草の根運動を続けていたら、客層が変わりはじめた話
西野さんの朝礼にて、西野亮廣お笑いコンビ・キングコングのメンバー。絵本作家・映画監督としても活動し、代表作に『えんとつ町のプペル』シリーズがある。国内最大級のオンラインサロン「西野亮廣エンタメ研究所」を運営。さんが、映画『えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』公開後の草の根プロモーションを続ける中で実感した「客層の変化」と「口コミの力」、そしてオリジナルIP作品が商業映画市場で生き残ることの意義について語りました。その内容をまとめます。
全女子に謝りたい──グッズ売り場の魔力
冒頭、西野さんはまず「全女子に謝りたい」という意外な告白からスタートしました。かつて空港の免税店国際空港の出国エリアにある、関税・消費税が免除された価格で商品を購入できるショップ。化粧品やブランド品が多く、旅行者に人気。で女性スタッフや同行者が30〜40分もウロウロして結局何も買わない、あの行動が理解できなかったそうです。「買うならパッと選んで行けばいい、買わないならスルーしなさいよ」と内心思っていたとのこと。
ところが前日、原宿ハラカド原宿の交差点付近にある複合商業施設。ファッション・カルチャー関連のテナントが入る。で開催中の「モフぎゅうぎゅう展『えんとつ町のプペル』に登場するキャラクター「モフ」のぬいぐるみを大量に敷き詰めた展示イベント。グッズ販売も行われている。」に顔を出したところ、グッズ売り場のアイテムが増えていて、「これ可愛い」「この筆箱の色可愛くない?」とお客さんに話しかけながら40分も過ごしてしまったというのです。
あれだけ否定していた免税店の女子になってしまいました。全ての女子に謝りたい
西野さんがグッズ開発にここまで力を入れるようになったきっかけは、ムーミンバレーパーク埼玉県飯能市にある、フィンランドの物語『ムーミン』をテーマにしたテーマパーク。グッズの充実度でも知られる。を訪れた際のこと。ムーミングッズの可愛さに感銘を受け、スタッフに「グッズ本気で作ろう」と号令をかけたそうです。絵本や映画の絵をそのまま貼り付ける"コピペ"は全面禁止にし、グッズごとに新たなイラストを描き下ろす方針に。モフのぬいぐるみも目の位置や縫い目の場所を何ヶ月もかけて微調整し、現在までに約4,000体が売れているとのことです。
「可愛いグッズは可愛い。可愛いグッズ売り場は楽しい。買わなくても楽しい。選ぶっていう作業が楽しい」──かつて否定していた行動を自分が体験したことで、グッズ売り場の"体験価値"を実感した、というエピソードでした。
ZOOM座談会で見えた"生の熱量"
不定期で開催している「西野亮廣と語る映画『えんとつ町のプペル』ZOOM座談会」についても紹介がありました。15枠限定で、大人から子どもまで参加する小規模な座談会です。
前日の回では、画面の向こうで絵を描いていた子どもが、大人同士の真剣な映画トークの最中に「西野さん、これちょっと絵できたから見て」「プペル描いた、見て見て」と割り込んできたそうです。
うるせえなガキってなるんすけど、可愛いから。可愛いが上回ってしまって
子どものピュアな質問から話が広がることもあり、予定の1時間をオーバーしてしまったとのこと。西野さんは「総じてすげえいい時間だった」と振り返っています。こうした少人数の対話の場が、ファンとの距離を縮め、口コミの"種"を蒔く場にもなっているようです。
明らかに変わりはじめた客層
ここからが本題です。西野さんは連日映画館に足を運んでおり、渋谷HUMAXシネマや池袋HUMAXシネマズなどで、お客さんを迎え、グッズ購入者にサインをし、一緒に映画を観るという活動を続けています。
その現場で感じたのが、公開から約2週間で「明らかに客層が変わっている」ということでした。
ファンが集まってるっていうよりかは、本当に一般の方が来られてますみたいな
西野さんが劇場にいても「ああ、西野さん来られたんですね」程度のリアクションでスルーする方がかなりいるそうです。これは寂しいことではなく、むしろ嬉しいと語っています。おじいちゃん、おばあちゃん、子ども連れなど、従来のファン層とは明らかに異なる客層が増えていることが、肌感覚として確認できたとのこと。
公開初日〜数日:西野ファン・オンラインサロンメンバーが中心。「西野さんに会いたい」モチベーションが強い
公開2週間後:一般のお客さん、高齢者、子ども連れが増加。西野さんをスルーする人も多い。口コミ経由の来場が見て取れる
西野さんは、現場に行くことで「数値化されていない情報」が取れると強調しています。上映前のお客さんの期待する表情、上映後の顔、グッズ売り場でどの商品に最初に手が伸びるか、選ぶまでにどれだけ悩んでいるか──こうした一次情報はデータには現れません。
エコーチェンバーの壁と口コミの突破力
お客さんや配信のコメントでよく聞かれるのが「今回プペルはなんで宣伝を打たなかったんですか?」という質問だそうです。あたかも宣伝をしない戦略を取ったかのように思われているのですが、実態はまったく逆。前作以上に広告宣伝費を投じ、会社としては「潰れるレベルで絞り出した」とのこと。
恥ずかしいぐらい宣伝打ってます。チムニータウンが使える広告宣伝費めいたものは全て絞り出しました。でも届かないんです。これがエコーチェンバーなの
これがまさにエコーチェンバーSNSやレコメンドアルゴリズムにより、自分の興味関心に近い情報ばかりが届き、異なる情報が遮断される現象。「反響室」の意味で、同じ意見ばかりが反響して強化される構造を指す。の問題だと西野さんは指摘します。スマホに届く情報はユーザーが選んだものではなく、プラットフォームのアルゴリズムが「あなたはこれが好きでしょ?」と選んだ情報。広告を打っても、関心のない層には物理的に届かないのです。
象徴的だったのが、配信中のコメント欄で起きた出来事です。ある映画(『私がビーバーになる時』ディズニー・ピクサーによるアニメーション映画。西野さんはエコーチェンバーの具体例として、この作品の宣伝が届く人と届かない人の差を例示した。)について、「ビーバーの宣伝はいっぱい見た」というコメントと「ビーバーの宣伝一回も見てない」というコメントが連続で流れてきたそうです。
広告を大量に投下
前作以上の広告宣伝費を投入
アルゴリズムがフィルタリング
興味関心が近い層にしか情報が届かない
「宣伝見たことない」層が発生
同じ作品でも「めっちゃ見た」人と「一度も見てない」人が共存
口コミだけが壁を越えられる
人を介した情報伝達がエコーチェンバーを突破する
この壁を越えるには、「一回見た人が『めっちゃおもろかった』と言って、次は友達を連れていく」──この口コミの連鎖しかないと西野さんは断言します。友達を連れていくという行為は、まったく違うコミュニティにアクセスすることを意味し、それが最も強力なエコーチェンバーの突破口になるというわけです。
草の根運動の再現性が低い理由
西野さんの草の根運動──舞台挨拶や「一緒に見る会」──は、口コミが広がるまでの"時間稼ぎ"であり、前作でいう「スコップ前作『映画 えんとつ町のプペル』(2020年公開)の際、西野さんは個人でチケットを買い取り配るなどの地道な活動を「スコップ」と呼んでいた。口コミが立ち上がるまでの延命措置という意味。」のようなものだと位置づけています。しかし、この手法は他の映画プロジェクトでは簡単に真似できないと指摘しました。
特に費用の問題は大きく、俳優を地方に送り出すだけで何百万円もかかるケースがあるとのこと。「この草の根運動に何百万円かけるなら、広告を一発打った方がよくないか」という判断になりがちです。西野さん自身は、こうしたコストや心理的ハードルを自分で引き受けられる立場にあるからこそ可能なのだと、冷静に分析していました。
オリジナルIPの"希望の火"を消さないために
話の後半、西野さんは視点をさらに広げ、「なぜこの戦いを続けるのか」という根本的な問いに踏み込みました。
現在の商業映画市場は、テレビシリーズの劇場版、Netflixシリーズの映画化、漫画原作の実写化・アニメ化など、既存のファンベースを持つメジャーIPIP=知的財産(Intellectual Property)。ここでは、すでに多くのファンを持つ漫画・ゲーム・テレビ番組などの人気コンテンツを指す。映画化の際、既存ファンが初動の観客数を支えるため興行的に有利とされる。が圧倒的に有利な構造です。テレビでもNetflixでも漫画でもないオリジナル作品が、この市場に"割って入る"のは極めて難しい。
もしここで『えんとつ町のプペル』が倒れてしまうと、「やっぱりオリジナルIPでは商業映画市場で戦えないんだ」という空気が業界に広がってしまうかもしれない──そう西野さんは危惧しています。
僕が子供の頃大好きだった、ネバーエンディングストーリーとかグーニーズとかシザーハンズとか、ああいうのがなくなっちゃうのはちょっと嫌だなと思ってるんですよ
クリスマスになると原作も知らない不思議な映画が公開されて、予告を観ただけでワクワクした──『ホーム・アローン』1990年公開のアメリカ映画。家に一人残された8歳の少年が泥棒を撃退するコメディ。テレビシリーズや漫画の原作を持たないオリジナル企画ながら、世界的な大ヒットを記録した。のような作品が生まれる可能性を絶やしたくない。だからこそ、これは「映画の選択肢を消さないための代理戦争」なのだと語りました。
テレビシリーズでもなく、Netflixシリーズでもなく、漫画連載があるわけでもない作品でも、「ちゃんと準備をしたら、ちゃんとデザインをしたら、ちゃんとしぶとさを見せていったら、商業映画市場で存在感を残せる」──それを証明する戦いなのだと、力を込めて語っていました。
コナン・スーパーマリオなどメジャータイトルがスクリーンを押さえ、オリジナル作品の上映枠が縮小していく
一般客・アンチまで含めた口コミが外に染み出し、新規の来場者が増えていく
まとめ
今回のエピソードは、グッズ売り場での"免税店の女子"体験という軽いエピソードから入りつつ、映画公開後に地道な草の根運動を続ける中で見えてきた客層の変化、エコーチェンバー時代における口コミの重要性、そしてオリジナルIP作品が商業映画市場で生き残ることの社会的意義まで、一本の線でつながる内容でした。
「劇場が閉じるのが先か、口コミが回りきるのが先か」──このせめぎ合いの中で、西野さんが自ら劇場に立ち続ける理由は、単なるプロモーションではなく、「映画という文化の選択肢を守る」という大きなビジョンに根ざしているようです。
- モフぎゅうぎゅう展のグッズ売り場で「選ぶ楽しさ」を体感し、かつて否定していた"免税店の女子"行動の価値を理解した
- 映画公開から約2週間で客層が明らかに変化──ファン以外の一般客・高齢者・子連れが増加している
- 広告を前作以上に打ってもエコーチェンバーの壁で届かない層がある。この壁を越えるには口コミしかない
- 草の根運動(舞台挨拶・一緒に見る会)は口コミが広がるまでの"時間稼ぎ"だが、費用・発信力・メンタルの問題から再現性は低い
- オリジナルIPが商業映画市場で存在感を示せることを証明し、「映画の選択肢」を守る──それが西野さんの戦いの本質
