問いは20年経った今も、小沼さんの活動の根底にあります。
クロスフィールズの「留職」プログラムは、大企業の人材とソーシャルセクターをつなぐ独創的な仕組みです。人材育成という建前と、社会課題への関心を持つ人を増やすという本音を巧みに組み合わせ、Win-Win-Winの関係を作り出しています。
そして今、日本各地で起きている「こども食堂」という現象は、地域コミュニティの新しい形を示唆しています。1万箇所を超える規模で自律的に広がったこの取り組みは、ビジネスセクターの人々にはまだ十分に認識されていません。しかしそこには、人々が地域とのつながりを求めているという強いニーズが表れています。
小沼さんの言葉を借りれば、NPOの役割は「まだ価値として認知されてないところを価値だと社会に提示する」ことです。こども食堂やリペアカフェのような新しいコミュニティモデルを開発し、そこにテクノロジーの力を組み合わせることで、経済発展と社会発展が連関する未来が見えてくるかもしれません。
次回は、小沼さんが共同代表を務める新公益連盟について、そしてNPOとスタートアップの違いや協働の可能性について、さらに深く掘り下げていきます。
- 小沼大地さんは、ソーシャルセクターとビジネスセクターの両方に精通し、両者をつなぐ翻訳者として活動している
- クロスフィールズの「留職」は、大企業の人材育成と社会課題解決を同時に実現する独創的なモデル
- シリアでの経験から、経済的な豊かさと幸福度が必ずしも比例しないという問いを持ち続けている
- こども食堂は1万箇所を超える規模で広がり、地域コミュニティの新しい受け皿となっている
- NPOの役割は、まだ認知されていない価値を社会に提示すること。新しいコミュニティモデルの開発に可能性がある
- ソーシャルキャピタルを豊かにするテクノロジーが、経済発展と社会発展を連関させる鍵となる
