R&Dを続けることがモノ作り産業の生き残る鍵。「ありたい姿 2036」を掲げた三菱鉛筆社長・数原さんの今後の挑戦
ハートに火をつけろ by ANRIに、三菱鉛筆1887年創業の筆記具メーカー。三菱グループ(三菱UFJ・三菱商事など)とは資本関係がなく、三菱のスリーダイヤマークを最初に商標登録した企業として知られる。株式会社 代表取締役社長の数原滋彦さんがゲスト出演。鉛筆のイメージが強い同社が実は海外売上6割・鉛筆比率わずか4%というグローバル筆記具メーカーであること、創業140年の歴史、そしてR&Dを軸にした新規事業と「ありたい姿 2036」のビジョンについて語られました。その内容をまとめます。
「鉛筆の会社」ではない三菱鉛筆の実像
「三菱鉛筆」と聞くと、多くの人が鉛筆を主力にした国内メーカーを想像するかもしれません。しかし数原さんが明かした実態はまったく異なります。すでに海外売上が全体の約6割を占め、鉛筆の売上比率はわずか4%。売上の中心はボールペン(約40%)と、世界的ブームを巻き起こしているサインペン「POSCA三菱鉛筆が1983年に発売した水性顔料マーカー。発色が鮮やかで紙以外の素材にも書けるため、世界中のアーティストやクリエイターに愛用されている。」だといいます。
グローバルでは「uni / uni-ball三菱鉛筆の海外向けブランド。uni-ballはボールペンのブランドで、40年近い歴史を持つ。欧米やアジアで広く認知されている。」というブランドが浸透しており、POSCAとともに海外の有名ブランドとして定着しているそうです。数原さんが社長に就任した2020年当時は海外比率が約45%だったため、5年ほどで15ポイント近く伸ばした計算になります(為替の影響も含む)。
創業140年の歩みと歴代社長のバトン
三菱鉛筆は2025年で創業140年を迎えました。1887年、創業者の眞崎仁六三菱鉛筆の創業者。パリ万博で鉛筆の工業生産に触れ、日本で初めて鉛筆の工業化に取り組んだ人物。がパリ万博で鉛筆に出会い、日本で工業化しようとスタートしたのが始まりです。万博の目玉は電話で、鉛筆はその中の展示品のひとつに過ぎなかったといいますが、眞崎はそこに着目しました。
日本には鉛筆の製造メーカーがなかったので、スタートアップのマインドを持って創業者は作ってくれたなと思います
その後、眞崎鉛筆と色鉛筆メーカーの大和鉛筆が合併して現在の三菱鉛筆の母体ができます。歴代社長がそれぞれミッションを担い、会社を変革してきました。
数原さんは6代目社長として、先代たちが積み上げてきた筆記具の基盤の上に、次の柱を作るという課題に向き合っています。
筆記具マーケットの現在地と長期トレンド
筆記具のマーケットには、ある明確な特性があります。数原さんいわく、「人口にリニアに影響する」ということ。人が書く手は基本的に1本なので、人口が減れば需要も減ります。先進国では少子高齢化により緩やかな縮小傾向がある一方、アメリカは移民により人口が維持されており、発展途上国ではマーケット拡大の余地があるものの単価が低い——という構造です。
興味深いのは、2001年頃に「10年後になくなる会社」として文具業界が名指しされていたという話です。当時は携帯電話メーカーが「伸びる会社」として注目されていましたが、現在は逆転している部分もあると数原さんは指摘します。ITやソフトウェアの世界では新技術で一夜にして市場が崩壊しうる一方、筆記具の長期トレンドは20年前から大きく変わっておらず、人口動態は比較的正確に予測できるため、「経営者としては打ち手を考えやすい」環境にあるといいます。
人口に連動し緩やかに変動
長期トレンドが読みやすい
急激な破壊は起きにくい
技術革新で一夜にして市場が変わる
追い風は強いが転倒リスクも大きい
5年前にはChatGPTすら存在しなかった
外部環境が読みやすい。人口問題はほとんど未来に関して正確に予測ができるので、やりやすいっちゃやりやすい
R&Dをやめなかった日本メーカーの強み
三菱鉛筆の特徴として数原さんが強調したのは、「技術の会社」であるということ。初代の眞崎仁六の時代からモノ作りの技術を大事にし続けてきたDNAがあり、それは同社のパーパス「新たな技術で一人一人のユニークを輝かせ、世界を彩る」にも反映されています。
欧米の筆記具メーカーの多くは、かつてはR&Dを行っていたものの、リターン効率の問題から現在はほとんど研究開発を行っていないそうです。短期的な投資家目線で見れば、マーケットが伸びないと思われる産業でR&Dをやめ、残存者利益競合が撤退した後、残った企業が市場を独占的に享受できる利益のこと。縮小市場でも最後まで残れば高い利益率が得られる場合がある。で稼ぐというのは合理的な判断です。しかし三菱鉛筆をはじめ、パイロットコーポレーション日本の大手筆記具メーカー。万年筆やフリクション(消せるボールペン)で知られる。東証プライム上場。など日本の筆記具メーカーはR&D投資を続けてきました。
佐俣さんは富士フイルムもともとフィルムメーカーだったが、デジタルカメラの普及でフィルム市場が消滅する中、フィルム技術を活かして化粧品・医薬品・電子材料などに事業転換。同業のコダックが経営破綻したのと対照的に成長を遂げた。とコダックかつて世界最大のフィルムメーカーだった米国企業。デジタル化への対応が遅れ、2012年に経営破綻。富士フイルムとの明暗が経営学の題材として語られることが多い。の対比を引き合いに出しました。フィルム産業はデジタルカメラの登場で壊滅的に縮小しましたが、富士フイルムはゼラチン加工技術を活かして化粧品や医薬品に進出し、生き残りました。三菱鉛筆も同様に、筆記具で培った技術を化粧品や産業資材(ディスプレイ部材、バッテリー部材など)に横展開しています。
さらに数原さんは、技術の横展開だけでなく、筆記具が提供してきた「体験」を軸にサービス領域やスタートアップとのコラボレーションにも挑戦し始めていると語りました。
「ありたい姿 2036」——売上1,500億円への挑戦
2022年、三菱鉛筆は長期ビジョン「ありたい姿 2036」を発表しました。当時の売上約620億円に対し、2036年に売上1,500億円を目指すという、2倍以上の成長目標です。数原さんによれば、社内メンバーの多くが「1,000億すら行ったことがないのに1,500億なんて」と驚いたそうです。
2020年頃
売上約620億円(海外比率 約45%)
2024年(4年後)
売上888億円達成(約40%増)
売上高・営業利益・経常利益・純利益すべて過去最高
2036年(目標)
売上1,500億円を目指す
しかしこの高い目標にはロジックがあります。筆記具市場は急激に縮むわけではないため、2〜3年の短期計画だと「やらなきゃいけないこと」ではなく「できること」に手を動かしてしまいがちです。15年先というスパンでバックキャスト将来のありたい姿を先に描き、そこから逆算して現在やるべきことを決める思考法。短期的な積み上げ(フォアキャスト)の対義語として使われる。することで、やり方そのものを変える必要性が見えてくるというわけです。
もう少し先ぐらいの15年ぐらい先だと、やっぱりこういうところに行かなきゃいけないよねってことになると、やり方が変わる
結果として最初の4年間は順調に推移し、2024年には全利益指標で過去最高を記録。2025年は少し足踏みがあったものの、ビジョン策定時から見れば大きく前進しています。佐俣さんが「産業に明確な風が吹いていない中で伸びていくのは大変」と評した通り、追い風がない市場で自力成長を続ける姿は、スタートアップとはまた違った挑戦の形です。
筆記具がなくなる未来にどう備えるか
「筆記具がなくなる未来を考えていないのか?」という佐俣さんの問いに、数原さんは即座に「それは一番最初に考えるシナリオです」と答えました。ワーストケースとしてのシナリオプランニングに常に含めているといいます。
佐俣さんはAIの世界で「キーボードすらなくなるかもしれない」という議論が起きていることを紹介しました。音声入力がAI補正で劇的に進化し、タイプライターから続くキーボードの時代が終わりつつあるかもしれないと。アメリカではAIのトップ人材が寝る間も惜しんで働いているのは、「自分たちの仕事を自分たちが殺している」という危機感からだと語ります。
ChatGPTをうまく使ってやってるんですって言ってたら、ChatGPTが進化しすぎて、半年後にChatGPTに全部食われたっていう。パートナーかと思ったらおいでって言って代替された
それに対して数原さんは、もし「あと5年で筆記具がなくなる」と言われたらもう手は打てないと率直に認めます。だからこそ、今のうちに何本もの糸を垂らしてチャレンジしておくことが重要だという考えです。
フィジカルな製品だから安全とも限らないと数原さんは冷静に見ています。サイバー空間から技術が発展し、フィジカルな製品を代替する可能性はゼロではない。だからこそ、代替される前に次の手を打つのが新規事業に取り組む根幹のマインドだと強調しました。
まとめ
創業140年の三菱鉛筆は、鉛筆だけの会社ではなく、海外売上6割を誇るグローバル筆記具メーカーでした。人口にリニアに連動するマーケットの中で、R&Dを決してやめずに技術を蓄積し、それを横展開して新しい事業の柱を育てるという戦略は、富士フイルムの事例とも重なる「日本のモノ作り産業の生き残る道」そのものです。
「ありたい姿 2036」で売上1,500億円を掲げ、最初の4年で過去最高を記録した勢いは本物ですが、数原さん自身は「5年で筆記具がなくなると言われたら手は打てない」と、常に最悪のシナリオを見据えています。追い風のない産業で自らこぎ続ける経営の覚悟と、スタートアップとのコラボレーションを含めた複数の挑戦のゆくえに注目です。次回は、その具体的なコラボレーションと数原さん個人の野望について語られる予定です。
- 三菱鉛筆は海外売上6割・鉛筆比率4%のグローバル筆記具メーカー。ボールペンとPOSCAが主力
- 創業140年、歴代社長がそれぞれ鉛筆→総合筆記具→グローバル展開とバトンをつないできた
- 筆記具市場は人口に連動し長期トレンドが読みやすいが、縮小リスクも確実に存在する
- 欧米メーカーがR&Dをやめた中、日本勢は投資を継続。技術の横展開(化粧品・産業資材)が新事業の種に
- 「ありたい姿 2036」で売上1,500億円を目指し、2024年に888億円・過去最高を達成
- 「筆記具がなくなる未来」をワーストシナリオに据え、なくなる前に複数の新事業で柱を作る
