三大珍味とチーズ、本場イタリアの食文化
この日はジョーがスコットランドで買ってきたスコッチのハイボールで乾杯するところから始まります。
話題はまず世界三大珍味へ。フォアグラ、トリュフ、キャビアのうち、アレはフォアグラ、潤とジョーはトリュフを選びます。
これはごめんなさい、僕フォアグラが一番日常生活から遠いというか。非日常な感じがする。キャビアも同じぐらいちょっと貧弱です。
キャビアについては、アレも潤も「イクラや明太子の方がうまい」「値段のわりに」という辛口の評価でした。
ジョーはドイツに住んでいた頃、友人宅のホームパーティーでキャビアがクラッカーの上に乗って出てきたと話します。日本の居酒屋文化とは違い、ヨーロッパはワインを持ち寄るホームパーティーが多いそうです。
持ち寄りでなんか一人ワインとか持ってきてねみたいな。みんないろんなワイン持ってきて、それでパーティーする。
チーズの話になると、潤はモッツァレラを推します。特にカプレーゼやピザに使うブッファラ水牛(バッファロー)のミルクで作る本場のモッツァレラチーズ。牛乳製より濃厚とされ、日本では高級品として扱われますがいいと語ります。
白カビ系や青カビ系のチーズは蜂蜜を絡めてちびちび食べるのが好きだといいます。
イタリア人シェフと暮らした日々
ピザの話から、ジョーがイタリア人と一緒に住んでいた時期の思い出へと展開します。
イタリア人たちは、ドミノピザのような宅配ピザのことを「パン屋さん」と呼んでいたそうです。彼らなりのディスり方だといいます。
おしゃれなイタリアンで出てくるピザを食べると、それまで食べていたものはピザではなかったと思わされる、と潤も同意します。生地から違うのだといいます。
ジョーが一緒に暮らしていたのはイタリア人のシェフたちで、食へのこだわりが強すぎたと振り返ります。パスタもクッキーも、粉から練り出すのだそうです。
パスタ食べる?って言って、食べるって言って、パスタ湯がくんかなと思ったら粉練り出したから。
当時二十歳だったジョーは、海辺に住んでいて、夜中に釣りに行ってワタリガニなどを捕り、それをシェフがパスタにしてくれたと語ります。
初バイトで怒られたコース料理店とフォルクスの鉄板
話題は三人のバイト遍歴へと移ります。ジョーの初バイトは、阪神百貨店十階のおしゃれなコース料理店でした。
トレーで水を注いだり、食べ終わったテーブルを片付けるバッシング飲食店で使い終わった食器を下げる作業のこと。ホールスタッフの基本業務のひとつですをやっていたそうです。しかしトレーの持ち方一つで厨房に連れて行かれ、怒鳴られたといいます。
このトレーを両手で持った瞬間、やっぱどつかれるんですよ。そんなダサい真似やめろって。うちは天下のほにゃららやぞみたいな感じで言われて。
結局そのバイトは二ヶ月で辞め、片手で三枚持つ練習まではやったものの、不器用で向いていないと感じて行かなくなったそうです。
一方アレは、ファミレスのフォルクスで働いていました。訓練の末、鉄板を片手で持てるようになったといいます。
ただ、片手で運ぶだけでは面白くないので無愛想に接客していたところ、アンケートに名指しで書かれてしまいました。ネームプレートを付けていたためです。
なんかこう無愛想に接客して、なんかこう、鉄板もなんかすごい無愛想に。それもう本部行く。もう翌日から俺厨房になって。ホールやったのに。
しかし厨房に移ってからはリベンジ感がすごかったといいます。ホールの気持ちがわかるので、いかに早く美しく料理を提供するかにこだわり、社員に誘われるほどでした。
ただし、スピードを追求しすぎて生焼けの肉を出してしまったこともあると笑って明かします。
世の中のもんって大体トレードオフって言われますよね。何かを得なければ何かが補わさかん。
みかんがドルに見える、オーストラリアの収穫バイト
ジョーの珍バイトとして語られたのが、二十歳の頃にオーストラリアで半年間働いたみかんの収穫です。
時給ではなく歩合制で、収穫した量に応じて報酬が決まる仕組みだったといいます。だからみかんがお金に見えてきたそうです。
もうあのみかんがお金に見えてくんねん。ドルに見えてくんねん。
一メートル四方ほどの木箱に満杯まで詰めると八十ドル、日本円で約八千円。一日に三、四箱こなせば二万円以上、うまくいけば三万円ほど稼げたといいます。
カンガルーバック腹側に大きな袋の付いたエプロン状の収穫用具。ここに摘んだ果実を入れていきますを身につけ、ヘタをもがずに切りながら収穫していく作業だったそうです。
友達と隣のレーンで「稼ごうぜ」と言い合っていたのに、ふと見ると、その友達は木の上にちょこんと座り、みかんをゆっくり剥いて食べていたといいます。
俺の友達はもう木の一番上にちょこんって座ってて、みかんこうゆっくり剥きながら食べてんで。明後日の方見ながら。
セブンで大阪市1位、そして「ナナコくん」
コンビニのレジをやってみたかったというアレに対し、ジョーはセブン-イレブンで一年間働いた経験を語ります。人生二つ目のバイトで、オープニングスタッフでした。
当時はキャッシュレスのはしりで、nanacoセブン&アイグループの電子マネー。現金をチャージして支払いに使えるプリペイド式カードですの新規獲得に力を入れていた時期でした。ジョーは特別なテクニックもなく、ただ声をかけ続けて、大阪市で獲得客数一位を取ったといいます。
これどうですか?って勧誘して、いやでもとか言って、いやまあまあそう言わんととか言って作ってもらうっていうのをひたすらやってたら。大阪市で一位取りました。
一位を取った金色のバッジももらったそうです。ところが、この頑張りには苦い結末がありました。
エリアマネージャーが様子を見に来た時、オーナーとバックヤードで話す声を聞いてしまいます。褒めてくれているのかと思って耳を当てると、自分のことを「ナナコくん」と呼んでいたのです。
僕のことをエリアマネージャーがナナコくんって呼んでたんですよ。もうこんな会社入るかボケと思って。
この一件は、当時勧誘されていた本社入りを断る決め手になったといいます。菜々子くんと呼ばれたことが、忘れられない一夏になったと振り返ります。
バンドマンの短命バイトと、花博の熱い現場
アレはバンドをやっていたため、すべて短期バイトだったといいます。当時はネットがないので情報誌を見て、スタジオ代を稼ぐための一週間や十日のド短期を選んでいたそうです。
工事現場のセメント埋めや、西成の日雇いにも行ったといいます。日雇いに行く朝には、なぜか友達が車で見送りに来たそうです。
1日で2万、もうそのまま、そのままパチンコ行ってなくなるとか。そんな毎回もやってとか。
日当は良いものの、命の危険を感じるような現場もあり、怖かったといいます。潤も、終電後の線路の保線作業など、時給に換算すれば数万円になる仕事の話を挙げます。
アレがバイトをやめようと決めたのは、花博の水路を作る現場でした。肉体労働のつもりで入ったところ、仕事の意義を熱く語られたそうです。
藤原、お前、お前のやってる仕事は花博の、このみんなが集う水路を作ってんだよみたいな。すごい熱く語られて。でもやめた。
こちらは金が欲しくてやっているだけなのに、と感じてやめてしまったといいます。
バイトは人生の積み重ね
潤はコンビニの暇な時間について、元旦の朝にオフィス街の店に入り、客が来ず二人でずっと喋っていたら、監視カメラを通じてオーナーに後日死ぬほど怒られたと明かします。
それ以降は、暇な時でも品出しをするふりをするようになったそうです。
三人は、いろいろなバイトをやってきたけれど、それも経験として積み重なっているし、マイナスではないと話し合います。
一個の経験が一応積み重なってる。
最後は、リスナーにも「こんなバイトをしていた」という話をコメントで寄せてほしいと呼びかけて締めくくられます。
まとめ
珍味やチーズの談義から始まり、コース料理店で怒られた話、みかんがドルに見える収穫バイト、大阪市一位の裏で「ナナコくん」と呼ばれた話まで、三人のバイト遍歴が次々と飛び出す雑談回でした。どれも金銭や効率だけでは語れない、それぞれの人生の一場面として語られています。
- ジョーの初バイトはコース料理店で、トレーの持ち方で怒られ二ヶ月で退職
- オーストラリアのみかん収穫は歩合制で、うまくいけば1日2〜3万円稼げた
- セブンでnanaco獲得数大阪市1位を取るも「ナナコくん」呼びで本社入りを断った
- アレはバンドマン時代、スタジオ代を稼ぐための短期・日雇いバイトを渡り歩いた
- 三人とも、いろいろなバイト経験は決してマイナスではないと振り返っている
