結論を持ってこない放送を選んだ理由
この日の放送は、いつもと違って「結論を持ってきていない」という宣言から始まります。前日の放送「音声はやっぱり強かった AI時代に声と迷いを残す意味」を振り返りつつ、その続きとしての回です。
前日の発信を終えて、WordPressのサイトにポートフォリオとして残したものを持ち込み、その2周目が今回だと話されています。単発で終わらせず、続いていく形にしたいという狙いです。
AIが記事同士でシグナルを送っているとか、見えない透かしができるといった話題がある中でも、大山さんは「どこに対して言っているのかよくわからない」と、あまり気にしていません。
どこをどこに対して言ってるのかなって思ったりするんですよ。誰に対して、どんなものに対してっていうのがよくわからないというか、当てはまったことがないですよね。
だからこそ、そこは気にせず自力で回して、増える数は少なくても確実に伝わる方法をとっている、という発信スタンスが語られます。
AIも音声配信も「使う人より見ている人」が多い
Geminiスパークやワークスペースを連携させ、一声かければ全部回るところまで設定した──のに、あえて自動化させず手動でやっているという、少し不思議なやり方も明かされます。
そのAIとの会話で気づいたのが、「自分の周りにいる人=みんなやっている」という勘違いが起こりやすい、ということでした。
音声配信をしていると周りは配信者だらけに感じ、記事を書いていると「みんなすごい記事を書いているな」と思ってしまう。でも実は、書いていない人も多いのです。
自分がやっていることの周りにはみんなやっているだろう。AI使ってて、みんなよくそんなAI使えるなって、すごい遠くからの目線で他人事のように見てるんですけど、そんなに使ってない人いるんですよ。
発信も記事もAIも、実は「使っている人より、使っている人を見ている人」のほうがずっと多い。これはどの世界にもある構図だと整理されます。
隣の人が優秀に見えてしまうのも自然なこと。ただ、それゆえに良くも悪くも流されやすくなる、という点に話は進みます。
人を変えるのは努力より「置かれた環境」
ここで大山さんは、作家として本を書いていた頃の話を持ち出します。周りが作家ばかりで、話題も本の書き方や帯のことばかりだった、と。
そんなグループに「作家になりたい人」がひとり入ってくると、同じように会話しているうちに、だんだん作家みたいな気になってくるといいます。
同じように会話をしていると、なんか作家みたいな気になってくるんですよ。で、書かない方がおかしくなってくるんですよ。書くことが恥ずかしいとか、どんな文章になればいいのかっていう問題がなくなるんですよ。
わかりやすい例として挙げられるのが、勉強ばかりの5人と、遊んでばかりの5人。ひとり入れ替えるだけで違和感が生まれ、やがてそのグループの「普通」に染まっていく、という話です。
勉強するのが普通になり、勉強が初期設定になる
遊ぶのが普通になり、遊ぶが初期設定になる
経営者のグループに入れば経営者みたいな気持ちになり、経営を考えることが難しく感じなくなる。つまり、自分をどんな環境に置くかがそのまま初期設定を変える、というわけです。
音声配信のコミュニティで外れる「最初のブレーキ」
大山さんは以前、音声配信を始めようというコミュニティに所属していました。もちろん、まだ始めていない人もいたそうです。
そこには「自分の声を聞くのが恥ずかしい」「何を話していいかわからない」といったブレーキで配信できていない人もいました。でも、そのグループは大きく、配信者が多かったのがポイントです。
周りが毎日のように配信し、下手な人も上手い人もいる。そんな状況に身を置くだけで、「音声配信をやってもいいのかな」という初期段階のブレーキが外れていく、と語られます。
音声配信しない方が浮くみたいな状態になるので、さて、やるかみたいな感じになるんですよ。で、誰も反対しないんですよ。当たり前ですよね。音声配信のコミュニティなんで。
始めた人には「おめでとう」「今度一緒にコラボしませんか」という声がかかる。そこで大事なのは、話し方を勉強したことではなく、自分をそのコミュニティに置いたことだけだと強調されます。
だから、この先どうなるんだろうと不安なことがあるなら、まだやっていなくてもそのコミュニティに身を置いてみる。「まだやってませんが、参加してもよろしいでしょうか」という形でいい、とすすめられます。
不安を消すのはイエスマンではなく「入ること」
一人で不安ならAIを味方につけてもいい。ただし、イエスマンをつけても不安は消えない、と大山さんは言います。まずやるべきは、そこに「入る」ことです。
一人で不安であればAIを味方につけてね。イエスマンをつけても多分不安は消えないと思います。まずやることっていうのはそこに入ることです。
それだけで大きく変わり、「なんで悩んでたんだろう」と思うことが多い、と。ただし、遅れている感じや仲間外れ感を感じてしまう人には少し難しいかもしれない、と自分自身をその例に挙げます。
遅れてる感とか仲間外れ感とか感じてしまう人はちょっと難しいかもしれない。僕そのタイプです。なんかやだなって思っちゃうんですよね。
そういうこだわりがなければ、まずポンと身を置いて、どんな話をしているか見てみるのもいい。そんな「結論みたいな結論じゃない形」で話は締めくくりに向かいます。
完璧も結論も手放して、声を残す
なぜ結論を出さないのか。それは「完璧じゃなくていいんだ」「これでも続けている人がいるんだ、自分もできるんだ」と、一歩踏み出してほしいからだと語られます。
やるならStand.FMがおすすめ。温かく迎えてくれるからで、Spotifyでもいいけれど、リンクを押さないとほぼ聞かれない「置いておく」用途に近い、と使い分けも触れられます。
結論がない、論理的じゃない、持って帰れるものがない──そうしたセオリーは疲れてしまう、と大山さん。必ず結論を先に言う、といった一般論も「もういらない気がしてきた」と話します。
この放送も文字起こししてタイトルを決めてもらう形にする、と明かしつつ、最後は「声で発信するのがやっぱり強い」というぼんやりとした結論を、あえてそのまま残して終わります。
まとめ
今回は、結論も完璧も手放して「環境(コミュニティ)」に身を置く大切さがテーマでした。うまくやる努力より、自分をどこに置くか。その一歩が、思っていたよりずっと軽く踏み出せるのかもしれませんね。
- 発信・記事・AIは「やっている人」より「見ている人」のほうが圧倒的に多い
- 人は努力より、置かれた環境(コミュニティ)によって「初期設定」が変わっていく
- コミュニティに身を置くだけで、恥ずかしさや迷いといった最初のブレーキが外れる
- 不安はイエスマンでは消えず、まず「そこに入る」ことで大きく変わる
- 完璧も結論も求めすぎず、迷ったままの声を残していくスタンスに自信を持つ
