次にやりたいことは、横浜アリーナ子供無料上映
リスナーからの「次にやりたいことは何ですか」という問いに、西野さんはすでに答えを持っていました。
きっかけは、東京国際フォーラムで行われた映画『えんとつ町のプペル〜約束の時計台〜』のもふもふ大応援上映会です。
本当に最高の空間だったんです。なんかみんなが子供に優しかったし、子育てを頑張ってくれているお父さんお母さんに優しかったし。
「飛べー」とみんなで叫んでバカ騒ぎをした後に、最後は余計に泣いてしまう。感情が忙しく動く、ネガティブなものが一つもない空間だったと振り返ります。
その時間をもう一度取り戻したい。そこから出てきたのが、横浜アリーナでの子供無料上映という構想です。
横浜アリーナのイベントを子供無料で開催したいんです。すべての子供たちと、すべてのお父さんお母さんと、そして昔子供だったすべての大人に向けて。
ただし、まだ会場を押さえているわけではありません。あくまで「今やりたい話」として語られています。
一万二千人ぐらいで一つの映画見て、みんなで「飛べー!」って言った時の、その景色ってどんなもんなの?
同じ時代に生まれてよかったと心から思える時間を迎えに行きたい。その時が来たら力を貸してほしいと呼びかけました。
投資村構想は、事業投資型クラウドファンディング×YouTube
続いての質問は「投資村の話をもう少し詳しく聞かせてください」でした。西野さんはこれを、事業投資型クラウドファンディングとYouTubeを掛け合わせるものだと説明します。
なぜこの仕組みに注目するのか。西野さんは、上場していない会社が資金を調達する難しさを挙げます。
若手の皆様、何か挑戦したいと思いました。でも今のところ自己資金でできる挑戦しかなくないですか?だいぶちっちゃいですよ、それ。
たくさんの人から支援を募り、事業の売上を分配する。この仕組みをより多くの人に知ってもらうために、YouTubeが向いていると考えたそうです。
テキストより動画のほうが刺さる、というのがその理由です。事業投資型クラウドファンディングは、どこまでいっても応援投資、推し活投資だと西野さんは捉えています。
なんかこいつ頑張ってんなと思ったら、ちょっと行ったろかいってなるじゃないですか。
だからこそ、支援される側の人となりが伝わりやすい動画が向いている。そして、この企画のKPIは再生回数ではないと明言します。
この時のKPIは再生回数じゃないと。どれだけ支援されたかがすべてである。
努力は報われるのか、夢中と勝ち切りの話
「努力は報われますか」というシンプルな質問に対し、西野さんはまず、これは自分の言葉ではないと前置きしたうえで、ある考え方を紹介します。
本人がそれを努力と思っていない場合にのみ努力は報われる、みたいな話があって。
それは、努力がすでにゲーム化している状態だと西野さんは言い換えます。学生時代にゲームや小説に鬼ハマりした感覚に近いというのです。
もう沼ってしまってるから、もう体が気がついたらそっちに向かってるみたいな。
仕事も、自分は完全にその状態だと語ります。ただ問題は、どうやったら夢中になれるのか、という点です。
その答えとして西野さんが挙げるのが「最初に徹底的にやって勝ち切る」ことでした。
最初に徹底的にやって、勝つ。勝ち切る。スタートダッシュ決める。そうするとその後楽だから。
たとえに使うのはマラソンです。先頭集団のほうがペースは速いけれど、応援してもらえるぶん気持ちは楽だと言います。
マラソンの後ろの方はつらいっすよ。もうこれはただの苦行ですよ。応援も何もないんだから。見られてないんだから。
勝ち切ってしまえば「楽しい」という状態まで持っていける。そこから先はゲームになり、努力ではなくなる、という理屈です。
逆に、勝ち切れていないから苦行になり、それが努力になってしまう。自分が努力していると思っている時点で、まだ勝ち切れていないのだと話しました。
最初に徹底的にやる
スタートダッシュを決めて勝ち切る
楽しい状態になる
先頭集団に入り、応援される側になる
ゲーム化する
沼って、体が勝手に向かう状態になる
努力ではなくなる
起きている時間ずっと働けて勝率が上がる
炎上した小春さんへ、盗作という決めつけへの疑問
最後の質問は時事ネタでした。シンガーソングライターの小春さんの最新曲『南の島』が、Hump Backの『拝啓、少年よ』のパクリだと炎上している件についての見解です。
作業中ずっと音楽を聴いているという西野さんは、この話題も当然知っていました。まず前提として、音楽の音階の少なさを指摘します。
音楽ってせいぜい音階がドレミファソラシド、で、ドのシャープ、十、十二ぐらいしかないわけでしょ。そうすると、どうしたって輪郭は似てきますよね。
似た曲が出るのは当然だとしたうえで、本当に問われるべきは似ているかどうかではないと言います。
本当にここで問われるべきは似てるかどうかじゃなくて、意図的であったかどうかっていうとこだと思うんですよね。
断定できる材料がない以上、一人のクリエイターを盗作した人と決めつけるのは慎重であるべきだ、という立場です。
そのうえで西野さんは、これはパクリでもオマージュでもないと踏み込みます。根拠として挙げたのが、『南の島』の成り立ちでした。
この曲は、小春さんが高校時代に作った原曲を、今回ロックバージョンにブラッシュアップしたものだといいます。西野さんは、その原曲のほうを高く評価しました。
この高校時代に作られた原曲がものすごくいいんですよ。民謡的でコブシが効いていて、沖縄の人っぽいこぶしが効いていて。
似ていると言われるのを加速させたのは、編曲だと分析します。バンド編成にしたことで、Hump Backと使う楽器が似てくるというのです。
原曲の方は小春さんがギター一本で歌ってはりましたわ。それはもう全然違う曲ですね、『拝啓、少年よ』とは。
メロディーラインはほぼ同じでも、編曲でこうも違うか、というほど印象が変わる。だから自分がプロデューサーなら、このタイミングで原曲も出すと語ります。
ギター一本。民謡的でコブシが効いた歌い方。西野さんは原曲のほうを高く評価
バンド編成の編曲。楽器が似ることで、類似の印象が加速したと分析
負けちゃダメだ、傷は創作の種になる
話は次第に熱を帯びていきます。面識はないと断りつつ、西野さんは小春さんの心境を想像します。
まだ若いからね。今のこの世間の反応にちょっとびっくりされてると思うんですね。
それでも、作品を世に出すとはそういうことだと言います。賞賛も批判も受け、時に想像もしなかった議論の中に立たされる。
それでも、今日も明日も明後日も、創作はやめないでほしいなと思います。
ギターを取りに行き、『拝啓、少年よ』と『南の島』を実際に弾き比べる場面もありました。コードは同じでも、そんな曲はいくらでもあると突き放します。
このコードで作られてる曲なんか山ほどあるし。この曲と似てる曲を百曲出せつったら、百曲あるよ、んなもん。
なぜ会ったこともない相手にここまで熱くなるのか。西野さん自身が、同じように勝手なことを言われ続けてきたからでした。
俺はこういうことを山ほど言われてきたから。だからその傷知ってるんですよね。その痛み知ってるぞって思ってんですよ。
そして、友人のめぐみさんから聞いたという言葉を紹介します。作品はどうやって作るのかと子供に聞かれたときの答えです。
人生を振り返って傷ついた時のこと思い出すんだよ。だから傷ついた時はちゃんとメモっときな。それが創作の種だから。
西野さんは「もうこれ俺の言葉にしよう、良すぎるから」と笑いながら、小春さんへエールを送りました。
まとめ
質問に答える公開収録回でありながら、後半は炎上した若手クリエイターへの長いエールへと熱を帯びていきました。努力の話も批判の話も、根底には「勝ち切ること」と「傷を糧に作り続けること」という一貫した姿勢がありました。
- 次にやりたいのは、横浜アリーナで子供無料の映画大応援上映会。まだ構想段階の「やりたい話」として語られた
- 投資村構想は、事業投資型クラウドファンディングとYouTubeの掛け合わせで、KPIは再生回数ではなく支援額
- 努力は、最初に勝ち切ってゲーム化すれば努力でなくなる。自分が努力と思っている時点で、まだ勝ち切れていない
- 楽曲の類似は音階の少なさゆえに起こり得る。問われるべきは似ているかではなく意図的だったか
- 小春さんへのエール。批判に負けず作り続けてほしい。傷ついた経験は創作の種になる
