マクドナルドのハッピーセットで見た子供の反応
今回のテーマは、チムニータウンの最近のヒットコンテンツから見えてきた共通点です。まず西野さんが挙げたのが、マクドナルドのハッピーセット「えんとつ町のプペルを探せ」でした。
発売翌日、Xのタイムラインはお祭り騒ぎになり、子供たちがハッピーセットを買って喜ぶ動画が数多く見られたといいます。
西野さんが特に注目したのは、子供の反応でした。子供は飽きたらすぐに離れてしまうため、その食いつきは信用できると話します。
子供って結構素直じゃないですか。飽きたらいとも簡単にケツ向けるし、どんだけお世話になってようが関係ない、忖度なんかないわけじゃないですか。
ただ、面白いものに対しては本当に面白いって素直に表現するでしょ。だから子供の反応は非常に参考にしている。
その子供たちの食いつきが、今回は本当にすごかったと振り返ります。
探し絵本・スマートボール・モフ飛ばしという共通点
西野さんは、ハッピーセットの信用の強さとあわせて、「探し絵本」というジャンルそのものの強さに注目します。ウォーリーを探せに始まる探し絵本は、やはり強いと話します。
チムニータウンで子供が駆け寄ってくる人気コンテンツは、ほかにも2つあるといいます。1つはスマートボールです。
チムニータウンがイベントを行う際は、ロビーにスマートボールを並べることが多く、東京国際フォーラムでも子供の行列ができるほどの人気だったといいます。
もう1つが「モフ飛ばし」です。シーソーの先にモフを乗せ、反対側をピコピコハンマーで叩いて煙突の中に飛ばす遊びです。
これもイベントで出すと、子供だけでなく大人も並ぶほどの人気だと話します。のちに西野さんは、ガチャガチャも同じく人気だったと付け加えています。
なぜ淘汰されなかったものに手を出さないのか
これらのコンテンツに共通するのは、どれも昔からあるものだという点です。10年、20年、30年前から存在し、縁日やテーマパークなど、どこにでもあるものばかりだと西野さんは指摘します。
モフ飛ばしのような遊びも、ムーミンバレーパークや品川駅の縁日など、いろいろな場所で見かけたといいます。
つまり、これらはずっと残ってきた、淘汰されなかったエンタメだということです。ここから西野さんは、ある疑問を投げかけます。
淘汰されなかったものにも関わらず、なぜ僕らはこういうものに、まず手を出そうとしないんだろうと思った。
すでに人間が「これをやれば喜びますよ」という答えを出しているのに、自分たちのオリジナルを作ろうとしてしまう。そこに気をつけなければいけないと話します。
賢い人がITに向かうのと同じ構図
西野さんは、この傾向を昔から感じていたことと重ねます。かつて、優秀な人たちがみんなITの分野へ向かったことです。
それ自体は良いと思いつつ、それだけモチベーションが高く頭が良いなら、農業のような地方にある普遍的で絶対に必要なビジネスに能力を使ったほうが、大きな成果につながるのではないかと考えていたといいます。
そんだけ頭良かったら、もっと普遍的なビジネスが地方にあったりするわけじゃないですか。こっちにその能力使った方がでかくない?って思う。
これと同じように、普遍的で圧倒的に強いコンテンツを横に置いて、自分のオリジナルをやりたがってしまう。その構図が似ていると指摘します。
変なプライドを捨てて、みんなが欲しいものを届ける
そこで西野さんは、チムニータウンとしての方針を明言します。オリジナルにこだわるのをやめ、人が何を求めているかという答えに乗っていく、という考え方です。
探し絵本、スマートボール、モフ飛ばし。人が好きだという答えが出ているものに、自分たちのIPやコンテンツを乗せていったほうが、より多くの人に楽しんでもらえると話します。
そして、これは自分たちだけの話ではないと、聞いている経営者にも呼びかけます。こねくり回したオリジナルを作っていないか、一度冷静になってみてほしいと語ります。
身の周りにありません?普遍的なもの。そこにあなたのリソース全張りした方が面白くないですか?
僕たちは普遍的なものを見落としがちで、なぜか手をつけない。それがこの回の結論でした。
まとめ
西野さんは、チムニータウンのヒットコンテンツの共通点として、探し絵本やスマートボールなど「昔からあり、淘汰されなかったもの」に注目しました。オリジナルにこだわるのではなく、すでに人が求めているものに自分たちのコンテンツを乗せる発想が語られています。
- ハッピーセット「えんとつ町のプペルを探せ」で子供の食いつきの強さを実感した
- 探し絵本・スマートボール・モフ飛ばし・ガチャガチャは、どれも昔からある人気コンテンツ
- 淘汰されなかったものは「人が好き」という答えがすでに出ている
- 賢い人がITに集まる構図と同じで、普遍的なものを見落としがち
- 変なプライドを捨て、みんなが欲しいものに自分たちのコンテンツを乗せるという方針
