美術館の話が「共感されない」理由
西野さんは最近、川口こども音楽と森の美術館の運営、正確には事業再生に多くの時間を使っています。
必然的に発信内容も美術館の話題が増えていますが、冷静に考えると美術館を運営している人は日本全国でもせいぜい千人程度だと話します。
そのなかで西野さんの発信を追いかけている人となると、おそらく十人もいないだろうとのことです。
つまり大多数の人にとっては、自分とは全く関係のない話に映っている。そこに西野さんは引っかかりを感じています。
絵本と美術館、反応の違いはどこから来たのか
これまで西野さんが発信してきた芸人としての生き残り方や新刊の届け方も、誰もが当事者だったわけではありません。
それでも一定数の人が興味を持ったのは、そこに比較対象があったからだと西野さんは考えます。
たとえば絵本えんとつ町のプペルを無料公開したとき、「絵本はこうやって売るもの」という世の中の共通認識がありました。
その既存のセオリーに対して全く異なるアプローチを取ったからこそ、面白いという反応も、けしからんという反応も生まれたわけです。
賛否はともかく、従来との違いが誰の目にも明らかだった。ここが大きなポイントです。
一方で美術館の事業再生については、「一般的にはこう運営する」というイメージを発信している人がほとんどいません。
ボイシーのパーソナリティで美術館やってるっていう方いらっしゃいます?多分いない、なかなかいないですよね。YouTuberでも、美術館館長YouTuberみたいな。あんま聞かないじゃないですか。
比較対象が存在しないから、西野さんたちがやっていることが革新的なのか、それとも当たり前の改善なのか、判断材料を持っている人が少ないのです。
為替に合わせて入館料を変えるという発想
比較対象がないなかで西野さんが試行錯誤している具体例が、為替に連動した入館料の設計です。
現在は一ドル百六十円ほど。川口こども音楽と森の美術館の入館料は大人千八百円なので、アメリカからの客にとっては約十一ドルで入館できます。
しかし一ドル百円だった時代なら、同じ千八百円でも十八ドル支払っていたことになります。
日本人の入館料は変わっていないのに、アメリカから見れば同じ体験が実質七ドルほど安くなっている。西野さんはこれを、為替によって意図せず値下げされた状態だと指摘します。
だとすれば、外国人料金を設定するというより、体験価値を同じ価格で提供するという考え方から、アメリカからの客には十八ドル相当、現在のレートで約二千八百円を払ってもらう設計も合理的だと話します。
さらにその判定を自己申告ではなく、クレジットカードの発行国などと連動させて自動で価格を調整すれば、為替だけを理由に過度なディスカウント状態になることも防げるという発想です。
ただ、こうした議論に共感して一緒に面白がってくれる人は決して多くありません。美術館経営の常識が広く共有されていないため、これが非常識なのか常識なのかもわからないからです。
共感には比較対象が必要
西野さんは、共感されないという感覚をブロードウェイに関する発信でも同じように感じてきたと言います。
人は違いを比較できて初めて、その挑戦の価値や面白さを理解できる。だからこそ、共感には比較対象が必要なのだという結論に至ります。
ここから話は次の問いへ進みます。共感を得るために、あえて比較対象が存在する市場へ行くべきなのか、という点です。
競争上手が増えた時代に、同じ競技場に立つべきか
これはあくまで肌感覚だと前置きしたうえで、西野さんはこの五、六年で多くの人が競争のお作法を身につけたように感じると話します。
アルゴリズムの攻略、SNSでの露出の最大化、再生回数の伸ばし方。競争に勝つための技術や知識は、以前とは比べ物にならないほど共有されるようになりました。
つまりみんなが競争上手になり、競争そのもののレベルがグイッと上がった。そうした環境で、あえてみんなと同じ競技場に立つことが最適解なのかを疑っていると言います。
比較対象がある市場では自分の違いが伝わりやすく、共感も得やすいというメリットはあります。
しかし競争相手も同じように最適化を繰り返しているため、得られるリターンは以前より確実に小さくなっています。
さらに厄介なのは、一度ポジションを取っても、それを守り続けるコストが年々高くなっていることです。
以前は一度トップに立てば優位性を維持できましたけど、今は常にアルゴリズムとか市場環境が変化して、新しい競合が現れるため、この防衛戦を続けなきゃいけない。
競争が成熟するほど、勝つことよりも勝ち続けること、守り続けることのほうが難しくなる、というのが西野さんの見立てです。
競争の先には競争しかない
最近の西野さんは「競争の先には競争しかない」という言葉を口癖のように言っていると話します。
自分の違いが伝わり共感を得やすいが、競争相手も最適化しており、リターンは小さく防衛コストは年々高くなる
共感はされにくいが、みんながノーマークのうちに城を築ける。気づいたら既得権益になっている可能性がある
だからこそ、共感を捨てて競争のない市場に行き、みんながノーマークの状態のうちに城を築くという選択肢も持っておいていいかもしれない、と西野さんは提案します。
まとめ
共感を得るには比較対象が必要ですが、比較対象のある市場は競争が成熟し、勝ち続けるコストが上がり続けます。西野さんは、あえて誰もいない市場で城を築く選択肢も持っておくべきだと語りました。
- 共感は、従来との違いを比較できて初めて生まれる
- 比較対象がない美術館の発信は、革新か当たり前かの判断材料が少なく共感されにくい
- 為替に連動した入館料など、常識がない領域では試行錯誤そのものが伝わりづらい
- 競争上手が増え、勝ち続ける防衛コストは年々高くなっている
- 競争の先には競争しかなく、既得権益は競争のない市場を取りに行った先にある
