ゲストは「組織の壁」を掘り下げる川添隆さん
番組冒頭、戸部さんは中小小売企業の取締役経験をもつ2人がリアルを語る番組だと紹介し、124回目のゲスト回がスタートします。
ゲストは株式会社GIVE&GROW代表取締役の川添隆さん。1年ぶりの登場で、その間も年始に食事をしたり相談し合ったりと、たびたび交流があったと語られます。
川添さんは自身を「感受性を解き放ち、ワクワクを作り出している人間」と紹介します。今年立ち上げたGIVE&GROWでチームビルディングや人材育成に取り組み、その第一弾としてポッドキャスト番組を始めています。
もう1つの会社エバン合同会社ではまもなく10年になり、小売事業者やブランド、メーカーなどBtoC事業者への支援と、ツールベンダーや代理店といった支援側への支援の両方を手がけています。
キャリアで最も長いのはメガネスーパーでの約10年。EC部門から始まり、オムニチャネル、情報システム部門の部門長を経て、執行役員、取締役までを経験しました。
その前はマルキュー系のアパレルブランドに在籍。29歳ごろまで担当者だったところから部門長になり、約10年で役員まで駆け上がったキャリアです。
なぜ今「組織の壁」なのか
戸部さんは、事業支援に加えて今年立ち上げた会社では組織の支援もしていることに触れ、新番組で「組織の壁」を語ろうとしたきっかけを尋ねます。
川添さんは、転職先や支援先で組織の壁を強く感じてきたと明かします。精神的に食らいやすく、睡眠障害になった経験もあったといいます。
一方で川添さんは、2010年ごろから実店舗企業のEC担当者として、店舗とECの衝突を見続けてきました。「もうそういうのはない」と言う人もいますが、実際にはまだ根強く残っているといいます。
「そういうのってもうないんですよね」っていう方って結構いらっしゃるんですけど、いやいやいや、そんなのめちゃくちゃあるからと。
さらに川添さんは、AIの登場でツールや知見、リソースの問題は解決されつつあると指摘します。それでも実行が進まないのは、別の理由があるからだと続けます。
これは残念ながらツールの問題ではなくて、人間の問題なので。
交渉が必要だったり、他部門を巻き込む必要があったりする場面で物事が止まる。2010年代の最前線と今を比べても状況は変わらず、むしろひどくなっていると川添さんは見ています。
小売はデジタルを使える範囲が広いだけに、この停滞は看過できない。だからこそ組織の壁に目を向けようと考え、番組をスタートしたと語られます。
商品マスターに見る、部門をまたいだ瞬間の停滞
樋口さんは、小売業向けSaaS「StoreRecord」を提供する立場から、商品部とEC事業部をまたいだ瞬間に連携速度が落ちる実感を語ります。
商品マスターをまとめて共有してほしくても、ここからは商品部、ここからはEC事業部と管理が分かれ、全体を理解して共有する会話自体が難しい会社を何社も経験したといいます。
川添さんは、これはエージェンティックコマースの領域でも話題になっていると応じます。製品情報はスペックだけでなく文脈情報も足し、構造化データを整える必要があるといいます。
ECでは構造化データに加え、人間が理解できるデータや見せ方も要る。ところが、その大元を誰が作るのかという問いに、明確な担い手がいないのが実情だと指摘します。
上流はMDや企画者が担うべきですが、企画側とEC側では商品マスターの役割が違います。その先に顧客とAIがいると考えると、総合的に設計する人が必要なのに、話がなかなか進まないといいます。
壁はどこで生まれるのか──構造と認識の2つ
戸部さんが「壁はどういう時に生まれるのか」と問うと、川添さんはまず組織構造、とりわけ力学的なものから生まれるケースを挙げます。
実店舗系企業ではEC化率が示され、アパレルなら20%ほど、高くても40%程度。売上の6割が店舗なら、当然パワーバランスは店舗側に傾きます。
そのなかで自社ECは全体売上の10%あればすごいという世界観。連携したいと言っても「10%のやつが何を言っているのか」となりやすく、ここに力学が働きます。
この力学のなかで「不利益を被る」と感じた瞬間に、壁がボコッと現れる。店舗とECに限らず、マーケと情シスの間にも起こると川添さんは説明します。
情シスは堅牢性や可用性、セキュリティを守る側、マーケは攻める側。基幹データをBigQueryに集約したいマーケと、費用や優先順位を気にする情シスとで、否定されたように感じてしまうといいます。
ここで川添さんは、壁は「認識の問題」でもあると強調します。自分が見ている壁と相手が見ている壁は同じではない、というのがポイントです。
俺が見てる壁と相手が見てる壁も違う。だからこれは実は相手側は、いや、別にそんなこと思ってないよ、健全に議論してるだけですけどみたいなことを思ってたとしても、EC側の人たちが遠慮したりする。
相手はただ議論しているつもりでも、EC側が遠慮し、「言っても叶わない」と思い込む。この、EC側が自ら感じてしまう壁のほうが今は厄介ではないかと川添さんは見ています。
戸部さんは、全体で目指すものは同じはずなのに、部門ごとのKPIが別々になり衝突が起きるのは「あるある」だと応じます。
EC化率や売上比率で決まるパワーバランスなど、力学から生まれる壁。個人では変えにくい。
相手の意図と受け手の受け止めのズレ。EC側が遠慮して自ら作ってしまう壁も含む。
川添さんは、再生局面にあったメガネスーパーやマルキュー系の会社ではPEファンドも入り、利益やスピードを是とするカルチャーが浸透していたといいます。
そうした会社は判断基準が明確で、どちらの言い分が利益に直結するかで合意しやすい。ただ、そういう会社は意外と少なく、同じ小売やアパレルでも会社ごとに全く違うと感じているそうです。
壁は「乗り越える」より「すり抜ける」
戸部さんが、壁を突破する、あるいは作らないために何をすればいいのかを尋ねます。川添さんはまず、EC側やマーケ側が壁だと感じている部分は解消できると答えます。
大事なのは、まず自分たちが壁を作っていないかを見ること。そして壊すというより、すり抜ける感覚のほうがいいといいます。
壁を乗り越えるとか壁を壊すっていう感覚よりも、壁をすり抜けたりとか、あれ、壁ってありましたっけ、みたいな。それぐらいのテンションの方がいいなと思ってるんですね。
これには総合的なスキルが要ると川添さんは言います。ポータブルスキルやマインドセット、そして相手が理解する言い方を選ぶことが鍵になります。
マルキュー系やメガネスーパーの部門長時代、ブランドがやるはずの販促を「全部うちでやる」と引き受けていた例が語られます。相手にとって面倒な仕事を、あえて自分たちに集約したのです。
普通なら「仕事が増える」と身構える場面ですが、川添さんは「あなたのブランドを上げたい」「こちらはプロだ」と示すため、あえて引き受けたといいます。
先に徳を積むというか、恩を売るとか。
相手のプラスを先に作って信頼を得るこのやり方について、川添さんはかつてテレビで見たアフリカで活動する人の動きと同じだったと語り、世界共通だと感じたそうです。
戸部さんが「信頼されるのは前提条件として大事」と受けると、川添さんは心理的な返礼の作用に触れます。もらうと返したくなる、その信頼獲得にこそコミットすると言い切ります。
そのために打ち合わせも食事も重ね、とにかく相手を知る。キーパーソンを特定し、その人を口説き落とすことに集中するのも有効だといいます。
現場でできることと、EC事業部の「三重苦」
樋口さんは支援する立場から、ある部署の予算で入るとその部署のコンサルと見られ、壁を感じることがあると共有します。
一方で、StoreRecord導入のような横断プロジェクトでは、商品部・マーケ・ECと関わるうちにコミュニケーション量が増え、打ち解けていく感覚があるといいます。共通の目標と共通のツールが一致団結を生むのです。
戸部さんは、認識の壁はスタンスやマインドで工夫できても、構造の壁は難しいのではないかと問います。
川添さんは、構造はそう簡単に変わらず、社長が変わっても変わらない会社は変わらないと認めます。組織の形や評価制度の変更は会社単位の話で、現場では太刀打ちしにくいといいます。
現場でできるのは、力学をうまく利用すること。キーパーソンだけでなく、その人を支える人まで含めて仲間にし、力学が働く手前で手を打つのが最善だと語られます。
メガネスーパーでは、ECだけに向き合っていては全社を動かせないと考え、店舗を回る時間を半々から6対4ほどに割いていたといいます。店舗側が仲間になれば、やりたいことがやりやすくなるからです。
何に時間をかけた方が自分たちの事業が動くかってことを、そこを理解して、時間は投資できるとすると、そこに時間めっちゃかける。
樋口さんは、コロナ後にECが伸びた時期は全社の期待もあったが、直近2年ほどで成長が鈍化し「リアル大事だよね」に戻りつつある市場の変化を指摘し、川添さんの見方を尋ねます。
川添さんは、市場の鈍化に加え、中期経営計画にECやデジタルが入る企業が増えたことで、口を出したい人が増えたと answers します。役員もブランド側も、以前の「任せる、以上」から常に見られる状態へ変わったといいます。
鈍化、口出しの増加、採用の難しさ。この三重苦のなかで、楽しそうにやっている人が少ない印象があると川添さんは語ります。
本来、今のEC・デジタル領域はその会社でやったことのない挑戦が多く、面白いはずです。しかし数字を取ることに向きすぎていて、見直しが必要だと川添さんは考えています。
川添さんはECを子会社のような立ち位置と捉え、チームのカルチャーや動き方をみんなで作ることを大事にしてきたといいます。だからこそ、自社ECの立ち位置を今一度言語化して見直すべきだと語ります。
これやったら面白くね、みたいな。他のブランドやってないじゃん、みたいな。っていう、なんかそういうノリの会社さんの方が多分絶対伸びる。
提案を振り返る──組織を巻き込む仮説検証
戸部さんは、自身を「ビジネス陽キャ」と呼び、心にギャルを住まわせているのが信条だと明かしつつ、壁を突破するための最後のアドバイスを求めます。
川添さんは、事業の成果は定例で振り返るが、店舗やメーカー、卸を巻き込むためのコミュニケーションや提案こそ振り返ったほうがいいと答えます。
これはBtoB営業の振り返りに近いといいます。何が刺さるのか、思わぬキーワードに相手が食いつくことは多く、メインより先にサブの提案に反応が返ることもあるそうです。
本当はメインで通そうと思ってたことよりもサブの方に食いついて、あ、それやるんだったらいいよ、とか言われるみたいな。え、みたいな。これで食いつくんだみたいな。
通らなかったと嘆き合うより、この言い方なら響くと発見していくほうが面白がれる。数字の達成はもちろん大事だが、どう伝えるとみんなが反応するかを振り返るべきだと川添さんは締めくくります。
戸部さんは、響くと思った仮説のもとに話しているのだから、それは仮説検証のプロセスなのだと受け止めます。
まとめ
組織の壁は、構造という力学と、相手との認識のズレの2つから生まれます。川添さんは、壁を壊すより信頼を得てすり抜けること、そして提案を仮説検証として振り返ることを、現場が今できる突破法として示しました。
- 壁には力学から生まれる「構造の壁」と、受け止めのズレで生まれる「認識の壁」がある
- EC側が自ら遠慮して作ってしまう認識の壁は、今むしろ厄介になりやすい
- 相手のプラスを先に作り、返礼の作用で信頼を得ることが壁をすり抜ける鍵
- 構造は変えにくいが、キーパーソンとその周囲を仲間にする力学の利用はできる
- 提案が刺さったか外したかを仮説検証として振り返ると、組織を巻き込む精度が上がる
