バラバラな知識を混ぜる番組と、前回からの流れ
考究流転ラジオは、医学、経済学、AI、ビジネス、哲学といったバラバラな領域の知識を混ぜ合わせる番組です。
毎回ひとつのテーマを掘り下げ、異分野の知識がどうつながるのかを一緒に楽しむ趣旨で進められています。
JIntaroさんは冒頭で、毎回「経済学」と言いつつ自分はそこまで詳しくないと気づいた、と正直に打ち明けます。
毎回、医学、経済学って言ってるけど、経済学は別に僕、全然詳しくないということに最近気がつきました。もうちょっと勉強したらします。
今回のテーマは前回の続きです。前回は「AI対人類ではどうせ勝てないから、うまく生存できるポジションに落ち着こう」という話をしたそうです。
しかしJIntaroさんは、その話が自分でも「めちゃめちゃネガティブだ」と感じたと言います。
食物連鎖のピラミッドの一番上から降りようみたいな話をしてたんで、ちょっとだいぶネガティブだなと思っていて。今回はその流れをポジティブな方に捉えるとどうかな、と思ったので話をしたいなと思っています。
「できるか」で判断する多くの人の思考
何かをするかしないかを決める時、多くの人がまず思いつくのは「それができるかできないか」という基準だと、JIntaroさんは指摘します。
例としてキャリアの話が挙げられます。サッカー選手になりたいと思っても、まずは自分がサッカーが上手いかどうかを気にする、という場面です。
そして多くの人は、自分が一番上手いわけではないと気づいた時点で諦めてしまうと話されています。
例えば町のサッカー大会で一番うまくなかったら、まあ別に日本代表にはなれんよなみたいな感じになり、諦める人が多いのかなというふうに思っています。
つまり、自分の今の能力や現状に対して、やりたいことが可能か不可能かで判断するということです。
必要なものは「なすべきか」で考える
一方でJIntaroさんは、生存本能をポジティブに捉える視点から、別の判断基準を提示します。
必要なものは可能か不可能かではなく、成し遂げられるべきである、あるいは成し遂げられなくてはいけない、という考え方です。
多くの人は「できるかできないか」の計算に時間を使いがちですが、それはあまり重要ではないのかもしれない、と話されています。
JIntaroさん自身も昔は「可能か不可能かで判断するマン」だったそうです。たとえば核融合炉についても、去年ぐらいまでは「無理じゃね派」だったと明かします。
しかし最近はそう思わなくなったと言います。その理由のひとつが、AIの急速な進展、半分シンギュラリティのような状態だと説明されています。
二年前とかに、いや、それ絶対できねえわって思ってたことが、今なんでかわかんないですけど、八割方もうできるようになってるんですよね、AI関連は。
だから、今の時点で「できないから諦めよう」という判断にはあまり意味がない、というのがJIntaroさんの見立てです。
ここで整理すると、判断の軸は「できるかどうか」から「なすべきかどうか」へと移っています。
今の能力や現状で可能かを計算する。冷静に考えると多くのことは不可能に見え、諦めやすい。
成し遂げられるべきかで判断する。技術の進展で数年後にできる可能性があるため、今できないことは判断材料にしにくい。
エネルギー問題と火星移住 ―「やらねば死ぬ」という視座
核融合の話に戻ると、作れるか作れないかという技術的・科学的な議論はあるとしつつ、JIntaroさんは別の角度から捉えます。
人類が種を存続させようとするなら、エネルギー問題は避けて通れない、という前提です。核融合でも太陽光でもよいが、解決しなければ時間の問題で人間は滅びる、と話されています。
だから、長期的に見れば「やらなければ死ぬ」という状態なのではないか、というわけです。
昔できないなと思ってたことが、すでにできていることがほとんどなわけじゃないですか。ということは、今できないと思うことにあまり意味はなくて、やらないと死ぬならやるしかねえな、という考えの方がいいんじゃないかなと思っています。
同じ視点から、イーロン・マスク氏の火星移住についても個人的には応援派だと語られます。
地球だけではこれ以上の繁栄は望めず、リソース問題の解決策として火星移住はある程度有効そうだ、と考えられています。
そしたら、それができるかできないかはもはやどうでもよく、やらないといけないよねっていうふうに思っています。
クマや溺れる場面 ―「危機に瀕した人」は計算しない
次に、この考え方を個人の場面に当てはめます。森でクマに襲われた時、自分がクマより速いか、死んだふりがどれくらい上手いかを計算するより、まず行動するはずだ、という例です。
もっとも、クマへの正しい対処はその場でJIntaroさん自身も分からなくなり、走って逃げず、目を離さずゆっくり後退するのが正解だと調べながら確認する一幕もありました。
続いて、より分かりやすい例として、泳ぎを習っていない人が突然海に放り出されて溺れる場面が挙げられます。
溺れた時に、あれ、俺ってプールの授業を受けてないけど泳げるんだっけ?とか考えないですよね。とりあえずもがいて、泳げるかどうかをやるっていうところなのかなと思ってるんで。
つまり、ある程度の危機感があれば、できるかできないかを考える余地もなく、やらないとダメだからやるだけになる、という主張です。
逆に言えば、できるかできないかを考えられる人は、危機に瀕していない人の思考回路なのかもしれない、と話されています。
この文脈で、起業家がイノベーションを生み出せる理由も語られます。お金がカツカツで常に危機に瀕しており、できる・できないの基準がおかしくなっている人が多いから、という見方です。
やるべきかどうか、やらないと自分が死ぬほどつらいことになるとか、そういう状況だとやらざるを得ないからやる。意外とそういうところから、結局できんじゃんみたいな良きことが起きるんじゃないかなと思ってます。
個人思考から人類思考へ ―自己実現とマズローの矛盾
ただし「できるかどうかを考えずにやる」のは、個人で見ると失敗リスクが高い、とJIntaroさんは認めます。集団の中のファーストペンギンになる一方で、そのままシャチに食われて終わるパターンもある、という比喩です。
多くの人は、自分の破滅までのリスクは取れないから動けない、と分析されます。JIntaroさん自身も、やるべきことはあっても人生が破滅したら困ると考えて止まるタイプだと言います。
一方で止まらない人は、もはや個人の損得ではなく、人類社会そのものに対して考える「人類思考」なのではないか、という仮説が示されます。
ただ、ここでJIntaroさんは話しながら難しさに気づきます。人類思考ができる人は、マズローの欲求段階でいう自己実現欲求に達している人だろう、と考えたためです。
すると矛盾が生じます。自己実現欲求まで達した人は、それより下の欲求をすべて満たしているので、どう考えても危機に瀕していない人だからです。
先ほどは「危機に瀕した人ほど行動できる」と言っていたのに、自分の損得を考えずに動ける人は、なぜか危機に瀕していない人になってしまう、と堂々巡りになったと率直に語られます。
種の危機とイノベーション ―ネガティブを正に転換する
この矛盾に対して、JIntaroさんは両立の道を探ります。個人としては危機に瀕していなくても、種として危機に瀕していることはある、という整理です。
例として、動物園のパンダが挙げられます。その個体は命の危機にないけれど、種全体としては絶滅の危機にある、という状態です。
だから、危機に瀕していない個人が、自分の損得でも可能・不可能でもなく、成し遂げられるべきか否かで考える。そういう人が不可能を可能にしていくのではないか、と話されています。
そうした生存本能、つまり危機に瀕して生き延びなければならないという考えは、前回はネガティブに響いたものの、新しいイノベーションの原因になり得る、と結ばれます。負のエネルギーが正に転換するイメージです。
もうちょっと世の中をみんなで憂いてみて、俺たちはおしまいだってめちゃめちゃ嘆くと、もしかしたらそこから、みんなで最後なんかやりたいことやっちまおうぜみたいな感じになって、新しいイノベーションが生まれるんじゃないかな、っていう。
最後にJIntaroさんは「結論の締めが下手くそだな」と笑いつつ、今日の締めの言葉を残して回を終えています。
まとめ
今回は、何かをするかしないかを「できるか」ではなく「なすべきか」で判断するという思考法が語られました。危機感がある人ほど計算せずに行動でき、それが人類思考やイノベーションにつながるのではないか、という仮説を巡る回です。
- 多くの人は「できるかできないか」で判断し、能力が足りないと諦めがちである。
- AIの急進展により、今できないと思うことも数年後にはできる可能性があり、不可能かどうかは判断材料にしにくい。
- エネルギー問題や火星移住のように「やらねば滅びる」課題は、可能性ではなく必要性で捉えるべきだと語られた。
- 危機に瀕した人ほど計算せずに行動でき、個人の損得を超えた「人類思考」がイノベーションを生む可能性がある。
- 締めの言葉は「必要なものは可能か不可能ではなく、成し遂げられるべきである」。
